国外追放者、聖女の護衛となって祖国に舞い戻る

忘れてはいけなかったこと

キアラの父ダグラス・ルーベルトは自分の娘のことについて考えていた。

今日はラルスとのデートの日だ。
だが今日のデートはこれまでのそれとは恐らく大きく違うものになるだろう。ダグラスはラルスから直接そのように説明を受けたわけではないが、直感でそう理解していた。

きっとラルスはキアラに強引に関係を迫るつもりなのだ。
一応表向きはラルスとキアラは両者想い合っての婚約を結んだことになっている。だが、その婚約は近いうちに上王ダリスの命により解消されることになるだろう。本当に二人がが想い合っていても全く関係ない。ランドールにおける絶対権力者であるダリスが認めないとするならば一切認められない。そう決まっているのだ。

それを覆すため、既成事実を作ろうとラルスは考えている。
貴族たるもの体の関係を結んでおいて、本人らの意思を無視して婚約の解消など世間許さない。
きっとダリスの横槍の防波堤になってくれる。ラルスはそう思い、実行しようとしているのだろう。

だが、そこにキアラの意思はない。
キアラがラルスのことを心から受け入れていないのは誰の目にも明らかだ。ラルス本人もそれをわかっている、だからこそ無理にでも既成事実を作ろうとしている。心は後から手に入れれば良いとしているのだろう。

それがいかに歪な愛なのか、いかに許されざることなのかはダグラスとて理解していた。
しかし、ラルスがキアラと婚約を継続し、婚姻を結ぶにはもはやこれしかないと思っていた。ラルスと婚姻を結べば、ルーベルト公爵家は王家と太いパイプで繋がることができる。
名ばかり公爵家、王家と繋がりの無い公爵家、などと言われ日陰者扱いされる日々が終わりのだ・・・ダグラスはそう言い聞かせ、キアラが粗相をしないかだけに気をやっていた。


「大丈夫だ。キアラは私の言うことに逆らうことはしない。それにそう感情を荒立てることもしない。ラルス殿下を拒んだりは・・・しないだろう」


ダグラスは自分にそう言い聞かせる。何度も言い聞かせる。



「・・・む？」


だが、ダグラスはふと引っかかった。

古い記憶の中に、今のダグラスに警鐘を鳴らしている何かがあった。


（なんだ・・・？私は何かを忘れている・・・？）


俯き、しばし歩き回り、そしてようやくダグラスは思い出した。


「あ・・・！」


それは、忘れてはいけないことのはずだった。
教訓として、戒めとして心に刻んだはずだった。

ダグラスは大慌てで部屋を飛び出し、すぐに馬車の手配をさせる。

「ラルス殿下の命が危ない！」


ダグラスの悲痛な叫びが、ルーベルト邸で轟いた。