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忘れた頃の追跡者 その2

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アドネイド辺境伯邸は、小高い崖の上のある。
邸に至るまでに三枚もの外壁があり、それぞれに門があるのでそれを潜って邸に辿り着けるようになっている。

戦で慣らしたかつての辺境伯が「襲撃者と戦うため」にこのような構造にしたのだが、実際魔族の領域に近い立地であるためか、年に何度か襲撃されている。

その全てを撃退してきた辺境伯軍は、屋敷の警備をしている間も不意の襲撃者に備えるために常に殺気立っており、並みの騎士では近づくだけで足が震えるほどのオーラを放っている。

そんな猛獣の檻のようなところへ、騎馬が一騎やってきた。セレスティア・アドネイドである。
セレスティアはこのアドネイド家の当主の娘・・・お嬢様だった。


「お、お嬢様!」


見張りの兵がセレスティアの姿を認めると、大慌てで鐘を鳴らした。この鐘は本来外敵による襲撃の合図の鐘であるが、このときは用途が違っていた。


「お嬢様の帰りだ!お前ら出迎えろ!!」


鐘を鳴らした見張りの兵が声を張り上げると、敷地内の兵達には慌ただしく動き出す。
まるで戦闘行為の最中であるかのような緊迫した雰囲気だ。


兵達は一人残らず綺麗にズラリと整列し、乗馬したままのセレスティアを迎え入れた。


「「「お嬢様、お帰りなさいませぇぇ!!」」」


大地を揺るがすほどの大声で、兵達はセレスティアを迎え入れる。遥か遠方の木々に停まっていた鳥達が一斉に飛び立つほどだった。


「ただいま戻りましたわ」


そんな大声を浴びせられてもまるで意に介さず涼しい顔で、セレスティアはそう言った。
ちなみに兵達の声の圧は、並の人間なら戦慄し、硬直してしまうほどだろう。
慣れもあったが、セレスティアは彼らの大声程度では臆することのない程度には肝が据わっている。


「お嬢様、長旅お疲れ様っした。旦那様がお待ちです」


燕尾服を着、眼帯をしたいかつい顔の執事が来ると、セレスティアは馬から降りて「ありがとう」と言って彼に馬を預けた。
兵達の次は屋敷使用人一同の出迎えである。

皆、燕尾服やメイド服に身を包んではいるが、明らかに戦士のような肉体をしている者、顔に傷のある者、眼帯をしている者、やがた眼光の鋭いメイドなどなど、かなりの強面揃いである。
実際、見た目の通りこの中に武に長けていない軟弱者など一人もいない。これが武で慣らしたアドネイド辺境伯家である。


「お嬢様どうでしたか?今回の長旅のほうは」


セレスティアが持っていた荷袋を預かった侍女はそう訊ねる。
細身ながらも身長180センチを越え、首筋に火傷跡のある元女戦士である彼女はセレスティア付きの侍女のライカといった。
セレスティアが旅から帰ってくるたびにこうして出迎え、同じ質問をする。

「残念ながら、今回も見つかりませんでしたわ」

ライカの質問に対し、いつも同じ答えが返ってくる。それがこれまでのパターンだったが、今回ばかりは違っていた。


「ついに見つかりましたわ。ワタクシの大事なもの・・・そう、運命の人が!」


溌剌とそう答えるセレスティアの前で、ライカはしばらく真顔のまま硬直した。


「あの・・・失礼ですが、今なんと・・・?」


ライカは自分の耳に入った言葉の内容が理解しきれず、つい無心のままセレスティアにそう訊ねてしまう。
セレスティアはもう一度、満面の笑みで言った。


「ワタクシが理想とする殿方が、ついに現れましたの!あの方と添い遂げようと決めましたわ」


「え・・・」


茫然とするライカを他所に、セレスティアは揚々とそのまま歩みを進めていく。
ライカはたっぷり五秒ほど硬直した後、ハッとしてから顔面蒼白になり、慌ててセレスティアを追いかけた。

この日、当代アドネイド家に歴史的事件が起きる・・・これはその予兆であった。
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