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重い想いの赤い花

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「はぁ・・・」



ソーア・マルセイユは戦女神の詰所の自室で何度目かの溜め息をついた。原因は彼女が手にしている一通の手紙。

それは数日前にソーア宛てにキアラから送られた手紙だった。それはとても珍しいことだったので凄まじい衝撃を受けながらも、いそいそと手紙を開封して中身を読むと、更にそれ以上の衝撃がソーアを襲った。


「御前会議の前日にショウと二人きりにしてほしい・・・か」


ざっくりと要件をまとめるとこういった内容だった。
キアラがお願い事をしてくるなんてことなど滅多に無いので言う通りにすることにし、適当に用事があることにして到着が遅れるという旨の手紙は既にショウに送った。

しかしソーアの心の中にはモヤモヤが渦巻いていた。

二人きりになりたいとはどういうことだろう。
確かに今回の御前会議の前後は従来なら会議以外はほとんど自分達は一緒にいて、キアラ達が二人きりでいられる時間は少ないかもしれない。しかし、今回のように二人きりにしてくれ!とアクションを起こすことは初めてだった。

どういうことなのだろう。
ここまで明確に二人きりにしてくれ、とは。


・・・はっ!


男女が二人きりといえば・・・まさか。

こういったことに鈍いソーアだが、一つの結論に行きついた。
そうなのか、まぁ、婚約者だしそういうこともあるのか・・・

結論に行きついても、ソーアのモヤモヤは止まらない。

いつか来ることだ。それが今来ただけだ。
いや、もしかしたら今回たまたま時間を取りたいだけで、二人はのかもしれない。


「はぁ・・・」


ソーアはまたも溜め息をついてゴロンとベッドの上で転がる。














ソーアはショウのことを一人の男として好きだ。


最初にこの気持ちに気付いたのはいつだったか。

それはショウとキアラが婚約したと聞いたときだ。
それまでずっと幼馴染としか思っていなかったはずのショウのことを、ソーアは好きだったということに気付いた。そしてショウは自分ではなく、キアラのものになったということにどうしようもなく悔しさと悲しさを感じたのを覚えていた。




「それは仕方がないよ」


当時、行き場のない気持ちを誰かにぶちまけたくてアーヴィガに話してみたところ、彼はこのように言った。


「やはり・・・キアラは私なんかよりずっと美人だしな。ショウだってキアラのことが良いに決まってる」

「そうじゃない」


自虐に陥るソーアに対し、アーヴィガはピシャリと遮った。


「君はいい女だが、君の家が悪いのだよ」

「えっ」

「影響力のある辺境伯家同士の結婚はできない。ハルトマン、ルーデルはもちろん、マルセイユ・・・君の家もね」


アーヴィガはそれまでソーアの知らなかった、この国の暗黙のルールを教えた。
ランドール国では、貴族同士の結婚は少なからず周囲に影響のある話になるので、最終的に王家の許可が必要であることになっている。
普通ならまず問題無く許可は下りるのだが、影響力の強い辺境伯家同士の婚姻を認めなかった例があった。
それは強い貴族同士が結びつきを持つことで、王家と中央を揺るがすほどの力を持つ勢力が生まれることを危惧してのことだった。

以来、ランドール国では辺境伯家同士の結婚は暗黙の了解で禁止とされている。ルーデルやマルセイユのような影響力の強いところはなおさらだった。


「そんな・・・じゃあ、私はどうあってもショウとは結婚できなかったということか・・・」


「そうだね。マルセイユとルーデルなんてまず認めてはもらえないだろうね」


両家がもし結託してクーデタを起こせば、恐らくかなりの確率でそれは成功する。王家は絶対にそんな婚姻を認めたりはしないだろう。


「第二夫人も駄目だろうか・・・?」


「君も粘るね・・・同じことだから駄目だよ」


「なら、私がマルセイユを没落させれば認めてもらえるのか?」


「怖いこと言うね。万が一にそれが出来るとして、何十年かかると思っているのさ」


「私が平民落ちするというのはどうだ?それなら妾にくらいはなれるか?」


「凄いこと言うね。それは何とも言えないが到底オススメできない。マルセイユの息女が平民落ちしてルーデルの妾になるなんて、世間がどれだけ騒ぐと思うのさ。両家が凄いことになるよ」


「ううううぅぅぅぅぅぅううう」



ソーアは泣いた。
泣いて泣いて、最後はどうにか心を落ち着けて、ショウとキアラの幼馴染であり続ける選択をした。

このときのソーアの髪は長かったが、バッサリと切り、マルセイユの辺境騎士団に入団を決める。であることから一線を引こうと決めた決意からだった。

以来、いくつもの縁談が入ったが、その悉くをソーアは断った。マルセイユ家は嫡子さえ決まれば男子はともかく女子に政略結婚を強制はしない。
初恋のショウへの想いが実らぬのであれば、ソーアは生涯独りであろうと決めて今に至る。

重いほどに情熱的な女、それがソーア・マルセイユだった。










「私は独りでいると、あの二人を祝福すると決めたではないか。なのに何故モヤモヤがあるんだ・・・」


ベッドの上で手紙を眺めながらソーアは呟いた。
よくはわからないが、何やら予感がして「遅れずに行かなければならない」と心のどこかで何かがソーアに訴えかけて来ていた。ソーアはあまり物事をそこまで深く考えたがらない。思いついたときには行動することが多かった。
そんなソーアは昔から勘が良かった。予感がして思うように行動をすると、それが吉と出ることが多かった。


「・・・そうだ、邪魔はしない。こっそり見守るだけだ」


ショウに送った手紙と違う行動になってしまうが、ソーアは当初の予定通り、御前会議の前日に王都入りをすることを決めた。
万が一何かの拍子にショウたちに見つかったら、そのときは謝ろう。万が一こらえきれずに邪魔でもしてしまったら、そのときは必死に謝ろう。
そんなことを考えていた。



このソーアの行動が、後に大きな影響を与えることになる。
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