イケナイ関係

第一章

薬指

「待って！」

　振り返ると女がフラフラとしながらゆっくり追い掛けてきた。頬を赤く染めながら俺の腕を掴んだ。

「さっき私の分まで払ってくれてたの、ありがとう。お礼言えてなかったから。」

律儀な人だな。そして女は少し深呼吸して、

「もう少し一緒にいて…？」

潤んだ瞳でそう言った。携帯のディスプレイを見つめる。終電が…いや、終電なんかもうどうにでもなっちまえ。

「飲み直すか？」

「もう、飲めない…。でも、終電も、もう間に合わないと思うし。」

飲み屋以外だとすれば選択肢は絞られてくる。この時間帯で終電を逃した男と女がいるのなら、それはもう、お決まりのコースだろう。…結婚していたって構わないさ。薬指にあるそれを、俺は見て見ぬフリをした。

「少し、ゆっくりしようか。」

こんな時のために、誘い文句を調べておけば良かった。男は少し後悔した。でもきっと伝わったのだろう。男と女は夜の街に消えていった。