24 / 470
重い想いの赤い花
しおりを挟む
「はぁ・・・」
ソーア・マルセイユは戦女神の詰所の自室で何度目かの溜め息をついた。原因は彼女が手にしている一通の手紙。
それは数日前にソーア宛てにキアラから送られた手紙だった。それはとても珍しいことだったので凄まじい衝撃を受けながらも、いそいそと手紙を開封して中身を読むと、更にそれ以上の衝撃がソーアを襲った。
「御前会議の前日にショウと二人きりにしてほしい・・・か」
ざっくりと要件をまとめるとこういった内容だった。
キアラがお願い事をしてくるなんてことなど滅多に無いので言う通りにすることにし、適当に用事があることにして到着が遅れるという旨の手紙は既にショウに送った。
しかしソーアの心の中にはモヤモヤが渦巻いていた。
二人きりになりたいとはどういうことだろう。
確かに今回の御前会議の前後は従来なら会議以外はほとんど自分達は一緒にいて、キアラ達が二人きりでいられる時間は少ないかもしれない。しかし、今回のように二人きりにしてくれ!とアクションを起こすことは初めてだった。
どういうことなのだろう。
ここまで明確に二人きりにしてくれ、とは。
・・・はっ!
男女が二人きりといえば・・・まさか。
こういったことに鈍いソーアだが、一つの結論に行きついた。
そうなのか、まぁ、婚約者だしそういうこともあるのか・・・
結論に行きついても、ソーアのモヤモヤは止まらない。
いつか来ることだ。それが今来ただけだ。
いや、もしかしたら今回たまたま時間を取りたいだけで、二人はもっと前からそうだったのかもしれない。
「はぁ・・・」
ソーアはまたも溜め息をついてゴロンとベッドの上で転がる。
ソーアはショウのことを一人の男として好きだ。
最初にこの気持ちに気付いたのはいつだったか。
それはショウとキアラが婚約したと聞いたときだ。
それまでずっと幼馴染としか思っていなかったはずのショウのことを、ソーアは好きだったということに気付いた。そしてショウは自分ではなく、キアラのものになったということにどうしようもなく悔しさと悲しさを感じたのを覚えていた。
「それは仕方がないよ」
当時、行き場のない気持ちを誰かにぶちまけたくてアーヴィガに話してみたところ、彼はこのように言った。
「やはり・・・キアラは私なんかよりずっと美人だしな。ショウだってキアラのことが良いに決まってる」
「そうじゃない」
自虐に陥るソーアに対し、アーヴィガはピシャリと遮った。
「君はいい女だが、君の家が悪いのだよ」
「えっ」
「影響力のある辺境伯家同士の結婚はできない。ハルトマン、ルーデルはもちろん、マルセイユ・・・君の家もね」
アーヴィガはそれまでソーアの知らなかった、この国の暗黙のルールを教えた。
ランドール国では、貴族同士の結婚は少なからず周囲に影響のある話になるので、最終的に王家の許可が必要であることになっている。
普通ならまず問題無く許可は下りるのだが、影響力の強い辺境伯家同士の婚姻を認めなかった例があった。
それは強い貴族同士が結びつきを持つことで、王家と中央を揺るがすほどの力を持つ勢力が生まれることを危惧してのことだった。
以来、ランドール国では辺境伯家同士の結婚は暗黙の了解で禁止とされている。ルーデルやマルセイユのような影響力の強いところはなおさらだった。
「そんな・・・じゃあ、私はどうあってもショウとは結婚できなかったということか・・・」
「そうだね。マルセイユとルーデルなんてまず認めてはもらえないだろうね」
両家がもし結託してクーデタを起こせば、恐らくかなりの確率でそれは成功する。王家は絶対にそんな婚姻を認めたりはしないだろう。
「第二夫人も駄目だろうか・・・?」
「君も粘るね・・・同じことだから駄目だよ」
「なら、私がマルセイユを没落させれば認めてもらえるのか?」
「怖いこと言うね。万が一にそれが出来るとして、何十年かかると思っているのさ」
「私が平民落ちするというのはどうだ?それなら妾にくらいはなれるか?」
「凄いこと言うね。それは何とも言えないが到底オススメできない。マルセイユの息女が平民落ちしてルーデルの妾になるなんて、世間がどれだけ騒ぐと思うのさ。両家が凄いことになるよ」
「ううううぅぅぅぅぅぅううう」
ソーアは泣いた。
泣いて泣いて、最後はどうにか心を落ち着けて、ショウとキアラの幼馴染であり続ける選択をした。
このときのソーアの髪は長かったが、バッサリと切り、マルセイユの辺境騎士団に入団を決める。女であることから一線を引こうと決めた決意からだった。
以来、いくつもの縁談が入ったが、その悉くをソーアは断った。マルセイユ家は嫡子さえ決まれば男子はともかく女子に政略結婚を強制はしない。
初恋のショウへの想いが実らぬのであれば、ソーアは生涯独りであろうと決めて今に至る。
重いほどに情熱的な女、それがソーア・マルセイユだった。
「私は独りでいると、あの二人を祝福すると決めたではないか。なのに何故モヤモヤがあるんだ・・・」
ベッドの上で手紙を眺めながらソーアは呟いた。
よくはわからないが、何やら予感がして「遅れずに行かなければならない」と心のどこかで何かがソーアに訴えかけて来ていた。ソーアはあまり物事をそこまで深く考えたがらない。思いついたときには行動することが多かった。
そんなソーアは昔から勘が良かった。予感がして思うように行動をすると、それが吉と出ることが多かった。
「・・・そうだ、邪魔はしない。こっそり見守るだけだ」
ショウに送った手紙と違う行動になってしまうが、ソーアは当初の予定通り、御前会議の前日に王都入りをすることを決めた。
万が一何かの拍子にショウたちに見つかったら、そのときは謝ろう。万が一こらえきれずに邪魔でもしてしまったら、そのときは必死に謝ろう。
そんなことを考えていた。
このソーアの行動が、後に大きな影響を与えることになる。
ソーア・マルセイユは戦女神の詰所の自室で何度目かの溜め息をついた。原因は彼女が手にしている一通の手紙。
それは数日前にソーア宛てにキアラから送られた手紙だった。それはとても珍しいことだったので凄まじい衝撃を受けながらも、いそいそと手紙を開封して中身を読むと、更にそれ以上の衝撃がソーアを襲った。
「御前会議の前日にショウと二人きりにしてほしい・・・か」
ざっくりと要件をまとめるとこういった内容だった。
キアラがお願い事をしてくるなんてことなど滅多に無いので言う通りにすることにし、適当に用事があることにして到着が遅れるという旨の手紙は既にショウに送った。
しかしソーアの心の中にはモヤモヤが渦巻いていた。
二人きりになりたいとはどういうことだろう。
確かに今回の御前会議の前後は従来なら会議以外はほとんど自分達は一緒にいて、キアラ達が二人きりでいられる時間は少ないかもしれない。しかし、今回のように二人きりにしてくれ!とアクションを起こすことは初めてだった。
どういうことなのだろう。
ここまで明確に二人きりにしてくれ、とは。
・・・はっ!
男女が二人きりといえば・・・まさか。
こういったことに鈍いソーアだが、一つの結論に行きついた。
そうなのか、まぁ、婚約者だしそういうこともあるのか・・・
結論に行きついても、ソーアのモヤモヤは止まらない。
いつか来ることだ。それが今来ただけだ。
いや、もしかしたら今回たまたま時間を取りたいだけで、二人はもっと前からそうだったのかもしれない。
「はぁ・・・」
ソーアはまたも溜め息をついてゴロンとベッドの上で転がる。
ソーアはショウのことを一人の男として好きだ。
最初にこの気持ちに気付いたのはいつだったか。
それはショウとキアラが婚約したと聞いたときだ。
それまでずっと幼馴染としか思っていなかったはずのショウのことを、ソーアは好きだったということに気付いた。そしてショウは自分ではなく、キアラのものになったということにどうしようもなく悔しさと悲しさを感じたのを覚えていた。
「それは仕方がないよ」
当時、行き場のない気持ちを誰かにぶちまけたくてアーヴィガに話してみたところ、彼はこのように言った。
「やはり・・・キアラは私なんかよりずっと美人だしな。ショウだってキアラのことが良いに決まってる」
「そうじゃない」
自虐に陥るソーアに対し、アーヴィガはピシャリと遮った。
「君はいい女だが、君の家が悪いのだよ」
「えっ」
「影響力のある辺境伯家同士の結婚はできない。ハルトマン、ルーデルはもちろん、マルセイユ・・・君の家もね」
アーヴィガはそれまでソーアの知らなかった、この国の暗黙のルールを教えた。
ランドール国では、貴族同士の結婚は少なからず周囲に影響のある話になるので、最終的に王家の許可が必要であることになっている。
普通ならまず問題無く許可は下りるのだが、影響力の強い辺境伯家同士の婚姻を認めなかった例があった。
それは強い貴族同士が結びつきを持つことで、王家と中央を揺るがすほどの力を持つ勢力が生まれることを危惧してのことだった。
以来、ランドール国では辺境伯家同士の結婚は暗黙の了解で禁止とされている。ルーデルやマルセイユのような影響力の強いところはなおさらだった。
「そんな・・・じゃあ、私はどうあってもショウとは結婚できなかったということか・・・」
「そうだね。マルセイユとルーデルなんてまず認めてはもらえないだろうね」
両家がもし結託してクーデタを起こせば、恐らくかなりの確率でそれは成功する。王家は絶対にそんな婚姻を認めたりはしないだろう。
「第二夫人も駄目だろうか・・・?」
「君も粘るね・・・同じことだから駄目だよ」
「なら、私がマルセイユを没落させれば認めてもらえるのか?」
「怖いこと言うね。万が一にそれが出来るとして、何十年かかると思っているのさ」
「私が平民落ちするというのはどうだ?それなら妾にくらいはなれるか?」
「凄いこと言うね。それは何とも言えないが到底オススメできない。マルセイユの息女が平民落ちしてルーデルの妾になるなんて、世間がどれだけ騒ぐと思うのさ。両家が凄いことになるよ」
「ううううぅぅぅぅぅぅううう」
ソーアは泣いた。
泣いて泣いて、最後はどうにか心を落ち着けて、ショウとキアラの幼馴染であり続ける選択をした。
このときのソーアの髪は長かったが、バッサリと切り、マルセイユの辺境騎士団に入団を決める。女であることから一線を引こうと決めた決意からだった。
以来、いくつもの縁談が入ったが、その悉くをソーアは断った。マルセイユ家は嫡子さえ決まれば男子はともかく女子に政略結婚を強制はしない。
初恋のショウへの想いが実らぬのであれば、ソーアは生涯独りであろうと決めて今に至る。
重いほどに情熱的な女、それがソーア・マルセイユだった。
「私は独りでいると、あの二人を祝福すると決めたではないか。なのに何故モヤモヤがあるんだ・・・」
ベッドの上で手紙を眺めながらソーアは呟いた。
よくはわからないが、何やら予感がして「遅れずに行かなければならない」と心のどこかで何かがソーアに訴えかけて来ていた。ソーアはあまり物事をそこまで深く考えたがらない。思いついたときには行動することが多かった。
そんなソーアは昔から勘が良かった。予感がして思うように行動をすると、それが吉と出ることが多かった。
「・・・そうだ、邪魔はしない。こっそり見守るだけだ」
ショウに送った手紙と違う行動になってしまうが、ソーアは当初の予定通り、御前会議の前日に王都入りをすることを決めた。
万が一何かの拍子にショウたちに見つかったら、そのときは謝ろう。万が一こらえきれずに邪魔でもしてしまったら、そのときは必死に謝ろう。
そんなことを考えていた。
このソーアの行動が、後に大きな影響を与えることになる。
0
お気に入りに追加
645
あなたにおすすめの小説
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい
斑目 ごたく
ファンタジー
「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。
さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。
失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。
彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。
そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。
彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。
そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。
やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。
これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。
火・木・土曜日20:10、定期更新中。
この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる