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第1話 異世界で侯爵になりました

⑥ 簡易裁判

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 私の突然の豹変に、ラザード伯爵は大分たじろいでいた。
 しかしただの“ムカつく相手”ならばともかく、“純然たる敵”へこれ以上敬語を使ってやる義理はない。

「一人息子である私が消えれば、“ウィンシュタット侯爵”の席が丸々空くことになる。
 一先ずは父上が継続することになるのだろうが、元々お身体がそう丈夫ではない。
 早々に次の後継者を選ぶ必要があり――まあ、私の親戚筋から選ばれるのだろうが――古くからウィンシュタット家に仕えるお前の意見は強く影響するだろう。
 私を襲った野盗を退治したり、私の亡骸を見つけたり――そんな“功績”があればなおさらだ。
 そこで、自分の息のかかった人物を侯爵の後釜に据える、と。
 随分と陳腐な絵を描いたものだな、ラザード」

 私が喋れば喋る程、ラザード伯の顔色が悪くなっていく。
 人間、追い詰められると本当に顔の色が変わるものなんだな。
 しかし、彼が口をつぐむ代わりに、その取り巻き達が騒ぎ出した。

「な、なんたる言い草か!」
「如何に侯爵であろうと、許される言動ではありませんぞ!」
「態々式へ足を運んだ客人相手に失礼だとは思わないのですか!?」

 次々に飛び出す私への非難のおかげで多少体勢を立て直したか、ラザードが口を開いた。

「そ、そうですぞ、言いがかりも甚だしい!!
 祝いの場でそのような戯言を口にするとは、非常識極まりないですな!!」

 憤怒の表情で私に食ってかかる。
 言うだけ言った後、仰々しいポーズで周囲を見渡し、

「お集りの皆様、歓談を遮ってしまい申し訳ない。
 今のはエイル卿の質の悪い冗談で――?」

 ――そこで奴はようやく気付いた。
 会場中の貴族が自分に向ける、冷たい視線を。
 まるで、この“哀れな獲物”がこれからどうなるか、興味深く観察しているかのように。

「え――」

 誰一人としてこの騒動を不思議に思っていない。
 動揺の欠片も見られない。
 そんな状況を、全く飲み込めていない中年男。

 仕方がないから、解説をしてやる。

「どこまでも頭の回らない奴だな。
 とうに根回し・・・は終わっているんだよ」

 この場でラザードを断罪することは、来客者全てが承知済みだ。
 理由も含め、説明を終えている。
 ……無論、本人とその取り巻き共を除いて。
 式が始まる前より手筈は整えておいたのだ。

 現代社会において、会議で自分の意見を何としても通したい時、事前に根回しをしておくのは常識である。
 どれだけ素晴らしい企画であろうと、当日いきなり提示したのでは大なり小なり反発が出るものなのだ。
 まあ、敏腕なプレゼンテーターであれば、そんな状況でも上役の承認をもぎ取れてしまうのだが、それはあくまで特例。
 凡人たる私の場合、会議出席者から――特に自分より立場が上で、かつ否定的な意見を述べそうな輩から、予め“Yes”を頂いておくのは欠かせない作業である。
 極論を言わせて貰えば、会議とは議論する場ではなく、決を取る場所と心得るべきだ。

 今回は、会社員生活を通じて得た教訓をしっかり活かしたまでのこと。
 ……実のところ、ラザード伯を裁く場をいちいち別に用意するのも面倒だったという理由もあったりするが。

「――さて。
 分かるな、ラザード?
 ヴァルファス帝国においてこのケース、内乱罪が適用される。
 お前は最低でも失脚、通常は断頭台へ上がることになる。
 場合によっては親族にまでその罪は波及する」

 すらすらと“判決”を述べる。
 最も、侯爵暗殺など企てればどうなるか、伯爵たるラザードが把握していないわけないのだが。
 ……これだけの罪を軽率に計画しようとするとは、馬鹿な男だ。

「そ、そんな、確たる証拠も無しにこんなことは――
 如何にウィンシュタット侯と言えど――」

「ラザード、お前は脳ミソの代わりに頭へ泥でも詰まっているのか?
 ここまで場を整えておいて、証拠が無いとでも?」

 真っ青中をになった小太り中年が振り絞った抗議を、あっさり棄却する。
 そして懐から一枚の書状を取り出すと――

「あ、あ――そ、れ、は――」

 ――ラザードの顔が青を通り越して土気色にまで変色していった。
 紙にはラザード伯爵家の“紋章”が刻印されている。
 そればかりか、彼や取り巻き達各員の“血判”まで押されていた。

「血判状。
 まさかこんな古風な代物まで用意するとは――余程私が邪魔だったか?」

 それ程一般的でないものの、この帝国には血判の文化がある。
 法的効力としては一般的な印やサインとそう変わらないが、書状の内容を決して違えないという覚悟を示すために使われる代物だ。
 つまり連中が不退転の決意で私を蹴落とそうとした、この上ない証拠なのである。

 これだけの証拠品を、私が――己の管轄内であれば、国から“裁判権”すら認められているウィンシュタット侯爵が握った。
 さらには式に参加した多くの貴族がそのまま“証人”にもなっている。
 これは即ち、ラザードの懲罰は確定であるということ。

「な、なんで、それが……?
 ありえない……ありえない……!
 誰だ――? 誰だぁっ!!?
 血の約定を違えた愚か者はぁっ!!?」

「俺ですよ、ラザード卿」

「――あ?」

 激昂した伯爵の叫びに、答えた者が居た。
 その人物は、“取り巻き”の一人。
 しかし会話にはほとんど参加せず、事態を静観していた男。
 歳の頃は私より4つ程上の、青みがかった黒髪を短く揃えた美青年だ。
 ついでに言えば、けばけばしい服装で統一されたラザード伯一派の中、唯一スマートで上品な身なりをしている。
 お世辞にも品の良くないラザードの取り巻きの中、場違い感すら漂わせる伊達男っぷり。

 ラザードがその男の名を叫ぶ。

「ブラッドリー男爵!?
 馬鹿な!! 貴様――!? 貴様――!!?」

 わなわなと震える中年男。

「――血判状コレは、貴様が提案してきたことだろう!!?」

「ああ、その通りだな。
 私がそうするように・・・・・・・仕向けたんだ」

「――――え」

 何度繰り返すんだ、このやり取り。
 こいつの驚き顔を見るのも飽きてきた。
 いい加減、この状況は私の手中にあるということを自覚して欲しいものだ。

「もともと今回の件は、彼――ブラッドリー卿が知らせてくれたことでね。
 ラザード伯爵に怪しい動き有り、と。
 私の方でも裏が取れたので、そのまま彼に内偵してもらった」

 軽い事情説明。
 敢えて口にはしていないが、実のところこの一件、私はほとんど何もしていなかったりする。
 大半を、この“ブラッドリー・ラジィル男爵”が片付けてくれたのだ。
 私への密告に始まり、ラザードと取り巻き達が密会する日程やその内容、全てに事細かな報告があった。
 血判状についても、明確な証拠品が欲しいという私の要望に彼が応えた結果である。
 しかもこれだけやって、ラザード達には自分が裏切る気配を全く感じさせていない。

 ――何たる辣腕。
 これ以上ない程に分かりやすい有能さ。
 実際、見るからに“デキる男”のオーラをぷんぷんと発している。
 聞いたところによると帝都士官学校を次席で卒業した経歴の持ち主でもあるらしい。

 何故そんな人物が――元々はラザード一派であった人物がここまでしてくれたか、理由は明白だ。
 ラザードの下にいるより、私へ媚びを売った方が利益になると考えたのだろう。
 何でもこの伯爵、これ程の有能な男を小間使い程度にしか使ってこなかったという。
 それは離反したくもなるというものだ。

 ――いや本当に愚か者だな、この中年男。
 おかげで私は大分楽ができた。
 昔から気に食わなかった連中を、こうも簡単に排除できていいのか不安に思ってしまう程に。

「男爵、正気かっ!?
 貴様を取り立ててやったのは誰だと思っている!?」

「感謝はしています、一応ね。
 ただ残念ながら、ウィンシュタット侯が約束した報酬の方が魅力的だったんですよ」

 私をおいて、話を始める2人。

「しかしまあ、安心して下さい、ラザード卿。
 俺が事前に“密告”しておいたおかげ・・・で、エイル卿は我々に温情を下さるそうです。
 今回の件で“あんた達”以外を罰することは無い、とね。
 内乱罪に対するものとしては、これ以上ない程寛大な・・・処分を勝ち取れました」

「がっ――ばっ――何が、何が“勝ち取れた”だっ!!」

 怒りでラザードの形相が偉いことになっている。
 こうなった原因の全てがブラッドリー男爵にあるのだから、その感情は御尤も。
 ただ事の発端――暗殺計画の立案自体は伯爵が行ったことなので、根本的に自業自得だ。

 一方でブラッドリーは中年男の怒号など、どこ吹く風。
 にこやかに会話を続ける。

「そんなわけなんで、心置きなく罪を償って下さい。
 どんだけあんたが苦しもうと俺は痛くも痒くもないし、あんたの家族だって無事ですから」

「こ、こ、こ――こんな、ことを、して――タダで、済むと――!!」

「済むも済まないも、もう終わり・・・なんですよ、あんたは」

「うっ――あ、あ――」

 その飄々とした態度が、ラザードへさらに油を注いだ。
 中年伯爵の手が、脚が、わなわなと震えていく。

「ふっ――ふ、ふざ、ふざけるなっ――!
 こ、ここで、終わり――?
 こんな、こんなところで、終わる、だと――?」

 思い詰めた表情。
 これは――爆発するな。

「そんな――そんな――そんなことっ――認められるかぁっ!!」

 案の定だった。
 懐からナイフを取り出したラザード伯爵は、私に向けて突進してくる。
 ――なんて分かりやす男。

「エイル・ウィンシュタット!! お前も道づ――――ぎっ!!!?」

 台詞は最後まで言えなかった。
 奴の身体が“雷”に打たれたからだ。
 私へ飛びかかる姿勢のまま、伯爵は倒れ伏す。
 最後まで締まらない男だった。

「ご無事ですか、坊ちゃま」

「指先すら触れられていない状況で、無事も何もない」

 その雷を放った張本人――“セシリア”が私を気遣ってくる。
 何かあった時のために、最初から彼女を近くに待機させておいたのだ。

「――殺してはいないな?」

「はい。加減いたしました」

「よろしい」

 末路が決定されていたとはいえ、正当な手続き無しに――しかも一応は平民であるセシリアが貴族を殺したとあっては、些か事後処理が面倒なのだ。
 一応自分の目でも、ラザードの体が小さく痙攣していることを確認する。

 今、何が起こったか。
 端的に言えば、彼女が“魔法”を使い、私を守ってくれたのである。
 ただそれだけのこと、なのだが――


「――今の、見ましたか」
「――ああ、“詠唱”も“触媒”も無しに、魔法を」
「――しかも、“雷”」
「――ウィンシュタット家が“魔女”を飼っているという噂は本当だったのか」


 ――周囲が騒めく。
 式へ参席した貴族達は、警備兵によって運ばれていくラザードとその一派から、セシリアへと関心を移したようだ。
 まあ、無理もない。
 彼女の魔法は超一級品だ。
 魔法を少しでも齧ったことのある人間であれば、その異常さは見ただけで分かる。
 そしてヴァルファス帝国の貴族にとって、魔法は必修の嗜み・・・・・・・・だ。

 この辺りで魔法についての説明もしておきたいところだが、セシリアのそれは常人が扱うものとかけ離れ過ぎている。
 彼女を例にとって解説をするのは、些か不都合だ。
 そのため、ここでの説明は省略させて貰おう。
 セシリアは秘書としてだけでなく、魔法使いとしても卓越した腕を持つ女性なのだということを覚えてくれればそれでいい。
 “天は二物を与えず”という言葉があるが、ことセシリアに関してそれは当て嵌まらないのである。

 さてと。
 いつまでもこんな雑事で式を中断させるのもなんだ。
 そろそろ、仕上げていこう。

「ブラッドリー男爵」

 騒然とする周りを尻目に、私は青髪の青年へと話しかけた。

「何でしょうか、エイル卿」

「ちょうど今、伯爵の位に空席ができた。
 君、やってみるか・・・・・・?」

「……は?」

 ブラッドリーの瞳が丸くなった。
 彼はこういう顔もできるのか。

「確約はできない。
 爵位授与の最終的な決定権は陛下にあるからな。
 ただ、陛下に面会する際、君のことを強く推したいと思っている」

 今回のことで、ブラッドリーが非常に優秀な人物であることは十分把握できた。
 こういう人材を手放すのは賢くない。
 ささっと自分の手元へ囲い込んでしまうのが吉だ。

 もっとも、伯爵が一人いなくなったからといって、それを補充しなければならないわけではない。
 空席が出来た、というのはあくまで物の例えである。
 しかし、上申しやすいタイミングなのは確かだ。

「勿論、伯爵としての務めに支障無いよう、補佐の子爵もこちらで選考しておこう。
 ラザード伯の手垢が付いた部下を直接取り仕切るのは骨だろうからね。
 どうだろうか?」

 いきなり“やんちゃ”されても困るので、監視業務も込みの補佐役だが。
 急な話に未だ決断が下せない男爵へ、さらなる一押しを行う。

「まあ、厳しいようであれば無理にとまでは――」

「い、いや! やりますっ!! やらせて下さい!!」

 案を取り下げるポーズをした途端、彼の意思は決まったらしい。
 無理もない。
 ブラッドリー男爵程にもなれば私の意図など見抜いているだろうが、それを差し引いてもこの提案は美味しいはずだ。
 男爵から伯爵への昇格なぞ、そうそうあるモノではない。

 気付けば、周りの視線が私達へと集中していた。
 こちら・・・は周知していなかったから当然か。
 しかし過去にそうそう例の無い出世劇にも関わらず、反発の声は無かった。
 別に不思議なことではない。
 何せ彼は私の――侯爵の命を救ったのだから。
 私が提案した褒賞へ安易に異を唱えれば、『エイル侯爵の命は伯爵位に見合わない』という宣言をしたことになりかねない。
 その程度読めないようでは、この貴族社会を生きていけないのだ。

 こうして私は、無能な反逆者を切り捨て、新たに有能な部下を確保することに成功しつつ、侯爵の授与を完了したのだった。
 一度に色々片付くと気分が良いものだ。



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