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忘れた頃の追跡者 その6

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「落ち着いてくださいな、貴方」


クレウスが発狂し、次から次へとセレスティアの想い人--シュウに対する怨嗟を言葉が発せられている中、そこへ落ち着いているが良く通った声が響いた。
その声を聞いた瞬間、ピタリとクレウスは大声を出すのをやめる。


「お母さま!」


セレスティアが頬を綻ばせ、声の主へ近づく。


「良く戻ったわね。セレスティア」


穏やかな笑みを浮かべ、セレスティアをそっと抱きしめたのは、クレウスの妻にしてセレスティアの母であるウィンク・アドネイドだった。

実年齢よりも若く見える絶世の美女であり、女性の中でも身長は低めで、巨漢のクレウスと隣同士に並ぶと親子にも見られかねないが、セレスティアの実母である。


「ウィンク!聞いてくれ!ティアが、私のティアに男が・・・!」


「知っていますわ。あれほど大声を出せば、嫌でも状況は理解できてしまいます。まずは貴方は落ち着いてください」


取り乱しているクレウスとは対照的に、ウィンクの態度は実に落ち着き払っていた。


「これが落ち着いていられるか!私のティアが毒されてしまったかもしれないのだぞ!」


しかし、クレウスはまるで落ち着く様子がない。
しまいにはウィンクに縋りつき、膝をついて泣き声になってしまった。


「私のティアがぁ~~・・・!男など、まだ数十年は縁がないと思っていた私のティアが・・・!私のこの気持ちはどうしたら良いのだ!教えてくれウィンクぅ~~!」


大の男が大声で泣きべそかきながら縋りついてくるのを見て、ウィンクはふぅと小さく溜め息をついてから、再度ゆっくりと「いいから落ち着いてください」と言った。

だが、クレウスの様子は変わらない。


「まずは落ち着き、口を閉ざしてください。さもなくば、にします」


落ち着いているが、やや声量を上げてそうピシャリとウィンクが言うと、クレウスはようやく口を閉ざした。いや、正確には「わかった。わかったから、どうか痛いのだけは・・・あれはもう嫌だ・・・」と小さく呟いて震えている。

「実の娘の前で何を言ってるんですか!」とライカは思わずツッコミたい気持ちになったが、何はともあれようやく場が落ち着きを見せた。

これがクレウスとウィンクの力関係だ。
普段クレウスが感情を乱すことはほとんどない。だが、セレスティアが絡むとしばしばクレウスはポンコツ化し、感情を爆発させる。
それを宥めることが出来るのは、妻であるウィンクだけであった。


「セレスティア。意中の男性を見つけることが出来たというのは、本当ですか?」


「はい。ついに見つけましたわ」


ウィンクの問いに対し、セレスティアは即答した。
それにクレウスが反応を見せようとするが、ウィンクに対する恐怖の方が勝るのか、顔面蒼白になりながらただ黙って聞いている。


「そう。それならば、親としては祝福するしかないわね」


ウィンクは優しく笑みを浮かべ、セレスティアの意思を尊重した。
クレウスは血が滲みそうなほど拳を握り締め、ブルブル震えながら感情を抑え込む。
アドネイド家の良識派によって、一先ずシュウの安全は保障された・・・かに見えたが。


「では、そのシュウという男を見定めねばならないわね。兵を少しばかり都合しましょう」


ウィンクのその発言によって、場の空気が一瞬にしてピリッとしたものに変わる。
これが更なるシュウの災難の始まりであった。
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