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万が一

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「冤罪」当日。

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「じゃあ、留守は頼んだぜ」

俺はそう言ってゴーグルを身に着ける。


「それでは若。お気をつけて」


オミトとリリーナに見送られながら、俺は早朝にドーラに乗ってルーデル邸の目の前の広場から飛び立った。
明日は御前会議で、俺はその準備のための前日入りをする。
まぁ、午前中に王都に着いて、準備をしたらキアラと会うことになるので、それが個人的にはメインではあるのだが。




・・・にしても。


「お前、ちょっと大きくなりすぎてね?」


俺は自分を乗せてくれているドーラの背中を見て呟いた。
最初にエーペレスさんに言われて建国祭に乗りつけた2年前よりも、明らかに大きくなっている。
倍は言い過ぎか?でも1.5倍は膨らんでいる気がする。
ドラゴンの種類なんて知らないけど、一体何ドラゴンなのだろう。図鑑で見ても該当する種類がなかった。

・・・大きさ的にそろそろ王都でも着陸する場所がまた限られてきそうだなぁ。
またいろいろと考えなければならないことが増えそうだ。




・・・いや



とりあえず目の前に考えなければならないことがあったか。
キアラとのことだ。


『そこまで言わせて恥をかかせる男というのは、正直どうかと思うわね』


地味にエーペレスさんに言われた言葉が胸に刺さった。
キアラは演劇を見た後は余韻で少しテンションおかしくなることがあるんだよ、あの時のはそれかもしれないと言うと


『じゃあ次に二人きりで会ったときに、彼女がいつもよりなぁ~と思ったら、だと思いなさい』


と言われた。
なるほど、それは一つの判断基準になるなとその時は納得しかけてしまったが・・・

お陰でキアラと会う今日、俺は朝から緊張して仕方が無かった。
今日会う彼女はどうなのだろう。いつもより気合が入っているのだろうか。それともいつも通りなのだろうか。
もしいつもと違っているのなら俺は・・・・


などとあれこれ考えている間にドーラはもう王都の上空に着いていた。

「飛ぶのも速くなったなぁ・・・」

ドラゴンは人間のそれとは比較にならない速度で成長していくようだ。
また更に数年後には、どんな成長を遂げているのだろうか・・・




ザァァァァ



予め先触れで出していた通り、ドーラは郊外にある騎士団の修練場に着陸した。王城は明日の御前会議のために警備上の都合から、そこへは飛んでくるなと言われたのだ。まぁもっともだ。

ふと見ると何人かの男がこちらにやってくる。

「すみません、シデン新聞の者ですが!」

「私はカイ日報の者です」


挨拶をされ、全員が新聞記者であることを知る。どうやらドーラについて取材したいようだ。
ドーラで王都に来る際にはこうしたことがたびたびある。先触れを出しているので王城に問い合わせて着陸地点を知っているのだろうが、アポイント無しに突然来られるのも困りもの。
だが、国の権威を示したい王城としても、ルーデルの更なるイメージアップを狙うエーペレスさんとしても新聞社の取材は積極的に受けたいようで、飛び入りであっても受けろと言われている。


バサァァァァァァ


俺が下りると、ドーラはすぐにそのまままた空へ戻っていった。


「・・・すぐにいなくなってしまうのですね」


ドーラを見上げた記者が言う。


「どこかで獲物を見つけて食事をしていると思いますよ。あれは大飯食らいですから。呼んだらすぐに来るので地上で待たせることはありません」


「基本的にはドラゴンは自由にさせていると?」


「ええ」


「・・・人を襲ったりは?」


「してません。少なくとも俺は聞いてない」


そういうことがあれば大騒ぎになるからすぐにわかるはずだ・・・多分。


「お写真、一枚よろしいですか?本当はドラゴンと一緒のところが良かったんですが・・・」


言われるがままに写真を一枚撮らせるが、未だにこれは恥ずかしくて慣れない。
あとドーラで飛んできたから髪とかも乱れてるし。


「そういえばルーデル様の国民的人気は今でも健在ですよ。先日弊誌で行った『ランドールの憧れの男TOP5』でも堂々の1位でした」


・・・こういうこと言われるのも恥ずかしいな。


「そうですか。まぁ、そういうこと言われるうちが華ですからね。精進していきますよ」


無難にコメントしておく。
キアラとの約束もあるので、取材もそこそこに切り上げて予め迎えに来てくれていた馬車に乗り込んで貴族街のルーデル別邸に向かうことにする。

突然の取材にはいまだに慣れないが、こうして有名になったのも全てルーデルの、領地にためになるのだから贅沢な悩みだ仕方がないと我慢をする。エーペレスさんの打ち出したルーデル家&黒の騎士団イメージアップ戦略によって実際のところかなり大きな恩恵があった。

一番は莫大な寄付金のお陰でルーデル家の赤信号の灯っていた財政をどうにか黄信号まで戻すことに成功した。それだけでなく道路整備などの遠まわしになっていたインフラにも金を使うことが出来、正直なところ本当にエーペレスさんには頭が上がらない。

ウラウム鉱山の収益化もどうにか目途がつきそうだという報告がなされ、今度の見通しはやや明るい。会議をするたびに財政難で頭痛の止まなかった2年前とは大違いである。

・・・まぁ兄リュートの不貞による莫大な賠償金がのしかかったのはかなりの痛手だが、それでも財政破綻するほどではない。


それからやはりルーデル辺境騎士団・・・黒の騎士団のイメージアップも地味に効果はあった。
屈強な騎士達に守られる安心して住める地・・・としてアピールされた領地には、少しずつだが人も物資も流れ込むようになり、2年前とは比較にならないほど栄えるようになった。

まぁ、それでも王都やマルセイユ領からすれば田舎も田舎。ド田舎であるレベルには違いないが、税金の安さだけで人がポツポツと流れこんでいた以前に比べれば雲泥の差であると言える。

後は騎士団の連中も、これまで苦労していた縁談によく恵まれるようになったと聞いた。「ただの荒くれの職業軍人」なんてイメージだった以前と違い、今では「誇り高くカッコ良くて、しかも国内最強の騎士団」なんて勝手なイメージが広まっており、以前とは比較にならないほど騎士団に縁談が舞い込むようになったという。

正直なところイメージが変わったところで連中の中身はわからないのだから、実態を知って幻滅されないかは今でも心配だ。連中平気で下品な話をするからな・・・
だが、「こいつに女はできそうにないな」なんて勝手に思っていた連中が次々と結婚していくのを見て、俺は失礼ながら本当に嬉しく思ったりなんてしまったり。


全てが順調だーーそう思う。

こういう時に足をすくわれるものだと、オミトは常々俺に言ってくる。
実際に兄リュートは不貞が露呈し、それによりルーデルは金銭的にも政治的にも少なくないダメージを受けた。
だが、ルフト公爵家があまり表沙汰にしなかったのは不幸中の幸いで、市井のルーデル家へのイメージダウンには繋がらなかった。
貴族界隈には広まってしまったが、それでもルーデル家そのものと付き合いを絶つという貴族はほとんど現れていない。イメージアップ戦略で影響力を伸ばせたお陰かもしれない。

・・・リュート本人は散々な目に遭っているようだが、正直それは自業自得なので仕方がない。
母上は婿入り先を必死に探しているようだが、まるで結果は芳しくないらしい。まぁ時間が解決してくれることだろう。


馬車がルーデル別邸に着いた。
黒で統一された服を着る使用人達が出迎えてくれる。


「兄上の様子はどうだ?」


「今は出かけておられます。ただ最近は・・・」


リュートのことを訊ねると使用人は少し言い淀み


「・・・たまに一人で笑っている?」


飛んでもない内容が返ってきた。


「ここ最近、多くなったように見受けられます」


人目のないところで一人で笑い出すところを見た使用人が何人かいるらしい。


「情緒不安定なのか・・・?」


何やらゾッとする話だが、既に謹慎は開けている。しかし、また何かやらかされても厄介だ。見張りでもつけておいたほうがいいか?


「それと本を読まれて領地運営の勉強をされておられます」


「ほう」


元々勤勉なタイプではあったが、将来婿入りするときに役立てるための勉強だろうか。
最初からある程度運営を知っている奴のほうが婿に欲しいもんな。今は無理でも後々入り婿先を少しでも良いとこにするための勉強なのかもしれない。

もしそうなら、多少でも前向きになって動くようになってくれたのは幸いである。揉めはしたが俺の兄だ。立ち直ってもらうにこしたことはないのだ。



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別邸で身支度を整え、俺は馬車に乗り込んでキアラの待つルーベルト邸を目指した。
ふぅ、と深呼吸をする。
キアラの様子はどうだろう。今までキアラに会う前も少なからず緊張していたが、今日これほどまでのことはなかった。
・・・に備え、時間は多めに取れるスケジュールにしたが・・・

ほどなくして馬車はルーベルト邸へ到着した。
出迎えてくれたキアラは・・・一目でわかるほどいつもより念入りにドレスアップされ、美しくなっていた。


これは・・・来てしまったかな。が。
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