トウジンカグラ

百川カサネ

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3話 邂逅編

20 そして眠る※

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 薄く表情を歪める刻の頭上、陰りに煌めく鋼を見つめて火群ははっと息を吐いた。尻を浮かせて、散々喉と口でしゃぶり育てた魔羅を掴む。角度を合わせてそろりと腰を下ろせば、腫れた亀頭に触れた後孔がむちゅうと音を立てて吸いついた。

「はッ……あ、あ゛っ♡♡」

 頤を上げる。視界の隅で、紅蓮の赤を閉じ込めた鋼が妖しく煌めいている。
 刃の反りをなぞるように火群は背を撓らせ、意図して尻穴を開いた。

「んぁッ……お゛ッ♡♡」

「ぐ、ゥ!」

 ぐぽぉ♡ などと、空気を含んだ粘着質な音を立て、育て上げた刻の陰茎がひと息に入り込んだ。
 ぞりぞりと、内側の肉を削ぎながら腹の奥へと進んでくる感覚が心地良い。見上げた天井の薄暗がりがばちばちと、鋼の火花のように瞬いている。
 火群は舌先を突き出して息を吐く。吸う。吸った瞬間に肉が締まって、中の魔羅を更に奥へと誘い込む。ぞりり、と呑み込んで、同時に尻が刻の太腿に触れた。根元の一番太いところを咥えた後孔が大きく口を開いている。

「あ゛はっ……♡♡ はーっ♡♡ お゛っ♡♡ なか、いッ……ぱ、アッ♡♡」

 みっしりと裡を満たすものに息が乱れる。呼吸の度に胎の中の肉がうねって刻のものに絡みついているのがわかった。じくじくと熱が渦巻いて、吸い上げて、魔羅がびくびくと跳ねている。それでも火群の望む奥には到底届かない。

 皺だらけの寝衣が絡まる刻の腹に両手を突いて、火群は膝に力を入れる。ぁは、と息を零して腰を浮かせた。尻が刻の腿から浮いて、ぬろぬろと肉棒が抜けていく。もっと奥へと突き入れるための助走だと知りながら、それでも火群の肉襞は抜けゆく陰茎を惜しむようにきゅうきゅうと吸いついて、雁の出っ張りを肉の輪に引っかけて一番太いところを食んだ。
 ギシリと軋む音がする。眼前の男が奥歯を噛み締める音だったような気もするし、膝下で男二人の重みと摩擦を受けて削れる藺草いぐさが立てた音かも知れない。好き勝手に揺らしていた火群の腰を、男の掌が掴んだことだけは間違いなかった。

「っく、そッ! ぉ……ッ!」

「あ゛!? お゛っほ♡♡ ナカぁあ、あ゛、ああッ♡♡」

 奥へ捻込むように刻が腰を振りたくる。馬にでも乗っているかのように火群の尻が跳ね、ばちゅんばちゅんと水気を含んだ甲高い音が響いた。硬くて長い肉棒が火群の胎を撫で上げていく。吸いついては振りほどかれて、掻き混ぜられる中の肉が気持ちいい。
 堪らず頤を上げて、火群は荒々しくもか細く呼吸を繰り返した。掌に触れる刻の腹筋は硬い。見下ろせば刻は青い薄明かりの中で眉間に皺を寄せ、目を細める表情は耐えているようだった。仰臥した姿勢では力が入りにくいだろうに、たまにもう若くないなどとぶつぶつぼやくくせに、頑張ってンなぁ。ぼんやり考えて薄く笑えば、見咎めたように刻が一際強く腰を突き上げた。

「あ゛あッ♡♡ ア、あぅ、お゛っ♡♡ ア、ぁ~~ッ♡♡」

「くそ、こ! のッ! ぐっ、ッ!」

 火群の身体は大きく弾んで、胎の中で硬く反り返る魔羅が奥を突く。立て続けに揺さぶられる。火群の屹立が裡に刻の雄を呑み込む腹を外から叩いて、びたびたと濡れた音を立てていた。重ねて聞こえる刻の呻き声は吐精を堪えるものに相違ない。掠れた嬌声を混ぜながら荒く呼吸の音を響かせている。

「ひ♡♡ あ゛、ハ♡♡ あは、は! あッははッ♡♡♡♡」

 あと少し。この奥を。もっと奥を。

 火群の脳裏には剣戟が輪唱している。視界には鋼の擦れる火花が散って、黄金の瞳がどろりと灼けて熔けていく。最早その目には悦楽を堪えるとは異なる苦々しさで歪む刻の顔など映っていない。その頭を飛び越して、火群にとってゆいいつの、絶対の刀刃にのみ注がれている。
 刻の腹を支えにしていた手を片方伸ばす。ただただ黙して佇む赤を閉じ込めた鋼。その柄に触れる。握る。縋る。自然と前のめりの姿勢になって、腹にきゅうと力が入る。中のものは角度を変えて、一際大きく刻が唸った。過ぎた快楽かあるいは苦痛か、酷く歪んだ刻の顔は火群が少し首を落とせば触れ合うほど近くにある。

「ぐ、れんっ♡♡ みて、見てっ♡♡ 紅蓮、紅蓮っ♡♡♡♡ ぁはッ、ァ、ん゛っ♡♡」

 けれど火群は刻を見ない。最早刻の存在など忘れたかのように、たったひと振りだけを見つめている。赤を倦んだ鋼は艶かしく月影に佇んで、犬のように涎を垂らしだらしなく蕩けた火群の姿を映している。
 これまでになく中の肉襞がうねる。顔に落ちた火群の唾液どころではないのだろう、刻は溺れるように息を吐いた。きつく火群の腰を押さえつけて背を反らす。刻の腰はほとんど畳から浮くようにして火群の胎のいっとう奥を突き上げた。

「ッも、出る……ッ! ぐッ――!!」

「ぁ♡♡ ぐれッ、ン~~~~ッ♡♡♡♡ ッ♡♡♡♡」

 未だ開かない奥の入り口に刻の亀頭がむちゅりと押しつけられ、叩きつけるように子種が飛沫いた。
 びくんッと火群の身体が痙攣する。紅蓮の柄を握る手は熱に浸りながら力を込めるあまりに白み、胎に撒かれた種を飲み下すように肉襞は蠕動する。容赦なく吸い上げられる刻の腰が震え、火群もまたびく、びくんと、種を飲むごとに腰を、背を、腹をうねらせた。肉づきの薄い腹には火群自身が吐き出した白濁がとろりと垂れていた。

 かくんと、火群の頭が落ちる。睫毛同士が触れるほどの近さに、達した余韻にきつく目を閉じていた刻が薄らと目を開いた。
 とろりと甘やかな涎を垂らしながら、火群はぼんやりと目を開いている。はーッ、はーッと、犬のような荒い呼吸は二人して同じ。空気を吐いては取り込んで、大きく上下する互いの胸が重なりそうなものなのに、火群は紅蓮の柄を握る手だけは緩めず絶頂の倦怠に崩れる身体は落ちていない。瞬き一つの距離で、火群は刻と均衡を保っている。

「ぁ、」

 刻の手が火群の腰から離れる。そのまま後ろ頭に重なる熱と重みには既視感があった。行為の最中には喉で魔羅を食む火群を遠ざけた手が、今度は引き寄せるようにぐっと沈められる。
 瞬きが、吐息が触れる。
 とろとろと甘く空気を吐き出す火群の唇と、刻のそれが、

「――やめろ」

 ばしりと、火群の掌で遮られた。

 刻の口を塞いだ火群は紅蓮を支えに上体を起こす。眼下では刻が痛みに耐えるような、酷く酷く苦い顔をしている。塞いだのは口だけだ。鼻から息は吸えるだろう。刻に何の苦しいことがあるのか。ちっと舌を打てば、事後の酩酊が急速に冷めていく。

 意味がわからない。刻が火群の顔を寄せた意味も、自身がそれを遮った意味も、折角奥まで食んで精を飲んだ腹の底がふつふつと煮える程度に苛立っている意味も。何も。

 紅蓮の柄を強く握る。柄巻に爪先が引っかかって、かりりと不快な音を立てた。掻き消すように奥歯を噛んで火群はぐっと膝に力を込めた。

「ン……ッは、ぁ」

 腹に力を入って後孔が開き、呑み込みきれない種を吐きながら刻の魔羅がゆるゆると抜けていく。余韻に甘えつく肉びらを振り払うようにひと息に尻を浮かせば、ぬちゅんと粘った音がして亀頭を吐き出した。ぽってりと腫れた肉のふちを掠める瞬間には微かに喉を鳴らし、刻のかたちに拡がってすうすうと空気の通る虚ろに顔を顰める。振り払うように火群は湿るを通り越して濡れた寝衣を脱ぎ捨ててその辺に放った。

「……おい」

 余韻から戻ってきたらしい刻が呻く。火群は構わず膝を折って立ち上がった。尻から垂れる精液が内腿を伝い、あるいは床に、刻の上にぱたぱたと落ちる。構わず火群は突き立てられた紅蓮を引き抜いた。刻を跨いだまま。
 藺草の欠片を散らし、紅蓮は月影に仄赤く刀身を滑らせる。傾ければ蒼を重ねに重ねた濃藍の天穹に鈍く輝く。
 その光に目を細め、火群はゆるく息を吐いた。脱力をもたらすそれに身を委ねながら畳の床から下り、放っていた鞘を拾い上げて紅蓮を納める。ついでに足下に畳まれていたふすまの端を掴んだ。引っ張り上げながら刻を蹴り寄せ、空いた隙間に身を横たえる。

「おい、裸で寝るなっていつも言ってんだろ」

「うるせェ。寝る」

 刻に背を向け、襖の中に潜り込む。紅蓮を胸に抱き込んで身体を丸めれば、くぷりと後ろから精が零れた。

 背後からは早々に諦めを含んだ溜め息が聞こえた。ついでごそごそと衣擦れの音がする。火群に服を着ろと無益な小言を投げる刻は、行為中に着ていた寝衣で身体を拭ってから新しい寝衣に着替えているらしい。どうせ畳が汚れているのだからそう変わらないだろうにと思いながら、火群は聞くともなしに背後の音に耳をそばだてる。
 やがて着替えを終えたらしい刻は、火群の纏う衾をそろそろと引っ張った。衾は一枚しかないし、そもそも刻のものであるという認識ぐらいは火群にもあるので何も言わない。刻も黙ったまま、火群がはみ出ないように衾をたぐり寄せ、そのうち隣に収まった。

 先ほどの触れ合うほどの距離など、引き寄せた掌など忘れたかのように。火群と刻の身体はぽっかりと間を空けている。奥へ奥へと望んだ熱が今は絶対に交わらない、その空白にほうと息を吐く。そのままじっとしていれば、やがて刻の微かな寝息が聞こえてきた。

 紅蓮を掻き抱き、鞘に包まれた刀身に火群は額を擦り寄せる。鋼の触れ合う音は眠りを誘うように静かで、火群はまたゆるり、ゆるりと息を吐いた。背後の刻の寝息、あるいは聞こえるはずもないその心音、あるいは耳の奥に響く自分の鼓動だけが夜の淵に浮かび上がるようだった。

 自身の呼吸が密やかに、紅蓮に絡んで馴染んで解ける感覚。
 瞼の裏に清かな鋼の火花が閃いている。その熱にじわじわと熔かされて、それでも自身を包む微かな音の数々で自分のかたちを繋ぎながら、火群はゆっくりと意識を夜に落としていった。

 火群の眠りの世界はいつも、冷たく揺蕩う赤で染まっている。
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