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侍従バスクの憂鬱

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「殿下。たいがいにしてください」


アンドレアのとある高級宿の一室で、優雅にワインを傾けながら夕食を堪能する男・・・ルドルフに苦言を呈しているのは、背が低い細身の初老の男だ。
彼の名はバスク。ルドルフの侍従を務めており、ルドルフへの辣言を許される数少ない存在であった。


「殿下の我儘のお陰で、一体どれだけの人間に迷惑がかかっているか。その自覚はおありですか?」


ルドルフは皇子であるが、皇位継承順位は低く、皇太子になれる見込みはほぼないと言って良い。だからルドルフの勝手一つで、こうして他国に唐突に出向くことも力業でやってできないこともないのだが、それでも仕事がないわけではない。

ルドルフには執務だけでなく外交面でも様々にやるべきことがあるのだが、ルドルフはフローラを追いたい一心でその全ての予定をキャンセルして、こうしてアンドレアまでお忍びで出向いてきた。

他皇子に仕事を代わりに押し付けることにもなるし、元より低かった皇位継承位はさらに低くなる。ルドルフの幼い頃より侍従として支えてきたバスクにしてみれば、嘆かわしいことこの上ない。


「すまないバスク。だけどね、私にとってフローラのことは、他の全てに優先されることなんだ」


口では謝罪の意を述べているが、とても反省しているようには見えないルドルフはワインを口につけながら言った。


「殿下には他にふさわしい者がおりますでしょう。何も元聖女フローラでなくとも・・・」


「いや、彼女だ。私の伴侶となりえるのは彼女しかいない。私がここでフローラのことを諦めたら、一生後悔することになるだろう。それに、私は皇位になど未練はない」


頑として聞かないルドルフに、バスクは「はぁ~」と大きくため息をついた。

ルドルフはフローラとの結婚に非常に意欲的だった。
それはフローラが聖女として名を上げ始め、数多の著名な婚約者候補が挙げられるようになる前からのことで、実は最初にフローラの婚約者として名乗りを上げたほどである。
ただ、また無名のうちに入る時から皇子であるルドルフが婚約を打診したことで、フローラに可能性を見出してしまった欲の深いレウス司教が、婚約者をより権力のある者に・・・と、えり好みするようになってしまったのは皮肉だった。

ルドルフにはフローラのことしか見えていなかった。
既に他の男の手垢がついた女であるし、聖女の座を降りた今となっては身分は平民・・・否、それ以下だ。
こうなると皇子であるルドルフの伴侶としては、フローラでは到底身分が釣り合わない。
だが、ルドルフは「フローラの身分が低いなら自分が同じところまで下れば良いのだろう?」とすら考えるほどの執着を見せている。
そしてその執念が今、彼をこのアンドレアまで出張らせていた。

バスクはルドルフのお目付け役としてこのバカげた追跡劇についてきているが、本心としてはどうにか諦めるよう説得して、帝国に一刻も早く帰りたいと思っている。

しかし実際のところ、ルドルフはフローラが目と鼻の先にいる状況になった今、餌を目の前にした猛獣のようになってしまった。
魔物じじいの家という不可侵の領域に躊躇わず踏み込もうとしているのだ。もはや諦めろと説得するのは不可能だとバスクは察し、再び深いため息をついた。

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