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空気を読まぬ勇者

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少年に命令された黒髪の美女レイは、先ほどのライルに勝るとも劣らない速度でライルに迫った。


「おおっ」


初撃はまるで閃光のような速度の飛び蹴り。
高速に慣れていない冒険者・・・例えば魔法使いのレーナだと、回避どころか意識することも出来ずに命中し、何が起きたのか理解することもなく体を粉砕されただろう。

だが、ライルはそうはならなかった。
ギリギリまで引き付けてから体を逸らし、レイの飛び蹴りを躱してみせたのだ。
しかも「おおっ」と感嘆の声を上げる余裕まであった。


「ほぉ」


今度はその様子を見ていた少年が感嘆の声を漏らす。


「先ほどの鋭い踏み込みも大したものだと思ったけど、まさかレイの初撃を避けられるまでとは思わなかった。しかも余裕もまだあるようだ。大概は今ので勝負は決しているし、この男もそうなると思っていたんだけどね・・・僕もまだまだ洞察力が足りていないね」


少年は見た目に反して口調は幼くはなかった。
どこか達観したように今のライルの動きを見て、賛美の言葉を送る。

レイは恐ろしく腕が立つ女であることはわかるが、そんな彼女の攻撃を余裕をもって躱したライルを見ておきながら、慌てるわけでもなく落ち着き払っている。
その幼い見た目とは裏腹にその振舞いにはどこか貫禄があり、決して虚勢を張っているわけではなさそうだと、少年を見ていたレーナは思った。
その余裕ぶった態度に、レーナはむしろレイ以上に目の前にいる少年を警戒すべき存在であると認識する。


(こいつ・・・)


少年はライルとレイとの戦いの見物を決め込み、特にレーナ達には意識を向けていないようだった。
その余裕然とした態度を崩してやろうか、今不意打ちしたら倒すことが出来るだろうか、そんなことをレーナは考えながら、少年に向けて攻撃魔法を放とうかと少しばかり掌に魔力を集中させる。
だが・・・


「やめた方が良いでしょう」


そのレーナの腕を、いつの間にか近くに来ていたアイラが握った。
レーナがしようとしたことを察知したのか、行動を止めに来たようである。


「不必要に刺激して良い相手ではありません」


いつになく饒舌にそう語るアイラを見て、レーナは掌に集めた魔力をひっこめた。
「どうしてわかる?」「やってみなくちゃわからない」と言いたいところだったが、レーナも何となく少年から発せられるオーラで悟り、口を閉ざした。
目の前の少年は、今レーナが不意打ちしたところで決して倒すことはできない、と理解したのだ。

まだ戦ってもいないが、少なくとも少年はライル含めた自分達全員が束になって向かったところで、慌てることなく笑って応対するだろう・・・それだけ相手は強大で、格が違うと、レーナはまだ具体的に何を聞いたわけでもされたわけでもないのに直感で理解した。


だが、その少年の格を理解していないのがライルだった。


「凄い、凄いよ君!ますます欲しくなったな!」


レイの凄まじい飛び蹴りを見て、ライルは恐怖を抱くどころか感激して声を上げる。
少年の賛美の声など耳には入っていないようであった。


「あっ・・・」


レーナは気づいた。
ライルがまるで自分に意識を向けていないのを見て、表情は穏やか見えながら・・・も、少年のこめかみに怒りの青筋が浮かんでいるのを。
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