社畜冒険者の異世界変態記

ぐうたら怪人Z

文字の大きさ
上 下
113 / 119
第三十三話 魔龍討滅戦 白龍ケテル

② 標的はギルド長

しおりを挟む


 ジェラルド・ヘノヴェス。
 ウィンガストの冒険者ギルドを取り仕切るギルド長をしている老人だ。
 しかしそれは仮の姿――その正体は、魔族の潜入工作員だ。
 いつの日か魔族が再び決起する際に邪魔になりうる冒険者の監視と、謎多き<次元迷宮>の調査を任に受けている。
 ――とはいえ。

「ま、今になってはどっちが本職なのか分からんがのぅ」

 本人が自嘲しながら述懐する通り、ジェラルドは魔族としての活動を全くと言っていい程に行っていない。
 決起云々といったところで、勇者達の手によって魔族は壊滅的な打撃を受けているのである。
 少数民族として有名なエルフよりさらに個体数が減ったとの調査結果すらある位だ。
 かつての覇権を再び握るなど、夢のまた夢。
 ついでに言うと、生き延びていた一握りの精鋭達も黒田誠一により討伐された。
 そんなわけで、今彼が工作員としてやっていることと言えば、冒険者を監視しているだけ・・、<次元迷宮>を調査しているだけ・・
 そこから魔族復興につながる何かを企てているわけでも無く、漫然と日々を過ごしてしまっている。

 一方で、ギルド長としての彼は忙しい。
 生来的に生真面目な性格のせいで職務を疎かにできず、毎日のように仕事に追われていた。
 細かいところで言えば冒険者が起こした不祥事の後始末やその処罰、大きい所で言えば各国への定期報告。
 その他にもエトセトラエトセトラ、目まぐるしい勢いで降ってくる業務を、魔族ゆえの能力ステータスの高さを活かして危なげなくこなす。
 おかげで、ギルド長としてはすこぶる評判が良かったりした。

 斯様に、ジェラルドが魔族であるという事実は――そもそもそれを知っている者は極僅かであるが――有名無実化していた。

「その上、最近は勇者殿への助力までしているしのぅ」

 別段、魔族を見限ったのでも裏切ったのでも無い。
 勇者ミサキ・キョウヤの目的の一つが魔王の救出だったため、同調したに過ぎない。
 ジェラルド個人としては、寧ろ全魔族が協力すべき案件とすら考えている程だ。
 ……悲しいかな、今生存している魔族が結集したとしても、勇者一人に勝つことすら叶わないだろうが。

「じゃからこそ、儂は裏方に徹しとるわけでの」

 実際に動くのは黒田誠一に任せきりだ。
 そこに申し訳なさはあるが、ジェラルドがしゃしゃり出たところで大した役には立つまい。
 故に、勇者や六龍との戦いが円滑に進むよう、支援や後処理に奔走しているのだ。
 街で爆発が起きたり、一区画丸々吹き飛んだり、ギルド庁舎が崩壊したりしたのだが、被害が少なく大きな問題にもなっていないのはジェラルドの手腕によるところが大きい。
 実のところ、セレンソン商会には結構な量のアイテムを横流ししていたりもする。
 決して、何もしていない訳では無い。
 決して、ただ影が薄い訳では無いのだ!

「先程からぶつぶつと呟かれていますが、どうかされましたか、ギルド長?」

 突如、横から声がかけられる。
 そこには金色の髪をロールアップした、スーツ姿がピシっと似合う女性の姿があった。
 ジェラルドの秘書であり、ギルド長の仕事を補佐してくれるありがたい人物だ。
 但し、勇者や六龍については説明していない。

「お、おお、すまんすまん。
 ちと考え事をな。
 して、何か用じゃろうか?」

「本日の報告、こちらに纏めておきました」

「うむ、ご苦労じゃ」

 受け取り、中を確認。
 ざっと見た限り、緊急性を要する案件はないようだ。
 今日は多少身体を休めることができると、内心ほっとする。

 ちなみにだが、今2人がいるのは冒険者ギルドの執務室――ではない。
 デュストによる襲撃によっては庁舎が破壊されたため、セレンソン商会の所有する建物の一室を間借りさせて貰っているのだ。

「あー、ところで、クロダ君とヒナタ君の容態はじゃが――」

「はい、ギルド長の指示通り、確認してきました」

 こちらの言葉に先んじて、秘書が答える。

「ムロサカ・ヒナタは心身共に衰弱しています。
 投薬や治癒スキルにより快方に向かっているとはいえ、しばらくは起き上がることすら困難でしょう」

「……ふむ」

 ケセドとティファレトの戦いに巻き込まれ、陽葵は今療養中であった。
 救出時は相当に悲惨な有様で、廃人そのものだったそうだ。
 心配であるし、できれば毎日見舞いに行きたくあるのだが、仕事の関係でなかなか難しい。
 そのため、せめて秘書を代わりに向かわせている次第である。

「しかし――何と申しましょうか。
 ムロサカ・ヒナタの“状態”はどういうことなのでしょうね?」

「――む」

 彼女は少年の状況について疑問を持っているらしい。
 無理もない。
 室坂陽葵は地球から転移してきた<訪問者>であるものの、立場としてはあくまで一般的な冒険者だ。
 本来であれば、ギルド長が手厚く見舞いをする人物でもなければ、高価な施術を使ってまで看護される人物でもない。
 全てを明かされていない秘書にとっては、摩訶不思議な状況なのだろう。
 どう弁解したものか、と思考を巡らせていると、

「その、差し出がましいかもしれませんが、“ご趣味”は程々にした方がよろしいかと」

「へ?」

 秘書の言葉の意味を、一瞬理解できなかった。

「確かにムロサカ・ヒナタは見目麗しいですが、だからといってギルド長のストレスの捌け口にしてしまうのは――」

「そんなわけあるかい!!?」

 全力でツッコム。
 何を考えているのだ彼女は。

「儂がヒナタ君をあんな風にしたと思っとったんか!?
 そんなわけないじゃろ!! どんな特殊性癖持ちなんじゃよ!?」

「これは申し訳ありません。
 失礼ながら、業務で溜まりに溜まった性欲を、あの少年の肢体を使って発散させているものとばかり」

「本気で失礼じゃな!?
 ていうか君、儂のことどう思っとるの!?」

 一度、互いの信頼関係について腹を割って話し合った方がいいかもしれない。
 業務の合間を縫って、面談でも行うべきか。

「……まあ、ギルドの男連中は好き放題使っている・・・・・ようですが」

「え?」

「いえ、こちらの話です。
 お構いなく」

「そ、それお構いなくしていい話題なのかのぅ?」

 しかし深く聞き出すのも気が進まなかった。
 なんだか恐ろしい“闇”を暴いてしまいそうで。

「ま、まあいいわい。
 それで、クロダ君の方はどうじゃった?」

「……く、クロダ・セイイチです、か?」

 途端、秘書の言葉尻が濁る。

「何かあったかの?」

 黒田もまた、件の戦いにより軽くはないダメージを負い、こちらも入院している。
 Aランク冒険者に相当する戦力を持つ彼ですらこうなのだから、六龍との戦いが如何に激しいか推し量れるというものだ。
 いや、勇者ミサキ・キョウヤから特殊な訓練を受けてきた彼で無ければ、Aランク冒険者とて対六龍の戦闘には耐えられまい。

(紆余曲折あったものの、六龍のうち3柱の討伐に成功しておるからのぅ。
 まったく大した男じゃわい。
 人間性はともかく)

 とにもかくにも、彼は六龍討伐の中核を担っていると言っていい。
 必然、その容態は非常に気がかりなのだが――

「そ、その、彼もまた衰弱が酷く――逞しい部分・・・・・もありますけれど――
 身体を起こすのもままならない状態でして――それなのに強く反り返って・・・・・いまして――
 いえ、でも、特に問題はありません――今夜も来るように言われましたし」

「…………」

 あ、これ問題ないヤツだ。
 顔を真っ赤にして身体をくねらせる秘書を見て、ジェラルドはすぐに理解した。

「そ、そうか。
 ……程々にの」

 とりあえずそう返した。

(これが無ければのぅ……)

 とにかく手癖が悪すぎる。
 今までどうやって生活してきたのか、不思議に思ってしまうレベルだ。
 或いは、手を出した女性を悉く堕としている手腕を驚嘆すべきところなのかもしれない。

(魔族である儂が、人道について説いても仕方ないか)

 倫理観云々を語るには、魔族という種は罪を犯し過ぎていた。
 色々と――本当に色々と言いたいことはあるのだが、ジェラルドはこれについて傍観する所存である。



 報告が一通り済んだところで、秘書は退室した。
 遺されたジェラルドは、同じく残された山のような書類を前に一つため息を吐く。

「……ちと小休止を挟んでもよかろうか」

 この量を一気に片付けるのは無理がある――そう判断した。
 重労働に向けて一服するため、秘蔵の茶葉を取り出す。
 さあ湯を沸かそうとしたところで、ドアがノックされた。

「うむ、鍵は開いとるから、入ってよいぞ」

 つい、反射的にそう答えてしまった。
 この返答を、一瞬後のジェラルドは心底後悔する。
 もしくは、秘書を退室させてしまったことを心底後悔する。
 部屋を訪ねてきたのは――

「ごきげんよう、ジェラルドさん」

 ――銀髪のエルフだった。
 魔族殺し・・・・のエゼルミアだ。

(…………っ!!)

 呼吸が止まりそうになるのを、ぎりぎりで制止した。
 心拍が早くなるのは避けようもないが、相手にばれぬよう最低限の体裁を整える。

「おお、これはエゼルミア殿。
 勇者自ら御足労頂けるとは思いませんでしたぞ。
 ちょうど良い茶を用意していたところです。
 一杯如何ですかな?」

 ……声は震えていなかった、と思う。
 怪しまれないよう気を配りながら視線を忙しなく動かし、“逃げ道”の確認を行う。
 ただ顔を会わせただけで、何をそんな――と訝しまられるかもしれないが、こればかりは仕方ない。
 魔族にとって、彼女と出会うことは自身の“死”を意味するのだから。

「ふふ、ふふふふ、いえ、お構いなく。
 そんな大した用事ではありませんので。
 ――ワタクシ、そろそろこの街を離れようと思いますの」

「ほう。
 それはまた、急ですな」

 エゼルミアの一挙一動を監視しながら、頷いた。
 こちらの心境を知ってか知らずか、彼女は自然体のまま話を続ける。

「ええ、目的の“モノ”は手に入りましたから」

 端的に答えを返される。
 目的の“モノ”とは、十中八九間違いなく六龍を浄化するという“青龍ケセドの契約”であろう。
 元より、彼女はそのためにミサキ・キョウヤと同じ陣営になったのだ。

 ちなみに、ケセドは討伐されたのだが、青龍の契約は他の龍の力とは毛色が異なるらしい。
 当の龍が居なくなったと言うのに、その契約は未だに効果を発現させている。

(し、しかしそれを持ち出されるというのは――!)

 “ケセドの契約”は六龍に対する切札である。
 これが無ければ、この後の戦いを如何に乗り切れというのか。
 そんな危惧が顔に出ていたのか、エゼルミアは笑いながら言葉を紡いだ。

「ふふ、ふふふ、ご安心なさい、別にクロダさんから奪った訳じゃありませんわ。
 皆さんが慌ただしくしている間に、ちょっと“契約文字”を複写させて貰いましたの」

 ……そんなことができるのか。
 いや、相手は“全能”のエゼルミア。
 常人の尺度でその能力は測れまい。
 彼女がやったというからには、やれたのだろう。

「そうでしたか。
 しかし、何故このようなタイミングで街を出るのですかの?」

 正直余り長く会話はしたくないのだが、聞くべきことは聞いておかねばならない。
 エゼルミアはこの世界で五指に入る実力者なのだ。
 そんな人物が味方から外れるというのだから、最低限理由は把握しておくべきだろう。

 渋られることも覚悟していたのだが、質問の返事はあっさりと来た。

「ワタクシがやるべきことは、もうありませんから」

「やるべきことが無い?」

 思わぬ言葉に、聞き返す。

「ええ。ゲブラー・ケセド・ティファレトの3柱が消えた今、六龍がかけたキョウヤさんへの“呪縛”は無くなったも同然です。
 すぐにでも彼女はこの世界に転移してくることでしょう。
 なら、後はキョウヤさんがどうとでもいたしますわ」

「……そこまでですか、キョウヤ殿は」

「当然でしょう。
 彼女はワタクシ達を率いていた方なのですよ?」

 断言である。
 ミサキ・キョウヤが勝つことを微塵も疑っていない。
 彼女とエゼルミアは単純な味方同士で無いようだったが、実力への信頼は強いようだ。
 ……とはいえ、第三者であるジェラルドにとっては、あっさりと信用できる話でも無いのだが。

「では、ここには別れを告げに来ただけ、ということですかの?」

「そう思って貰って構いませんわ。
 この街に住む知人には、粗方挨拶を済ませておりますの。
 それと、ついでに野暮用なのですけれど――」

 そこで意味深に言葉を切れた。
 一拍置いてから、続く。

「――用済みになったゴミ・・・・・・・・・の掃除をしておこうと思いまして」

 エゼルミアが顔を歪ませたのと。

「ぬぁああああ!!」

 ジェラルドが窓に向かって身を投げ出したのは、同時であった。



 文字通り部屋を飛び出した瞬間、振り返った彼の視界には“氷漬けになった執務室”が飛び込んだ。
 つい数秒前まで居た場所が、一瞬で氷に覆われたのだ。
 もしあの場に残っていたなら、確実に命を落としていたことだろう。

(やはり、そう来るかぁああああっ!!!!)

 胸中で絶叫する。
 だが、こうなるだろうことは覚悟していた。
 あのエゼルミアが、魔族に挨拶などするものか。

(ひとまず初撃は避けられたか。
 儂もまだまだ捨てたもんじゃないのぅ)

 会話中、対処方法のイメージトレーニングを繰り返していた成果だろう。
 しかしこれで逃げ切れた訳では無い。

(ほんの気紛れで儂を殺そうとした――のなら、すぐ諦めてくれそうなもんじゃが)

 殺害方法を凍結にしようとしたのは、音が発生しない分周囲にバレにくいからであろう。
 間違いなく殺意は高い。
 確実に殺しに来ている。
 相手が逃げ出した程度で殺害を中止する、等とは考えない方が良い。

(となれば儂が生き延びるためには――)

 ウィンガストの街の裏路地を駆けながら、考えを巡らす。

 命乞いは意味が無い。
 そんなものが効くなら、魔族はエゼルミアをこうまで恐れはしなかった。
 彼女に対するあらゆる交渉は不可能と考えるべきだ。

 正面から戦う?
 それなら自殺した方が楽に死ねる分まだマシだろう。
 エゼルミアに対抗できるだけの力を持つ魔族は現存しない。

(――第三者に仲介して貰う他あるまいな)

 それしか思いつかなかった。
 自身と親しい人物の言葉であれば、彼女とてそう無碍にできない筈。
 では一体だれに頼むか。
 エゼルミアの口振りから察するに、まだミサキ・キョウヤはこの世界に来ていないだろう。
 黒田は入院中で、とてもではないが交渉作業ができる状態とは思えない。
 こうなると――

(アンナ殿じゃな)

 アンナはこの街に住む獣人族の女性であり、セレンソン商会を立ち上げた人物でもある。
 エゼルミアとは7年前からの旧知とのことであり、彼女の言葉ならエゼルミアも応じる可能性が高い。
 そう判断したジェラルドは、アンナの居るであろう商会へと向かおうとする――のだが。

「ぐぁっ!?」

 突如、足に激痛が走る。
 見れば足首に裂傷ができていた。
 堪らず、その場に倒れ込んでしまう。

「あらあら、つい先程ぶりですわね、ジェラルドさん?」

 そこへ響く、冷徹な声。
 確認する間でも無い、エゼルミアだ。

「大した逃げ足でしたけれど――ふふ、ふふふふ、逃げるのであればもっとしっかり逃げませんと。
 でないと、苦しむ時間が長くなりますわよ」

 言葉が終わるや否や、エゼルミアの手から“風の刃”が撃ち放たれる。

「がっ!?」

 肩が切り裂かれた。
 傷口から血が噴き出す。
 足を裂かれたのもコレか――などと考察する間も無く、次弾の“風の刃”がジェラルドに迫る。

(い、いかん、せめて、防御を――)

 痛みに耐え、スキルを紡ぐ。

「<魔盾デモンズ・シールド>!」

「<魔払いディスペル>」

 生み出した障壁は、エゼルミアの対抗カウンタースキルによってあっさりと無効化された。
 こちらの行動を読まれていたのだ。
 “刃”は何の障害もなくギルド長へと辿り着き、その脇腹を抉る。

「ぐぁっ!?」

 熱い痛みに苦悶の声を上げる。
 そんなジェラルドを見て、エゼルミアは満足そうな笑みを浮かべると、

「ふふふ、ふふ、残念でしたわね?」

 さらに無数の“風の刃”がエルフの周辺に現れた。
 それらが一斉にジェラルドへと襲いかる。

「ぎゃああああああああっ!!!?」

 斬られる。
 裂かれる。
 切り裂かれる。

 ――但し、致命傷だけは避けて・・・

(な、ぜ、一思いに……殺さん?)

 疑問を持ちつつも、答えに察しは付いていた。
 嬲り殺しにするためだ・・・・・・・・・・
 エゼルミアは、なるべく苦しませて魔族を殺す癖がある。
 今回も、ソレなのだろう。
 ……これ程まで、分かったところで何の意味も無い問いもあるまい。
 簡単に死ぬことができないという絶望が、心を支配してくる。

「あら? もうおしまいですか?」

 全身を駆ける激痛で身動き取れなくなったジェラルドへ、エゼルミアが語りかける。

「仮にもギルド長などという地位についているのですから、もう少し骨があるかと思いましたが――つまらない方ですこと」

 軽口に反論する気力は無い。
 そんな無駄はせず、ひたすら体力の回復に努める。
 魔族は人に比べてはるかに高い身体能力を持ち、自然治癒力も当然高い。
 派手に血こそ流れているものの、芯にまで届いていない傷であれば治るのにそう時間はかからないのだ。

 もっとも――

「聞いておられますか?」

 ――エゼルミアもそんなことは百も承知なのだろう。
 こちらに近づいてきた彼女は、無造作にジェラルドを蹴り上げた。

「が、はっ!?」

 防ぐことも受け身をとることもできず、ゴロゴロと地面を転がる。

(……ああ、こりゃ、おしまいじゃな)

 半ば覚悟はしていたことだが、己の最期を悟る。
 ここは人通りのない路地裏。
 助けなど来ないし、例え人が通りかかったとして、勇者相手に何ができるというのか。

 手の打ちようなし。
 自分はこのまま、目の前の勇者に殺される。

 唯一の救いは、“魔王を救う”という望みだけはミサキ・キョウヤによって果たされるであろう、ということか。
 できることであれば、そこへ立ち会いたかったが――それは叶わぬ願いであった。

(無念じゃ……)

 諦めかけた、その時。


「何? 誰かいるの?」


 思ってもみなかったことが起きた。
 何者かの気配が、こちらに近づいてくる。
 そして――


「え、何これ――ちょっと――ジェラルドさん・・・・・・・!?」


 ――少女が現れた。
 肩口まで伸びた茶色の髪をなびかせる、美しい少女が。

(なんてこと――!!)

 思ってもみなかった――より最悪の・・・出来事が起きてしまった。
 人など来ないと思っていた場所に訪れたのは――よりにもよって、リアだったのだ。
 ジェラルドと同胞である、魔族の・・・リア・ヴィーナだ。

(い、いかん!!)

 余りのことに、意識が覚醒する。
 今のエゼルミアは魔族への殺意に溢れている。
 リアとて例外では無いだろう。
 早く、早くあの少女を逃がさなければ!

「リアっ!! 逃げ――」

「あらあら、これはこれは」

 悲痛な叫びは、エルフによってかき消された。

「――っ――――っっ!!」

 スキルを使われたのだろう、本当に声が出なくなったのである。
 口をパクつかせるこちらを無視して、エゼルミアは現われた少女へと顔を向けた。
 対してリアは顔を険しく歪めながら、

「あんた、ジェラルドさんに何してんの……!?
 今は味方のはずじゃ!?」

「ふふ、ふふふふ、変なことを仰いますわね。
 ワタクシが味方になると言ったのはキョウヤさんに対してだけですわ。
 と、いいますか、魔族がワタクシの前に立って無事で済むと――本気で思っていらっしゃったの?」

 言って、エゼルミアはこちらを踏みつけた。

「――っ!?」

 スキルの効果か、そのか細い外見からはとても想像できない衝撃がのしかかってくる。
 ボキボキと肋骨の折れる音が鳴る。
 内蔵も、幾つか破裂したかもしれない。

「――っっっ!?!?!?!??」

 どうしようもない痛みに絶叫するが、変わらず声は出ない。

「ジェラルドさん!!!?」

 だがそのことが却って悲壮感を増してしまったらしい。
 魔族の少女は真っ青な顔になって悲鳴を上げた。

「な、なんでよ!! なんでこんなことすんの!?
 ジェラルドさん、何も悪い事やってないでしょ!?」

「ふ、ふふ、ふふふ、まるで理解できていないのですね。
 “魔族である”ということが最も重い罪なのです。
 その者がどう生きてきたかなど、それに比べれば些事に過ぎませんわ」

 狂っている。
 率直にそう感じた。
 エゼルミアは本気で今の台詞を吐いたのだ。
 そこに挑発や侮辱の色は込められていない、が。

「ふっ――ざけんなぁっ!!!」

 リアにとっては関係なかった。
 余りに不条理な言葉に、先程と打って変わって表情が怒りに歪んでいる。

(ま、まずい――)

 少女は激昂しているせいで、冷静さを失っているようだ。
 このまま戦っても、リアが勝つ目は皆無。
 そのことは彼女とて分かっている筈なのに。

「ふざけているのはそちらでございましょう?
 魔族として産まれ落ちたその時に首を掻っ切っていればまだ救われたものを。
 どうしてその汚らわしい命にしがみ付くのか、不思議でなりません」

「――っ!!!!」

 リアの顔が引き攣った。
 憤りを隠そうともせず、エゼルミアを睨み付ける。

「こ、この――せっかく、せっかく皆頑張ってきたのに――六龍だって、倒せたのに――!!
 なんで、あんたなんかに滅茶苦茶にされなくちゃいけないのよっ!!!」

 そんな少女を愉快に眺めていたエルフであったが――しかし。

「……え?」

 突然、目を丸くした。
 まるで、有り得ないもの・・・・・・・でも見たかのように。

(な、なんじゃ!?)

 ジェラルドもまた驚愕する。
 物珍しいエゼルミアの態度に、ではない。
 彼女が“何”に対して驚いたのか、すぐに理解できあからだ。

 ――“リア”から、膨大な魔力・・・・・が溢れ出てきている。
 勇者と比べてすら圧倒的に勝る程の、常軌を逸した魔力を。

「殺す――殺す殺す殺す殺す殺す殺す――殺してやる、エゼルミアぁ!!!」

 同時に、リアの言動にも変化が現れた。
 殺意が膨張し過ぎている。
 本来の彼女ではまず有り得ない、不自然な程に・・・・・・膨れ上がった殺意。

 一方でエゼルミアは、合点がいったように頷くと、

「……なるほど、この力は“ケテル”ですか。
 イネスさん、なかなか無茶をしてくれますわね。
 少々侮っていましたわ」

 これまた物騒なことを口にした。

(ケテル、じゃと!?)

 それはいったいどういうことなのか。
 聞くよりも前に、さらなる異変が起こる。

「殺すっ!! エゼルミアっ!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!!!!」

 リアの力が暴走を始めた。
 魔力の渦が吹き荒れ、周辺を破壊する。
 地面が、壁が、次々と塵になって消えていく。
<スキル>として指向性を持たせていないにも関わらず、恐るべき威力だ。

(こ、このままでは――!?)

 無目的に拡大する“破壊”はエゼルミアだけでなく、ジェラルドも――下手をすれば、リア自身すら巻き込むだろう。
 こんなものを食らえば死は確実。
 しかし身体は満身創痍であり、動くことすら不可能だ。

(こんな終わり方があって良いのか!!?)

 予想だにしなかった破滅に絶望しながら、ジェラルドは魔力の奔流に飲み込まれていく。
 ――せめて、リアの無事を祈りながら。








「――――生きとる?」

 だが老人は、自分でも意外に思う程あっさりと生き残った。
 身体の傷も多少は癒えている・・・・・

「リアは――!?」

 周りを見渡すまでもなく、すぐ見つかる。
 先程同様、莫大な魔力を――龍を形どる・・・・・魔力を身に纏い、ただただ破壊を・・・撒き散らしている・・・・・・・・
 周囲の建物が、無造作に倒壊していた。


『アア――アアア――アアアァア――!!』


 脳に直接響くかのような、少女の呻き声。
 その様子には理性の欠片も見られない。

「……まずいのぅ」

 無意識なのか、或いは何らかの意思が働いているのか、“リア”は人通りのある方へと向かっているのだ。
 あんなモノが大通りにでも現れたら、大混乱どころの騒ぎでは収まらないだろう。
 そもそもこの裏路地からして、住人が皆無という訳でも無いのだ。
 犠牲者は既に出ている可能性が高い。

「いや」

 頭を振る。
 おそらく、まだ死者は出ていない。
 その筈だ。
 確かに建物は壊れたが――中に居た人々は“防護壁”で守られていた。
 誰がそんなことをしたのかと言えば――

「――エゼルミア殿」

 視線を下に・・動かす。
 そこには一人のエルフが――エゼルミアが倒れていた。
 あの一瞬で、この勇者は周辺住民全てをスキルで守護したのだ。
 とてつもない手腕である。

「どう、すべきなんじゃろうな」

 思案する。
 エゼルミアに意識はなく、身体は重傷を負っている。
 今なら容易くトドメを刺せるだろう。
 彼女の打倒は魔族の悲願である。

 しかし。

「何故……何故、儂まで助けた・・・・・・?」

 そうなのだ。
 エゼルミアはあろうことか、魔族であるジェラルドにも“防護壁”を張ったのだ。
 その上、治療まで施して。
 直前まで弄び、殺そうとしていた相手を、である。
 いったい、何のためにそんな真似をしたのか……

「……悩んどる時間は無いか!」

 こうしている間にも、“リア”は暴走を続けている。
 事態の把握にも、その対処にも、エゼルミアは必要だ。
 ジェラルドは覚悟を決め、勇者の治療に乗り出した。

 ―ーそれが自身にとって吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない。






 第三十三話③へ続く

しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...