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元婚約者は女優でした

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俺の質問に対し、キアラは黙っていた。


「今生の別れになるんだぜ。最後に教えてくれたっていいじゃねぇか」


黙っているキアラに俺がそう促すと、一瞬だけ彼女は表情を曇らせる。
だが、それは本当に一瞬で、次の瞬間には真顔でこう言った。


「そんなの、貴方との婚約が嫌だったからに決まってるじゃない」


ガーーーンと

この日一番の衝撃が俺の頭に響いた。
隣にいるリュートも「うわぁ」といった顔をしている。


「私は王家の血筋に近いルーベルト公爵家の令嬢よ。ルード地方のような蛮地に嫁ぐなんて、ずっと御免だと思っていたわ」


そう語るキアラは腰に手を当てて胸を張り、芝居がかってるとさえ言えるほどまさに公爵令嬢らしい堂々たる立ち振る舞いだった。どこか高圧的な口調で、見下すような態度。
これまでただの一度も俺が見たことのない彼女の姿だった。


「けれども先代当主の意向だから私にもお父様にもどうにも出来なくて、どうせ避けられない運命ならせめて大事にして貰えるように良い婚約者を演じていただけなのよ。
あなたと行った舞台や、いろいろな小説を参考にしてやってみたわ。嫌々やっていたから演技がぎこちなくて、さぞかし不愛想に見えたかもしれないけど」


今までの俺と話していたときと違い、はきはきと話すその姿を見て、これがキアラの本当の姿なのかと俺は思った。これまで俺に見てきたキアラは、ずっと嫌々やっていた演技だったと。


「でも、これでオシマイ。もう演技なんてしなくていいし、華やかな王都から離れることに憂鬱にならなくて済むし、それに・・・」


キアラの言葉が次々と俺の心にナイフを突き立てる。


「王族と婚姻を結ぶことになって、ゆくゆくは私が王女になることができるわ。辺境伯の妻より、こっちのが私に相応しいと思わない?」


その言葉はナイフではなく、剣となって俺の心に刺さった。


「王族と・・・婚姻?」


王女となるとキアラが言った。婚姻を結んで王女になる相手といえば・・・

俺の視線の先には、漏らした服のまま未だ茫然として近衛に抱えられている、情けないラルス王太子の姿があった。


「えっ・・・アレと?」


「コホン!・・・別に、辺境伯じゃなくて王族になれるなら誰でもいいわよ」


若干罰が悪そうに言うキアラも、少し今の王太子の姿には思うところがあるようだ。


「辺境に嫁ぐことで憂鬱になった私に、ラルス王太子は貴方との縁談を破棄させ、自分と婚約を結ぶ計画を持ち掛けてきてくれたわ。とても感謝しているのよ。
・・・まぁ、幼馴染であるショウには情もあるし、正直可哀想だとは思うわ。でも、この話に乗らないと私は本当に辺境に嫁ぐことになる。話に乗れば私は王都から離れることもないし、王族の仲間入りよ?考えるまでもないでしょう」


つらつらと言ってのけるキアラを見て、俺は眩暈がしそうになった。
キアラがこんなことを言うなんて信じられないが、実際に俺は今彼女の手によって立場を失おうとしている。現実を受け止めるしかない。


「王族になるなら私も王女教育を受けないといけないし、時間が差し迫っていたの。だから、少し強行になったけどこのをやることになったというわけよ。うまくかかってくれたようで良かったわ」


すっかり脱力して膝から崩れ落ちそうになりそうだが、なんとか耐えた。
意地でもその姿をここにいる誰一人にも見せたくはなかったからだ。精神的ダメージは甚大だが、それでも最後の最後まで強がっていたかった。

俺の目の前にいる婚約者は、ずっと仮面をつけていた。俺と気持ちなど通じ合ってはいなかった。
その事実がとにかく深く俺の心を抉る。

俺よりも、王族とはいえ脅しで容易く失禁して、今なお立ち直れないような男を選んだのか・・・
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