トウジンカグラ

百川カサネ

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1話 邂逅編

6 狂乱※

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 立てた膝を前へ尽き出して腰を落とし、尻のあわいで伊角の雄を扱く。悪戯に先端と孔が触れては吸いつき、ちゅ、ちゅくとさやかな音が鳴る。
 噛み締めた奥歯から荒い息が漏れる。伊角は獣のように、この男に雄を突き込んで蹂躙したいという欲求を自覚していた。同時に最後の最後に残った理性が伊角自身を見下ろしている。

 一国の主として為すべきを求め、兄弟や旧臣たちを下してもなお終わりのない日々。見出した平穏への答えにはただならぬ金と、時間と、人を使って、やっと辿り着いたこの場所。帝の坐す七宝の国は目前の、こんな往来の真ん中で。伊角を慕う兵たちが倒れ伏し痛みと屈辱に呻く只中で。この惨憺たるを生み出した当の本人たる男に押し倒されて。

 ――自分は、一体何をしているのか。

「あっは、だから、」

 ――伊角耀灌とは、自分の人生とは何だったのか。

「もう――いいよなァ?」

 熔けた黄金の瞳が、幼い子どものように歪んだ。
 その視線は荒い息を繰り返す伊角の側近くに突き立てられたままの、一振りの刀刃にだけ注がれていた。

 ――これだけ伊角耀灌という人間を掻き乱しておいて、この男は伊角のことなど一顧だにしていないのだ。

 ぐぷんっ!

「お゛ッ――……♡」

「ぐぅっ……!」

 あまりの衝撃にばちばちと伊角の視界が瞬く。つんと尖った乳首を見せつけるように薄い胸を反らし、天を仰ぐ火群が明滅の向こうに見える。
 先ほどまでの遊ぶような触れ合いなど比べものにならない。重たく質量のある水音と同時、伊角の怒張はみっしりとした肉の壁に埋まっていた。根元から先端まで、焼けるほどの熱に包まれぎゅうぎゅうと絞られている。女の膣のような柔らかさとは程遠いのに、肉襞がまとわりついてねちねちと絞り上げる感覚はあまりにも強い。過ぎた快楽は痛みに似るのだと、挿入の衝撃に果て損ねて伊角は知った。

 顔を顰めながら見やれば、火群の立てられたままの膝がかくかくと震えている。後ろ手に伊角に跨る格好は辛うじて崩れず、故に結合部がまざまざと見て取れた。
 ようやっと侵入を許された伊角の魔羅は根元までずっぽりと咥え込まれていた。伊角の雄を喰い締め皺もなく伸びきった後孔はひくん、ひくんと喘ぐように蠕動し、ほんの僅かな緩みの隙にこぽりと粘性を零しては陽光を反射している。

 影が動く。弓なりに撓って天を仰いでいた火群の頭が壊れた玩具のようにぐるんと落ちる。枯れ野色の旋毛を晒して俯き、ぶるぶると震える。

「ぉ、あ……っは、ア♡」

 そうしてゆるりと持ち上がった顔には、粘つき絡みつくような喜悦が浮かんでいた。
 火群は後ろ手に突いていた腕を前に回し、伊角の胴へと突いた。ぺたりという妙にかわいらしい音に、前のめりの姿勢で迫る笑みはどこか幼い。恋に恋する乙女のように熔け落ちて、そして伊角の隣の鋼を見つめている。

 伊角に認識できたのはそこまでだった。

「あッ、はァっ、ァ……ハ、ハハ! ア、ハ!」

「う、ぐゥ!?」

 ぐぽぐぽぐぽぐぽ、ぐぽっ、ぐぽ!
 ひっきりなしに含んだ音が続く。火群の身体が弾んでは沈む。

「ふッ、お゛ッ、ぐっ、くうぅッ!」

「あッはァ、悪かねェじゃねーか、なァ! なあッ! あ゛、は、は!」

 哄笑を上げながら火群が腰を振りたくる。みっしりと包む肉壁は伊角の陰茎を根元から先端まで吸いつきながら扱き上げる。

「ぐぅ~~ッ!」
「オレがッ、イくまで、アは、保たせろっ、よッ!」

 殊更に尻を振って打ち付け、火群はそのまま腰を捻った。ぐぽんという空気を含んだ音が往来に響き、伊角の怒張は根元から先端まで絞られる。ぐりぐりと尻を押しつけて、かと思えばきゅうきゅう甘えつく肉びらを振り切るようにまた腰を上げては落とす。ずるん、ずると、濡れて摩擦する粘膜が嬌声を上げている。
 これはまぐわいなどではない。暴力、暴虐、蹂躙。そう呼ぶに相応しい。保たせるも何もあるものか。あまりに過ぎた感覚は最早気持ち良いのかも判別できず、火群の言葉の意味を理解する理性も塗り潰されていく。

「あはっ、ァ♡ あ゛あああッ、アぁ、見てっ……なァ、ア♡ あ゛ぅ、うッ、見て、ぇ♡ あ゛っ、あア゛ァ!」

 濁った喘ぎの最中に火群がせがんで甘え啼く。うっとりとした視線は赤を封じる刀刃に注がれている。
 思考が塗り潰されていくがまま、伊角は虚ろな目で顔の真横の鋼を見る。意図があったわけではなく、揺さぶられるがままの反動と火群の視線を追う反射でしかなかった。

 しかしそこに、伊角は確かに見たのだ。
 赤い鋼に鈍く映り込むのは、狂ったように伊角に跨り啼き喘ぐ男。それから――その背後にゆらり、と。忍び寄る影。
 伊角は思わず刀刃の鏡像から実像の火群へと視線を転じる。喘いでは揺れる頭の向こうに、顔を血で赤く染めた虎八がいる。

 刹那、消えようとしていた伊角の理性が舞い戻る。
 そうだ、確かに伊角は見ていた。馬から振り落とされ、火群に殺すのかと問い質したとき。苦鳴と呻きを連れて倒れ伏す伊角の兵たちの中、虫のようにゆっくりと、されど確かに這い進む側仕えの姿を。

 見て、見てと、誰かに向かって啼きながら、相変わらず火群は伊角の上で腰を振っている。背後の虎八に気づいた様子もない。這々の体らしい虎八は酷く時間をかけて黒く艶濡れた鞘を振りかぶり――

「若様ァ!!」

 ――淫らに揺れ跳ねる、ざんばら頭の脳天に振り下ろした。

「――嗚呼、」

 ひゅうと細く裂ける音は打音だったのか、末期に等しい虎八が絞り出した裂帛だったのかは定かでない。
 鼻から深くふかく抜ける、甘やかな嘆息。
 赤が閃く。散る。軌跡が湿った空気を裂いて残像を残す。枯れ野の髪がばらりと散った。

「――今、最ッ高にアガってるトコだろォが!! ア゛ァアア゛!?」

 伊角の真横から引き抜かれた紅蓮の切っ先が弧を描き、振り抜きざまに虎八の太腿を貫いた。

 元より限界だったのだろう、虎八は悲鳴も漏らさない。そのまま膝から崩れ落ち、火群は振り返ることもなく紅蓮を引き抜いた。背後から飛沫く鮮血を気にもかけず、逆手に握っていた紅蓮をそのまま胸に抱え込む。
 血を浴びながら柄に頬を擦り寄せ、血濡れた峰に剥き出しの胸を、乳首を、肌を擦り寄せて。熔け落ちる黄金の瞳がきゅうと絞られ、光彩が赤く霞む。酷く濡れた唇を、反った白い喉を震わせる。
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