上 下
266 / 464

失敗した勇者 その10

しおりを挟む
結局、村はゾンビの噂が流れて一日もしないうちに村人の大半が疎開した。
残っている村人も、遅くても二日後には出発する手筈だと言い、村は一瞬にして廃村となってしまうことが確定する。

村では高原野菜など特産品があり、販路も押さえこれから大いに栄えるはずであったのに、その機会は灰となってしまう。
御者・・・商人が何年もかけて農産物の育成を指揮し、投資してようやく掴んだビジネスチャンスだった。かかった時間、そして直接投資した金額で算定しても、賠償金はとんでもない額になる。
村は人がいなくなっても、また新しく人を招致することが出来るが、それにはまた時間と莫大な費用がかかるだろう。

だから、ライルが考え無しとはいえ商人を気絶させてその場から逃げたのは、ある意味では正解だった。
ここで商人に捕まっていれば、少なくとも勇者であるライルとて借金生活に転落してしまうほどの賠償金が確定してしまうからだ。

そうなってしまうと、『光の戦士達』の行動の手綱は商人の手に委ねられてしまう。
ライル達の行動の全ては商人の利益のためだけの物しか認められず、魔王と戦うどころか、ダンジョン一つ自由に探索することが出来なくなるのである。

とはいえ、商人とてライル達を野放しにするわけではない。
人を使い、あの手この手でライルを探し、きっちり取り立てるべきものは取り立てるだろう。ライルは馬鹿みたいに自分達『光の戦士達』のことを言いまわっていたので、身元は完全に割れてしまっているので探すこと自体は難しくない。
ライルが逃げおおせ、捕まったとしてもしらを切り通せるかどうかと、商人が裁判にかけてくるならその結果次第でライルの運命は決まる・・・それが今の状況だった。

つまりはシュウを追う身でありながら、商人に追われる身にもなったのである。


「やれやれ、大変なことになったね」


ライル達は逃走中、通りがかりの乗り合い馬車を見つけて乗り込んだ。
そこでようやく一息つくと、まるで他人事のようにそう言ってのけるが、当然だがこれにはその場にいた誰もがイラッとした。
呆れ返って言葉にする気にもならないが、誰もが「お前のせいじゃ」と思っている。


「これからどうするおつもりですか」


アイラは無表情に見えつつも、どこか呆れたような顔をしながらライルに問う。
ライルは目を瞑ってしばし唸ってから、チラリとサーラを見つめ、口を開いた。


「サーラは、まだ戦えそうにないのかい?」


ライルの問いに、サーラは黙ったまま小さく頷いた。


「そう、なら仕方がないね」


ライルの口調は、怒っている風でも焦っている風でもない。ただただ落ち着き払っていた。
先ほどまでサーラを立ち直らせようと躍起になっていたライルを見ていたレーナ達は、彼の変貌ぶりに首を傾げる。

実はライルは商人から高額賠償を請求される危機に晒されたことにより、精神的負荷がある点を越えた結果・・・なんと一周回ってすっきりと冷静になっていた。

ライルの行動原理のもっとも優先するところは「理想の女のハーレムを築く」である。だからサーラが不調で戦えず、従来通りの『光の戦士達』の活躍が出来ない状態にあっても、「まずは女(サーラ)の信頼を取り戻すことが優先」と考えるようになっていた。

それ故に・・・


「あのゾンビを操るヤツは、忌々しいが今のところは放っておこう。今のパーティーの状態では勝てるかわからない」


パーティーの名誉よりもサーラの信頼回復を優先させ、ディオン討伐については諦める決断を下した。
負けず嫌いであるライルにしてはとても珍しいことである。


「賢明だと思います・・・」


頭の熱くなったライルが、ディオン討伐を成してパーティーの信用を取り戻そう!と言うかと思っていたアイラは、意表を突かれてやや驚愕しながらも、ライルの決断を支持した。


「そんなわけで、僕達は逃亡がてら・・・じゃない、元の目的であるシュウさんの追跡を続けよう」


元はライルがサーラ達の前でカッコイイところを見せ、信用を取り戻すためのした魔物退治だが、サーラの不調を理由にあっさりと元の方針へライルは舵を切った。
ライルの方針を聞いて「いらぬ時間と手間をかけた」とアイラはげんなりするが、実際にはそれどころか賠償金のリスクとサーラの不調を併発しており、昨日までと比較して現状は大きなマイナスである。
ここからの立て直しは凄まじいまでの労力が必要になりそうだと思っていたが、最悪な事態は続いた。


「あれ・・・?これ、動かないわよ・・・?」


レーナがシュウを捜索のために取り出したナビが、魔力の枯渇によりついにピクリとも動かなくなったのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

処理中です...