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終焉
虚構の終わる日
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ハルトの目に入ったのは、迫りくる洪水から逃れようと、我先にと少しでも法王城の上層階に上がろうとしている者達だった。
それでも人数的な限界があるので、誰もかれもが上層階に行けるわけではない。誰かが上へあがれば、その分上層階のスペースが埋まり、誰かが上がれなくなるのである。
だから、必死になっている人間達は、少ないスペースを取り合うために争っていた。
殺し合いという悍ましい形で。
「な・・・」
ハルトは自分が見た死体が、この殺し合いによって出来上がったものであるということを察してしまい、言葉を失う。
法王城はサンクレアの中でも聖域だった。
神聖なるものの象徴であった。
女神ラビスのご神体のようなものだった。
それが今、あろうことが信徒の手によって血みどろの戦場になってしまっている。
敬虔な信者であったはずの者達が、自らの手によって聖域を穢しているのだ。
「はは・・・」
ハルトの口から乾いた笑いが出てきた。
自分が心血注いで尽くして来たラビス教は、一体何だったのだろうと馬鹿馬鹿しい気持ちになった。
「カイ・・・」
不意に、ハルトの脳裏にカイのことが浮かんだ。
カイは自分の恋人が命の危険に晒されたとき、禁忌を犯してまで彼女を助けようと思った。
ラビス教の薄っぺらい信仰をかなぐり捨てて、自分が本当に大切だと思うものを守ろうとした。
ラビス教徒として、当時、カイのことをとても浅はかで惨めなものだとハルトは考えたものだ。往生際が悪い、聖騎士の面汚しなどと思っていた。
恋人の命よりも、ラビス教徒としての矜持を優先できないカイを見下げていたのだ。
しかし実際のところはどうだ。
ラビス教徒としての矜持など、そんなものは誰も持っていなかったのだということが法王城の惨状を見て気付かされた。
本質を見極めず偽りの神を信仰し、そしていざ身の危険が迫るとその信仰すら呆気なく捨てる。
挙句の果ては醜く教徒同士で殺し合う。
恋人を失ってもなお自分が信じていたものは、なんて意味もないものだったのだろうと、ハルトは目に涙を浮かべていた。
「カイ、君が正しかったんだね」
そう言って、ハルトは壁に寄りかかり、ただただ無心で運命を受け入れることにした。
そしてその日、サンクレアは法王城ごと洪水で沈む。
生存者はいなかった。
それでも人数的な限界があるので、誰もかれもが上層階に行けるわけではない。誰かが上へあがれば、その分上層階のスペースが埋まり、誰かが上がれなくなるのである。
だから、必死になっている人間達は、少ないスペースを取り合うために争っていた。
殺し合いという悍ましい形で。
「な・・・」
ハルトは自分が見た死体が、この殺し合いによって出来上がったものであるということを察してしまい、言葉を失う。
法王城はサンクレアの中でも聖域だった。
神聖なるものの象徴であった。
女神ラビスのご神体のようなものだった。
それが今、あろうことが信徒の手によって血みどろの戦場になってしまっている。
敬虔な信者であったはずの者達が、自らの手によって聖域を穢しているのだ。
「はは・・・」
ハルトの口から乾いた笑いが出てきた。
自分が心血注いで尽くして来たラビス教は、一体何だったのだろうと馬鹿馬鹿しい気持ちになった。
「カイ・・・」
不意に、ハルトの脳裏にカイのことが浮かんだ。
カイは自分の恋人が命の危険に晒されたとき、禁忌を犯してまで彼女を助けようと思った。
ラビス教の薄っぺらい信仰をかなぐり捨てて、自分が本当に大切だと思うものを守ろうとした。
ラビス教徒として、当時、カイのことをとても浅はかで惨めなものだとハルトは考えたものだ。往生際が悪い、聖騎士の面汚しなどと思っていた。
恋人の命よりも、ラビス教徒としての矜持を優先できないカイを見下げていたのだ。
しかし実際のところはどうだ。
ラビス教徒としての矜持など、そんなものは誰も持っていなかったのだということが法王城の惨状を見て気付かされた。
本質を見極めず偽りの神を信仰し、そしていざ身の危険が迫るとその信仰すら呆気なく捨てる。
挙句の果ては醜く教徒同士で殺し合う。
恋人を失ってもなお自分が信じていたものは、なんて意味もないものだったのだろうと、ハルトは目に涙を浮かべていた。
「カイ、君が正しかったんだね」
そう言って、ハルトは壁に寄りかかり、ただただ無心で運命を受け入れることにした。
そしてその日、サンクレアは法王城ごと洪水で沈む。
生存者はいなかった。
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