社畜冒険者の異世界変態記

ぐうたら怪人Z

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第三十四話 魔龍討滅最終戦 合成魔龍イネス

② すべてが終わったその後に

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 現在、私は療養所の廊下を走っている。
 マナー違反にも程があるが、この時のみはどうかご容赦願いたい。

 ――“私”
 そう、すなわち黒田誠一である。
 色々あった挙句、どうも生還できた模様。
 いや、今私のことはどうでもいい。
 重要なのはそこでない。

 私が目覚めると第一声で、アンナさんに告げられたのだ。
 “美咲さんが、イネスさんを倒した”と。
 イネスさん――即ち、私の幼馴染でもある駒村葵さん。

 こうなるであろうことは分かっていた。
 何人なんびとであろうと美咲さんに勝てる訳が無いのだから。
 しかし、よもや自分が意識を失っている最中に全てが終わっていたとは――

「葵さん!?」

 そう言って、は病室の扉を勢い込んで開ける。
 中に居たのは、2人の女性。
 一人はベッドに横たわった葵さん。
 もう一人はその傍らに佇む――

「――美咲さん」

「久しぶりだな、誠一」

 ――境谷美咲さんが、そこに居た。
 その表情は陰り、悲しんでいるようにも、悔やんでいるようにも見える。

「全て終わった。イネス・シピトリアは……死んだよ」

「んなっ!?」

 余りに衝撃的な台詞に絶句する。
 そんな、そんなことが……!?
 美咲さんが、葵さんを、殺すとは――

「……私は用件が済んだ。もう行く。再会の抱擁はまたの機会にしよう」

 そしてその一言を残し、美咲さんは立ち去ってしまう。
 私はその後を――追えない。
 終える筈が無い。
 彼女をこのままにしてはいられない。

「……葵さん」

 ぽつり、と名前を口にする。
 ベッドで眠るように横たわる彼女の傍らに立つ。
 ――綺麗な顔だ。
 死んでいるなんて信じられない。
 だが、もう葵さんは動かない。
 かつてのような明るい笑顔を見せてはくれない。
 私は、自分の幼馴染を助けることができなかった――いや、助けようともしなかった。

 何か他に手が有ったのではないか。
 せめて、2人が戦う場に居ることができれば。
 いや、もっと葵さんと交流し、説得を試みていれば――!

 今更な話だ。
 正しく後悔である。
 だが、思考を落ち着かせようとしても感情の沸き立ちを抑えられない。

「葵さん――!」

 再び口から彼女の名が零れる。
 部屋に響く程の叫びで。
 無論、こんな行為に意味など無いのだが――

「なんですか?」

「え?」

 ――思わぬ返事が来た。

「急に大声出して、どうしたって言うんです、誠ちゃん・・・・?」

 そこには、きょとんとした顔で私を見返す葵さんの姿があった。
 ごくごく普通な様子で上半身が起き上がっていた。
 よくよく見てみれば、死んでいるどころか顔の血色は寧ろ良好だった。

 ……え?
 嘘?
 ドッキリ?
 あれだけシリアスな雰囲気醸し出しておきながら、私を騙したんですか美咲さん!?

「……葵さんが亡くなったと聞いて、飛んできた訳ですが」

「生きてますけど」

「……そうですね」

 本当にそうですね。
 どうしてくれるんだ、この空気。
 色々と台無しである。
 こうなったらここで押し倒して有耶無耶にしてしまうか――などと考えていた、その時。

「それにしても誠ちゃん、なんか急に老けてません?」

「老けっ!?」

 いきなり凄い事言われた!
 確かに最近色々大変なことずくめだったので(その中には葵さんの案件も含まれている)、多少は疲れが顔に出ているかもしれないけれども!!

「あとさっきから気になってたんですけど、ここ、どこです? 今日、日曜日ですか・・・・・・? 学校はどうなって・・・・・・・・るんでしょう・・・・・・?」

「……え?」

 後に続いた言葉で、私は言葉を失った。
 まさか。
 まさか、彼女は――

「――あの、イネスさん?」

「誰ですかイネスって」

「……いえ」

 葵さんは――

「五勇者を覚えていますか……?」

「何なんです、それ? 何かのゲームのキャラですか? ははーん、さては誠ちゃん、またエッチなゲームに嵌りましたね。アタシにコスプレして欲しかったりします?」

 嘘をついている――ようには全く見えない。
 そもそも、この状態でこちらを騙す意味が無い。

「というか、ここ病院にしては妙に古臭くないですか? 一昔どころか二昔三昔前みたいな造りの建物ですよね――あれ? そもそもどうしてアタシはここにいるんでしたっけ?」

「…………」

 ああ。
 そうか。
 そういうことだったのか。
 美咲さんの言葉は正しかった。
 イネス・シピトリアは、間違いなく死んだのだ。
 ここに居るのは五勇者の一人“封域”のイネスではなく、私の幼馴染である駒村葵なのである。

 彼女は、自分が産まれ育ったこの世界――グラドオクス大陸での記憶を、全て捨て去っていた。
 それは美咲さんとの戦いによる結果なのか、それともイネスさんにとって自分の人生とはその程度の価値しかないものだったのか。
 私如きにその理由を推し量ることはできない……






 ……そして。

「……美咲さん」

「随分と早かったじゃないか。もっとイネスの奴と話をしていても良かったんだぞ」

「彼女には軽く状況説明をして、今は休んで貰っています」

「そうか」

 ここはウィンガストの街を少し離れた、小高い丘の上。
 なかなか風光明媚な場所で、街の全景を見渡すことができる。

「少し昔話をしよう」

 私から視線を外し、街の方を遠く眺めながら美咲さんがぽつぽつと語り出す。

「物心ついた時から、私は何でもできた。
 なにか問題に直面してもすぐにその解が分かったし、それを実行するだけの能力も兼ね備えていた。
 いわゆる完全無欠の天才という奴だ。
 逆に周りの人々がどうして問題を解決できないのか理解できなかったことすらある。
 毎日がつまらなくて退屈で仕方なかった。
 世の中を舐め切っていたな」

 ……そうなっても、仕方が無いことだったろう。
 彼女の持つ最上級の特性<ラプラスの瞳>は視界内の存在を素粒子レベルで解析することができる。
 しかも美咲さんの場合、その特性を最大限に活かすことのできる<身体能力ステータス>まで完備していたのだ。
 凡そ、完全無欠。
 周囲を見下してしまうのも、無理はない。

「だがある日転機が訪れた。
 六龍界への召喚だ。
 この世界に来てからはまあ、それなりに面白かった。
 魔力や魔法などというそれまで知らなかった技術があったからな、それをアレコレ弄っているだけで己の好奇心が満たされたよ」

 その瞳はどこか懐かしげで。

「だから、この世界に召喚してくれた魔王には感謝した。
 喜んで協力したとも。
 充実した毎日を私に提供してくれたのだから。
 まあ、単純に六龍共がむかついたからという理由も大きいんだが」

 本当に好き嫌いだけで神様に喧嘩売ったのか、この人は。

「それに――五勇者達だ。
 他の奴等と違い、私に近い“領域”にまで立ち入ることができた連中。
 アイツ達と一緒に居る時は、余り退屈しないで済んだ」

 僅かにだが、微笑みを浮かべた。

「私と真っ向から議論できるのなんて、エゼルミア位だ。
 どれだけ殴っても蹴ってもガルムは壊れなかったしへこたれなかった。
 将来性が一番なのはデュストだな、後数年鍛えれば私と同じレベルで<スキル>扱えるようになっただろう。
 イネスは、どれだけ打ちのめされても私への敵愾心を持ち続けてくれた」

 口調こそ淡々としているが、そこには彼女なりの強い“想い”が感じられる。
 五勇者の冒険は、若き日の美咲さんへ多大な影響を与えたのだろう。

「……皆、大切な仲間だったんだ、と思う。
 もう、誰も残っていないけれど」

 表情へ陰りが差した。
 自嘲するように、美咲さんは続ける。

「命懸けで六龍を倒せとは言ったが、本当に命を落とすまで戦わなくてもよかったろうに。
 適当なところで逃げておけば――私が、なんとかしたのに」

 呟き、俯く。
 僅かにだが、肩が震えていた。
 泣いて――いるのだろうか。
 いや、無理も無い。
 生死を共にした仲間達が皆居なくなったのだ。
 その喪失感たるや、部外者に過ぎない私では類推することも難しい。

「く――う、く――」

 震えが大きくなる。
 駆け寄るべきか。
 しかし駆け寄ってどうする?
 慰めるのか?
 どう言って慰める?
 勇者の幾人かは私が殺したようなものなのに。
 悩む内にも美咲さんの方は大きく上下に揺れ――

「――く、くくくく、くははは! 見事に全員くたばったな!
 これで私の天下だ! 最早、私を止められる者などこの世に居ない!」

「ええっ!?」

「冗談だよ」

 一転、笑みを浮かべてこちらを振り向く。
 しかしその瞳には……いや、よそう。
 そこに触れるのは余りにも配慮が欠けている。

「さておき、紆余曲折はあったものの結局は私の狙い通りに六龍は討滅できたわけだ。
 ありがとう、誠一。
 何度か私が手を貸したとはいえ、よくぞ計画を支障なく進めてくれた――全て私の助力あってのことだが」

 実に珍しい、美咲さんからのお褒めの言葉である。
 どこか恩着せがましい気がしないでもないが。

「これは何か、ご褒美も考えてやらなければな」

「褒美だなんてそんな。
 美咲さんに何でも命令できる権利なんて、恐れ多いですよ」

「そんなことは一言も言ってない」

 ジトっとした目で睨まれてしまった。

「――まあ、しかし。
 法外な報酬、とは言えないかもしれないな。
 それだけ大きい仕事をお前は果たした。
 何でもは無理だが、内容によっては頼み事を聞いてやらんでも無い」

「ええ!? 美咲さんが白昼堂々とストリーキングを!?」

「調子に乗ってると殺すぞ」

 ガチな殺気を放たれ、流石に口をつぐむ。
 だが、美咲さんに命令できる権利か。
 ……実に夢が膨らむ。
 股間も膨らんでしまいそうだ。
 というか寧ろ既に膨らんでいる。

「では早速」

「え? お前、ちょっと待て。
 ここ、そういう流れでは無かっただろう!
 私の過去話でしんみりして終わりって場面だろう!?
 なんでいきなりサカってるんだ!」

「そうは言いましても、これだけの肢体を見せつけられたら欲情の一つや二つしてしまいますよ!
 ここ数日は入院していたせいでご無沙汰でしたし!」

「お前の理性はサル並みか!?」

「止めて下さい! 猿さんに失礼ですよ!?」

「自分で言うな!!」

 どのような指摘を受けようと、最早収まりはつかない!

「あ、こら、止めろ!
 抱き着くな、おい!
 ちょ、ズボン、ズボンを降ろすなと!
 やっ、そこっ、ダメっ、弄っちゃ――あ、んぅううっ!!」

 青空の下、美咲さんの甘美な声が辺りに響いたのだった。






 こうして、勇者と六龍との戦いは幕を閉じた。
 過去からのシガラミはおおよそ消え去り、この世界は邪な龍達から解放される。
 人々は英雄も黒幕も居ない世界で、新たな生活を築き上げていくことだろう。

 故に。
 だからこそ。
 ここから先は正真正銘――黒田誠一の戦いの物語となる。



 第三十四話 完
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