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肉体労働

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(うぅ・・・どうしよう、困った・・・)


フローラはこの場をどう切り抜けたものか、それを必死で考えていた。
何しろ追われる立場であるために、極力目立つようなことがないようにしなければならない。
男達の言うような『肉体労働』で支払うのは論外だとして、どうにかこの場を穏便に済ませなければならないのだが、両案が中々思い浮かばずにフローラは焦りを感じていた。


「フローラちゃん、こういうときどうしたら良いかと思うかのぅ」


魔物じじいはこの場ではふさわしくないような、穏やかな笑みを浮かべながらフローラにそう問いかける。
フローラは渋面しながらう~んと唸り、やや間をとってから口を開いた。


「穏便に踏み倒すか、多少強引にしてでも踏み倒すか、どちらかしかないと思うのですが、今私はあまり目立つようなことをして良い立場ではなくて・・・」


フローラの返答を聞いた魔物じじいは、嬉しそうに顔を緩ませた。


「どっちにしても踏み倒すんかい。穏便に踏み倒すってなんじゃ。かかかっ!こりゃますます気に入ったぞいフローラちゃん」


「シュウ様なら、この手の人間には真面目に相手はしないと思うんです」


人の良さそうな顔をしておいて、その実大義名分があれば大暴れしたがるのがシュウであり、フローラはそのことを理解している。
露骨な悪徳商法をふっかけられているこの場でも、それはもうここぞとばかりにシュウは堂々と飲み代を踏み倒すだろう。
フローラはシュウの傍にいて、誰よりも彼の理解でなければならないと考えていた。
ならば、この場でもシュウがするだろう行動をするべきだとまで。


「ええぞフローラちゃん。儂は本当にアンタのような人がシュウの傍にいてくれることが嬉しい」


スッと魔物じじいがフローラの前に立つ。
先ほどからずっとフローラ達の動向を見守っていたウエイターが、苛立たし気に口を開いた。


「そろそろ払うかどうか、態度を決めてもらっていいっすかねぇ」


接客の時に見せていた態度を変え、横柄になっている。
ガタイの良い男達がこれ見よがしに拳をポキポキと鳴らし、暴力に訴えてでも服従させるぞと言わんばかりである。
個室酒場という形式をとっているのは、客寄せのためというより、こうして会計のときにいろいろとやりやすいようにするためなのだろうとフローラは思った。
店の構造からしてぼったくりしやすいようにしてあるのだ。相当に悪質な連中であり、ますますもってまともに金を払いたくはなくなった。


「態度か。そんなもんもちろん決まっておる。支払ってやるわい」


そう言いながら、魔物じじいは上着を脱ぎだした。
店の連中のみならずフローラも突然の魔物じじいの行動にギョッとする。


「『肉体労働』で返してやるわい」


魔物じじいの発言に「お前のようなじじいなどいらんわ!」とウエイターが言いかけて、やめた。
ほっそりしていた魔物じじいの体が、どんどんに膨れ上がり、やがてそれまでの三倍ほどの大きさにまでなったからである。


「・・・え?」


しぼんでいた風船が膨らむように、魔物じじいの体が巨体化、そして前衛冒険者のような筋骨隆々になったのを見て、フローラも言葉を失う。
小柄であったはずの魔物じじいは、今やこの場にいる誰よりも大柄の人間に変貌していた。
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