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初老の贅沢な春
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早朝--
オミトはまだ屋敷の誰も起きていない時間に起き、刀の素振りをしていた。
ドロシーからの求愛の言葉を聞き、心の中が慌ただしく落ち着かなかったからである。
「ふんっ!ふんっ!」
しかし、それだけ刀を振っても心は晴れない。
かつてショウに剣を教えていた頃、持て余す性の衝動をキアラにぶつけるわけにもいかず、悶々としていた彼にオミトは言った。
「落ち着かないときは剣を振りましょう。振っていればいずれ心は晴れます」
と。
そんなことを偉そうに言っていた自分が、今同じような理由で素振りをしている事実に皮肉を感じ、オミトはまた更に心を乱されてしまう。
こんなことで心を乱されている場合ではないことはオミトもわかっていた。
呪術、死人の種、自分が仕えているルーデル家を取り巻く環境は決して平穏なものではない。
ルーデル家の行く末を占う大仕事が、この後に控えているというときに、個人の恋愛感情に現を抜かしている場合ではないはずなのだ。
しかし、ルーデル家の未来について考えようとすると同時に、自分の未来についても考えてしまう。
既に犯罪奴隷ではなく、自由のきく立場になったオミト。その気になれば領地を出ることも、家庭を持つことも出来るのだ。
ドロシーと共に過ごす未来・・・あるいはそういうのもあるのだろうか?
初老のオミトは今までになかった経験に浮ついてしまっていた。
いい年した男が何を・・・と気恥ずかしくなるが、それでも思考は止まらない。
正直なところドロシーに悪い感情は抱いていない。
これからの人生、共に過ごす相手としては十分にアリだった・・・というか、この機会を逃せば相手はもう二度と現れないだろう。
だがドロシーとの未来を想像しようとすると、どうしてかある人の存在が気になった。
エーペレス。
彼女が幼少の頃から仕えていたが、そんな相手からも自分に気持ちが向けられているという事実が気にかかっていたのだ。
(あれは、もしや何かの間違いではないか・・・?)
何度もそう思おうとしたが、それでもマルセイユ領であったことが思い出され、どうしても頭から拭えないでいたのだ。
二人の美女を天秤にかけるオミト・・・
初老の男の最後の春は、実に贅沢な波乱を迎えていた。
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