上 下
15 / 470

閑話 思い出とドウダヌキ

しおりを挟む
常にショウの片腕として働き、次期当主を支えるオミト。
白髪交じりの髪で細い体の中老だが、左目の眼帯、そして落ち着き払ってはいるがどこか覇気のある雰囲気のためか、初見の人は怯むことが大半だ。

ルーデル家の家令であり、先代辺境伯トウシの代から仕える古株である。
元は黒の騎士団の騎士だったが、戦えなくなったために屋敷の仕事を任されるようになった。
今となっては彼がいなければルーデル家は回りきらないとさえ言え、リュートもショウも、果てはエリナでさえ彼には意外と頭が上がらない。

だが彼は元々ランドールの人間ではない。
ランドールの東方ルード地方の更に東の未開の大森林「黒の森」・・・それを抜けた更に東、『極東』と呼ばれる地にある国から流れてきた人間だった。

あるときランドールで問題を起こし、ルーデル領地にある国で最も厳しいと噂の「ラーシュビーツ刑務所」に収監されることになったが、オミトはそこで運命的な出会いをすることになる。







-----


オミトが23歳のときだ。




「よう、アンタか。『極東』から来た囚人ってのは」

「・・・?」

ある日、オミトは面会だと言われ牢から出され、面会室でもない休憩室でもない、個室に通された。
そこで一人の見たこともない男に出会う。

トウシ・ルーデル。に来た男はそう名乗った。
歳はオミトと同じくらいだった。



「なるほど、確かに極東から来たっぽいな。黒髪に黒い目」


トウシはオミトのことをジロジロみながら言った。


「あなたもそうではないか」


オミトのことをそう言うトウシも同じく黒髪に黒い目をしているので、オミトはそう言った。


「あぁ、俺のご先祖様も『極東』から来たって話なんでな。それが本当ならまぁ、アンタとあんま変わらないってことだ」

「それで?同じ極東から来たという私に会いたかっただけだと?」

「それもあるけど、アンタに興味を持ったのはそれだけじゃない・・・おい、席を外してくれ」


そう言ってトウシは部屋の入り口にいた看守達に目配せをした。看守達は退室し、部屋には二人きりになった。
トウシは部屋にある棚からコップを二つ取り、オミトの目の前にひとつ置く。


「酒は飲めるかい?」


オミトは唖然とした。身よりもない外国人の囚人である自分に突然面会を申し込んできたかと思ったら、何故か酒を進めてくる目の前の男が理解できなかった。


「・・・たしなみ程度なら」

しかし、酒が飲めるなら相手の真意がどうであれ、乗っておこうと思ったオミトはそう答える。
トウシは笑いながらワインをついでくれた。手錠を繋がれた状態のまま、オミトはワインを飲み干した。

しばし飲み交わしながら、トウシは次々とオミトに質問をかけていく。


「極東から来たっていうが、どうやって来たんだ?」

「徒歩で。それしかあるまい」

「じゃあ、黒の森を越えてきたってことか?」

「そうだ」

「では相当に腕が立つってことだな」

「運が良かっただけだ」


運が良かった・・・それは謙遜ではなく本心から言った言葉だった。
オミトは黒の森を抜けてはきたが、何度も死の淵から生還してのギリギリの連続であった。

黒の森は魔族の領域。その実態は今だ人類は解明できていない。
森の強い再生力と魔物の脅威によって開拓もできず、何か国分かあるとされる広大さのために一度深部に入りこんだら生きて帰ってくることは不可能と言われている。

ときたま極東から一人や二人、奇跡的に黒の森を抜けてやってくる者がいるが、逆にこちらから行って帰ってきた者の話は誰も聞いたことがない。大昔に往復に成功したことがあるという者の伝記や、森を極東から抜けて来た者の話を聞くくらいしかあちらを知る方法はないのだ。


「こっちから見て、黒の森の向こうはどうなっているんだ?」

「海がある。そこを渡った島国から私は来た」

「随分大変な思いをしてきた感じだな。どうしてわざわざここに来た?」

「・・・来たくて来たのではない。逃げているうちに流れ着いたのだ」


酒を飲んでいるせいか、それとも目の前のトウシという男がなんとなく話安いのか、オミトは自分でも信じられないくらい饒舌になっていた。


「逃げた、とはなんだい」


トウシの質問にオミトは一瞬口を噤んだが、それでも一度途中まで話した以上は止める気もなかったのか、それとも実は誰かに聞いてほしかったのか、そのまま喋ることにした。


「祖国で私の仕えていた人間が、不名誉の死を遂げることになった。私は46人の仲間とその死の原因を作った仇を打つことになった」


「ほぉ君主のためにか。随分と忠義心の厚いことだな」


「少々機微の察せない人ではあったが、私には良い主だった。だから仇のことがどうしても許せなくて仲間と決起したのだ・・・だが首尾よく仇を打った後、お上からの処罰を甘んじて受けるつもりだったのだが、急に怖くなって私はその場から仲間を置いて逃げてしまったのだ」


「別にいいんじゃねぇか?目的を達することができたのなら」


「だが他の仲間は逃げることなく処罰を受け入れた。心の弱さから逃げた私一人がのうのうと生き延びているという事実が辛かった。惨めで仕方が無かったのだ。そして全てから逃げるように私は祖国を離れ、気が付いたらここにいた」


黒の森のことはオミトも知ってはいた。だからあえて危険な黒の森に入り込んだ。楽になりたかったから。
だが、どういうわけか生き延びてしまった。
オミトは無心なまま、森を抜けた先にあったランドールをふらついていた。



「アンタがここに収監された理由は聞いた。物陰で女性を連れ込んで乱暴をしようとした伯爵子息をたまたま見つけ、をちょん切ったらしいな」

「そうだが。で、私は処刑されるのか?」

どうでも良さそうにオミトが聞いた。
見知らぬ外国でただただ浪人するのも退屈だ。どうせならでもして死刑にでもなろうかと思って自暴自棄になり面倒事にあえて首を突っ込んだときのことだった。


「普通なら処刑だ。だが、アンタが救った女性もまた別の伯爵家の娘だった。そちらの嘆願もあり、アンタは釈放とはいかないが、懲役40年で済む」

「長いな・・・」


オミトはふぅっと溜め息をついた。罰だというのなら受けてもいいが、それにしても40年は長い。いっそ死刑にしてほしい。



「そこでだ。これが今日の本題なんだが、俺の下で働く気はないか?ちょっとばかり荒事ばかりの職場なんだが、今よりは自由にさせてやれるぞ」

「・・・なに?」


ここでトウシは自分がこの刑務所のある領地を任されている辺境伯であるということを明かす。
辺境伯には強い権限があり、刑務所の囚人でも死刑囚でさえなければ、中央の許可さえあれば囚人奴隷として収監させずとも外に出して働かせることができた。
あくまで辺境伯が監視できる位置で働かせること、領地からは一歩も出さないことが条件であるが。


「アンタのような腕の立つやつが欲しいのさ。何もする気がねぇんなら、どうだい?」


酔狂なやつだ、とオミトは思った。だが、どうせ危険に身を置き、どうにでもなりたくて黒の森に入ったことがある身なのだ。今更どんな荒事をやれと言われても、全く怯む気にもならない。


「別にやってもいいが、私はさっきも言った通り土壇場で逃げるかもしれん男だぞ?あなたに忠誠を誓うかもわからないのだぞ。いいのか?」

オミトの言葉にトウシは笑いながら


「いーよいーよ。あんたは逃げるにしても最低限の仕事をしてから逃げるような人だと俺は思っている。それさえやってくれれば忠誠なんかいいよ。そういう人でいいんだよ。忠誠を誓ったはずの育ちのいい騎士様なんか、戦場で何もしないで逃げることがあるんだから」


と、あっさり受け入れた。

こうして異邦人オミトは囚人奴隷としてルーデル家に騎士として仕えることになったのである。
そしてオミトは騎士団に入ってすぐに知った。この黒の騎士団とやらは構成員の中にそこそこの数の囚人奴隷がいることを。
トウシは自分が面会して問題ないと思った囚人を積極的に騎士団に入れるようにしていた。王都からは小言を言われたが、実際それで騎士団として仕事をしっかりこなしているのだから、トウシはこの方針をやめることはなかった。

やがてオミトは心からトウシに忠誠を誓うようになる。トウシの妹であるエーペレスや、子のショウにも忠誠を誓い、エーペレスの奇行の補佐をしたり、ショウに剣術を教えたりして固い絆を結んだ。


そうして現在に至る。












-----








これは「冤罪」の15日前。






「若。何か考え事をしておりますかな?」

「・・・えっ?」

「心、ここにあらずといったところです。太刀筋によく表れてますよ」


ショウは日課である刀の素振りをしていたが、剣術の師であるオミトから思わぬ指摘を受ける。
無心で素振りに集中していたつもりだったが、オミトはそれを見抜いた。


「あー、ちょっと集中できてなかったか。悪い」


そう言ってショウは自身の得物---『ドウダヌキ』を鞘に納めた。
これはルーデル家の宝物庫から幼い頃にショウが見つけた極東の武器である。
刀という、ランドールなど世界各国で最も普及している直剣と違い、反っているという形も使い方もトリッキーなこの武器だが、ショウは無性にこれを気に入り、使い方を知るオミトから今に至るまで指導を受けていた。



「何かお悩みですか?」

職務は多忙を極めているが、こうまで剣術の稽古に心あらずであるということは珍しいと思い、オミトは聞いた。


「悩み・・・悩みか。どうなのかな・・・」


歯切れが悪く、ぶつぶつと呟くようにして悩む姿を見て、これまた珍しい態度だとオミトは訝しんだ。


「一体どうしたというのです?」

「うん・・・」


オミトの問いにもどこか生返事なショウを見て、なんだかオミトはどんどんと心配になっていた。
だが、やがて独り言のように一言、ショウの呟きを聞き、オミトは腰を抜かしそうになった。






「キアラのことを抱くべきか、抱かざるべきか。それが問題だ」


「・・・はっ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。 そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。 しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。 そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。

パーティーを追放された装備製作者、実は世界最強 〜ソロになったので、自分で作った最強装備で無双する〜

Tamaki Yoshigae
ファンタジー
ロイルはSランク冒険者パーティーの一員で、付与術師としてメンバーの武器の調整を担当していた。 だがある日、彼は「お前の付与などなくても俺たちは最強だ」と言われ、パーティーをクビになる。 仕方なく彼は、辺境で人生を再スタートすることにした。 素人が扱っても規格外の威力が出る武器を作れる彼は、今まで戦闘経験ゼロながらも瞬く間に成り上がる。 一方、自分たちの実力を過信するあまりチートな付与術師を失ったパーティーは、かつての猛威を振るえなくなっていた。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

良家で才能溢れる新人が加入するので、お前は要らないと追放された後、偶然お金を落とした穴が実はガチャで全財産突っ込んだら最強になりました

ぽいづん
ファンタジー
ウェブ・ステイは剣士としてパーティに加入しそこそこ活躍する日々を過ごしていた。 そんなある日、パーティリーダーからいい話と悪い話があると言われ、いい話は新メンバー、剣士ワット・ファフナーの加入。悪い話は……ウェブ・ステイの追放だった…… 失意のウェブは気がつくと街外れをフラフラと歩き、石に躓いて転んだ。その拍子にポケットの中の銅貨1枚がコロコロと転がり、小さな穴に落ちていった。 その時、彼の目の前に銅貨3枚でガチャが引けます。という文字が現れたのだった。 ※小説家になろうにも投稿しています。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

最弱職テイマーに転生したけど、規格外なのはお約束だよね?

ノデミチ
ファンタジー
ゲームをしていたと思われる者達が数十名変死を遂げ、そのゲームは運営諸共消滅する。 彼等は、そのゲーム世界に召喚或いは転生していた。 ゲームの中でもトップ級の実力を持つ騎団『地上の星』。 勇者マーズ。 盾騎士プルート。 魔法戦士ジュピター。 義賊マーキュリー。 大賢者サターン。 精霊使いガイア。 聖女ビーナス。 何者かに勇者召喚の形で、パーティ毎ベルン王国に転送される筈だった。 だが、何か違和感を感じたジュピターは召喚を拒み転生を選択する。 ゲーム内で最弱となっていたテイマー。 魔物が戦う事もあって自身のステータスは転職後軒並みダウンする不遇の存在。 ジュピターはロディと名乗り敢えてテイマーに転職して転生する。最弱職となったロディが連れていたのは、愛玩用と言っても良い魔物=ピクシー。 冒険者ギルドでも嘲笑され、パーティも組めないロディ。その彼がクエストをこなしていく事をギルドは訝しむ。 ロディには秘密がある。 転生者というだけでは無く…。 テイマー物第2弾。 ファンタジーカップ参加の為の新作。 応募に間に合いませんでしたが…。 今迄の作品と似た様な名前や同じ名前がありますが、根本的に違う世界の物語です。 カクヨムでも公開しました。

平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。  応援していただけたら執筆の励みになります。 《俺、貸します!》 これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ) ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非! 「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」 この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。 しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。 レベル35と見せかけているが、本当は350。 水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。 あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。 それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。 リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。 その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。 あえなく、追放されてしまう。 しかし、それにより制限の消えたヨシュア。 一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。 その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。 まさに、ヨシュアにとっての天職であった。 自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。 生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。 目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。 元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。 そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。 一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。 ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。 そのときには、もう遅いのであった。

勇者召喚に巻き込まれたモブキャラの俺。女神の手違いで勇者が貰うはずのチートスキルを貰っていた。気づいたらモブの俺が世界を救っちゃってました。

つくも
ファンタジー
主人公——臼井影人(うすいかげと)は勉強も運動もできない、影の薄いどこにでもいる普通の高校生である。 そんな彼は、裏庭の掃除をしていた時に、影人とは対照的で、勉強もスポーツもできる上に生徒会長もしている——日向勇人(ひなたはやと)の勇者召喚に巻き込まれてしまった。 勇人は異世界に旅立つより前に、女神からチートスキルを付与される。そして、異世界に召喚されるのであった。 始まりの国。エスティーゼ王国で目覚める二人。当然のように、勇者ではなくモブキャラでしかない影人は用無しという事で、王国を追い出された。 だが、ステータスを開いた時に影人は気づいてしまう。影人が勇者が貰うはずだったチートスキルを全て貰い受けている事に。 これは勇者が貰うはずだったチートスキルを手違いで貰い受けたモブキャラが、世界を救う英雄譚である。 ※他サイトでも公開

処理中です...