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泥船を漕いでゆけ その3

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「・・・はぁ?」


あまりの内容に、レーナは怪訝な顔をして思わず聞き返す。
ライルは顔を青ざめさせながら「ちょ、待てよ」とかすれて声にならない声でアイラを止めようとする。


「・・・」


アイラはライルを一瞥した後、ふぅと小さく溜め息をついてから書置きをレーナに手渡した。
レーナは書置きに目を通し終えると、思わず気を失いそうになる。

書置きの内容は、簡潔にまとめると


・サーラがライルに強姦されそうになった。流石に強姦魔と一緒に旅をしたくはないので、パーティーを抜ける。

・シュウは自分達で追う。

・ライルには帝都での治療費の借りがあるが、今回の慰謝料で相殺をする。

・ライルにドン引きしたのでアリエスも抜ける。

・ライル死ね。


と言ったものだった。


「え?ちょっと待って。サーラに乱暴しようとしたの?」


あまりの内容に思考力が鈍くなり、読んでいる間はきちんと内容が整理できずに理解していなかったレーナはとんでもないことが書いてあることに時間差で気が付いた。
書置きを持つ手を震わせながら、恐る恐るライルにレーナは問う。


「い、いいいいいい、いや・・・お、おおおおお大袈裟だよ。誤解している。確かに少しばかり強引に迫ったかもしれないが、け、けけけけけ、決してそんな騒ぎ立てるほどのものじゃ・・・」


ライルは目を泳がせ、声は上ずり、わざとなんじゃないかというほどに不自然にどもらせる。これ以上ないくらいにクロだと確信できる受け答えだった。


「大袈裟でも何でも、相手がそのように受け取るようなことをした。その結果、貴重な戦力である二人がパーティーを抜けてしまった。これが全てです」


ライルの情けない答弁を、アイラが容赦なく切って捨てる。
アイラは無表情だが、それ故か不思議と彼女からは深い深い失望と怒り、呆れの感情が見て取れ、ライルは反論する気力を削がれてしまう。


「サーラが不調で大変なときに、そこにつけ込むようなことをしたの・・・?」


汚らわしいものを見る目でライルを見ながら、レーナは声を震わせて問う。
自分が潰したくないとさっきまで思っていた『光の戦士達』のリーダーが、まさかここまでの外道だったと考えたくはなかった。


答えに窮したライルは、足りない頭で必死に考える。
ここで答えを間違えたら、最後の最後に残ったレーナもアイラも失うことになる。『光の戦士達』を『光の戦士』に改名することになってしまう。
一人では魔王を倒すどころか、勇者としての名声を維持することすらままならないし、今のレーナ達以上・・・いや、同等のメンバーを集めることなど不可能だろう。


(ここが正念場だ)


そうして必死になって考えて、出た答えがこれだった。


「違うんだ。僕だってそんなことしたくてしたわけじゃない。ここを襲撃したアイツだ。アイツが変な術で僕の心を操ったんだ」


アイツ・・・ディオンにライルは罪を擦り付けることにした。
丁度この場にはいないし、そもそもが敵だ。ディオンよりはライルの言うことを信じるだろう・・・咄嗟にそう考えて口を開いていた。


「アイツは死体を操っていただろう?それと同じような術なのかわからないが、僕の心も操られて、つい変なことを考えて行動をしてしまっていたんだ。どうにか必死に術から自力で逃れたけど、そのときには既に遅かった」


なんだその言い訳は。とアイラは口を三角形の形にして呆れたが、それでもここでライルの言うことをレーナに信じさせないとまずいと考えた。アイラも事情があり、『光の戦士達』の崩壊を望んでいないのだ。


「ディオンは、確かに死霊術だけでなく人を惑わす術にも長けていると聞きます。このパーティーの崩壊を目論んだ可能性はあるかもしれません」


嘘八百だが、アイラはさもそうであるかのように言い、ライルに助け舟を出した。


「え、そうなの?」


アイラの助け舟など予想していなかったライルは、間抜けにもキョトンとして思わずそうアイラに問うてしまう。アイラは無表情のままこめかみに怒りの血管を浮かばせるという器用な真似をしながら、持っていた杖でライルの顔面を殴打する。


「ぶっ!」


口を強打され、言葉を発することが出来なくなったライルに代わり、アイラはレーナに言った。


「ここは勇者様の言うことを信じましょう。私達の分断こそがディオンの狙いです。思うがままになるべきではありません」


アイラの説得に、レーナはやや間を空けてから頷いた。
かつて自分が情を寄せ、体の関係を持つまでに至った相手が仲間を毒牙にかける外道の大馬鹿であるなどとは、考えたくはなかったからだ。

泥船を泥船と信じず漕がねばならぬ、ある種の現実逃避である。
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