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フラグその10 裏切り者のミサ曲
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「冤罪」より20日前。
-----
「待たせてしまってごめんなさい」
「全然。さ、行こうぜ」
ルーベルト邸の門にやってきた俺の前にいるのは、いつも通り美しい婚約者キアラ。
俺が乗りつけたルーデル家の馬車へと彼女をエスコートする。
今日は久しぶりのキアラとのデートの日であった。今日は彼女と教会に寄った後、演劇を見に行くことにしている。演劇鑑賞はキアラの趣味で、俺はよく彼女と一緒に鑑賞に行っていた。
「今日はイセルーマのほうで魔物退治をしたんだって?良く帰って来られたじゃないか」
今日は前からキアラと約束していた日であったが、突如イセルーマのほうから救助申請が来て、それの対応に行ったらしい。前代未聞とまで言われた大魔法使いのキアラにかかれば魔物の群れなどすぐに片付くだろうし、ドーラの飛翔より速く飛べるキアラの飛行魔法ならそこまで時間はかからないだろうが、きっと魔力を相当に消費して疲れただろうに。
「日を改めても良かったんだが」
「大丈夫よ」
キアラは何でもなさそうに言う。
「どうしても来たかったの」
続けて言ったその不意打ちの一言にドキりとする。
演劇が楽しみだったのだろうか、それとも俺と会えることが楽しみだったのだろうか、どちらかわからないが、このデートを待ちわびてくれていたようなので嬉しい。
馬車が最初の目的地である教会に到着した。
ここはランドール国にある中で最も大きな『アルス教』の教会だ。アルス教は世界で最も普及している宗教で、かつて魔族の王ーー魔王を神より授かった力で倒し、世界に平和をもたらしたと言われる勇者アルスから名を取っている。
このランドール国でもラルス教はそこそこ普及しており、王都にあるこの教会はルーデル家の本家よりも遥かに大きい建物だ。ランドール国中に教会があり、ルーデルの領地内にも存在する。
俺は特に信者であるというわけではないが、エーペレスさんに言われて政治的な理由でそれなりに教会に顔を出している。
だがキアラは違う。今は亡きキアラの母は敬虔なアルス教の信者であったらしく、そのこともあって母に倣ってキアラも教会に定期的に礼拝しに足を運んでいる。
俺との結婚式も、かつてアルス教式を取り入れたいとのキアラのリクエストがあったくらいだ。まぁルーデル家では特に方式は決まっていないので全く構わない。どうせやるなら後々のコネクション作りを考慮してラルス教会に全面的にお任せしてもいいくらいだ。教会に全投げすればエーペレスさんも目立つためにと変なことを注文することはできなくなるだろう。
俺達が礼拝を済ませて教会堂から出ると、他の礼拝者から視線を浴びる。
目線の先は俺かキアラか、どちらもランドール・・・特に王都では有名である。俺は目立つようになって二年経った今でも恥ずかしくてつい中折れ帽を深かぶりして目線を隠してしまうが、キアラは特に気にしないようで、いつものように表情変わらずクールである。
ちなみに俺が恥ずかしがってつい顔をしかめたりしてしまうのも、見る人によってはカッコイイなどと思ってしまうようで、エーペレスさんはウケを取るためにも積極的にその顔してくれなどと言ってきた。勘弁してほしい。
さっさと馬車に乗り込むと、今度は劇場に向かい、そこで二人で演劇を鑑賞する。
今回の演目は『レチィア国物語』。
ーー非常に腕の立つ剣士が主人公だ。両親に捨てられ、幼き頃から孤独に生きてきた彼は愛を知らず、その虚しさを振り払うために強くあろうと鍛錬し、戦いを重ね、力をつけつつも国という国を流れ歩いて旅をしていたが、そこで運命的な出会いをする。政略結婚を嫌い、強き者との婚姻を望んだ王妃と出会ったのだ。主人公の強さに惚れ込んだ王妃、生まれて初めて愛を知った主人公は婚約を結ぶが、彼女は魔族に攫われてしまう。それを助けに行くという話で始まる。
(なるほど、まぁ王道的なやつだね)
子供向けの絵本なんかにもこの手のやつは多い。俺は嫌いじゃないので集中して観ていた。
ーー自分の恋人を助けに行こうとする主人公の元には、頼りになる仲間がついてきた。
だが、仲間の一人が強い主人公に嫉妬したあまり、主人公を出し抜いて王妃を一足先に救出してしまう。
王妃は助けられた喜びと、吊り橋効果により裏切った仲間のことを信頼してしまう。裏切り者はそこにつけこみ、口八丁で王妃を言いくるめ、ついに恋人の座を奪ってしまった。
(流石に子供向けの本にはこれは無いな)
近頃男の間でもこういう話が一部で流行っているという。話の種だと思ってその手の小説を読んでみたが、どうにも受け入れがたい不快感しかなかった。
ーー調子に乗った裏切り者は謀略にかけ、社会的にも主人公の居場所を奪ってしまう。そして、疲れた主人公の前で彼の愛した恋人・・・王妃と心を寄せあっているところを見せつけ、彼をさらなる絶望へと叩きつけるのだ。
(凄いな。どうやって収拾つけるんだこれは)
俺は気が付けば拳を握りしめ、すっかり見入ってしまっていた。
ーーそのときであった。恋人と、仲間だった者の二人の裏切りにより、主人公は怒りと悲しみと絶望のあまり、その眠っていた力を体の奥底から目覚めさせたのだ。それは戦いを知らぬ王妃はおろか、戦い慣れした裏切り者ですら戦慄してしまうほど圧倒的な力だった。
実は主人公は魔王の子孫であり、二人の裏切りをきっかけとして魔王として覚醒したのだ。
裏切り者は恐怖のうちに震え、泣いて許しを請うたが主人公ーー魔王が許すはずもない。
幾万の蟲がうごめく空間に放り込まれ、そこで死ぬことも許されず永久に苦しみ続けることになる。反省も謝罪も自決も許さぬ苦しみを味わうことになったのだ。
王妃はというと裏切り者をあっさりと見限り、魔王にすり寄った。それは助かるためではない。彼女は心の底から強き者に心惹かれていた。魔王の圧倒的な力を間近にし、心から愛していると彼に訴えた。
魔王は当然、許すことはしない。だが、一度は愛した女ゆえに、裏切り者とは違い永久に苦しめることなく、すぐに命を奪うことにした。
胸を刃で貫かれた王妃は恨み言を言うでもなく、心から強き者の手にかかったことを喜ぶように狂った笑いを発し、絶命する。
彼女が愛していたのは主人公でも、裏切り者でもなかった。強き者なら誰でも良かったのだ。単純に強き力を欲し、愛していた。その力の手にかかるなら本望であると、それだけだった。
その事実に絶望し、全てを失った魔王は人里に戻り、裏切り者のしかけた冤罪によって自分を断罪した者たちに復讐した。全てを滅ぼし終わった後、魔王は虚しさを感じ、心を無にして大樹に寄り添って何年も経過した。
そして数年後、虐殺し人がいなくなったその場に他国からの難民の集団が通りかかる。戦争によって他国から命を狙われ、命かながら逃げてきた人種だった。
魔王の見た目は半分魔物、半分人間といった、普通の人間から見ればおぞましい姿をしていた。
だが、彼らは死んだように大樹によりかかる魔王を気遣う。魔法はその優しさに触れ、昔から待ち望んでいた本当の他人からの温かみを知り、自分の力を使い周辺を巨大な森林に変えた。
魔王の力によって生まれたその森林は、難民を決して傷つけぬ猛獣がどこからともなく産まれ、それらが外敵の侵入を阻み、タフな再生力を持つ木々とそれに成る実が難民たちの生活を支えた。
魔王は消えてなくなったが、彼の力によって追手の脅威から逃れられた難民は、そこに国を築き、ひっそりと平和に暮らしたのだった。 おしまい
(黒の森をモチーフにした話かな・・・)
見終わった俺は、まぁまぁ面白かったなと思いながらもどこか黒の森を連想させる話だと思った。
実際、黒の森に関してはいろいろな説があり、それらをモチーフにした今回の演劇に近いような作り話だっていくつもあった。
ふと隣に座っているキアラを見ると、何やらぼーっと考え事をしているようだった。
「キアラ・・・?」
どうしたんだ?と、訊ねようとしてハッとした。
キアラが俺の手を軽く握っていたのだ。顔は下りたはずの緞帳のほうを向いたままだ。
彼女はしばらくそのままだった。
俺も一緒に座ったままなすがままにされていた。
しばらくそうしているかと思ったら、キアラは突然俺に問いかけてきた。
「ねぇ、あなたはもし私に裏切られたらどうする?」
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「待たせてしまってごめんなさい」
「全然。さ、行こうぜ」
ルーベルト邸の門にやってきた俺の前にいるのは、いつも通り美しい婚約者キアラ。
俺が乗りつけたルーデル家の馬車へと彼女をエスコートする。
今日は久しぶりのキアラとのデートの日であった。今日は彼女と教会に寄った後、演劇を見に行くことにしている。演劇鑑賞はキアラの趣味で、俺はよく彼女と一緒に鑑賞に行っていた。
「今日はイセルーマのほうで魔物退治をしたんだって?良く帰って来られたじゃないか」
今日は前からキアラと約束していた日であったが、突如イセルーマのほうから救助申請が来て、それの対応に行ったらしい。前代未聞とまで言われた大魔法使いのキアラにかかれば魔物の群れなどすぐに片付くだろうし、ドーラの飛翔より速く飛べるキアラの飛行魔法ならそこまで時間はかからないだろうが、きっと魔力を相当に消費して疲れただろうに。
「日を改めても良かったんだが」
「大丈夫よ」
キアラは何でもなさそうに言う。
「どうしても来たかったの」
続けて言ったその不意打ちの一言にドキりとする。
演劇が楽しみだったのだろうか、それとも俺と会えることが楽しみだったのだろうか、どちらかわからないが、このデートを待ちわびてくれていたようなので嬉しい。
馬車が最初の目的地である教会に到着した。
ここはランドール国にある中で最も大きな『アルス教』の教会だ。アルス教は世界で最も普及している宗教で、かつて魔族の王ーー魔王を神より授かった力で倒し、世界に平和をもたらしたと言われる勇者アルスから名を取っている。
このランドール国でもラルス教はそこそこ普及しており、王都にあるこの教会はルーデル家の本家よりも遥かに大きい建物だ。ランドール国中に教会があり、ルーデルの領地内にも存在する。
俺は特に信者であるというわけではないが、エーペレスさんに言われて政治的な理由でそれなりに教会に顔を出している。
だがキアラは違う。今は亡きキアラの母は敬虔なアルス教の信者であったらしく、そのこともあって母に倣ってキアラも教会に定期的に礼拝しに足を運んでいる。
俺との結婚式も、かつてアルス教式を取り入れたいとのキアラのリクエストがあったくらいだ。まぁルーデル家では特に方式は決まっていないので全く構わない。どうせやるなら後々のコネクション作りを考慮してラルス教会に全面的にお任せしてもいいくらいだ。教会に全投げすればエーペレスさんも目立つためにと変なことを注文することはできなくなるだろう。
俺達が礼拝を済ませて教会堂から出ると、他の礼拝者から視線を浴びる。
目線の先は俺かキアラか、どちらもランドール・・・特に王都では有名である。俺は目立つようになって二年経った今でも恥ずかしくてつい中折れ帽を深かぶりして目線を隠してしまうが、キアラは特に気にしないようで、いつものように表情変わらずクールである。
ちなみに俺が恥ずかしがってつい顔をしかめたりしてしまうのも、見る人によってはカッコイイなどと思ってしまうようで、エーペレスさんはウケを取るためにも積極的にその顔してくれなどと言ってきた。勘弁してほしい。
さっさと馬車に乗り込むと、今度は劇場に向かい、そこで二人で演劇を鑑賞する。
今回の演目は『レチィア国物語』。
ーー非常に腕の立つ剣士が主人公だ。両親に捨てられ、幼き頃から孤独に生きてきた彼は愛を知らず、その虚しさを振り払うために強くあろうと鍛錬し、戦いを重ね、力をつけつつも国という国を流れ歩いて旅をしていたが、そこで運命的な出会いをする。政略結婚を嫌い、強き者との婚姻を望んだ王妃と出会ったのだ。主人公の強さに惚れ込んだ王妃、生まれて初めて愛を知った主人公は婚約を結ぶが、彼女は魔族に攫われてしまう。それを助けに行くという話で始まる。
(なるほど、まぁ王道的なやつだね)
子供向けの絵本なんかにもこの手のやつは多い。俺は嫌いじゃないので集中して観ていた。
ーー自分の恋人を助けに行こうとする主人公の元には、頼りになる仲間がついてきた。
だが、仲間の一人が強い主人公に嫉妬したあまり、主人公を出し抜いて王妃を一足先に救出してしまう。
王妃は助けられた喜びと、吊り橋効果により裏切った仲間のことを信頼してしまう。裏切り者はそこにつけこみ、口八丁で王妃を言いくるめ、ついに恋人の座を奪ってしまった。
(流石に子供向けの本にはこれは無いな)
近頃男の間でもこういう話が一部で流行っているという。話の種だと思ってその手の小説を読んでみたが、どうにも受け入れがたい不快感しかなかった。
ーー調子に乗った裏切り者は謀略にかけ、社会的にも主人公の居場所を奪ってしまう。そして、疲れた主人公の前で彼の愛した恋人・・・王妃と心を寄せあっているところを見せつけ、彼をさらなる絶望へと叩きつけるのだ。
(凄いな。どうやって収拾つけるんだこれは)
俺は気が付けば拳を握りしめ、すっかり見入ってしまっていた。
ーーそのときであった。恋人と、仲間だった者の二人の裏切りにより、主人公は怒りと悲しみと絶望のあまり、その眠っていた力を体の奥底から目覚めさせたのだ。それは戦いを知らぬ王妃はおろか、戦い慣れした裏切り者ですら戦慄してしまうほど圧倒的な力だった。
実は主人公は魔王の子孫であり、二人の裏切りをきっかけとして魔王として覚醒したのだ。
裏切り者は恐怖のうちに震え、泣いて許しを請うたが主人公ーー魔王が許すはずもない。
幾万の蟲がうごめく空間に放り込まれ、そこで死ぬことも許されず永久に苦しみ続けることになる。反省も謝罪も自決も許さぬ苦しみを味わうことになったのだ。
王妃はというと裏切り者をあっさりと見限り、魔王にすり寄った。それは助かるためではない。彼女は心の底から強き者に心惹かれていた。魔王の圧倒的な力を間近にし、心から愛していると彼に訴えた。
魔王は当然、許すことはしない。だが、一度は愛した女ゆえに、裏切り者とは違い永久に苦しめることなく、すぐに命を奪うことにした。
胸を刃で貫かれた王妃は恨み言を言うでもなく、心から強き者の手にかかったことを喜ぶように狂った笑いを発し、絶命する。
彼女が愛していたのは主人公でも、裏切り者でもなかった。強き者なら誰でも良かったのだ。単純に強き力を欲し、愛していた。その力の手にかかるなら本望であると、それだけだった。
その事実に絶望し、全てを失った魔王は人里に戻り、裏切り者のしかけた冤罪によって自分を断罪した者たちに復讐した。全てを滅ぼし終わった後、魔王は虚しさを感じ、心を無にして大樹に寄り添って何年も経過した。
そして数年後、虐殺し人がいなくなったその場に他国からの難民の集団が通りかかる。戦争によって他国から命を狙われ、命かながら逃げてきた人種だった。
魔王の見た目は半分魔物、半分人間といった、普通の人間から見ればおぞましい姿をしていた。
だが、彼らは死んだように大樹によりかかる魔王を気遣う。魔法はその優しさに触れ、昔から待ち望んでいた本当の他人からの温かみを知り、自分の力を使い周辺を巨大な森林に変えた。
魔王の力によって生まれたその森林は、難民を決して傷つけぬ猛獣がどこからともなく産まれ、それらが外敵の侵入を阻み、タフな再生力を持つ木々とそれに成る実が難民たちの生活を支えた。
魔王は消えてなくなったが、彼の力によって追手の脅威から逃れられた難民は、そこに国を築き、ひっそりと平和に暮らしたのだった。 おしまい
(黒の森をモチーフにした話かな・・・)
見終わった俺は、まぁまぁ面白かったなと思いながらもどこか黒の森を連想させる話だと思った。
実際、黒の森に関してはいろいろな説があり、それらをモチーフにした今回の演劇に近いような作り話だっていくつもあった。
ふと隣に座っているキアラを見ると、何やらぼーっと考え事をしているようだった。
「キアラ・・・?」
どうしたんだ?と、訊ねようとしてハッとした。
キアラが俺の手を軽く握っていたのだ。顔は下りたはずの緞帳のほうを向いたままだ。
彼女はしばらくそのままだった。
俺も一緒に座ったままなすがままにされていた。
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