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舐めていいのは斬られる覚悟のあるやつだけだ

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「冤罪」直後。

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「で、お前らの台本じゃこの後はどうなるんだ?」



なんともお粗末な台本で俺に冤罪をかけようとしているこの場では、婚約者のキアラ、実兄のリュート、果てはラルス王太子という実に色の濃いキャストがここには出そろっている。
ここまでお膳立てをしたからには、何があろうと俺を逃がすつもりはないのだろう。袋小路になっているこの場では、物理的にも脱出することは困難を極める。

だが、追い詰められた鼠を演じるために、俺は得物のドウダヌキに手をかけた。半狂乱に陥って、暴走する可能性を示唆することで、少しでも相手側より精神的に有利に立つことはできないかーーブラフだった。

「・・・」

先ほどまで威勢の良かった王太子もリュートも、怯んでいるのが丸わかりだった。まぁもしここで俺が本当に暴走したら、真っ先に刀の錆になるのは自分達でだからな。衛兵達もいるが、恐らく彼らでは盾として不十分だ。
俺が強気な態度を取ることで、場の流れが少し変わった。膠着状態に持ち込んで、少しは考える時間を貰えるかーーと考えていたときだった。


「ハッタリです」


透き通る声が場の空気を変えた。
声の主はキアラだ。


「ショウ・ルーデルはここで短絡的に暴走するほど、愚かな人間ではありません。ハッタリでこちらを揺さぶり、突破口を見出そうとしているのだと思います」


キアラに俺の考えを見透かされてしまった。
付き合いが長いのが仇になったかな。


「やるかもしれねぇだろうが。ここまでコケにされて黙ってられるほど俺は利口じゃねぇかもだろ?」


怒気を含んでそう言うと、リュートが「ひぃっ」と声を洩らした。
武家であるルーデルの長男なのに「ひぃっ」はねぇだろリュート・・・


「貴方はそんな愚かじゃない」

「どうだか。愛する婚約者の演技に騙されて、こんな窮地に立たされる利口者がいるか?」


ちょっと意地悪な言い方だったかな、と思うが本心だ。
キアラは少し、ほんの少しだけバツの悪そうに口元を歪ませたように見えたが


「万が一そんな暴走をしたとして、こちらに斬りかかる前に私の魔法で貴方を無力化できるわ」

そう言って右手をかざしてみせた。


「詠唱が終わる前に斬りこめるさ」

俺はドウダヌキに手を添えたまま言う。


「詠唱を必要としない魔法だってあるのよ」


「それこそブラフだね」

これは俺の決めつけ。

「試してみる?」



俺とキアラはジッと睨みあう。
行為は同じだが、そこには先ほどまであった甘い空気なんて微塵もない。
今、目の前にいるのは俺を騙し裏切ってくれた女だが、流石に斬りこめるほどまだ心の整理はついていない。
向こうも俺が出来ないことはわかっているんだろうな。


「殿下。これはショウ・ルーデルの時間稼ぎです。粛々と話を進めていけば良いと思います」


この空気に割って入ったのは、殿下の同級生にして宰相の息子ラプス・ゴールディだった。


「万が一には近衛もおりますし、キアラ・ルーベルト様もおります。恐れることはありません」

本当にその気になれば恐らくそれなりに暴れることはできるだろうが、それをやるつもりはない。


「ふっ、そうだな。少し取り乱したか」


王太子はラプスの言葉に納得したのか、少し元気を取り戻してまた俺に正面から向き直った。


「どういう台本であるかと、そう問うたな。ショウ・ルーデル」


そう言って王太子はサーベルの切っ先を自分の腕に当てがった。


「・・・?」


俺が怪訝な顔でそれを見ていると、なんと王太子は自分で自分の腕をサーベルで傷つけたのだった。


「何を!?」


王太子の奇行に動揺せずにはいられない。
王太子が自分でつけた傷口からは、真っ赤な血が染みをつくり、ポタポタと数滴の血が床に落ちた。


「この傷はショウ・ルーデル。貴様がつけたものだ」


「なに?」


「私はキアラ嬢の悲鳴を聞いて駆け付けたところ、乱暴をしようとしているショウ・ルーデルに遭遇。助け出そうとして逆上した貴様に斬りつけられる。それを私が取り押さえたという筋書きだ」

「…で、助けたキアラと殿下は心を通わせる、そんなとこですか?」


俺が冗談交じりで付け加えると、キアラは僅かに目を伏せた。


「そこまでわかっているなら話は早い」


王太子は否定しなかった。
・・・こりゃ想像以上の三文芝居だね。


「ハッ、殿下のようなもやしっ子に俺が不覚を取るわけないでしょうが。殿下なんざ一瞬で刀の錆になってオシマイですよ」


あえて小馬鹿にしたように笑って言うと、王太子は露骨に顔を怒りで歪ませる。
あんな顔ができるのか、これまで涼し気な顔しか見たことがなかった。


「黙れ!どこまでも私を敬わない、無礼で泥臭い田舎貴族が!!」


口汚く罵ってくる王太子。おぅおぅ、こんなところ国民に見せたらイメージダウンが凄いことになるだろうな。


「それで?俺が婚約者と殿下に狼藉をしたとして、その罰としてルーデル家はお取り潰しですか?」


あるいは降爵か。
いずれにせよ、王家といえどルーデル家に牙を向くなら、それ相応の覚悟があるのだろうか?


「黙って消えてなくなってやるほど、ルーデルは慎み深くはありませんぜ?」


これはブラフじゃなかった。
こちらとて領地を、国を死ぬ気で護ってきた自負がある。
その自分達を排そうとするならば、それ相応の報いを王家には受けてもらう。クーデターだ。


「ルーデル家は無くならないさ。ショウが排された後に僕が後を継ぐからね」


そう言ったのは兄リュートだった。


「だからショウ。ルーデル家のことは心配するな」


先ほどまでビビっていたくせに、場の空気が変わったからか勝ち誇ったように笑っている。
あぁ、最近一人で笑っていたとかいうのは、今このときのことをあらかじめ知っていたからか。領地運営の勉強をしていたというのは、辺境伯としてルーデルの領地を治めるからということか。合点がいった、しかし・・・


「同じことだ」


「・・・何がだ?」


「アンタがルーデル家を継いだんじゃ、遅かれ早かれルーデルは潰れる。アンタにどうにかなるほど、あそこの領地は甘くない」

「なっ・・・!」


俺の言葉に、今度はリュートが憎悪で顔を歪ませる。
俺だってオミト達のフォローあってどうにかやっていたのだ。臆病者で軟弱なリュートにあの死と隣り合わせの領地の当主が務まるとは到底思えなかった。少なくとも、王都で居場所が無くなったからといって、嫌がっていた辺境伯の地位で妥協しようなどという心意義でやるうちは絶対に駄目だね。

王太子としては俺を謀略でルーデルの時期当主から排しても、実兄のリュートを後釜に据えればルーデルの・・・辺境騎士団の暴発を抑えられると思っての筋書きなんだろうがね。



「いやいや、びっくりだ。想像以上にお粗末な台本なんだもん」


だが、万が一があってもリュートがルーデル家を継ぐという話になっているのなら、それはそれでいいなと思った。
なにしろ、、俺個人が裁かれるのみでルーデル家そのものが潰されるということは無さそうだからだ。殿下とリュートではそういう取引がされているのだろう。こんな茶番に同席して俺をハメているくらいの間柄であるからには、約束を違えることはしないはずだ。
リュートにルーデルの当主は荷が重いだろうが、オミトやエーペレスさんなら潰えないための何かを考えてくれるだろう。・・・くれるよね?


ルーデル家が残るならば、ここで俺が大人しくしていてもルーデルに戻れないという結果が同じならば、少しくらい好きに暴れたっていいだろう?俺は別に死刑でもなんでもいいさ。
キアラに裏切られた今、何だか考えるのも億劫で疲れてきちまった。


「で、そんなバカみたいな台本に俺が付き合うと思いましたかい?」


俺はドウダヌキを鞘から抜いた。


「!!」


部屋にいる全員が息を飲むのが分かった。
俺がいよいよやけを起こそうとしていると思ったんだろう。
その通りだ。
ルーデル家の後のことが心配で勝手はすまいと思っていたが、わざわざリュートがルーデル家の後を引き継いでくれるというのなら別だ。ここまで舐められて黙っているのも嫌だったしな。
キアラはもちろん、後のことを考えると王太子とリュートは殺しては駄目だ。だが、近衛の数人くらいは刺し違えてくれようか?


「ショウ、やめて」


どこか、切迫したキアラが手をかざして言った。
無詠唱の魔法が使えるのが本当かどうかなんてどうでもいいことだ。使えるなら俺はキアラにやられて終わり。使えないなら俺が何人か道ずれにして終わり。


「ここまで舐められてそのままってわけにはいかねぇんだよ」


好きに出来るなら、最後に怒りに任せて大暴れしてやろう。
彼らに凄惨たる思い出を作ってやろう。
それが俺が彼らに出来るせめてもの仕返しだ。茶番劇に巻き込めば俺を即座に無力化できると思ったのが仇になたな。

説得は不可能だと察したのか、キアラの口元が僅かに動き出した。
詠唱だーーー
無詠唱の魔法とやらはブラフだったか。



それを察した俺は詠唱を終える前に斬りかかろうと足を踏み出した。
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