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勤勉なる元婚約者
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「ふぅ・・・」
これまでずっと本の虫だったキアラは、パタッと呼んでいた本を閉じ、テーブルに置いて一息ついた。
キアラの調べものが一段落したのだ。
広々としていた彼女の部屋は、ソファの上から床の上まで、あらゆるところに魔術書が置いてあった。ここ一か月ほど、調べものと格闘した痕跡である。
「湯あみをしたいわ」
部屋を出て使用人にそう告げると、彼らは顔をパァッと輝かせた。
これまで人払いをして、最低限必要なときにしか部屋を出なかったキアラがようやく調べものを終えたことに、使用人一同はホッと胸を撫でおろした。キアラの集中力は並のものではなく、ある程度目的を達するまでは梃子でも動かないので、使用人達はとにかく心配でならなかったのだ。
(基礎理念は出来たわね・・・)
キアラ自身、自分の研究に目途がついたことで安堵していた。
彼女が魔術の研究に没頭した理由。それはショウとソーアに辛酸をなめさせられたからに他ならない。
ショウには無詠唱による魔法攻撃が自分にはできないということを看破された。ショウが暴れそうだと思い、彼を無力化できると脅しをかけたが失敗。彼は刀を王太子に寸止めさせたが、あれがもし自分に斬りかかっていたのなら?自分は今ごろ生きてはいないだろう。
だが最も悔しかったのはソーアだ。ソーアを突然の侵入者だと思い対処しようとするが、小道具で詠唱を阻まれ、一瞬で刃物を突き付けられてしまった。もしソーアが殺意を持った者だったのなら、自分は既に死んでいる。
これまで何度もキアラはその絶大なる魔力を持つがゆえに、魔物退治への協力を乞われたことがあった。
その都度、その圧倒的な魔力による攻撃魔法により、どのように強力な魔物でも難なく征伐することができた。
命の危機に陥ったことなどなかった。
だがそれは魔物が間近に迫っているような状況が無かっただけのことだったのだと気付いた。
誰かが前衛で魔物を防ぎ、自分が安全な後ろから詠唱して魔法を発動させる。もしくは見渡しのいい場所でまだ遠くにいる状態から魔法を発動して薙ぎ払う。
いずれも自分の安全が確保された状態だったので何事も自分に危険が降りかからなかっただけだった。
敵が目の前にいるとき、不意打ちを受けたとき、自分はとことん無力であることを思い知った。
無詠唱で即座に繰り出せる魔法か、敵の接近を感知できる魔法を常時展開するか、何かしらの対策を考えなければならないと思い、キアラは調べものにふけったのだ。
とはいえ、それは本来魔法使いが持つ弱点である。そのために冒険者パーティでは戦士など体力のある者が前衛に立ち、後衛の魔法使いの魔法発動の援助をするのだ。
だから決してキアラは無力ではないのだが、それでも世界一の天才大魔法使いと言われた彼女のプライドは自分を許さなかった。
結果として彼女は、恐るべきことに自身の弱点を克服させる目途をつけた。
天才が努力した結果であるが、その彼女が編み出したものが人類魔術史上画期的な発見であることはまだ誰も知るよしもない。
「もう遅れを取ることはないわ・・・」
誰もいない浴室で一人湯舟に浸かりながら、誰にともなく呟くキアラ。
その呟きを聞く相手は、聞かせるべき相手はもう二人とも自分の前にはいない。
ーーいや、もう二度と現れないかもしれない。
皮肉ね、と目を瞑るキアラの心に一瞬、何かが刺さったような痛みが走った気がした。
「・・・?」
その痛みの正体がわからず、キアラは唖然とする。
なんだろうか今の痛みのようなものは・・・
考えてもわからないキアラは頭を振って、湧いて出たモヤモヤを振り払った。
だがその痛みは、それ以降キアラから抜け出ることのない、楔となって彼女を苦しみ続けることになるのであった。
これまでずっと本の虫だったキアラは、パタッと呼んでいた本を閉じ、テーブルに置いて一息ついた。
キアラの調べものが一段落したのだ。
広々としていた彼女の部屋は、ソファの上から床の上まで、あらゆるところに魔術書が置いてあった。ここ一か月ほど、調べものと格闘した痕跡である。
「湯あみをしたいわ」
部屋を出て使用人にそう告げると、彼らは顔をパァッと輝かせた。
これまで人払いをして、最低限必要なときにしか部屋を出なかったキアラがようやく調べものを終えたことに、使用人一同はホッと胸を撫でおろした。キアラの集中力は並のものではなく、ある程度目的を達するまでは梃子でも動かないので、使用人達はとにかく心配でならなかったのだ。
(基礎理念は出来たわね・・・)
キアラ自身、自分の研究に目途がついたことで安堵していた。
彼女が魔術の研究に没頭した理由。それはショウとソーアに辛酸をなめさせられたからに他ならない。
ショウには無詠唱による魔法攻撃が自分にはできないということを看破された。ショウが暴れそうだと思い、彼を無力化できると脅しをかけたが失敗。彼は刀を王太子に寸止めさせたが、あれがもし自分に斬りかかっていたのなら?自分は今ごろ生きてはいないだろう。
だが最も悔しかったのはソーアだ。ソーアを突然の侵入者だと思い対処しようとするが、小道具で詠唱を阻まれ、一瞬で刃物を突き付けられてしまった。もしソーアが殺意を持った者だったのなら、自分は既に死んでいる。
これまで何度もキアラはその絶大なる魔力を持つがゆえに、魔物退治への協力を乞われたことがあった。
その都度、その圧倒的な魔力による攻撃魔法により、どのように強力な魔物でも難なく征伐することができた。
命の危機に陥ったことなどなかった。
だがそれは魔物が間近に迫っているような状況が無かっただけのことだったのだと気付いた。
誰かが前衛で魔物を防ぎ、自分が安全な後ろから詠唱して魔法を発動させる。もしくは見渡しのいい場所でまだ遠くにいる状態から魔法を発動して薙ぎ払う。
いずれも自分の安全が確保された状態だったので何事も自分に危険が降りかからなかっただけだった。
敵が目の前にいるとき、不意打ちを受けたとき、自分はとことん無力であることを思い知った。
無詠唱で即座に繰り出せる魔法か、敵の接近を感知できる魔法を常時展開するか、何かしらの対策を考えなければならないと思い、キアラは調べものにふけったのだ。
とはいえ、それは本来魔法使いが持つ弱点である。そのために冒険者パーティでは戦士など体力のある者が前衛に立ち、後衛の魔法使いの魔法発動の援助をするのだ。
だから決してキアラは無力ではないのだが、それでも世界一の天才大魔法使いと言われた彼女のプライドは自分を許さなかった。
結果として彼女は、恐るべきことに自身の弱点を克服させる目途をつけた。
天才が努力した結果であるが、その彼女が編み出したものが人類魔術史上画期的な発見であることはまだ誰も知るよしもない。
「もう遅れを取ることはないわ・・・」
誰もいない浴室で一人湯舟に浸かりながら、誰にともなく呟くキアラ。
その呟きを聞く相手は、聞かせるべき相手はもう二人とも自分の前にはいない。
ーーいや、もう二度と現れないかもしれない。
皮肉ね、と目を瞑るキアラの心に一瞬、何かが刺さったような痛みが走った気がした。
「・・・?」
その痛みの正体がわからず、キアラは唖然とする。
なんだろうか今の痛みのようなものは・・・
考えてもわからないキアラは頭を振って、湧いて出たモヤモヤを振り払った。
だがその痛みは、それ以降キアラから抜け出ることのない、楔となって彼女を苦しみ続けることになるのであった。
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