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狂った娘

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「はぁ・・・最初の一回目で決まったりはしないか。気長にやるしかないな」


シーラの執務室を部屋を出たソーアは、大きく溜め息をついた。
余裕ぶった態度を貫くことは出来たと思うが、緊張を隠すためにかなりの精神力を費やした。
シーラとの交渉は失敗した。
しかし、あちらから交渉を持ち掛けてくるようになったということは、状況は大きく自分に有利になっているということだ。


「王太子の支持を取り消すが先か、マルセイユが没落するが先か、私が消えるが先か、楽しくなってきたじゃないか」


ソーアの表情は微塵も悲壮感の漂っていないものだった。
彼女は肩で風を切るように堂々とマルセイユ邸を出て行き、それを見送った使用人たちは「今夜もシーラ様は荒れるのか」と戦々恐々となった。





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「はぁ・・・」


一人執務室で溜め息をつき、椅子にもたれかかりながら項垂れるシーラ。誰にも見せられない、弱っている自分の姿・・・
それをまさか自分の娘にさせられることになるなんて考えたこともなかった。

数か月前、最初に海賊船の拿捕を咎めたときは、ソーアは自身の主張を曲げこそしなかったが、それでもまだシーラを恐れ、崇め、顔色を伺っていた小娘だった。あのときのソーアであれば、例え強引に行動を抑え込んだところで、多少反発はあっても制することが出来ただろう。

だが今のソーアはなんだ?
まるで数か月前とは同じ人間とは思えぬほど、到底制することの叶わぬ手強い人間になってしまった。
呼び出しを重ね何度叱責しても行動を改めることはせず、それどころか呼び出すたびにより堂々とするようになった。
今、ソーアはシーラを恐れてはいまい。以前のようなオドオドした態度が無い。
狂っているのか?自らの正義のために、このマルセイユもろとも自分を潰すつもりなのか?
むしろシーラがソーアのことを恐怖の対象に思い始めていた。

厄介なことにソーアは今領民の信頼が爆発的に高い。
マルセイユはこのラウバル地方を守る辺境伯家とはいえ、領民あってのマルセイユなのだ。ソーアから必要以上に反発されると、領民も一緒になって敵に回ってしまいかねない。

そうしたわけでソーアの謹慎も出来ず、言葉での説得も不可能とくれば、もう打てる手は限られていた。
実子に対してこのような手を取るのは癪であったが、ソーアに対して妥協案を提案してみた。
何か狙いがあるなら、それを可能な限り叶えることで、ソーアを懐柔しようと思ったのだ。

これはプライドの高いシーラからしてみれば屈辱以外の何物でもなかったが、もはやソーアを放置することはを根底から脅かすことになるため、止む無きと考えた。


しかし、ソーアが出してきた要望は「ラルス王太子の支持のとりやめ」。
マルセイユの不正にはラルス派の王家の一部と、ラルス支持派の貴族も関わりが深かったので、これを飲むわけにはいかなかった。
支持を取りやめればマルセイユの力に影響を及ぼすどころか、マルセイユそのものが消し飛びかけないスキャンダルとなる。
他の条件はないかと聞くも、ソーアはまるで取り付く島も無かった。

何が狙いだ?
ラルス王太子とソーアに何か禍根でもあったのだろうか。

今日で問題を解決するつもりだったシーラは、解決の糸口を掴むどころか更に考えるべきことが増えたことにうんざりしていた。
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