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第三十三話 魔龍討滅戦 白龍ケテル
③! 復讐者は夢を見た
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龍によって力を得たエゼルミアは、ヒトの中で最強に近い存在となった。
しかしそんな彼女と比べてすら、“五勇者”は勝るとも劣らぬ強者だったのだ。
無論、その筆頭はミサキ・キョウヤ――日本では境谷美咲と呼ばれているらしいが――である。
エゼルミアは彼女の最初の仲間だったのだが、はっきりキョウヤの強さは五勇者の中であってもずば抜けていた。
『え? 何? 君、“自分一人で十分”とか“足手まといは要らない”とかイキってたけど、その程度なの?』
……初めて会ったエゼルミアを、鼻で嗤った程だ。
鼻で嗤いながらボコボコにしてくれた。
いや、確かにあの頃、自分は大分調子に乗ってた時期ではあったが、アレはどうなんだ。
しかも彼女、エゼルミアのように龍によって強化された訳でもないのである。
だというのに、自分を歯牙にもかけないばかりか、ある時は魔族の軍隊を戦場ごと消し去ったり、またある時は籠城する魔族を城ごと吹き飛ぼしたり――規格外にもほどがある。
何故自分を仲間に誘ったのか、本気で不思議に思った位だ。
『勇者は仲間を集めるものだろう? ソロプレイはつまらん』
一度尋ねた時、そんなことを言っていた。
なるほど、よく分からない。
後になって、“六龍を倒すために魔王が異世界から召喚した存在”だと聞かされたのだが、その突拍子の無さに却って納得してしまった。
それが分かってみれば、キョウヤは最初から六龍との戦いを見据えていたようにも……
(……いいえ、違いますわね)
違う。
そうだ、違う。
彼女は絶対に楽しんでいた。
魔族を倒し、魔物を倒し、人道を外れた賊共を倒し、圧政を敷く王やら、偉そうな口をきく貴族も叩きのめし。
それら全てを、イイ笑顔でこなしていた。
心底楽しそうに、『正義の味方』をしていたのだ。
その姿に見惚れて、エゼルミアはキョウヤの仲間になったのではなかったか。
まあ、なんとなく気に入らないという理由で一般人にスキルをぶっ放したり、民衆を危険な方向へ扇動したり、大概なことも割と――いやかなりの頻度でやらかしていたが。
(あら? なんだか記憶を美化しています?)
よくよく考えれば、そこまでの好人物でも無かったかもしれない。
次に仲間になったのは、人狼ガルムだ。
会ったその日から、キョウヤへ求婚をかましていた。
あっさり振られるもめげることなく、そのまま仲間として居座ったのである。
……彼が六龍に関連する人物であることは最初から知っていた。
まさか六龍本人であったなどとは、黒田誠一が暴露するまで流石のエゼルミアも把握できていなかったが。
(まあ、ワタクシ全能は名乗っていても全知は謳っておりませんから)
とはいえ、共に旅をしている最中、ガルムが龍であると言われたところで、俄かに信じられなかっただろう。
『ふむふむ、魔族の集団を拙者が引きつけるわけでござるな。
お任せくだされ、ミサキ殿! このガルム、見事にその役目、果たしてみせましょうぞ!
して、引きつけた後はどうするのでござる?
え? 拙者ごと爆破する?」
『ほうほう、その巨大な爆弾を拙者が担ぎ、敵集団のど真ん中で炸裂させる、と。
完璧な作戦でござるな、ミサキ殿――拙者が死ぬということを除いては!
……え、本気でやるの?』
貧乏くじを引かされつつも涙を流してそれを実行する惨めな姿は、とても龍を連想できない。
キョウヤが発案する無茶な作戦を宥めるのも彼の役割だったのだが、口を出す度にイラっときた彼女にボコられていた。
『何故! 何故、拙者は斯様な扱いを受けねばならぬのか!?』
『それは貴様がガルムだからだ』
『拙者はいつまで斯様な扱いを受け続けるのでござる!?』
『それは貴様がガルムである限り、だ』
彼女はガルムに何か恨みでもあったのだろうか?
それ位、扱いが酷かった。
(……まあ、とは言いましても)
特に彼に対して同情したことも無い。
何故なら――
『オラオラっ! もっとケツ穴締めろ! この雌豚エルフがぁっ!! 孕めねぇならせめて俺様を気分よくさせやがれ!!』
『おおっ!!? おおっ!!? おおっ!!? おほぉおおおおおおっ!!!!?』
――キョウヤの居ないところで、“ティファレト”を名乗る人格に散々犯されぬいていたのだから。
4人目は、イネス。
彼女は――まあ、哀れだった。
六龍の玩具として産まれ落ち、正しく玩具のように弄ばれ続け、挙句の果てにはその勇者としての役割をキョウヤに奪われた女。
それでも気丈に生きていく姿に、憧れのような気持ちを抱いたこともある。
……本人にそれを言ったことは無いし、これからも教えるつもりは無いが。
そんな経歴の持ち主であるが故、当然ながらキョウヤとの仲は最悪に近い。
六龍からの指示が無ければ、仲間に加わることも無かっただろう。
『ほざくか、イネス!』
『な、殴られたって止めませんよ、ミサキ!』
そんな怒鳴り合いを、何度聞いたことか。
『そのカップリングならデュスト×ガルムだと何度言ったら分かる!?』
『馬鹿ですか!? デュストは誘い受けですよ!!』
…………。
意外と気は合っていたのかもしれない。
龍のこともあってそれとなく対話を避けていたエゼルミアよりも、よほど。
(ちなみにワタクシは断然、キョウヤさん×イネスさん(キョウヤの強気責め)派です)
ところで、黒田誠一は女に対してはやたら積極的に責めてくるが、いざ男同士ではヘタレ受けになると思う。
室坂陽葵? あの少年は女の子みたいなものだから除外だ。
閑話休題。
最後、デュスト。
彼に関しては、余り語ることは無い。
龍と無関係の人間ながらそれなりに頑張っている、程度の感想だ。
『初めまして、デュストです!
これからよろしくお願いします!』
『魔族? 憎いですよ、当然でしょう。あいつらに生きる価値なんて無い!』
『キョウヤ様が正しいというのであれば、それは正しいことです。ええ、間違いありません』
正直なところ、何故キョウヤが彼を仲間に加えたのか理解できなかった。
確かにその成長力には目を見張るものがあったが……
『僕が強くなった、ですか?
……そうは思えません。
僕は敵を殺すことにしか使えませんが、エゼルミア様は人を助けることもできるじゃないですか』
『魔族は今でも憎いですよ。
それでも、自分の復讐より大事なことがあると気づいたんです。
この馬鹿げた舞台、僕達の手で終わらせなくては』
『……キョウヤ様は関係ありません。
例えあの人に否定されようと、僕はこの役目を全うするつもりです』
『そう、つれないことを言うな。
……7年も、一緒に過ごしたんだ。
もう少し、付き合っていけよ……!!』
「――――あ」
そこで、エゼルミアは目が覚めた。
まず視界に入ったのは、壊れた街並みだ。
次いで見つけたのは、腹立たしいことに魔族の老いぼれだった。
「おお、気付かれましたか」
ギルド長のジェラルドだ。
どうやらまだ生きていたらしい。
(ああ汚らわしい殺したい臭い殺したい醜い殺したい死ね死ね死ね死ね――)
胸の中で思いつく限りの罵詈雑言を並べ立て、精神の平静を図る。
功を奏し、口から出たのは落ち着いた声色。
「状況を説明頂けますか?」
端的に問う。
直前までの“行為”について謝罪はしない。
ジェラルドの方もそれは納得しているのか――或いは抗議しても無駄だと理解しているのか――嫌な顔一つせず、報告してくれる。
「貴女が気を失ってから、まだ数分と経っておらぬよ。
もっとも、その間にあの子――リアは、街を壊し続けておる。
おかげでこの辺りの見通しが大分良くなってしまったわい」
「なるほど」
自分の眼でも確認する。
確かに、まだこの程度の破壊で済んでいるのなら、気絶していたのは数十秒といったところか。
離れた場所には魔族の少女。
彼女は虚ろな瞳で宙を漂っている。
その身体から漏れだす魔力が、街を無差別に爆撃していた。
「儂からも聞いてよいかのう、エゼルミア殿」
こちらから一定の距離を置きながら、ジェラルドが口を開く。
「あの子の身に何が起きとるんじゃ?」
「端的に言えば、龍の力の暴走ですわ」
隠すことでも無いので、説明することにした。
「リア・ヴィーナの身体には今、白龍ケテルが憑依されています。
下手人は――十中八九、イネスさんでしょうね」
「イネス殿が!?
何故、そのようなことを!」
「……状況から考えて、ワタクシへの牽制、若しくはワタクシへの刺客かしら。
直にキョウヤさんが来る状況になって、イネスさんも動かざるを得なくなったのでしょう」
「リアを選んだ理由は?」
「詳しくは存じませんが、ワタクシに殺意を抱きやすい人物から選んだのでは?
確かにその条件で限定すれば、リア・ヴィーナは高い龍適性を持っていますわ。
けれど、龍を憑依させるにはまるで足りませんから――“何らかの手段”で補ったのでしょうね。
ふ、ふふふふ、まあ、不完全だったようで、肝心のワタクシを放って暴れ出しているようですが」
そうは言っても、暴走の原因はエゼルミアの暴挙である。
発見されれば、再びこちらに襲いかかってくる可能性が高い。
「それにしても――ふふふふ、ワタクシ以上の魔族嫌いであるケテルがその魔族を器にするだなんて。
さぞかし、白龍は怒り狂ったことでしょう。
ひょっとして、あの暴走も発狂が原因かしら?」
イネスがどれだけ弁を弄しようと、白龍ケテルが自らそのような選択をするとは思えない。
緑龍ネツァクを上手くけしかけたのだろう。
龍同士の仲は決して良好とは言えず、特にケテルは他の龍との確執が深い。
(或いは、ケテルの神格に手を入れたのかもしれませんわね)
そんなことができるのかはエゼルミアにも分からない。
しかしあの暴れぶりを見るに、そうなっている可能性は十分ある。
「それで、エゼルミア殿。
これから如何にする?」
「そうですわね――」
ただ実のところ、対処はそう難しくないのだ。
このままただ待てばいい。
リア・ヴィーナは器として不完全であり、長く力を振るうことは不可能だ。
遠からず力尽きることだろう。
つまり、ここでエゼルミアが行うべきことは被害を抑えるべく周囲の住民を退避させることである。
もっとも、その場合“器”は間違いなく自壊する――が。
(何の問題もありませんわね)
アレは魔族だ。
どうせ殺すつもりだった相手である。
エゼルミアの手で殺されるか、勝手に死ぬか、違いはそれだけ。
考慮するに値しない。
(イネスさんも間抜けですこと)
ご大層な力を持った駒を用意するまではいいが、無目的に暴れさせるだけでは何の役にも立たないでは無いか。
大方、キョウヤの“呪縛”が解かれるのが予想以上に早かったため、準備が完了していなかったのだろうが。
まあ、どうにせよ関係無いことだ。
さっさとあの少女を片付け、ついでに目の前にいる魔族も殺し、この街を去ることにしよう。
そう考えを纏めたエゼルミアは、目下の案件解決のために指示を――
「――契約文字を打ち込みます」
その言葉は、自分でも驚く程すんなりと口から出てきた。
「おお、そういえば複製を手にしておられたのでしたな」
「ええ、状況はやや特殊ですけれど、六龍に対抗する方法は変わりませんわ。
但し、当然ですが障害もあります」
「と、申しますと?」
「契約文字は龍の“核”に打ち込まなければ十分な効果を得られません。
そして“核”を“器”の外へ出すには、“器”の方を先に破壊する必要がありますわ。
デュストさんの時であればいざ知らず、今回その手は使えませんでしょう?」
「……なるほど」
一瞬怪訝な顔をしてから、ジェラルドは頷いた。
エゼルミアが“魔族を助けようとしている”ことに何か思う所があったのか。
無理も無い、何せ自分自身が現在進行形で驚愕している最中である。
「ですので、“餌”を使います。
目の前により適した“器”があれば、今の“器”が壊れきる前に移動するかもしれません。
あの様子を見ますと白龍ケテルも理性をかなり擦り減らしているようですから、短絡的な行動に出る可能性は決して低くないかと」
「お、おお、そのような手が!
しかし、龍適性の高い人物など、そう居るものですかな……?」
「ふふ、ふふふふ、そちらに関してはご心配なく、ワタクシがその役目を遂行します。
他に適任者がいそうにありませんし」
「!! そ、それは――」
「ではお次は実行手段について説明いたしましょうか」
何か言いたげなジェラルドを遮り、話を進める。
「とはいえ、こちらも課題が山積みなのですけれどね。
ふふ、ふふふ、そもそもワタクシ、近接戦闘は得意ではありませんの。
独りで龍と戦うのは流石に無理です」
「ならば、及ばずながら儂も助力いたしますぞ」
ギルド長は握りこぶしを作り、何やら気合いを入れているようだが、
「――はんっ」
「鼻で笑われた!?」
「ああ、すみません、思わず本音が漏れ出てしまいました。
貴方ごときが戦線に加わったところで焼け石にかける水以下ですわ――などとは思っていても口に出しませんからご安心下さいませ」
「……うむ」
複雑そうな表情のジェラルド。
こちらの言いたいことがしっかり伝わったようで何よりだ。
「それはそれとして、貴方にはやって頂かなければならないことがあります」
「ふむ?」
「周辺住民の避難です。
ご理解して貰えているとは思いますが、アレと戦いながら一般人を守ることはできませんので」
「……そうじゃったな。
あいわかった、儂に任せて下され。
しかし、人手の件については――」
「――そういうことであるならば!」
唐突に響く。
“リア・ヴィーナ”に聞こえないようにするためか、意外と小さめな声が。
「あっしらが、役に立ちますぜ!」
そして物陰からこそこそと、2つの人影が現れた。
……いや、実のところエゼルミア達も建物の影に隠れながら会話をしていたので、人のことを言えた義理はないのだが。
ともあれ、そこに現れたのは――
「サンとアーニーか!」
本人達より先に、ジェラルドが答えを口走る。
そのことに大して声を出した張本人――つまりサンは不服そうにしながらも、
「へっへっへ、そういうことでござんす!
あっしらこそがウィンガストにその名も高き冒険者、サン&アーニー!」
「その呼び名は初耳だな。
そもそも俺達はそんなに名を知られていたか?」
……どうにも緊張感の欠けるやり取りである。
しかし、実際問題として有難い。
登場した2人の男、アーニー・キーンとサン・シータ――黒田は兄貴・三下と呼んでいたが――は、陽葵やリアと共に<次元迷宮>を攻略していた冒険者だ。
ふざけた態度に反し、実力の程はそれなりに信用できる。
「何はともあれ、話はその辺の瓦礫の下でしっかり聞いておりましたとも。
龍が相手で、しかもリアちゃんがピンチだってんなら、手助けするに吝かでも無いとゆーか!
いやー、この前のケセドん時はあっしらモノの役にも立たなくて、兄貴ってばそれですっかりやさぐれちゃってねぇ?
溜まったフラストレーション解放のため、適当に女でも襲って喰っちまおう(性的な意味で)とか思って人気の無い路地をうろついてたら、バッタリそちらさん方と会っちまったって寸法でさぁ!」
と、こちらが声をかけるより先にサンが語り出した。
長い。
聞いても居ないのに、ペラペラペラペラと喋る喋る。
そういえば、サンとはこういう男だった。
おかげで彼らがここに居た理由はよく分かったが。
「……サン、そういう内情は細かく説明しなくていい」
隣にいるアーニーも嫌気がさした顔で自らの弟分にぼやいている。
しかし、こちらに視線を送るや顔が引き締まり、
「勇者達と戦うためにクロダ達へ協力していた筈なんだがな。
まあ、状況が状況だ、あの女を見殺しにするのも寝覚めが悪い」
「ふふ、ふふふふ、それはそれは。
ご助力下さり、ありがとう感謝いたしますわ」
アーニーは戦闘狂い、サンは低俗、しかも揃って犯罪行為にも大した抵抗を覚えていないというゴロツキ一歩手前どころかそのものな2人組だが、パーティー内での仲間意識は高い。
この申し出も、特に裏の無い、純粋な善意から来たものであろう。
以前に行った黒田誠一の身辺調査で得たデータを思い返し、エゼルミアはそう結論づけた。
「いやぁ、しかしラッキーでしたなぁ!」
……そして、サンはまだ喋り続けている。
そろそろ止まって欲しい。
「あのリアちゃんにこうやって恩を売る機会が来るとはねぇ。
くっくっくっく、くくくのく。
解決した暁には、こいつをダシにしてリアちゃんの身体を散々好き放題にしてやるぜ!
つかあの子、根本的に貞操観念緩いからそんなん無くても普通に抱けそうだけんども。
でもでも今回の件を上手く使えば、あっし以外に身体を許さない専用の雌奴隷にすることも不可能じゃない――そんな希望を抱いている訳でさぁ。
へっへっへ、こいつぁしばらくイチモツが乾く気し・な・い・ぜ☆
全く夢の広がるお話で――あれ、皆さん、なんでそんな遠くにいるの?
あっしを独りにしないで?」
「…………」
「…………」
「…………」
彼我の距離、5メートル。
“リア”から隠れながらだと、これ位が限界だった。
「サン君、儂はこれでも一応冒険者ギルドの長なんじゃが。
見過ごせぬ発言を随分としてくれたのぅ。
――後で話がある」
「しまったぁ!?
いやしかし今は緊急事態なんで見逃しちゃあくれませんか!?」
「駄目」
「あぁああああああああっ!!!」
サンが崩れ落ちた。
「どうでもいいが、お前ミーシャのことはどうしたんだ?」
「それはまあ別腹というかなんというか。
兄貴だってクロダの旦那に固執しつつ、他に強いヤツが出てきたらそっちにも手を出すじゃないっすか。
それと同じですよ」
「同じか? 同じなのか?」
全く持って同じではないと思う。
エゼルミアにとっては実に些事な話であるが。
そんな漫才劇場を横目で眺めつつ、些事として流しようが無い案件について語るべく口を開く。
「楽しんでいるところ恐縮ですが」
人差し指で“リア・ヴィーナ”を指さし、
「気付かれたようですわよ」
「なんだってぇ!?」
「それもそうか」
「これだけ騒げばのぅ」
サン以外は落ち着いた――諦めた、が正しいか――反応を示す。
しかし慌てていようといまいと、起きている事実に変化はない。
龍の力を暴走させた少女はしっかりとこちらを見据えている。
胡乱気ながらしっかりと殺意が込められた瞳。
どうやら自分達を目標として定めたようだ。
「お、おおおお、睨まれてる!?
睨まれていますよ!?
コレどうしよう?
ひたすら逃げ回ってりゃいいの?」
「それではいけません」
“器”が壊れる前に餌に食いつかせなければならない。
そのためには速やかに『白龍が“器”を見限る』必要がある。
消極的な策でそれは望めまい。
つまりは――
「――真向勝負ですわ。
まずはケテルに、リア・ヴィーナの無能さを痛感させます」
「なるほど、分かりやすい」
事情を知る者からすれば余りに無謀な提案に、アーニーは不敵な笑みを零す。
後ろにいるサンは笑顔が引き攣っているけれど。
「貴方達お二人が前衛です。
ワタクシが後ろからサポートいたしますのでご安心を。
ふふ、ふふふふ、よろしくて?」
「問題ない」
「あの、ホント、援護はたっぷりとお願いしますね?」
簡単に指示を飛ばす。
即席のパーティーに綿密な連携など期待できない。
これ位がちょうど良いのだ。
さて。
敵は変わらず膨大な魔力をまき散らし、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
肌がチリチリ痛む程の殺気を受け止めながら、エゼルミアはふとあることを思い出した。
(“あの台詞”、言ってみたかったのですよね)
実に些細なことだが。
前々から、こんな状況になったら使おうと決めていた言葉がある。
満を持して。
堂に入った声で。
彼女はソレを紡いだ。
「――これより、勇者を執行いたします」
第三十三話④へ続く
しかしそんな彼女と比べてすら、“五勇者”は勝るとも劣らぬ強者だったのだ。
無論、その筆頭はミサキ・キョウヤ――日本では境谷美咲と呼ばれているらしいが――である。
エゼルミアは彼女の最初の仲間だったのだが、はっきりキョウヤの強さは五勇者の中であってもずば抜けていた。
『え? 何? 君、“自分一人で十分”とか“足手まといは要らない”とかイキってたけど、その程度なの?』
……初めて会ったエゼルミアを、鼻で嗤った程だ。
鼻で嗤いながらボコボコにしてくれた。
いや、確かにあの頃、自分は大分調子に乗ってた時期ではあったが、アレはどうなんだ。
しかも彼女、エゼルミアのように龍によって強化された訳でもないのである。
だというのに、自分を歯牙にもかけないばかりか、ある時は魔族の軍隊を戦場ごと消し去ったり、またある時は籠城する魔族を城ごと吹き飛ぼしたり――規格外にもほどがある。
何故自分を仲間に誘ったのか、本気で不思議に思った位だ。
『勇者は仲間を集めるものだろう? ソロプレイはつまらん』
一度尋ねた時、そんなことを言っていた。
なるほど、よく分からない。
後になって、“六龍を倒すために魔王が異世界から召喚した存在”だと聞かされたのだが、その突拍子の無さに却って納得してしまった。
それが分かってみれば、キョウヤは最初から六龍との戦いを見据えていたようにも……
(……いいえ、違いますわね)
違う。
そうだ、違う。
彼女は絶対に楽しんでいた。
魔族を倒し、魔物を倒し、人道を外れた賊共を倒し、圧政を敷く王やら、偉そうな口をきく貴族も叩きのめし。
それら全てを、イイ笑顔でこなしていた。
心底楽しそうに、『正義の味方』をしていたのだ。
その姿に見惚れて、エゼルミアはキョウヤの仲間になったのではなかったか。
まあ、なんとなく気に入らないという理由で一般人にスキルをぶっ放したり、民衆を危険な方向へ扇動したり、大概なことも割と――いやかなりの頻度でやらかしていたが。
(あら? なんだか記憶を美化しています?)
よくよく考えれば、そこまでの好人物でも無かったかもしれない。
次に仲間になったのは、人狼ガルムだ。
会ったその日から、キョウヤへ求婚をかましていた。
あっさり振られるもめげることなく、そのまま仲間として居座ったのである。
……彼が六龍に関連する人物であることは最初から知っていた。
まさか六龍本人であったなどとは、黒田誠一が暴露するまで流石のエゼルミアも把握できていなかったが。
(まあ、ワタクシ全能は名乗っていても全知は謳っておりませんから)
とはいえ、共に旅をしている最中、ガルムが龍であると言われたところで、俄かに信じられなかっただろう。
『ふむふむ、魔族の集団を拙者が引きつけるわけでござるな。
お任せくだされ、ミサキ殿! このガルム、見事にその役目、果たしてみせましょうぞ!
して、引きつけた後はどうするのでござる?
え? 拙者ごと爆破する?」
『ほうほう、その巨大な爆弾を拙者が担ぎ、敵集団のど真ん中で炸裂させる、と。
完璧な作戦でござるな、ミサキ殿――拙者が死ぬということを除いては!
……え、本気でやるの?』
貧乏くじを引かされつつも涙を流してそれを実行する惨めな姿は、とても龍を連想できない。
キョウヤが発案する無茶な作戦を宥めるのも彼の役割だったのだが、口を出す度にイラっときた彼女にボコられていた。
『何故! 何故、拙者は斯様な扱いを受けねばならぬのか!?』
『それは貴様がガルムだからだ』
『拙者はいつまで斯様な扱いを受け続けるのでござる!?』
『それは貴様がガルムである限り、だ』
彼女はガルムに何か恨みでもあったのだろうか?
それ位、扱いが酷かった。
(……まあ、とは言いましても)
特に彼に対して同情したことも無い。
何故なら――
『オラオラっ! もっとケツ穴締めろ! この雌豚エルフがぁっ!! 孕めねぇならせめて俺様を気分よくさせやがれ!!』
『おおっ!!? おおっ!!? おおっ!!? おほぉおおおおおおっ!!!!?』
――キョウヤの居ないところで、“ティファレト”を名乗る人格に散々犯されぬいていたのだから。
4人目は、イネス。
彼女は――まあ、哀れだった。
六龍の玩具として産まれ落ち、正しく玩具のように弄ばれ続け、挙句の果てにはその勇者としての役割をキョウヤに奪われた女。
それでも気丈に生きていく姿に、憧れのような気持ちを抱いたこともある。
……本人にそれを言ったことは無いし、これからも教えるつもりは無いが。
そんな経歴の持ち主であるが故、当然ながらキョウヤとの仲は最悪に近い。
六龍からの指示が無ければ、仲間に加わることも無かっただろう。
『ほざくか、イネス!』
『な、殴られたって止めませんよ、ミサキ!』
そんな怒鳴り合いを、何度聞いたことか。
『そのカップリングならデュスト×ガルムだと何度言ったら分かる!?』
『馬鹿ですか!? デュストは誘い受けですよ!!』
…………。
意外と気は合っていたのかもしれない。
龍のこともあってそれとなく対話を避けていたエゼルミアよりも、よほど。
(ちなみにワタクシは断然、キョウヤさん×イネスさん(キョウヤの強気責め)派です)
ところで、黒田誠一は女に対してはやたら積極的に責めてくるが、いざ男同士ではヘタレ受けになると思う。
室坂陽葵? あの少年は女の子みたいなものだから除外だ。
閑話休題。
最後、デュスト。
彼に関しては、余り語ることは無い。
龍と無関係の人間ながらそれなりに頑張っている、程度の感想だ。
『初めまして、デュストです!
これからよろしくお願いします!』
『魔族? 憎いですよ、当然でしょう。あいつらに生きる価値なんて無い!』
『キョウヤ様が正しいというのであれば、それは正しいことです。ええ、間違いありません』
正直なところ、何故キョウヤが彼を仲間に加えたのか理解できなかった。
確かにその成長力には目を見張るものがあったが……
『僕が強くなった、ですか?
……そうは思えません。
僕は敵を殺すことにしか使えませんが、エゼルミア様は人を助けることもできるじゃないですか』
『魔族は今でも憎いですよ。
それでも、自分の復讐より大事なことがあると気づいたんです。
この馬鹿げた舞台、僕達の手で終わらせなくては』
『……キョウヤ様は関係ありません。
例えあの人に否定されようと、僕はこの役目を全うするつもりです』
『そう、つれないことを言うな。
……7年も、一緒に過ごしたんだ。
もう少し、付き合っていけよ……!!』
「――――あ」
そこで、エゼルミアは目が覚めた。
まず視界に入ったのは、壊れた街並みだ。
次いで見つけたのは、腹立たしいことに魔族の老いぼれだった。
「おお、気付かれましたか」
ギルド長のジェラルドだ。
どうやらまだ生きていたらしい。
(ああ汚らわしい殺したい臭い殺したい醜い殺したい死ね死ね死ね死ね――)
胸の中で思いつく限りの罵詈雑言を並べ立て、精神の平静を図る。
功を奏し、口から出たのは落ち着いた声色。
「状況を説明頂けますか?」
端的に問う。
直前までの“行為”について謝罪はしない。
ジェラルドの方もそれは納得しているのか――或いは抗議しても無駄だと理解しているのか――嫌な顔一つせず、報告してくれる。
「貴女が気を失ってから、まだ数分と経っておらぬよ。
もっとも、その間にあの子――リアは、街を壊し続けておる。
おかげでこの辺りの見通しが大分良くなってしまったわい」
「なるほど」
自分の眼でも確認する。
確かに、まだこの程度の破壊で済んでいるのなら、気絶していたのは数十秒といったところか。
離れた場所には魔族の少女。
彼女は虚ろな瞳で宙を漂っている。
その身体から漏れだす魔力が、街を無差別に爆撃していた。
「儂からも聞いてよいかのう、エゼルミア殿」
こちらから一定の距離を置きながら、ジェラルドが口を開く。
「あの子の身に何が起きとるんじゃ?」
「端的に言えば、龍の力の暴走ですわ」
隠すことでも無いので、説明することにした。
「リア・ヴィーナの身体には今、白龍ケテルが憑依されています。
下手人は――十中八九、イネスさんでしょうね」
「イネス殿が!?
何故、そのようなことを!」
「……状況から考えて、ワタクシへの牽制、若しくはワタクシへの刺客かしら。
直にキョウヤさんが来る状況になって、イネスさんも動かざるを得なくなったのでしょう」
「リアを選んだ理由は?」
「詳しくは存じませんが、ワタクシに殺意を抱きやすい人物から選んだのでは?
確かにその条件で限定すれば、リア・ヴィーナは高い龍適性を持っていますわ。
けれど、龍を憑依させるにはまるで足りませんから――“何らかの手段”で補ったのでしょうね。
ふ、ふふふふ、まあ、不完全だったようで、肝心のワタクシを放って暴れ出しているようですが」
そうは言っても、暴走の原因はエゼルミアの暴挙である。
発見されれば、再びこちらに襲いかかってくる可能性が高い。
「それにしても――ふふふふ、ワタクシ以上の魔族嫌いであるケテルがその魔族を器にするだなんて。
さぞかし、白龍は怒り狂ったことでしょう。
ひょっとして、あの暴走も発狂が原因かしら?」
イネスがどれだけ弁を弄しようと、白龍ケテルが自らそのような選択をするとは思えない。
緑龍ネツァクを上手くけしかけたのだろう。
龍同士の仲は決して良好とは言えず、特にケテルは他の龍との確執が深い。
(或いは、ケテルの神格に手を入れたのかもしれませんわね)
そんなことができるのかはエゼルミアにも分からない。
しかしあの暴れぶりを見るに、そうなっている可能性は十分ある。
「それで、エゼルミア殿。
これから如何にする?」
「そうですわね――」
ただ実のところ、対処はそう難しくないのだ。
このままただ待てばいい。
リア・ヴィーナは器として不完全であり、長く力を振るうことは不可能だ。
遠からず力尽きることだろう。
つまり、ここでエゼルミアが行うべきことは被害を抑えるべく周囲の住民を退避させることである。
もっとも、その場合“器”は間違いなく自壊する――が。
(何の問題もありませんわね)
アレは魔族だ。
どうせ殺すつもりだった相手である。
エゼルミアの手で殺されるか、勝手に死ぬか、違いはそれだけ。
考慮するに値しない。
(イネスさんも間抜けですこと)
ご大層な力を持った駒を用意するまではいいが、無目的に暴れさせるだけでは何の役にも立たないでは無いか。
大方、キョウヤの“呪縛”が解かれるのが予想以上に早かったため、準備が完了していなかったのだろうが。
まあ、どうにせよ関係無いことだ。
さっさとあの少女を片付け、ついでに目の前にいる魔族も殺し、この街を去ることにしよう。
そう考えを纏めたエゼルミアは、目下の案件解決のために指示を――
「――契約文字を打ち込みます」
その言葉は、自分でも驚く程すんなりと口から出てきた。
「おお、そういえば複製を手にしておられたのでしたな」
「ええ、状況はやや特殊ですけれど、六龍に対抗する方法は変わりませんわ。
但し、当然ですが障害もあります」
「と、申しますと?」
「契約文字は龍の“核”に打ち込まなければ十分な効果を得られません。
そして“核”を“器”の外へ出すには、“器”の方を先に破壊する必要がありますわ。
デュストさんの時であればいざ知らず、今回その手は使えませんでしょう?」
「……なるほど」
一瞬怪訝な顔をしてから、ジェラルドは頷いた。
エゼルミアが“魔族を助けようとしている”ことに何か思う所があったのか。
無理も無い、何せ自分自身が現在進行形で驚愕している最中である。
「ですので、“餌”を使います。
目の前により適した“器”があれば、今の“器”が壊れきる前に移動するかもしれません。
あの様子を見ますと白龍ケテルも理性をかなり擦り減らしているようですから、短絡的な行動に出る可能性は決して低くないかと」
「お、おお、そのような手が!
しかし、龍適性の高い人物など、そう居るものですかな……?」
「ふふ、ふふふふ、そちらに関してはご心配なく、ワタクシがその役目を遂行します。
他に適任者がいそうにありませんし」
「!! そ、それは――」
「ではお次は実行手段について説明いたしましょうか」
何か言いたげなジェラルドを遮り、話を進める。
「とはいえ、こちらも課題が山積みなのですけれどね。
ふふ、ふふふ、そもそもワタクシ、近接戦闘は得意ではありませんの。
独りで龍と戦うのは流石に無理です」
「ならば、及ばずながら儂も助力いたしますぞ」
ギルド長は握りこぶしを作り、何やら気合いを入れているようだが、
「――はんっ」
「鼻で笑われた!?」
「ああ、すみません、思わず本音が漏れ出てしまいました。
貴方ごときが戦線に加わったところで焼け石にかける水以下ですわ――などとは思っていても口に出しませんからご安心下さいませ」
「……うむ」
複雑そうな表情のジェラルド。
こちらの言いたいことがしっかり伝わったようで何よりだ。
「それはそれとして、貴方にはやって頂かなければならないことがあります」
「ふむ?」
「周辺住民の避難です。
ご理解して貰えているとは思いますが、アレと戦いながら一般人を守ることはできませんので」
「……そうじゃったな。
あいわかった、儂に任せて下され。
しかし、人手の件については――」
「――そういうことであるならば!」
唐突に響く。
“リア・ヴィーナ”に聞こえないようにするためか、意外と小さめな声が。
「あっしらが、役に立ちますぜ!」
そして物陰からこそこそと、2つの人影が現れた。
……いや、実のところエゼルミア達も建物の影に隠れながら会話をしていたので、人のことを言えた義理はないのだが。
ともあれ、そこに現れたのは――
「サンとアーニーか!」
本人達より先に、ジェラルドが答えを口走る。
そのことに大して声を出した張本人――つまりサンは不服そうにしながらも、
「へっへっへ、そういうことでござんす!
あっしらこそがウィンガストにその名も高き冒険者、サン&アーニー!」
「その呼び名は初耳だな。
そもそも俺達はそんなに名を知られていたか?」
……どうにも緊張感の欠けるやり取りである。
しかし、実際問題として有難い。
登場した2人の男、アーニー・キーンとサン・シータ――黒田は兄貴・三下と呼んでいたが――は、陽葵やリアと共に<次元迷宮>を攻略していた冒険者だ。
ふざけた態度に反し、実力の程はそれなりに信用できる。
「何はともあれ、話はその辺の瓦礫の下でしっかり聞いておりましたとも。
龍が相手で、しかもリアちゃんがピンチだってんなら、手助けするに吝かでも無いとゆーか!
いやー、この前のケセドん時はあっしらモノの役にも立たなくて、兄貴ってばそれですっかりやさぐれちゃってねぇ?
溜まったフラストレーション解放のため、適当に女でも襲って喰っちまおう(性的な意味で)とか思って人気の無い路地をうろついてたら、バッタリそちらさん方と会っちまったって寸法でさぁ!」
と、こちらが声をかけるより先にサンが語り出した。
長い。
聞いても居ないのに、ペラペラペラペラと喋る喋る。
そういえば、サンとはこういう男だった。
おかげで彼らがここに居た理由はよく分かったが。
「……サン、そういう内情は細かく説明しなくていい」
隣にいるアーニーも嫌気がさした顔で自らの弟分にぼやいている。
しかし、こちらに視線を送るや顔が引き締まり、
「勇者達と戦うためにクロダ達へ協力していた筈なんだがな。
まあ、状況が状況だ、あの女を見殺しにするのも寝覚めが悪い」
「ふふ、ふふふふ、それはそれは。
ご助力下さり、ありがとう感謝いたしますわ」
アーニーは戦闘狂い、サンは低俗、しかも揃って犯罪行為にも大した抵抗を覚えていないというゴロツキ一歩手前どころかそのものな2人組だが、パーティー内での仲間意識は高い。
この申し出も、特に裏の無い、純粋な善意から来たものであろう。
以前に行った黒田誠一の身辺調査で得たデータを思い返し、エゼルミアはそう結論づけた。
「いやぁ、しかしラッキーでしたなぁ!」
……そして、サンはまだ喋り続けている。
そろそろ止まって欲しい。
「あのリアちゃんにこうやって恩を売る機会が来るとはねぇ。
くっくっくっく、くくくのく。
解決した暁には、こいつをダシにしてリアちゃんの身体を散々好き放題にしてやるぜ!
つかあの子、根本的に貞操観念緩いからそんなん無くても普通に抱けそうだけんども。
でもでも今回の件を上手く使えば、あっし以外に身体を許さない専用の雌奴隷にすることも不可能じゃない――そんな希望を抱いている訳でさぁ。
へっへっへ、こいつぁしばらくイチモツが乾く気し・な・い・ぜ☆
全く夢の広がるお話で――あれ、皆さん、なんでそんな遠くにいるの?
あっしを独りにしないで?」
「…………」
「…………」
「…………」
彼我の距離、5メートル。
“リア”から隠れながらだと、これ位が限界だった。
「サン君、儂はこれでも一応冒険者ギルドの長なんじゃが。
見過ごせぬ発言を随分としてくれたのぅ。
――後で話がある」
「しまったぁ!?
いやしかし今は緊急事態なんで見逃しちゃあくれませんか!?」
「駄目」
「あぁああああああああっ!!!」
サンが崩れ落ちた。
「どうでもいいが、お前ミーシャのことはどうしたんだ?」
「それはまあ別腹というかなんというか。
兄貴だってクロダの旦那に固執しつつ、他に強いヤツが出てきたらそっちにも手を出すじゃないっすか。
それと同じですよ」
「同じか? 同じなのか?」
全く持って同じではないと思う。
エゼルミアにとっては実に些事な話であるが。
そんな漫才劇場を横目で眺めつつ、些事として流しようが無い案件について語るべく口を開く。
「楽しんでいるところ恐縮ですが」
人差し指で“リア・ヴィーナ”を指さし、
「気付かれたようですわよ」
「なんだってぇ!?」
「それもそうか」
「これだけ騒げばのぅ」
サン以外は落ち着いた――諦めた、が正しいか――反応を示す。
しかし慌てていようといまいと、起きている事実に変化はない。
龍の力を暴走させた少女はしっかりとこちらを見据えている。
胡乱気ながらしっかりと殺意が込められた瞳。
どうやら自分達を目標として定めたようだ。
「お、おおおお、睨まれてる!?
睨まれていますよ!?
コレどうしよう?
ひたすら逃げ回ってりゃいいの?」
「それではいけません」
“器”が壊れる前に餌に食いつかせなければならない。
そのためには速やかに『白龍が“器”を見限る』必要がある。
消極的な策でそれは望めまい。
つまりは――
「――真向勝負ですわ。
まずはケテルに、リア・ヴィーナの無能さを痛感させます」
「なるほど、分かりやすい」
事情を知る者からすれば余りに無謀な提案に、アーニーは不敵な笑みを零す。
後ろにいるサンは笑顔が引き攣っているけれど。
「貴方達お二人が前衛です。
ワタクシが後ろからサポートいたしますのでご安心を。
ふふ、ふふふふ、よろしくて?」
「問題ない」
「あの、ホント、援護はたっぷりとお願いしますね?」
簡単に指示を飛ばす。
即席のパーティーに綿密な連携など期待できない。
これ位がちょうど良いのだ。
さて。
敵は変わらず膨大な魔力をまき散らし、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
肌がチリチリ痛む程の殺気を受け止めながら、エゼルミアはふとあることを思い出した。
(“あの台詞”、言ってみたかったのですよね)
実に些細なことだが。
前々から、こんな状況になったら使おうと決めていた言葉がある。
満を持して。
堂に入った声で。
彼女はソレを紡いだ。
「――これより、勇者を執行いたします」
第三十三話④へ続く
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