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フラグその4 麗しの婚約者

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ハルトマン家の馬車を借り、俺は婚約者の住むルーベルト邸宅まで向かった。
一応それなりに身なりに気合を入れたつもりだが、一応念のためにどこかおかしいところはないか手鏡でしっかり確認しておく。
そうこうしているうちに馬車はルーベルト家の前で停車した。


門番をしているルーベルト家の私兵に話を通し、キアラを待つ。
待っている間も、門番は俺とあまり雑談はおろか目もろくに合わせようとしないのはわかっているので黙って待つ。無駄ごとをせず、忠実に職務を全うしている・・・というわけではなく、実のところ俺はキアラの婚約者であるものの、ルーベルト家そのものにはあまり歓迎されていないのだ。

以前はそれでも一応政略結婚相手であるから表面上はもう少し愛想がよかった気がするのだが、ここ数か月でグッと態度は悪化したように思う。兄リュートの不祥事のことでルーデル家の印象が悪くなったのもあるのだろうが、根本的に俺自身がキアラの父、ダグラス・ルーベルト当代公爵に好かれていない。

ではどうしてルーデル家とルーベルト家の婚約が成立したのか。それは婚約を決めたのは俺の父とキアラの祖父である先代ルーベルト公爵だからだ。そこに当代の意向は全く反映されていなかった。
元々騎士団で団長を務めていた先代は、武人として俺の父トウシを高く評価して下さり、トウシの子でしかも将来有望であるならと強く希望されて、当時まだ幼かった俺とキアラの婚約が結ばれた。父も辺境伯とはいえ中々戦の絶えない血生臭いルードの地に、嫁が来てくれるのなら幸いであると即決だった。

この政略結婚は先代ルーベルト公爵の肝いりであり、2年前に他界したものの彼の残した遺言が強力な力をもって当代の権力をもってしても、この婚約は解消することができない。
先代はそれほどまでに絶大な影響力を持っており、当代はそれが疎ましくて仕方がないのか俺のことを目の敵にしているところがある。
先代には大層気に入ってもらえていたことも、疎まれている原因の一つになっているかもしれない。
俺はこうして何度かキアラに会いにこの邸宅を訪れているが、ダグラス公爵が顔を見せたことは多くない。しかも見せたとしても本当に形程度のものである。世間話などろくにしたこともなかった。

だが不幸中の幸いにもルーベルト家はダグラス公爵一人で動かしているものではない。彼一人が俺のことを拒否しても、他の親類は先代の意向を汲み、ルーデル家と積極的な付き合いをしてくれている。だから例えこのまま死ぬまで俺がダグラス公爵から嫌われていようとも、政略結婚の意義が失われることはない。
とはいえ義理の父になる人なのだから、いずれは何とか打ち解けて今よりは関係をマシなものにしたいものだと常々思っている。


「ルーベルト様。お待たせいたしました」

物思いにふけっていると、キアラの侍女に声をかけられた。

「よぅ」

俺が顔を向けたそこには、長い綺麗な銀髪を靡かせ、綺麗に着飾った俺の婚約者キアラの姿があった。

「ごめんなさい。遅れたわ」

「待っちゃいねぇよ。今日も綺麗だな」

「ありがとう」

変化に乏しい表情で言うキアラをエスコートして馬車に乗せる。
そうして馬車はハルトマン邸に向かって走り出した。

「久しぶりだな。元気だったか?」

「特に変わりはないわ」

俺自身がいろいろ問題解決のために翻弄されているところに、元々王都とルードは距離がある。最近は手紙のやり取りばかりで中々会えてなかったキアラに話しかけると、いつもと変わらぬクールな表情で素っ気ないように彼女はそう答える。昔からそうだ。彼女は表情や感情の変化が乏しい。そんなところがまた綺麗な顔を引き立てたりするのだが。

「ショウはどうなの。いろいろ大変ではないの?」

素っ気ないように見えてそれでも気を遣ってくれている。それがキアラという人間だ。最初に会った当初は到底ここまででもコミュニケーションは取れなかったが、付き合いも長いせいか大分打ち解けたと思う。
俺以外にここまで話をできるのは、同じく幼馴染であるアーヴィガやソーアくらいだろう。

「俺はまぁ、なんとかやってるよ」

リュートのことでいろいろあるが、無難に答える。

「でも、大変なんでしょう?」

相変わらず表情変化は乏しいが、それでもキアラは俺のことを心配してくれているようだった。暗にリュートの不祥事についても心配してくれているのだろうなと思った。
それが俺はとても嬉しく感じる。

「まぁ、オミトとかに大分助けてもらってるしな。これで大変とは言ってられない」

まだ正式な当主ではない俺の執務に関しては、オミトを含めいろいろな人間にかなりの補佐をしてもらって形にしてもらっている状態だ。アーヴィガなんかにはつい冗談交じりでも弱音を少し吐いてしまうが、キアラの前で俺はあまり情けないところは見せたくなかった。

「そう」

キアラは察したのかどうなのか、そう言い

「!」

スッと、俺の頬に右手を添えてきた。

「あまり顔色が良いとは言えないわ。あまり寝てないのね」

「あぁ・・・」

「無理はしないで」

「あぁ・・・」

キアラに手を添えられた衝撃で、つい思考停止して生返事をしてしまった。
キアラは「まだ婚約中であるうちは、婚約者といえど過度なスキンシップは控えるべし」という父ダグラス公爵の言いつけを守っていて、俺と触れ合うことはほとんどない。
手をつないで歩くなんてことはしないし、きちんと触れ合えるときがあるのはエスコートやパーティーでのダンスくらいだろう。キスさえしていない清い関係だ。
だから、たまに意識してるのかしていないのか、こうして不意打ちをくらうとどうにもうろたえてしまっていけない。

・・・正直に言えば、昨今は貴族の婚約者同士でももっと深い中になっているカップルはいくらでもいる。俺だってもっとキアラに触れたい、深い中になりたいと思ったことは何度もあった。
故にガードの固いキアラに父からの言いつけがあった旨を聞いたときは涙で枕を濡らしたものだ。まぁリュートが起こしたような下半身事情で何か問題を起こすよりは、節度ある行動に徹したほうがまだいいだろうと最近は思うようになったが。

後1年。後1年で俺は成人になり、そうなると正式に家督を継いで辺境伯になることになる。
そうして準備を整えているうちに更に1年弱で俺と同じくキアラが成人する。そこで俺達は結婚することになっていた。
きっかけは政略結婚であるが、俺はキアラのことを一人の女性として想っているし、彼女も俺のことは・・・態度からは微妙にわかりづらいが悪くは思ってないはずだ。きっと・・・ないはずだ。

ガタン

話をしているうちにハルトマン邸に到着したようで馬車が停車した。
俺はエスコートのためにスッと手を差し出し、キアラがそれを手に取る。

俺たちはアーヴィガとシーアと幼馴染4人で久しぶりに会ってお茶会をする。日頃の悩みも疲れも立場もそのときだけは忘れてリラックスできる。俺はキアラと二人でいる時間も大事にしているが、昔からこの4人の時間も大好きだった。
俺とキアラが結婚しても、皆が多忙になって頻度は落ちても、変わらずに4人でこうして会うことが出来たらいいなと思った。



だが、そんなささやかな願いを踏みにじり蹂躙する黒い影は、このとき静かに確実に迫っていた。
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