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第一話 ある社畜冒険者の一日 アフターファイブ編
① 異世界の街『ウィンガスト』※
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東京。
かつて私が住んでいた街。
科学によって栄える文明の都。
ウィンガスト。
今、私が住んでいる街。
剣と魔法によって栄える、冒険者達のフロンティア。
かつて、私はつまらない男だった。
毎日、同じように職場に向かい、同じように仕事をし、同じように家に帰り、同じように飯を食い、同じように寝る。
それをただひたすら繰り返し。
勘違いしないで欲しいのだが、私自身そのような暮らしが嫌いだったわけではない。
何の代り映えの無い日常にも愛着はあったし、社会の歯車として動くことに誇りすら感じていた。
私のような生き方を嘲笑う人は多いだろうが、しかし私はその生活に充足を持っていたのだ。
ある日、転機が訪れた。
それは冬の最中、雪の降る日だった。
いつものように会社に向かい、いつものように信号を待っていた時。
本を片手に開いた女性が一人、横断歩道を渡っていった。
信号は赤なのに。
トラックが高速で走ってくるのが見えた。
信号は青だから。
トラックが女性に気付き、ブレーキを踏んだが、スピードが緩まない。
雪が積もっていたから?
女性はトラックに気付かない。
本を読むのに没頭していたから?
私は、咄嗟に飛び出し、女性を突き飛ばした。
……これは未だに理由が分からない。
それが東京における私の最後の記憶。
私の行為が意味を為したのかどうかは、残念ながらこの目で確認することは叶わなかった。
気づけば私は、ウィンガストに来ていたから。
昔、漫画や小説で読んだような、ファンタジーの世界に。
…これからの展開は端折ろう。
それ程目新しいお話という訳でも無い。
異世界の街「ウィンガスト」に来て、勧められるがまま冒険者になって、冒険者として生活基盤を築いている、とそんな感じだ。
東京に居たとき私も何度か読んだことのある、その手の物語の大体定番の流れである。
いずれ、必要があれば語ることもある、かもしれないが。
とはいっても―――
「おい、クロダ!」
「は?」
唐突な呼びかけに、思わず間の抜けた返事をしてしまう。
見れば、私の目の前には身の丈3m以上はある大男が立っている。
「どうしたんだ、ぼーっとして。
おら、頼まれてた防具の修理が終わったぞ」
「ああ、もうそんな時間でしたか。
毎度のことながらありがとうございます、ボーさん」
男から金属製のクロークを受け取りながら、私はそう答えた。
ボーさんは、その巨体から分かるように、勿論人間ではない。
巨人族の一人である彼は、私がよく世話になっている武器屋の主人である。
本名はボーレンクイロン・ヴァキャ・アンラマウェンスタ・ヴィーマゲウォンという方なのだが、それでは余りに長いので、ボーさんと呼んでいる。
―――如何に理由があるとはいえ自分よりも明らかに年長である人をそのような愛称で呼ぶのは抵抗があり、最初は本名で呼んでいたのだが、ボーさん自身がその名前で呼ばれたくないようなのだ。
人の里に降りて長いボーさんは、巨人族どくどくの名前センスに嫌気がさしているとかなんとか。
私は、いい名前だと思うのだが。
「しかし何だな。
お前ももうこんな防具を着るようなランクになったんだな」
遠い目をして、ボーさんが言う。
「初めてお前に会ったときは、こんなぬぼーっとした兄ちゃんが冒険者なんて大丈夫なのかと心配になったもんだが」
「余り持ち上げないで下さい。
私はまだまだ駆け出しですよ」
「馬鹿を言うな。
お前、このクロークはミスリル製だろう?」
私の持つクローク……ミスリルクロークをじゃりっと触りながら、彼は続ける。
「ウィンガストで出回ってる防具では、最高品の一つだ。
これを身に付けて『ぼく、駆け出しです~』なんて、他の冒険者から怒られるぞ」
「いや、まあ……」
確かに、このクロークを手に入れるのには苦労をした。
およそ3か月の冒険で手に入れた金を全て使ってようやく購入した代物だ。
<魔法使い>である私にとって、これ以上の防具はもう望むべくもない。
少なくとも、通常の市場には出回っていないだろう。
「感慨深いもんだね……」
「一年も冒険者を続けていれば、こうもなります」
「そうか、一年か。
もう一年になるか」
ボーさんは息を深く吐いた。
そう、私がウィンガストに来て、既に一年が経過している。
都会暮らしに慣れた大人が、腕っぷしが全ての世界に来て、既に一年。
「一年……はっ、中途半端な奴には、続けられない長さだぜ?」
「そう、ですね」
今日までに、何人もの冒険者が志半ばで挫折するのを見てきた。
いや、挫折するだけならばまだマシだ、大分マシだ。
命を落とす者とて、少なくないのだから。
と、突然何かに気付いたようにボーさんが聞いてきた。
「そういえば、お前、冒険者ランクはいくつになったんだ?」
冒険者ランク。
ウィンガストにおいて冒険者とは、単に冒険をする者の称号では無い。
この町の中心部に入口を構える巨大なダンジョン――<次元迷宮>を探索し、湧き出る魔物を駆除する任を負う、公的に認められた職業なのである。
その冒険者というシステムの一つに、冒険者ランクというものがある。
冒険者を統括する冒険者ギルドという組織が、各自が成し遂げた業績等を評価して、冒険者をA~Eの5段階に振り分けているのだ。
Aが最も高く、Eは駆け出し。
ランクが高い程、より高い難易度の迷宮区域に潜る許可や、より多くの報酬が出る依頼の割り当てがギルドからなされるようになる。
また、高ランクの冒険者は国に仕える騎士へスカウトされる等、様々な恩恵を受けることができる。
「こんな防具着てんだ、C……ということは無いよな。
Bランクか? まさかAに上がってるなんてことは―――」
「Eです」
「そうかEか!
流石だな、もうそんなランクになってるなんて………は?」
へんてこな顔をして、彼が聞き返してくる。
「Eです」
大事なこと(でもないか)なので、2回言った。
「E?」
「Eです」
3回目。
「な、なんでEだよ!
それは、冒険者なりたての奴に割り振られるランクだろう!?
……俺が知らない内に、冒険者ランクはAとE逆になったのか!?
それとも区分けが5つから10に増えた!?」
何故か取り乱すボーさん。
「落ち着いて下さい。
ボーさんの認識は間違っていません。
Eは冒険者ランクの最低値です」
「だったらなおさらわからないだろう!?
どうして1年も冒険者やってEのままなんだよ!
Eでどうやってミスリルクローク買ったんだよ!
Eじゃ碌な区域に行けないだろうが!!」
「はい、ですから」
興奮するボーさんを諌めるためにも、少し語気を強めて告げる。
「毎日、次元迷宮の初心者用区域にだけひたすら潜り続けてちまちまお金を貯めたのです」
ボーさんは言葉を失った。
冒頭で、私はつまらない男『だった』と言ったな。アレは嘘だ。
私は、今でもつまらない男なのである。
つまり、毎日、同じように職場(初心者用区域)に向かい、同じように仕事(魔物退治)をし、同じように家に帰り、同じように飯を食い、同じように寝る。
東京にいた頃と変わらぬ生活を送っている、送ってしまっている。
異世界に来るなんていう前代未聞の事件に巻き込まれておきながらこの体たらくとは、私のつまらなさはもう筋金入りと言えよう。
これから始まるのは、そんなつまらない男のお話だ。
――ああ、重要なことを伝え忘れていた。
この物語の語り部であり、恐れ多くも主人公である、この私。
名を、黒田誠一という。
さておき。
茫然自失となったボーさんに別れを告げ、帰路につく。
このウィンガストという町は、先ほど言った次元迷宮を中心に据えて作られている。
(次元迷宮の説明は、実際に探索へ出かけるときにするので、今は省略させて貰う。)
中心の迷宮を最低地として、外周に向けて上り坂となった構造をしている。
でかいクレーターの中心部に迷宮があり、その周りに町が築かれている、と言えば多少は分かりやすいだろうか?
実は比喩ではなく、本当にクレーターだったらしいのだが、それはまた別の話で。
現代に生きた人間である私がこの町を一目見た感想は、『整然としている』、だった。
そう、整然とした町並だ。
学校の歴史の授業で中世の町並みを習った人ならば、少なからず同じ感想を抱くと思う。
単純な技術レベルは地球における中世程度であるにも関わらず、この町は非常に整った区画を擁し、通りも綺麗に清掃されている。
それこそ、世界で一番綺麗好きな国民と言われる日本人である私が、この町での生活に嫌悪感を抱かなかった程に。
住民の衣装も華やかだし、食事もしっかり調理されたものが出る。
魔法等の特殊なスキルの存在が一般化し、それを用いて生活の基礎が作られているからなのだと思う。
つまるところ、ライトノベルでよくあるファンタジー世界のような町、と言いたい。
「大分遅くなった」
一人呟く。
日は完全に暮れている。
街灯(『街灯』があるのだ、この町には!)のおかげで道を歩くのに苦は無いのだが、店はどこも終業しているようだ。
当初の予定では、この後ローラさんの魔法店に寄って今日の迷宮探索で消耗した備品を補充したかったのだが…
「明日にするか」
仕方がない。
防具の修理を待つ間に時間が経ち過ぎた。
断っておくが、これはボーさんの腕が悪いから想定外に時間がかかったのではない。
逆だ。
ボーさんの腕が良いから、本来修理に数日かかるのを覚悟していたところを、迷宮帰りから夜の間までに終わったのである。
「しかしこのまま家に帰るのも侘しい」
自宅に帰っても、碌な飯が無い。
確か保存用の干し肉とか安い葡萄酒があったはずだが、一日の終わりをそんな食事と共に迎えるのは不本意である。
「あそこ、まだやっているだろうか」
もうこの町も長い。
この時間でもやっていそうな店にもちゃんと心当たりがある。
私は帰路を少し外れ、その店へと向かった。
道すがら、見知った顔を見つけては挨拶を交わしつつ、目的地へと到着する。
「……良かった」
私は胸をなでおろした。
店から光が漏れている。
まだ営業中のようだ。
ここは黒い焔亭という酒場である。
この町に来た当初から利用している、行きつけのお店だ。
店構えはそれ程大きくないが、店主一人と少数のお手伝いで営業している店であることを考えれば広いとも言える。
道すがら、空腹がきつくなってきた。
私は早速、酒場の扉をくぐる。
「ごめんください」
「もう今日は終わったよ……ってなんだクロダか」
入ると同時に声がかかる。
若い女性の声だ。
「すみません、今日はもうダメですかね?」
声をかけてきた女性を見ながら、尋ねる。
もう営業は終わりとのことだが、ここで食事がとれなければ、今日の夕飯は干し肉に決定だ。
そんな私の心配を察したのか分からないが、女性はニコっと愛嬌のある笑顔を浮かべてこう答えた。
「本当はもう終わるつもりだったんだけどね。
ま、アンタならいいでしょ。
常連だからね、特別サービス」
「それはお気遣いありがとうございます、リアさん」
どうやらちゃんとした食事にありつけそうだ。
私はその女性―――リアさんにお礼を言った。
「いいってこと、よ。
ほら、適当な席についといて。
今店長呼んでくるから」
クルっと軽いステップで身を翻すと、リアさんは店の奥へ向かう。
それを見送りつつ、私は近場のカウンター席に座った。
「あ、食事でいいんだよね?
それとも今から飲む?」
「食事です。
簡単で構いませんので、適当にご用意頂ければ」
「オッケー♪」
リアさん。
本名はリア・ヴィーナさん。
先ほどの台詞からも分かるように、この店のお手伝い……要するにウェイトレスである。
1か月前からこの店で働きだした、新人さんだ。
「………」
リアさんの後ろ姿をじっと眺める。
年のころは、私よりも下。
確か18だったはずだ。
この辺りに住む同じ年頃の女性の中では平均的な背丈で、大体155位だろうか。
先程の会話からも垣間見られたが、非常に活発な性格のお方で、ともすればガサツな印象を持つ人もいるかもしれない。
「………ふむ」
店の奥で誰か、おそらくは店長と話しているリアさんを眺める。
しかし、仮に彼女にそんな悪印象を抱いた人でも、女としての魅力まで否定はしないだろう。
肩に触れる程度まで伸ばされた――セミショート、という髪型でいいのだろうか――リアさんの茶色い髪は、女性特有のきめ細かさを持っている。
顔も可愛らしく整っており、美少女と呼ぶに申し分ない。
快活な笑顔を浮かべながら元気よく動き回り、それに合わせて髪がサラサラと流れる――その様は、世の男の大部分を魅了するだろう。
そして、肢体。
この店のウェイトレスには制服が用意されている。
エプロンとスカートが一体となったような、青を基調とした服だ。
制服のエプロンは、へその上辺りに幅の広い帯を巻く構造なのだが、その帯の巻き付きによってエプロンが身体にフィットしている。
要するに着用者の胸を強調させているのだ。
そこから分かる彼女の胸は豊満と形容するにはやや足りないものの、綺麗なお椀型の形をしたいわゆる美乳であり、自分が女であることを強く主張している。
カップは、目算だがD程だろうか。
一方でスカートの丈は短く、膝30cmを超えている。
当然、そこからスラリと伸びた健康的な脚は、太ももの大部分まで露出することになる。
程よく細く、張りがあり、それでいて女性の柔らかさを十分に感じさせる肉付きをした、魅惑的な脚。
余程特殊な性癖の持ち主で無い限り、あれに惹かれない男はいないと断言できる。
スカートに隠されたお尻も同様だ。
形の良い曲線で表された2つの双丘が、男の視線を捕らえてやまない色気を放っている。
飾り気の無い白い木綿生地の下着も、彼女の美尻をより際立たせていると言って良い。
……今、私の言葉に疑問を持った人はいるだろうか。
他はともかく、何故スカートの中まで把握できるのか、と。
少し長くなるが、解説させて頂こう。
これは、私のウィザードとしての<魔法>の一つ、<屈折視>のなせる業である。
効果は読んで字の如く、視界を屈折させて視線の通らない場所を見通す、知覚系魔法の下級スキルだ。
本来ならば、ダンジョンにおいて岩陰や曲がり角の先等に潜む魔物へ射撃系魔法をあてるための魔法なのだが、こういう使い方もできる。
………いや、本来の使い方でもちゃんと使っているんですよ?
ちなみに、知覚系魔法の上級にはそのものずばり<透視>という何でも透けて見えてしまう魔法もある。
私は使えない。
Eランクの冒険者である私では、上級スキルの習得許可を貰えないからだ。
とはいえ、仮に習得できたとしても、こういう用件ではまず使用できない。
何故なら、上級スキルは発動に様々な準備(身振り手振りや呪文等々)が必要となるからである。
ついでに発動時に変な発光エフェクトが出てきたりもする。
そのため、こういう場で使おうものなら一発でばれてしまうわけだ。
一方、<屈折視>は下級スキルであるため、Eランクの私でも習得できるし、必要な準備は最小限、エフェクトも地味。
そして、スキルの熟練度を上げることで、唯でさえ少ない準備やエフェクトを完全に省略することも可能なのである。
つまり、どこで使おうが、まずばれる心配が無い、ということ。
同じ理屈で<透視>も熟練度を上げ続ければ、手間の省略ができるわけなのだが、上級スキルは熟練度が上がりにくい上に、準備を完全に省略するのに必要な熟練度は下級スキルを大幅に上回る。
<透視>を<屈折視>と同様に扱えるようになるには、一体何年…何十年の修練が必要になることやら。
…さらにどうでも良い補足をするならば、離れた場所にいるリアさんの肢体をじっくり鑑賞するために<感覚強化>を、暗いスカートの中を覗き見るために<闇視>という魔法を使っている。
効果はこちらも読んで字の如く、視力を含めた五感を強化する魔法と、暗闇を見通す魔法である。
自分が習得できていることからも分かる通り、どちらも下級スキル。
当然、どちらも熟練度を上げて準備無しに発動できるようにしてある。
…スキルをこのような使い方をすることに対して、不快感を持つ人もいるかと思う。
でもね、これは世の男の子共通の願望だと思うんですよ。
誰だって、こういう魔法を覚えたらこういう使い方をするでしょう、するはずだ、するだろう?
無論、私だって、最初からこれを狙って魔法を覚えたのではない。
ダンジョン探索に役立つ魔法を覚えていったら、こういう使い方もできるということにある日気づいてしまっただけなのだ。
実際今挙げた魔法は、どれも毎日の迷宮探索に欠かせない必須のものでもあるのです、はい。
以上、解説と釈明終わり。
「では改めて」
リアさんの鑑賞を続けよう。
リアさんはどうやら店長を待っているのか、こちらに背を向けつつ壁に片手をつきフリフリしている。
腰をフリフリしている。
私を誘惑している……わけが無いので、おそらくこれは彼女の癖なんだろう。
実に素晴らしい癖だ。
腰が揺れている、太ももが揺れている、スカートの中に見える魅惑の曲線も、テンポ良く左右に揺れている。
ずっとこれを見ていたい欲求にかられる。
というか、彼女がそれを辞めるまでずっと見ている所存である。
店長はなかなかこちらに来ないが、既に料理の準備でも始めているのか。
いいぞ、このまましばらく来ないで頂きたい。
「………ねぇ」
不意にリアさんがこちらを振り向いた。
「なんだかさっきから、あたしの方をジロジロ見る変な視線を感じるんだけど。
すっげぇ気持ち悪い感じの」
!!?
一瞬、心臓の鼓動がドクンっと跳ね上がる。
いや、ばれない、ばれるはずが無い。
私は極めて平静を装い、怪訝な顔をこちらに向けるリアさんに返事をした。
「そうなのですか?
周りに変な人影は無いようですが」
「あんたがあたしを見ていたわけじゃないのね?」
こんな返答で疑念が晴れるわけもなく、重ねて問われる。
だが私の方も、先程のことがリアさんにばれるのは非常にまずいので、それを断固否定する。
「勿論、私なわけがないじゃないですか」
「……そう?
気のせいだったかな…」
疑いは薄れてきたようだ。
まあ、元々何か根拠があるわけでも無いのだから、しっかりと否定すればこうなるのは自明である。
完全に嫌疑を無くすべく、私はさらに畳みかけた。
「変な疑いは心外です。
私はリアさんの魅惑的な太ももをずっと眺めていただけなのですから」
「………」
沈黙。
「………」
「………」
さらに沈黙。
「………」
「………ほう?」
ニッコリと、リアさんは笑った。
本来、笑顔とは攻撃的な表情である。
そんなことを言ったのは誰だったか。
まずい。
やってしまった。
冷静になっていたつもりだったが、動揺を抑えきれなかった模様。
私は、彼女の地雷を思い切り踏み抜いた。
「いや、ははは、今のは、ほら、言葉の綾ってやつですよ?」
「ふーん? へー?」
取り繕う私の言葉に、全く私のことを信じていない返答。
……私は、昔からいつもこうなんだ。
想定外のことが起こるとちゃんと対応できなくなる。
これで仕事を失敗したことも一度や二度では無い。
「はっはっは、クロダってば面白い奴だなー」
「いえいえ、私など何の取り柄も無い、つまらない男ですよ」
「そんなことは聞いてない」
愛想笑いをする私に、すげない一言。
顔は笑いながら、目は一片も笑っていない。
ここまで彼女が怒りを露わにするのには理由がある。
このお店の制服は、先程言ったようにとても女性の魅力を引き立てる代物だ。
当然、それを目当てにやってくる客も多い。
そしてそんな客の中には、見るだけでは飽き足らず実際に手を出すものもおり、リアさんを含めウェイトレスの皆さんはほとほと困っていたらしい。
困って、困って、そして爆発した。
ある日、リアさんにセクハラをしたどこぞのおっさん(記憶が確かならば、尻を鷲掴みにした)に対し、リアさんは「制裁」を決行したのだ。
制裁とは即ち鉄拳制裁である。
その日、店は赤く染まった。
それからである。
リアさんは、セクハラに対して、我慢するのを辞めた。
セクハラには、須らく制裁を。
何らかの才能があったのか、制裁時の彼女はすさまじく強さを発揮し、屈強な男連中すらボコボコにしてしまう。
その姿から、「黒焔の鬼」という字まで付けられた。
嘘か本当か、制裁を受けた者の中には高ランクの冒険者もいたとか。
何故そんな危険人物にあんなセクハラ行為を働いたのか、疑問に思われるかもしれない。
それに対する私の答えはただ一つ―――そこに女体があるからだ。
すみません、ちょっとした好奇心だったんです、魔法ならばれないだろうとか思ってたんです。
それに、今回私がしたのはリアさんをジロジロ見た程度ですよ?
触ったりとか全然していないし、それ位なら、許されるかなって思っちゃうじゃないですか。
そんな私の心境を余所に、リアさんはこちらへ向かってくる。
拳を握りしめ、一歩一歩近づいてくるリアさんの姿には威圧感すら―――
「!?」
いやちょっと待った待った。
本気で皮膚がピリピリする程プレッシャー感じたんですけど!
その場から後ずさりしちゃう位の圧力受けてるんですけど!
これは、高ランク冒険者が倒されたというのも本当の話やも…
「思ってもなかなかあたしにそんなこと言える人はいないよ?」
身体は強張って動けないが、リアさんの声は妙に鮮明に聞こえる。
もう脂汗がダラダラである。
気づけば、彼女の周囲の風景が揺らいでいる。
私の<屈折視>によるものでは無い。
彼女の放つ気とかオーラとかプラーナとかそういう力が周りの空間を歪ませているのだろう。
この世界に気というものが存在するのか私は知らないし、自分でも何を言ってるのか分からない。
「あたし相手にそーゆーことするの、この店では禁止なんだよねー?
知ってた? 常連のアンタが知らないわけないか。
まあどっちでももう構わないんだけど」
はい、終わった。
私、終わったよ。
ゆっくりと拳を振り上げる彼女を見て、私は目を閉じた。
まあいくらなんでも本当に殺されはしないだろうけれど――しないですよね?――骨の1、2本程度で済むといいな、と願いながら。
―――しかし、運命は私を見捨ててはいなかった。
「お前ら、何やってんだ?」
店長の登場である。
第一話②へ続く
かつて私が住んでいた街。
科学によって栄える文明の都。
ウィンガスト。
今、私が住んでいる街。
剣と魔法によって栄える、冒険者達のフロンティア。
かつて、私はつまらない男だった。
毎日、同じように職場に向かい、同じように仕事をし、同じように家に帰り、同じように飯を食い、同じように寝る。
それをただひたすら繰り返し。
勘違いしないで欲しいのだが、私自身そのような暮らしが嫌いだったわけではない。
何の代り映えの無い日常にも愛着はあったし、社会の歯車として動くことに誇りすら感じていた。
私のような生き方を嘲笑う人は多いだろうが、しかし私はその生活に充足を持っていたのだ。
ある日、転機が訪れた。
それは冬の最中、雪の降る日だった。
いつものように会社に向かい、いつものように信号を待っていた時。
本を片手に開いた女性が一人、横断歩道を渡っていった。
信号は赤なのに。
トラックが高速で走ってくるのが見えた。
信号は青だから。
トラックが女性に気付き、ブレーキを踏んだが、スピードが緩まない。
雪が積もっていたから?
女性はトラックに気付かない。
本を読むのに没頭していたから?
私は、咄嗟に飛び出し、女性を突き飛ばした。
……これは未だに理由が分からない。
それが東京における私の最後の記憶。
私の行為が意味を為したのかどうかは、残念ながらこの目で確認することは叶わなかった。
気づけば私は、ウィンガストに来ていたから。
昔、漫画や小説で読んだような、ファンタジーの世界に。
…これからの展開は端折ろう。
それ程目新しいお話という訳でも無い。
異世界の街「ウィンガスト」に来て、勧められるがまま冒険者になって、冒険者として生活基盤を築いている、とそんな感じだ。
東京に居たとき私も何度か読んだことのある、その手の物語の大体定番の流れである。
いずれ、必要があれば語ることもある、かもしれないが。
とはいっても―――
「おい、クロダ!」
「は?」
唐突な呼びかけに、思わず間の抜けた返事をしてしまう。
見れば、私の目の前には身の丈3m以上はある大男が立っている。
「どうしたんだ、ぼーっとして。
おら、頼まれてた防具の修理が終わったぞ」
「ああ、もうそんな時間でしたか。
毎度のことながらありがとうございます、ボーさん」
男から金属製のクロークを受け取りながら、私はそう答えた。
ボーさんは、その巨体から分かるように、勿論人間ではない。
巨人族の一人である彼は、私がよく世話になっている武器屋の主人である。
本名はボーレンクイロン・ヴァキャ・アンラマウェンスタ・ヴィーマゲウォンという方なのだが、それでは余りに長いので、ボーさんと呼んでいる。
―――如何に理由があるとはいえ自分よりも明らかに年長である人をそのような愛称で呼ぶのは抵抗があり、最初は本名で呼んでいたのだが、ボーさん自身がその名前で呼ばれたくないようなのだ。
人の里に降りて長いボーさんは、巨人族どくどくの名前センスに嫌気がさしているとかなんとか。
私は、いい名前だと思うのだが。
「しかし何だな。
お前ももうこんな防具を着るようなランクになったんだな」
遠い目をして、ボーさんが言う。
「初めてお前に会ったときは、こんなぬぼーっとした兄ちゃんが冒険者なんて大丈夫なのかと心配になったもんだが」
「余り持ち上げないで下さい。
私はまだまだ駆け出しですよ」
「馬鹿を言うな。
お前、このクロークはミスリル製だろう?」
私の持つクローク……ミスリルクロークをじゃりっと触りながら、彼は続ける。
「ウィンガストで出回ってる防具では、最高品の一つだ。
これを身に付けて『ぼく、駆け出しです~』なんて、他の冒険者から怒られるぞ」
「いや、まあ……」
確かに、このクロークを手に入れるのには苦労をした。
およそ3か月の冒険で手に入れた金を全て使ってようやく購入した代物だ。
<魔法使い>である私にとって、これ以上の防具はもう望むべくもない。
少なくとも、通常の市場には出回っていないだろう。
「感慨深いもんだね……」
「一年も冒険者を続けていれば、こうもなります」
「そうか、一年か。
もう一年になるか」
ボーさんは息を深く吐いた。
そう、私がウィンガストに来て、既に一年が経過している。
都会暮らしに慣れた大人が、腕っぷしが全ての世界に来て、既に一年。
「一年……はっ、中途半端な奴には、続けられない長さだぜ?」
「そう、ですね」
今日までに、何人もの冒険者が志半ばで挫折するのを見てきた。
いや、挫折するだけならばまだマシだ、大分マシだ。
命を落とす者とて、少なくないのだから。
と、突然何かに気付いたようにボーさんが聞いてきた。
「そういえば、お前、冒険者ランクはいくつになったんだ?」
冒険者ランク。
ウィンガストにおいて冒険者とは、単に冒険をする者の称号では無い。
この町の中心部に入口を構える巨大なダンジョン――<次元迷宮>を探索し、湧き出る魔物を駆除する任を負う、公的に認められた職業なのである。
その冒険者というシステムの一つに、冒険者ランクというものがある。
冒険者を統括する冒険者ギルドという組織が、各自が成し遂げた業績等を評価して、冒険者をA~Eの5段階に振り分けているのだ。
Aが最も高く、Eは駆け出し。
ランクが高い程、より高い難易度の迷宮区域に潜る許可や、より多くの報酬が出る依頼の割り当てがギルドからなされるようになる。
また、高ランクの冒険者は国に仕える騎士へスカウトされる等、様々な恩恵を受けることができる。
「こんな防具着てんだ、C……ということは無いよな。
Bランクか? まさかAに上がってるなんてことは―――」
「Eです」
「そうかEか!
流石だな、もうそんなランクになってるなんて………は?」
へんてこな顔をして、彼が聞き返してくる。
「Eです」
大事なこと(でもないか)なので、2回言った。
「E?」
「Eです」
3回目。
「な、なんでEだよ!
それは、冒険者なりたての奴に割り振られるランクだろう!?
……俺が知らない内に、冒険者ランクはAとE逆になったのか!?
それとも区分けが5つから10に増えた!?」
何故か取り乱すボーさん。
「落ち着いて下さい。
ボーさんの認識は間違っていません。
Eは冒険者ランクの最低値です」
「だったらなおさらわからないだろう!?
どうして1年も冒険者やってEのままなんだよ!
Eでどうやってミスリルクローク買ったんだよ!
Eじゃ碌な区域に行けないだろうが!!」
「はい、ですから」
興奮するボーさんを諌めるためにも、少し語気を強めて告げる。
「毎日、次元迷宮の初心者用区域にだけひたすら潜り続けてちまちまお金を貯めたのです」
ボーさんは言葉を失った。
冒頭で、私はつまらない男『だった』と言ったな。アレは嘘だ。
私は、今でもつまらない男なのである。
つまり、毎日、同じように職場(初心者用区域)に向かい、同じように仕事(魔物退治)をし、同じように家に帰り、同じように飯を食い、同じように寝る。
東京にいた頃と変わらぬ生活を送っている、送ってしまっている。
異世界に来るなんていう前代未聞の事件に巻き込まれておきながらこの体たらくとは、私のつまらなさはもう筋金入りと言えよう。
これから始まるのは、そんなつまらない男のお話だ。
――ああ、重要なことを伝え忘れていた。
この物語の語り部であり、恐れ多くも主人公である、この私。
名を、黒田誠一という。
さておき。
茫然自失となったボーさんに別れを告げ、帰路につく。
このウィンガストという町は、先ほど言った次元迷宮を中心に据えて作られている。
(次元迷宮の説明は、実際に探索へ出かけるときにするので、今は省略させて貰う。)
中心の迷宮を最低地として、外周に向けて上り坂となった構造をしている。
でかいクレーターの中心部に迷宮があり、その周りに町が築かれている、と言えば多少は分かりやすいだろうか?
実は比喩ではなく、本当にクレーターだったらしいのだが、それはまた別の話で。
現代に生きた人間である私がこの町を一目見た感想は、『整然としている』、だった。
そう、整然とした町並だ。
学校の歴史の授業で中世の町並みを習った人ならば、少なからず同じ感想を抱くと思う。
単純な技術レベルは地球における中世程度であるにも関わらず、この町は非常に整った区画を擁し、通りも綺麗に清掃されている。
それこそ、世界で一番綺麗好きな国民と言われる日本人である私が、この町での生活に嫌悪感を抱かなかった程に。
住民の衣装も華やかだし、食事もしっかり調理されたものが出る。
魔法等の特殊なスキルの存在が一般化し、それを用いて生活の基礎が作られているからなのだと思う。
つまるところ、ライトノベルでよくあるファンタジー世界のような町、と言いたい。
「大分遅くなった」
一人呟く。
日は完全に暮れている。
街灯(『街灯』があるのだ、この町には!)のおかげで道を歩くのに苦は無いのだが、店はどこも終業しているようだ。
当初の予定では、この後ローラさんの魔法店に寄って今日の迷宮探索で消耗した備品を補充したかったのだが…
「明日にするか」
仕方がない。
防具の修理を待つ間に時間が経ち過ぎた。
断っておくが、これはボーさんの腕が悪いから想定外に時間がかかったのではない。
逆だ。
ボーさんの腕が良いから、本来修理に数日かかるのを覚悟していたところを、迷宮帰りから夜の間までに終わったのである。
「しかしこのまま家に帰るのも侘しい」
自宅に帰っても、碌な飯が無い。
確か保存用の干し肉とか安い葡萄酒があったはずだが、一日の終わりをそんな食事と共に迎えるのは不本意である。
「あそこ、まだやっているだろうか」
もうこの町も長い。
この時間でもやっていそうな店にもちゃんと心当たりがある。
私は帰路を少し外れ、その店へと向かった。
道すがら、見知った顔を見つけては挨拶を交わしつつ、目的地へと到着する。
「……良かった」
私は胸をなでおろした。
店から光が漏れている。
まだ営業中のようだ。
ここは黒い焔亭という酒場である。
この町に来た当初から利用している、行きつけのお店だ。
店構えはそれ程大きくないが、店主一人と少数のお手伝いで営業している店であることを考えれば広いとも言える。
道すがら、空腹がきつくなってきた。
私は早速、酒場の扉をくぐる。
「ごめんください」
「もう今日は終わったよ……ってなんだクロダか」
入ると同時に声がかかる。
若い女性の声だ。
「すみません、今日はもうダメですかね?」
声をかけてきた女性を見ながら、尋ねる。
もう営業は終わりとのことだが、ここで食事がとれなければ、今日の夕飯は干し肉に決定だ。
そんな私の心配を察したのか分からないが、女性はニコっと愛嬌のある笑顔を浮かべてこう答えた。
「本当はもう終わるつもりだったんだけどね。
ま、アンタならいいでしょ。
常連だからね、特別サービス」
「それはお気遣いありがとうございます、リアさん」
どうやらちゃんとした食事にありつけそうだ。
私はその女性―――リアさんにお礼を言った。
「いいってこと、よ。
ほら、適当な席についといて。
今店長呼んでくるから」
クルっと軽いステップで身を翻すと、リアさんは店の奥へ向かう。
それを見送りつつ、私は近場のカウンター席に座った。
「あ、食事でいいんだよね?
それとも今から飲む?」
「食事です。
簡単で構いませんので、適当にご用意頂ければ」
「オッケー♪」
リアさん。
本名はリア・ヴィーナさん。
先ほどの台詞からも分かるように、この店のお手伝い……要するにウェイトレスである。
1か月前からこの店で働きだした、新人さんだ。
「………」
リアさんの後ろ姿をじっと眺める。
年のころは、私よりも下。
確か18だったはずだ。
この辺りに住む同じ年頃の女性の中では平均的な背丈で、大体155位だろうか。
先程の会話からも垣間見られたが、非常に活発な性格のお方で、ともすればガサツな印象を持つ人もいるかもしれない。
「………ふむ」
店の奥で誰か、おそらくは店長と話しているリアさんを眺める。
しかし、仮に彼女にそんな悪印象を抱いた人でも、女としての魅力まで否定はしないだろう。
肩に触れる程度まで伸ばされた――セミショート、という髪型でいいのだろうか――リアさんの茶色い髪は、女性特有のきめ細かさを持っている。
顔も可愛らしく整っており、美少女と呼ぶに申し分ない。
快活な笑顔を浮かべながら元気よく動き回り、それに合わせて髪がサラサラと流れる――その様は、世の男の大部分を魅了するだろう。
そして、肢体。
この店のウェイトレスには制服が用意されている。
エプロンとスカートが一体となったような、青を基調とした服だ。
制服のエプロンは、へその上辺りに幅の広い帯を巻く構造なのだが、その帯の巻き付きによってエプロンが身体にフィットしている。
要するに着用者の胸を強調させているのだ。
そこから分かる彼女の胸は豊満と形容するにはやや足りないものの、綺麗なお椀型の形をしたいわゆる美乳であり、自分が女であることを強く主張している。
カップは、目算だがD程だろうか。
一方でスカートの丈は短く、膝30cmを超えている。
当然、そこからスラリと伸びた健康的な脚は、太ももの大部分まで露出することになる。
程よく細く、張りがあり、それでいて女性の柔らかさを十分に感じさせる肉付きをした、魅惑的な脚。
余程特殊な性癖の持ち主で無い限り、あれに惹かれない男はいないと断言できる。
スカートに隠されたお尻も同様だ。
形の良い曲線で表された2つの双丘が、男の視線を捕らえてやまない色気を放っている。
飾り気の無い白い木綿生地の下着も、彼女の美尻をより際立たせていると言って良い。
……今、私の言葉に疑問を持った人はいるだろうか。
他はともかく、何故スカートの中まで把握できるのか、と。
少し長くなるが、解説させて頂こう。
これは、私のウィザードとしての<魔法>の一つ、<屈折視>のなせる業である。
効果は読んで字の如く、視界を屈折させて視線の通らない場所を見通す、知覚系魔法の下級スキルだ。
本来ならば、ダンジョンにおいて岩陰や曲がり角の先等に潜む魔物へ射撃系魔法をあてるための魔法なのだが、こういう使い方もできる。
………いや、本来の使い方でもちゃんと使っているんですよ?
ちなみに、知覚系魔法の上級にはそのものずばり<透視>という何でも透けて見えてしまう魔法もある。
私は使えない。
Eランクの冒険者である私では、上級スキルの習得許可を貰えないからだ。
とはいえ、仮に習得できたとしても、こういう用件ではまず使用できない。
何故なら、上級スキルは発動に様々な準備(身振り手振りや呪文等々)が必要となるからである。
ついでに発動時に変な発光エフェクトが出てきたりもする。
そのため、こういう場で使おうものなら一発でばれてしまうわけだ。
一方、<屈折視>は下級スキルであるため、Eランクの私でも習得できるし、必要な準備は最小限、エフェクトも地味。
そして、スキルの熟練度を上げることで、唯でさえ少ない準備やエフェクトを完全に省略することも可能なのである。
つまり、どこで使おうが、まずばれる心配が無い、ということ。
同じ理屈で<透視>も熟練度を上げ続ければ、手間の省略ができるわけなのだが、上級スキルは熟練度が上がりにくい上に、準備を完全に省略するのに必要な熟練度は下級スキルを大幅に上回る。
<透視>を<屈折視>と同様に扱えるようになるには、一体何年…何十年の修練が必要になることやら。
…さらにどうでも良い補足をするならば、離れた場所にいるリアさんの肢体をじっくり鑑賞するために<感覚強化>を、暗いスカートの中を覗き見るために<闇視>という魔法を使っている。
効果はこちらも読んで字の如く、視力を含めた五感を強化する魔法と、暗闇を見通す魔法である。
自分が習得できていることからも分かる通り、どちらも下級スキル。
当然、どちらも熟練度を上げて準備無しに発動できるようにしてある。
…スキルをこのような使い方をすることに対して、不快感を持つ人もいるかと思う。
でもね、これは世の男の子共通の願望だと思うんですよ。
誰だって、こういう魔法を覚えたらこういう使い方をするでしょう、するはずだ、するだろう?
無論、私だって、最初からこれを狙って魔法を覚えたのではない。
ダンジョン探索に役立つ魔法を覚えていったら、こういう使い方もできるということにある日気づいてしまっただけなのだ。
実際今挙げた魔法は、どれも毎日の迷宮探索に欠かせない必須のものでもあるのです、はい。
以上、解説と釈明終わり。
「では改めて」
リアさんの鑑賞を続けよう。
リアさんはどうやら店長を待っているのか、こちらに背を向けつつ壁に片手をつきフリフリしている。
腰をフリフリしている。
私を誘惑している……わけが無いので、おそらくこれは彼女の癖なんだろう。
実に素晴らしい癖だ。
腰が揺れている、太ももが揺れている、スカートの中に見える魅惑の曲線も、テンポ良く左右に揺れている。
ずっとこれを見ていたい欲求にかられる。
というか、彼女がそれを辞めるまでずっと見ている所存である。
店長はなかなかこちらに来ないが、既に料理の準備でも始めているのか。
いいぞ、このまましばらく来ないで頂きたい。
「………ねぇ」
不意にリアさんがこちらを振り向いた。
「なんだかさっきから、あたしの方をジロジロ見る変な視線を感じるんだけど。
すっげぇ気持ち悪い感じの」
!!?
一瞬、心臓の鼓動がドクンっと跳ね上がる。
いや、ばれない、ばれるはずが無い。
私は極めて平静を装い、怪訝な顔をこちらに向けるリアさんに返事をした。
「そうなのですか?
周りに変な人影は無いようですが」
「あんたがあたしを見ていたわけじゃないのね?」
こんな返答で疑念が晴れるわけもなく、重ねて問われる。
だが私の方も、先程のことがリアさんにばれるのは非常にまずいので、それを断固否定する。
「勿論、私なわけがないじゃないですか」
「……そう?
気のせいだったかな…」
疑いは薄れてきたようだ。
まあ、元々何か根拠があるわけでも無いのだから、しっかりと否定すればこうなるのは自明である。
完全に嫌疑を無くすべく、私はさらに畳みかけた。
「変な疑いは心外です。
私はリアさんの魅惑的な太ももをずっと眺めていただけなのですから」
「………」
沈黙。
「………」
「………」
さらに沈黙。
「………」
「………ほう?」
ニッコリと、リアさんは笑った。
本来、笑顔とは攻撃的な表情である。
そんなことを言ったのは誰だったか。
まずい。
やってしまった。
冷静になっていたつもりだったが、動揺を抑えきれなかった模様。
私は、彼女の地雷を思い切り踏み抜いた。
「いや、ははは、今のは、ほら、言葉の綾ってやつですよ?」
「ふーん? へー?」
取り繕う私の言葉に、全く私のことを信じていない返答。
……私は、昔からいつもこうなんだ。
想定外のことが起こるとちゃんと対応できなくなる。
これで仕事を失敗したことも一度や二度では無い。
「はっはっは、クロダってば面白い奴だなー」
「いえいえ、私など何の取り柄も無い、つまらない男ですよ」
「そんなことは聞いてない」
愛想笑いをする私に、すげない一言。
顔は笑いながら、目は一片も笑っていない。
ここまで彼女が怒りを露わにするのには理由がある。
このお店の制服は、先程言ったようにとても女性の魅力を引き立てる代物だ。
当然、それを目当てにやってくる客も多い。
そしてそんな客の中には、見るだけでは飽き足らず実際に手を出すものもおり、リアさんを含めウェイトレスの皆さんはほとほと困っていたらしい。
困って、困って、そして爆発した。
ある日、リアさんにセクハラをしたどこぞのおっさん(記憶が確かならば、尻を鷲掴みにした)に対し、リアさんは「制裁」を決行したのだ。
制裁とは即ち鉄拳制裁である。
その日、店は赤く染まった。
それからである。
リアさんは、セクハラに対して、我慢するのを辞めた。
セクハラには、須らく制裁を。
何らかの才能があったのか、制裁時の彼女はすさまじく強さを発揮し、屈強な男連中すらボコボコにしてしまう。
その姿から、「黒焔の鬼」という字まで付けられた。
嘘か本当か、制裁を受けた者の中には高ランクの冒険者もいたとか。
何故そんな危険人物にあんなセクハラ行為を働いたのか、疑問に思われるかもしれない。
それに対する私の答えはただ一つ―――そこに女体があるからだ。
すみません、ちょっとした好奇心だったんです、魔法ならばれないだろうとか思ってたんです。
それに、今回私がしたのはリアさんをジロジロ見た程度ですよ?
触ったりとか全然していないし、それ位なら、許されるかなって思っちゃうじゃないですか。
そんな私の心境を余所に、リアさんはこちらへ向かってくる。
拳を握りしめ、一歩一歩近づいてくるリアさんの姿には威圧感すら―――
「!?」
いやちょっと待った待った。
本気で皮膚がピリピリする程プレッシャー感じたんですけど!
その場から後ずさりしちゃう位の圧力受けてるんですけど!
これは、高ランク冒険者が倒されたというのも本当の話やも…
「思ってもなかなかあたしにそんなこと言える人はいないよ?」
身体は強張って動けないが、リアさんの声は妙に鮮明に聞こえる。
もう脂汗がダラダラである。
気づけば、彼女の周囲の風景が揺らいでいる。
私の<屈折視>によるものでは無い。
彼女の放つ気とかオーラとかプラーナとかそういう力が周りの空間を歪ませているのだろう。
この世界に気というものが存在するのか私は知らないし、自分でも何を言ってるのか分からない。
「あたし相手にそーゆーことするの、この店では禁止なんだよねー?
知ってた? 常連のアンタが知らないわけないか。
まあどっちでももう構わないんだけど」
はい、終わった。
私、終わったよ。
ゆっくりと拳を振り上げる彼女を見て、私は目を閉じた。
まあいくらなんでも本当に殺されはしないだろうけれど――しないですよね?――骨の1、2本程度で済むといいな、と願いながら。
―――しかし、運命は私を見捨ててはいなかった。
「お前ら、何やってんだ?」
店長の登場である。
第一話②へ続く
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