社畜冒険者の異世界変態記

ぐうたら怪人Z

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第三十二話 魔龍討滅戦 青龍ケセド

②! 青龍との邂逅

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 明けて、次の日。
 とうとう、青龍ケセドと対面する時が迫っていた。
 ――などと大仰に言ったところで、『青の証』を使用してささっと最後のゲートの前に到着したわけだが。
 やはりセーブポイントというのは有難いものである。

 陽葵さんはゲートの前で手をワキワキとさせると、

「さーて、鬼が出るか蛇が出るか」

「龍が出るんでしょ?」

「……いや、そりゃそうなんだけど」

 リアさんの無遠慮なつっこみに気勢を削がれている。

「あー、嬢ちゃん?
 坊主はきっとそういう意味で言ったんじゃないと思うぜ?」

「意外と空気を読まなんな、お前」

 それこそ空気が読めるのかどうか怪しい三下と兄貴さんなのだが。
 とにもかくにも、4人の準備は整った。

「じゃあ、行くぜ」

「ええ」
「いつでもいいぜぃ」
「さっさとやれ」

 陽葵さんが『青の証』をゲートに近づける。
 ゲートはその宝石の力に依って固定され、最後の階層への“道”が造られた。
 最初にその道をくぐるのは、当然陽葵さんだ。
 彼は手をゲートに伸ばし―――――え?

「え!?」

 私の想いと陽葵さんの呟きが重なった……いや、そんなこと言ってる場合じゃない。

「ヒナタ!?」

 リアさんが大声を出す。
 ゲートが急に広がり・・・、陽葵さんを飲み込み始めたのだ・・・・・・・・・
 当然、そんなゲートがそんな動きをするなんて聞いたことが無い――というかちょっと待てくれ、なんだそれ!

「このぉっ!!」

 私が動転してる内に、リアさんが動いた。
 陽葵さんを引き戻すべく、その腕を掴もうとしたのだ。

「あつっ!?」

 しかし、ゲートが彼女を弾き飛ばした・・・・・・
 無論、これも初めて見る現象だ。
 そんな彼女を追い抜くように、兄貴さんが前に出る。

「<次元断ディメンジョン・カット>!」

 いきなり大技ぶちかました!?
 ゲートを破壊するつもりか!
 思い切りが良すぎるが、しかしナイス判断かもしれない。
 空間そのものを切り裂く<戦士>系最上位スキルであれば或いは――!

「――これも弾くのか!?」

 兄貴さんが驚愕の声を上げる。
 私も同じ心境だ。
 単純な破壊力という点においてあの技以上のスキルは存在しない。
 私の“爆縮雷光アトミック・プラズマ”すら斬れる筈だ。
 それが防がれたとなると――

「クロダの旦那ぁ!!
 ぼけっと見てないで早く来てくだせぇ!!」

 三下さんが声を張り上げる。
 そ、そうだった。
 こうして傍観している場合ではない。
 “風迅ブラスト・オーバー”――体の駆動箇所全てへ<射出ウエポンシュート>を使用した超加速により、一気に彼等と肉薄する。

「うぉおおおっ!!」

 気合い一閃!
 全力疾走の勢いそのままに、陽葵さんへ手を伸ばす!
 “風迅”の速度と“戦神の籠手”の強度が合されば、ゲートの妨害を突き破れるかも――

「ぬぁああああっ!!!?」

 ――というのは、甘すぎる考えであった。
 他の2人同様、私の身体もまた後方へ大きく弾き飛ばされた。

「ヒナタッ!!」

 リアさんの悲痛な声。
 私達の目の前で、陽葵さんはただ一人、ゲートに飲み込まれてしまった。
 後には何も残らない。
 青龍へと繋がるゲートそのものすらも。

「……やられた」

 苦々しく呟く。
 こうもあっさり分断されてしまうとは。
 ……いったい、どういうつもりだ、ケセド。






――――――――――――――――――――――――――――――――






「…………どこだ、ここ」

 気付けば、室坂陽葵は一人、その“部屋”に立っていた。
 いや、部屋というにはあまりに広い。
 ドーム球場程度の広さはあるのではないだろうか――いや、ドーム球場に行ったことは無いのだが。
 さらに部屋の材質は、ファンタジーにそぐわぬ実に無機質なもの。

「リア達とは離れ離れになっちまうし。
 くそっ」

 毒づく。
 間違いなく、青龍ケセドの仕業だろう。
 それ以外考えられない。
 問題なのは、奴が何を企んでいるか、なのだが……

「オレを殺す――ってのは、流石に無い、よな。
 うん、無いはず」

 六龍に対する自分の役割を鑑みるに、いきなり命を取られるようなことだけ・・は無いはずだ。
 それ以外には何をされるか分かったものでは無いが。

(……でも。
 一応、オレの親父らしいし)

 黒田とティファレトの関係を聞くに、龍といっても情が無いわけでも無い、ようだ。
 ここへ来させたのも、陽葵を助けるためなのだから。

(そのはず、なんだけどなぁ!
 ああもう、考えれば考える程不安になる!)

 ただ助けるためなら何故こんな場所に来なければならなかったのだとか。
 何故<次元迷宮>を踏破しなければならなかったのかとか。
 そもそもどうやって助けるつもりなのだとか。
 気になる点は山ほどあるのだ。
 考えても仕方ないので、これまでそういう感情は押し殺して迷宮探索を続けてきたのだが。

「だいたい、これからどうすりゃいいんだよ」

 待っても何かが起こる気配が無い。
 ここからさらに移動しなければならないのだろうか?

(一先ず、この広間を調べてみるか)

 そう考えて歩き始めた、その時。


『やぁ、お困りのようだね?』

「おわぁっ!?」


 いきなり、“ソレ”は現れた。
 陽葵の目の前に。
 巨大な――龍が。

「お、おお、おまおまおま、オマエはっ!?」

『まあまあ、言いたいことは分かるけれど時に落ち着きなさい。
 長ったらしい前フリとか面倒なのでさっさと自己紹介をすると、僕がケセドだ』

「け、けけ、ケセド……!」

 相手は割とフレンドリーな口調なのだが、陽葵は震えが止まらなかった。
 小心者――とは言わないで欲しい。
 数十メートル・・・・・・はある巨体を前にして、怯えるなというのは少々無茶だ。
 この<次元迷宮>で出遭ったどんな魔物よりも巨大であり、それどころか――

(ゲブラーよりでかいじゃないか!)

 ――以前に見た、赤龍を超えていた。
 しかしその身体はゲブラー同様に青色の光によって構成されており、その厳かな造詣も相まって幻想的な雰囲気を醸し出している。

(ていうか、なんかホログラムみたいだな)

 近未来的なこの部屋の光景が、陽葵にそんな感想を抱かせた。
 そう考えてみれば、どこか声も電子音に似ているようにも感じる。

「そ、それで、オマエはオレをどうするつもりだよ!?」

『どうもこうも助けるのさ。
 君、このままだと死んじゃうだろう?』

「……ほ、本当か?」

『勿論さぁ』

 変わらず馴れ馴れしい口調のケセド。
 だがこちらを助ける意思があるのは確かなようだ。
 しかし、信頼できる気もしない。

「だったら、なんで皆と離れ離れにしたんだよ。
 オマエ、何企んでるんだ?」

『そりゃ、色々企んでいるとも。
 なんの打算も無く人助けしたりはしないよ』

「……は、はっきり言いやがったな」

 あっさりバラしてくる青龍に、肩透かしを食らった気分だ。

『無償で動く相手より、打算で動いている相手の方が信用できるだろう?
 君は六龍が碌でも無い・・・・・連中だと既に知っているんだから』

「そうなんだけど、自分で断言するのか……」

 たった数度の発言で、大分この龍のキャラクターが見えてきた。
 拍子抜けする性格だが、こういうキャラの方が話はしやすい。

「じゃあ、オマエがどんなことを企んでるか、具体的に説明してくれたりするのか?」

『ふーむ、君には余り関係のないことなんだけれど、聞きたいというのなら教えてあげよう』

 ケセドは逡巡することなく答える。

『つまらない話だよ。
 そもそも、六龍それぞれの目的自体、実にくだらない。
 赤龍ゲブラーは人と人々の感情が渦巻く様を――特に負の感情を愉しんでいる。
 黄龍ティファレトは生命の繁栄を愛おしんでいて――自分が雌を孕ませるという形でね。
 緑龍ネツァクは純粋に競い合い・戦いが好きで――大陸中に戦乱を巻き起こしたいらしい。
 白龍ケテルは六龍本来の使命である魔素の排除に躍起になっている――魔素に犯されたこの大陸の全生命を抹消してでも。
 黒龍ビナーも六龍の使命に忠実だ――この世界を犠牲にしてでも、この世界を守りたいってさ』

「……碌な奴がいねぇ」

 どの龍が自分の願いをかなえたとしても、酷い結末を迎える未来しか見えない。
 予想はしていたことだが。

『うんうん、碌なのが居ない。
 そんな中で、僕のはまだマシな方だよ。
 僕――青龍ケセドは、情報を集めたいんだ』

「情報を?」

『そう、情報。
 僕は地球にも何度か足を運んだことがあるんだけど、そこで見た“インターネット”に心惹かれてね。
 ああいう風になってみたい、と思った。
 この世界のあらゆる情報を集積し、蓄積し、網羅したい。
 それが僕の望みであり、そのために僕は色々企てている』

「それは――まあ、あんまり害はないような?」

『そうだろう、そうだろう。
 毒にも薬にもならないからこそ、境谷美咲は僕と組みことを決めたわけだからね』

「そうだったのか。
 あ、でも全部情報を集め終わったら、その後どうするつもりなんだよ」

『それは分からないなぁ。
 ひょっとしたら危ない事・・・・を思いついてしまうかもしれないね。
 でも情報集めは100年やそこらで終わるような代物でもなし、君や君の子供、君の孫の代にいっても、僕は変わらず情報収集していると思うよ?』

「ふーん」

 そこまで先のことを今考えても仕方ない。
 無責任かもしれないが、陽葵は現状そこまで余裕のある立場でもない。

「で、そこにオレがどう関わってくるんだ?」

『いい質問だね。
 僕はこの世界でも地球のような“インターネット”を創ろうと試みた。
 でも、ここは科学技術がまるで発展していないから、同じようには無理だ。
 そこで、人を使って・・・・・似たモノを創れないかと思ったわけさ』

「人を?」

 きな臭くなってきた。
 しかしケセドはこちらの不安を払拭するかのように首を横に振ると、

『剣呑な話じゃないよ。
 <思考転送テレパシー>は知っているかな?
 遠くの誰かへ思考を飛ばすというスキルだ。
 それを応用して、人の思考を基にしたネットワークを創ろうと考えたんだ』

 人々の脳をサーバにして疑似的な“インターネット”を形成するつもり、らしい。

「できるのかよ、そんなこと」

『普通の人を使うと難しいね。
 思考に雑念が混じるからネットワークが上手く稼働しにくいし――まあ、思考が混ざり合うことによる副作用も危険だ。
 <思考転送>で純粋な情報のみをやり取りできる、特殊な才能を持つ人種が必要だ。
 恒常的にスキルを使うことになる関係上、相当の魔力も持っていなくてはならない。
 でもそんな人間、そうそう自然発生しなくてね。
 だから、元々高い魔力を持つ人間に、そういう才能を付与すべく“調整”したってわけ。
 つまりソレが――』

「――オレってことか」

『その通り!』

 ケセドが拍手をした。
 でかい龍がそんなことをするものだから、音がけたたましくて仕方ない。

「でも本当にそんな能力オレにあんのか?
 全然気づかなかったけど」

『そりゃそうだ、君は<思考転送>を習得していないし、純粋な情報交換ができるのは君と同じ才能の持ち主とだけだよ』

「それじゃ意味ないじゃないか」

『今はね。
 でも君はそのうち、増えるだろう・・・・・・?』

「増え――!? あ、オレの子供か!!」

『そういうこと。
 人の繁殖力は凄まじいからね。
 今は君だけでも、君の子供、そのまた子供、そのまたさらに子供、と倍々計算で増えていく。
 遠くないうちに、必要な人数揃うという算段さ!』

「そんな上手くいくか?」

『ぬかりはないよ。
 その“才能”は100%君の子孫へ遺伝するようになっている。
 君を男に設定した・・・・・・のもこの目的のためでね。
 一生のうちに作れる子供の数が、雄と雌で段違いだから』

「……あ、そう」

 こうも無味乾燥に“室坂陽葵は造られた存在なのだ”と語られれば、いい気分はしない。
 だがケセドはそんな陽葵の気持ちを知ってか知らずか、言葉を紡ぎ続けた。

『ちなみに、君の顔や身体が“女性のように魅力的”となるよう設定したのも僕なんだ。
 君の子供には例の才能のみならず、身体的特徴も色濃く受け継ぐようにしてある。
 それを知った男達は、君を量産・・しようとする筈さ。
 性別がどちらだろうと、どのみち“美女”になるのだからね。
 男なのに美女とはこれ如何に、って感じだが――君が男をどれだけ惹きつけるかは、既に身をもって知っているだろう?』

「……まあな」

 一瞬、色々な体験がフラッシュバックした。
 この世界に来てからというもの、陽葵は何人もの男に犯されてきたのだ。
 いい加減、自分が周りからどう見られているか、自覚はしている。
 しかし、ケセドの目論見通りにいった場合の未来絵図は余りぞっとしない。

(要するに種馬扱いされるってことだろ)

 逆に考えれば、酒池肉林にありつけるかもしれないが。
 とはいえ現状、そんなに先のことをアレコレ悩む余裕は無いので、とりあえず捨てておくことにした。
 そんな心中をよそに、ケセドは変わらぬ口調で語りかけてくる。

『ああ、一つ安心して欲しいことがある。
 このネットワークの形成に副作用は無いし、<思考転送>を個々人が習得する必要も無い。
 <思考転送>を使うのは、ネットワークの大本である僕だからね。
 君の子孫は、ごく普通の生活を送れるよ。
 僕は君達の脳が持つ機能の極々一部を拝借するだけなんだ』

「ふーん」

 気のない返事をする。
 相手を信じられる材料は乏しいが、ここで抗議しても無駄だろう。

『さて、これで説明は終わった。
 そういう訳で、僕は君に普通の人間として・・・・・・・・暮らしていって欲しいんだ。
 だから、君を助けるために動いたのさ。
 納得して貰えたかな?』

 矛盾はしていない、ように思う。

「一応な。
 ……あ、もう一ついいか?」

『どうぞ、なんなりと』

 やはり難なく了解が取れた。
 陽葵は、今更ながら若干の緊張をもって、質問を投げる。

「オレ――オマエがオレの親父だって、聞いてたんだけど」

『親?――ああ、まあ、そういう見方もできるかもね。
 東京で適当にうろついていた男と魔王とをかけ合わせて・・・・・・出来た子だから、血の繋がりとかは無いけど。
 その計画をしたのも、君を“調整”したのも僕だから、親と定義してもいい』

「……そうかよっ」

 意外なほど、心が暗く沈んでいくのを感じる。
 室坂陽葵は自分で考えている以上に、親というものへどこか憧憬を抱いていたのかもしれない。
 黒田とティファレトがなんやかんや仲良さそうなのを見て、なおさらその想いを強めてしまったのか。
 ひょっとしたら、自分もあんなやり取りができるのかもしれないと、夢想してしまったのか。
 実際のところ、ケセドは陽葵のことを便利な道具程度にしか見ていないようだった。

(ま、こんなもんさ)

 自らに言い聞かせる。
 これまで親など特に意識せずに生きてきたのだ。
 これからもそうするだけの話。
 今更どうということもない。

『さ、それでは君の疑問も解消したところで、早速オペに入ろうか』

 こちらのことなどお構いなしに、ケセドは話を進める。
 陽葵は半ばヤケクソの気持ちで、

「ああ、さっさとしてくれ」

『オーケーオーケー。
 だがその前に治療法を説明しておこう。
 インフォームドコンセントは大事、いいね?』

 ケセドは変なところ律儀だった。
 抗議する意味も無いので、耳を傾けることにする。

『僕の方でも様々に検討をしてみたんだ。
 その結果、やはり君の精神ココロをどう強化しても、六龍の力には耐えられないことが分かった。
 こればかりは天性の才能に依るところが大きいので、如何ともしがたい。
 なのでまず、君の魂を一度消します・・・・・・

「え?」

『しかる後に、こちらで用意していた魂を君の体にインストールします。
 想定される負荷への耐久試験に見事クリアしたヤツさ。
 これで手術は完了! 大団円はすぐそこだ!
 いや、言葉にすると案外簡単なことだったね?』

「ま、待て!
 待てよ!!」

 喋り続けるケセドを、全力で止めにかかる。
 到底聞き逃せる台詞では無かった。

「オレの魂を消す!?
 それ、死ぬってことだろ・・・・・・・・!!?」

『そこは心配ご無用。
 新しい魂は君と寸分たがわず同じ人格・記憶が備わっている。
 ここまで<次元迷宮>を探索させていたのは、その間に君の情報を徹底的に調査するためでもあったんだ。
 術後も全く変わらぬ“室坂陽葵”として生活できることを保証するよ。
 仮にも神である僕が言うのだから間違いない』

「同じ性格と記憶持ってても、それで同一人物になるわきゃないだろ!?
 現に、オレは消えちまうんじゃないか!!
 そんなんで“助ける”とか言うなよ!!」

 喉が痛くなる程に強く叫んだ。
 あんまりな話だ。
 必死に、毎日のように酷い目に遭いながらも、青龍ケセドに会えば助かるという言葉を信じてここまで来たのだ。
 それなのに、突き付けられた現実は“室坂陽葵を消して新しい室坂陽葵を創る”というもの。
 ……やりきれない。

『ふむ、つまり“自己の連続性”を問題にしているわけだね。
 だがそこに関しても抜かりはない。
 実は、今僕達が居るこの“空間”、外部からは完全に隔離されていてね。
 それこそ他の龍や、境谷美咲であっても“ココ”を探知することは不可能なんだ。
 正直言うと、この空間を作り上げるのに、僕は相当の労力をかけている!』

「だ、だから何だってんだ……?」

『つまり、君の非連続性は観測されない・・・・・・、ということさ!
 唯一ソレを観測してしまう僕も、事を終えた後に記憶を完全に消去する。
 これで非連続性を証明することは不可能になり――逆説的に君の連続性が保たれる。
 新しい魂になったとしても、君は“室坂陽葵”なんだ!
 これにてきっちりハッピーエンド!
 世界は救われ、僕も目的を達成し、君も生を謳歌できる。
 うん、我ながら全方向へWin-Winな展開じゃないかな?』

「どこがだ!!!」

 絶叫。
 ケセドの論理はよく分からない。
 分からないが、これだけははっきりと確信した。
 “今の自分”は決して助からない、ということを。

「なんで――なんで、オレ――!
 頑張ってきたのに――!
 今日まで、歯を食いしばって頑張ってきたのに――!!」

 涙が零れてきた。
 ケセドと会うことへ、一縷の望みを託していたのだ。
 その希望を目指して、ひたむきに努力し続けてきた。
 これまでの人生で一番努力した。
 我武者羅に迷宮へ潜ったし、空いた時間には剣の稽古もしたし――男としての尊厳も捧げた。
 なのに提示された未来は、余りに絶望的な代物だった。

(どうすりゃ良かったんだ!?
 どうすりゃ良かったんだよ!!?)

 異世界に――普通とは違う世界に憧れなければ良かったのか。
 最初の職業選びで趣味に走らなければ良かったのか。
 煉先生魔族に従っていれば良かったのか。
 もっと厳しく修行していれば良かったのか。
 逆に何もかも放り出して逃げ出せば良かったのか。
 黒田と出会わなければよかったのか――或いは、もっと早く出会えていれば違ったのか。

 幾つもの考えが頭に浮かぶが、心の冷静な部分が残酷な解答を下す。
 ――きっと、何をしても無駄だったのだ。

「うっ――ぐっ――うぅっ――」

 圧し掛かってくる悲哀の重みに四肢に力が入らない。
 陽葵はその場でがっくりと膝をついてしまった。
 そのまま静かに嗚咽を漏らす。

 だがしかし。
 陽葵はまだ誤解していたのだ。
 ここ・・が、どん底なのだと。
 これ以上の“下”は無いのだと、無意識に考えてしまった。

『大分堪えたようだね。
 うん、仕方ない、そういう反応になるであろうことも想定していたとも』

 空間に、ケセドの声が響く。

『そんな状態で消してしまうのは、流石に忍びない・・・・
 言っただろう、合意は大事だって』

 何が合意か。
 最早、陽葵に選択肢は無いというのに。

『だから、こういう催しを・・・・・・・用意してみた・・・・・・

 言うや否や。
 天井の一部が光ったと思うと、そこから陽葵の頭に向かって一条の光が降った。

(何を――――――!?!!?!!?!?!?!?!?!?)

 ケセドが自分に対して何をしようとしたのか。
 疑問を口にする間は無かった。
 陽葵の前身に絶大な快感・・が走ったのだ。

「――あっ!!!?」

 口から声が出る。

「あっ!!? あっ!!? あっ!!? あっ!!? あっ!!? あっ!!? あっ!!? あっ!!? あっ!!?」

 身体をガクガクと揺らしながら、壊れたように一つの音を鳴らす。
 陽葵の意思では止められなかった。
 というより、意思が一瞬吹き飛んでいた。

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!?!!!?!?!!」

 喉が張り裂けるような声が上がる。
 手に、足に、胸に、胴に、股間に、尻に。
 指に、耳に、ふくらはぎに、ふとももに、乳首に、へそに、男性器に、尻穴に。
 目に、舌に、筋肉に、睾丸に、直腸に、食道に、胃に。
 およそ身体の内外全ての箇所に、まるで電流のような、鋭い快感が流し込まれたからだ。

「あ”――――――く、あっ!?」

 数瞬の後、その光は止まった――陽葵にとっては数分、否、数十分にも感じる時間であったが。
 同時に身体へ自由が戻り、そしてどうしようもない虚脱感に襲われる。
 時間にして幾秒も経っていない間に、何度も絶頂してしまったのだ。
 その証拠に、股間へ生暖かい射精の跡を感じる。

「は――あ――あ――な、何?
 今、何したんだ――?」

『簡単な事だよ。
 脳に直接“快楽の電気信号パルス”を送ったんだ。
 君の身体をきっちり“解析”した上で算出した信号だからね。
 ちゃんと気持ち良かっただろう?』

 事も無げにケセドは答える。

『悲しみに暮れながら消えるのは余りに哀れだからね。
 これから、一生で味わう快楽を超える量の快感をプレゼントするよ。
 最後には悔いも無くなり、“もう消えてもいい”って思う筈さ』

「――え?
 な、何言ってんだ、そんなこと――」

 中止を懇願するよりも先に、上方が明るくなったことに気付く。
 見れば、先程と同じ“光”が天井のあちこちに・・・・・灯っていた。

「う、嘘だろ……?」

 唇が震えた。
 一筋浴びただけで、気が狂いそうだったのだ。
 あんな無数の光条が注がれたら、どうなってしまう?

『じゃあ、始めるよ。
 人生最高の一時を十分に愉しんで欲しい』

 無情なケセドの宣告と共に、無数の光が陽葵に突き刺さる。
 彼に最後に残った、人としての品格プライドを磨り潰す作業が始まったのだ。



「んぼぉぉおおおおおおおおっおっおっおっお”っお”っお”っお”っお”っお”っお”っ!!!!!!!」



 第三十二話③へ続く
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