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女優のスランプ
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ダグラス・ルーベルト公爵は、意気揚々としていた。
停滞していたラルスとの縁談がようやく動き出したからだ。
以前と違いすっかり機嫌を良くしたダグラスを見て、使用人一同はホッと胸を撫でおろした。
ダグラスもキアラもここ一か月は普通ではなく、緊張と困惑の毎日だったが、それももう終わりだ。ようやくルーベルト家に平穏が戻ってきたと一同は喜んだ。
・・・さて、もうオチは読めていると思うが、それは長くは続かないのであった。
「キアラ。明日、ラルス様がお前に会いにいらっしゃる。わかってはいるだろうが、くれぐれも粗相の無いようにな」
ダグラスはキアラとの部屋にやってきてそう言った。
「わかりました」
キアラはそう答え、ダグラスが退室するのを見計らってから、ふぅと溜め息をついて椅子に腰をかけた。
目の前には何冊か積み重なった魔術書ある。それらを明日には全読してしまいたかったが、その予定が狂ってしまった。
自分はショウに乱暴されかけ、傷心の状態であり、それを見かねたラルスが何度か面会に来るうちに、愛が芽生えて婚約を結ぶに発展するーーーそういう筋書きだというので、それに倣うためにこれからは何度もこまめにやってくることだろう。
粗相の無いように、なんてショウが婚約者のときには一度だって言ったことないのに、とキアラはダグラスの豹変ぶりに少しばかり呆れてしまう。
とはいえ、ラルスは王太子。父ダグラスがこの婚姻だけは何としても結ばなければならないと何度も念を押してきた。確かに万が一でも粗相があって婚約不成立にでもなりそうなものなら、父の落胆は計り知れないものになるだろう。
キアラはラルスに対して恋情はおろか、さして興味も抱いていなかったが、やむなき事情とはいえショウの代わりに婚約者となったからには、これからは彼と良好な関係を築いていかなければならない。
また演技をしなければ・・・仮面をかぶらなければならないのだ。
ショウのときにも仮面をかぶっていたつもりだったが、それにしてもこの気怠さはなんだろう。同じことをやるはずなのに、まるでやる気が起きない。面倒だからラルスなんて来なければいいのに・・・
キアラはそんなことを考えた。
-----
「やぁキアラ嬢、お元気そうで何よりだ」
翌日、侍女によって過剰と見られそうなほどキアラは念入りにドレスアップされ、一か月ぶりにラルスとの対面となった。
「わかっていると思うけど、これからは僕が君の婚約者だ。正式な発表はまだ後になるけど、これからよろしく頼むよ」
そう言ってラルスはキアラにその整った顔で笑いかけた。
並の女性なら見ただけで魅了されてしまいそうなものだが、キアラの心はピクリとも動かない。
「・・・はい」
能面のような表情、そして凍てつくような声でキアラはそれだけ答えた。
ラルスは一瞬怯んでいたが、隣で見ていたダグラスが慌ててラルスに話しかけて間を持たせようとしてくる。
(あれ・・・どうして・・)
キアラはラルスとのやり取りをシミュレートし、無難にやり抜けるようどう振る舞うべきか決めてきたはずだった。だが実際にラルスの前に立って出てきたのは、演技ではなく素の対応。
少しでも笑顔を見せ、「私で良ければよろしくお願いします」と言えば良いはずだった。だが、それができなかった。
目の前の男に興味がない。よろしくしたくない。
そんな飾りない心の内が、自然と表に出てきてしまっていた。
かつてショウに見せていたはずの演技が、ラルスの前では出来なくなっていた。
-----
「キアラめ、一体どういうつもりだ」
今日のところは顔合わせの挨拶のみでラルスは帰っていったが、ダグラスはキアラの態度に強い不満を抱いていた。
もちろんラルスを見送った後にキアラを叱りつけたが、キアラ自身が何やら困惑していて、すっかり毒気を抜かれてしまった。
だが執務室に戻ってくると、再び怒りがぶり返してきてしまった。
また恐怖の一か月の再来か?使用人一同は恐怖に震えたが、そこへ家令がやってきた。
「旦那様、手紙が来ております」
「なんだ?こんなときに・・・」
ダグラスは不機嫌そうに封筒に目を向けると、差出人を見て表情を変えた。
差出人はルーベルト家筋の親戚からのものだった。確か最初にショウとの婚約解消に向けた動きを猛反対したのがここだったな、とダグラスはかつてあった出来事を思い出す。
「キアラと王太子の縁談が内定しているのを嗅ぎつけて、今のうちから擦り寄ってくるという算段だな」
ふんと鼻で笑う。先ほどまでの怒りに満ちた表情はすっかり緩んでいた。
ショウとの婚約解消を考えていたとき、常識を疑うぞと言わんばかりの態度で自分を糾弾してきた相手だった。だが、いま結果としてショウとは婚約破棄をし、その代わりにラルス王太子との縁談を結びつける運びとなった。嫌でもこのダグラスを認めざるを得まい。
それから蝋封を破り、手紙を取り出してやや上機嫌に紅茶を飲みながら内容に目を通す。
「ん?・・・は?・・・・なぁっ!?」
ガチャンと、ダグラスは手に持っていたカップを落として割ってしまう。それは手紙の内容に驚愕しての反応だった。
手紙には『其方との親戚づきあいを今後は遠慮させてもらう』ーーそのような内容が書かれていたのだった。
停滞していたラルスとの縁談がようやく動き出したからだ。
以前と違いすっかり機嫌を良くしたダグラスを見て、使用人一同はホッと胸を撫でおろした。
ダグラスもキアラもここ一か月は普通ではなく、緊張と困惑の毎日だったが、それももう終わりだ。ようやくルーベルト家に平穏が戻ってきたと一同は喜んだ。
・・・さて、もうオチは読めていると思うが、それは長くは続かないのであった。
「キアラ。明日、ラルス様がお前に会いにいらっしゃる。わかってはいるだろうが、くれぐれも粗相の無いようにな」
ダグラスはキアラとの部屋にやってきてそう言った。
「わかりました」
キアラはそう答え、ダグラスが退室するのを見計らってから、ふぅと溜め息をついて椅子に腰をかけた。
目の前には何冊か積み重なった魔術書ある。それらを明日には全読してしまいたかったが、その予定が狂ってしまった。
自分はショウに乱暴されかけ、傷心の状態であり、それを見かねたラルスが何度か面会に来るうちに、愛が芽生えて婚約を結ぶに発展するーーーそういう筋書きだというので、それに倣うためにこれからは何度もこまめにやってくることだろう。
粗相の無いように、なんてショウが婚約者のときには一度だって言ったことないのに、とキアラはダグラスの豹変ぶりに少しばかり呆れてしまう。
とはいえ、ラルスは王太子。父ダグラスがこの婚姻だけは何としても結ばなければならないと何度も念を押してきた。確かに万が一でも粗相があって婚約不成立にでもなりそうなものなら、父の落胆は計り知れないものになるだろう。
キアラはラルスに対して恋情はおろか、さして興味も抱いていなかったが、やむなき事情とはいえショウの代わりに婚約者となったからには、これからは彼と良好な関係を築いていかなければならない。
また演技をしなければ・・・仮面をかぶらなければならないのだ。
ショウのときにも仮面をかぶっていたつもりだったが、それにしてもこの気怠さはなんだろう。同じことをやるはずなのに、まるでやる気が起きない。面倒だからラルスなんて来なければいいのに・・・
キアラはそんなことを考えた。
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「やぁキアラ嬢、お元気そうで何よりだ」
翌日、侍女によって過剰と見られそうなほどキアラは念入りにドレスアップされ、一か月ぶりにラルスとの対面となった。
「わかっていると思うけど、これからは僕が君の婚約者だ。正式な発表はまだ後になるけど、これからよろしく頼むよ」
そう言ってラルスはキアラにその整った顔で笑いかけた。
並の女性なら見ただけで魅了されてしまいそうなものだが、キアラの心はピクリとも動かない。
「・・・はい」
能面のような表情、そして凍てつくような声でキアラはそれだけ答えた。
ラルスは一瞬怯んでいたが、隣で見ていたダグラスが慌ててラルスに話しかけて間を持たせようとしてくる。
(あれ・・・どうして・・)
キアラはラルスとのやり取りをシミュレートし、無難にやり抜けるようどう振る舞うべきか決めてきたはずだった。だが実際にラルスの前に立って出てきたのは、演技ではなく素の対応。
少しでも笑顔を見せ、「私で良ければよろしくお願いします」と言えば良いはずだった。だが、それができなかった。
目の前の男に興味がない。よろしくしたくない。
そんな飾りない心の内が、自然と表に出てきてしまっていた。
かつてショウに見せていたはずの演技が、ラルスの前では出来なくなっていた。
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「キアラめ、一体どういうつもりだ」
今日のところは顔合わせの挨拶のみでラルスは帰っていったが、ダグラスはキアラの態度に強い不満を抱いていた。
もちろんラルスを見送った後にキアラを叱りつけたが、キアラ自身が何やら困惑していて、すっかり毒気を抜かれてしまった。
だが執務室に戻ってくると、再び怒りがぶり返してきてしまった。
また恐怖の一か月の再来か?使用人一同は恐怖に震えたが、そこへ家令がやってきた。
「旦那様、手紙が来ております」
「なんだ?こんなときに・・・」
ダグラスは不機嫌そうに封筒に目を向けると、差出人を見て表情を変えた。
差出人はルーベルト家筋の親戚からのものだった。確か最初にショウとの婚約解消に向けた動きを猛反対したのがここだったな、とダグラスはかつてあった出来事を思い出す。
「キアラと王太子の縁談が内定しているのを嗅ぎつけて、今のうちから擦り寄ってくるという算段だな」
ふんと鼻で笑う。先ほどまでの怒りに満ちた表情はすっかり緩んでいた。
ショウとの婚約解消を考えていたとき、常識を疑うぞと言わんばかりの態度で自分を糾弾してきた相手だった。だが、いま結果としてショウとは婚約破棄をし、その代わりにラルス王太子との縁談を結びつける運びとなった。嫌でもこのダグラスを認めざるを得まい。
それから蝋封を破り、手紙を取り出してやや上機嫌に紅茶を飲みながら内容に目を通す。
「ん?・・・は?・・・・なぁっ!?」
ガチャンと、ダグラスは手に持っていたカップを落として割ってしまう。それは手紙の内容に驚愕しての反応だった。
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