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重い空気

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魔物じじいはシュウと熱く語りあった後、本格的にスライムの研究をするための準備に入った。


「えっ・・・なんですかその恰好・・・?」


フローラは魔物じじいの恰好を見て唖然とする。
魔物じじいの恰好は、大きな荷物を背中に背負い、研究というよりまるでこれから冒険の旅に出るといったような風だったからだ。
その姿は、かつてフローラが帝都でシュウについていくと言ったときの装いと似ていてた。


「あぁ、これから儂の研究室に籠るからの。研究や引きこもりに足りなくなったものが出たとき以外には、時間が惜しいからこっちにはまず戻ってこないんじゃ。そのための準備じゃ」


シュウもスライムの研究をするときにはストイックなまでに集中していたが、流石魔物じじいのそれは更にその上をいった。


「ふふ、久しぶりに研究しがいのある魔物ちゃんじゃて。・・・たっぷりと愛し合おう、これからのぅ」


そう言って魔物じじいは舌なめずりをしながら、うっとりとした表情で小瓶に入ったスライムを見つめる。
フローラにはスライムが怯えて泣いている(液状の魔物だが)ように見えた。


「儂が研究している間は、この家は自由に使うといい。出入りの業者が週に一度は来るから、買い出しの必要もないじゃろう。安心してこの家に籠れるぞい」


魔物じじいがウインクしながらそう言うと、シュウとフローラはピクリと思わずビクついてしまう。二人が何かしら訳ありであることに、魔物じじいは言われることなく気付いていたからだ。


「魔物じじい、あの・・・」


「おいシュウ。気をつけろよ」


遅ればせながら自分達の現状を説明しようとしたシュウを、魔物じじいは遮った。


「街中を歩いていたとき、常時フローラちゃんに向けられる視線があった。誰かは知らんが、お主たちを狙っている者がいる。儂のツレだとわかって手を出す馬鹿はこの町にはそう多くはいないと思うが、それでもゼロではないからのぅ」


「えっ・・・!」


魔物じじいの言葉に、フローラはギョッとする。
フローラ自身は全く気付いていなかったというのに、魔物じじいはずっとフローラを突け狙う気配に気付いていたことに心底驚愕した。


「儂の感覚はちょっぴりだけ普通の人間のそれとは違うからのぅ、そういったものには敏感なんじゃ。フローラちゃんが気付かないのも無理はないぞい」


魔物じじいが気付けたのは、その人間離れした体故であった。
野生の動物や、熟練した猟師が、空気の流れだけで生き物の気配を察知できるそれと同じである。とことん人間ではなかった。


「まぁ、儂のツレだと分かればそれほど脅威になることはないだろうが、あまり外には出歩かんほうがええじゃろうのう。それじゃ、儂がいくでの」


深刻な話をしていたというのに、もう意識は研究に向いてしまったのか、あっさりしたノリで魔物じじいは奥へ引っ込んでいってしまった。
魔物じじいの家の奥行は異常なまでに広く、広大な地下まであるという。一体研究のためにどこまで潜るというのだろう。
「危険があるかもしれんから、あまり奥には入らんほうがええぞ」と魔物じじいは言っていたので、フローラは近づく気すらしなかったが。

シュウとフローラが二人きりになり、静寂が訪れる。
魔物じじいの忠告のことが頭を掠め、なんとなく重苦しい雰囲気になっていた。


「フローラ」


シュウが重い口を開く。
フローラは神妙な表情で次の言葉を待ったが・・・


「とりあえず旅で溜まるものが溜まっているので、その・・・おたのしみのほうをお願いしても良いですか?」


「ハイよろこんで!」


重苦しい空気は一瞬にして瓦解した。
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