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哀れ白金の騎士 その2

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「え・・・何ですって?」


突然親の仇であるような怨嗟の籠った声で、何故だか突然にシュウは一方的に怒鳴りつけられた。
シュウは相対して間を置かずに戦闘が始まるとばかりに思って身構えていただけに、唐突に騎士が叫んだことの内容に理解が追い付かなかった。


「お前達に逃げられたお陰で、団長は狂ってしまったのだ!ここでお前を討てばそれも終わる!帝都に帰れる!」


「え、な、なにそれ?知りませんよ・・・」


ヒステリックに叫ぶ騎士を見て、シュウはとりあえず自分の知らないところで勝手に恨まれていることだけを理解する。
シュウ達の逃避行は確かに多くの人間に迷惑をかける行動だが、その結果全てをいちいち気にするつもりなどなかった。苦難があるのも、誰かしら他人を不幸にしてしまうのも覚悟の上なのだ。

「ッ!」

騎士の叫びは心からの物だったが、くだらない時間稼ぎである可能性が否定できなかったので、シュウは問答を終え瞬時に攻撃を仕掛ける。

騎士は剣を使うかと思ったが、狭い馬車の荷室の中では持て余すと瞬時に判断したのか、剣ではなく短刀を抜いてシュウの迎撃に入った。
判断もそうだが、行動も速い。伊達に帝国最強の騎士団に属しているわけではなかった。

ガンッ

最初にシュウの拳が騎士の顔面を撃つ。
フルフェイスの兜をかぶっているのでダメージが通ることはないが、一瞬騎士の顔が仰け反る。シュウはその僅かな隙をついて一気に懐に入り込み、今度は顎に向けて掌底を放った。


ガァンッ


シュウの掌底をもろに受けた騎士は、意識を保ってはいるが朦朧としていた。


(とことんタフな防具、そして騎士だ!)


シュウの拳は並の鉄製の兜くらいなら粉砕する。だが、最初に鉄拳をもろに受けたはずの騎士の兜はへこんですらいない。
そして掌底も本気で打った。兜を破壊しないまでも、それが頭に装着されている以上、打った衝撃は脳や首に少なくない負荷を与えるはず。実際、首の骨が折れるほどの渾身の力をシュウは込めた。相手が相手、そして状況が状況なので、殺さないよう手加減する余裕など皆無なのである。

だが、白金の騎士団の装備しているオリハルコンの鎧は、シュウの想像を遥かに超えて優秀な防御力を誇っていた。
シュウの打撃による振動を大きく吸収してしまっている。


(くっ、ここまでとは!)


この鎧は帝国が種族を問わず兵器開発の優秀な研究者を集めたことで、世界でも武具開発では最高レベルと言われる『陸戦廠』の開発した最高傑作と呼ばれるものの一つである。

オリハルコンという武具に非常に適した伝説級の物質をふんだんに使い、防御魔法の術式を細部に至るまで練り込んでいるこの鎧は、防刃、防爆、防火、防振、およそあらゆる攻撃をも無効化する性質を持つ。
ドワーフの巨匠が拵えた鎧、世界トップクラスの魔科学技術者が錬りこんだ防御術式、この最高技術の集大成が白金の騎士団の纏っている鎧なのだ。

図体がでかく、強靭な筋肉や皮膚、鱗で覆われた魔物と対峙したことのあるシュウも、自分と同じ人間サイズでありながらここまで極端に硬い相手とはほとんど相手をしたことが無かった。
攻撃は間違いなく入っているのに、手ごたえが今一つという相手と打ち合うのは、シュウにちょっとした恐怖と焦燥感を与える。


「ッ」


しかし、立ち止まってもいられない。
シュウと対峙したのとは別の騎馬隊がいつの間にか馬車に取り付き、短刀を抜いて斬りかかる。

だが、その短刀が届くより先にシュウの後ろ蹴りが騎士の顔面を捉えた。


ゴッ


これも手加減なしだ。兜ごと首から上を吹き飛ばすつもりで蹴り抜いたし、普通なら実際にそれが出来るはずだった。
しかし、騎士は大きくよろめくだけで頭は残っている。兜は無傷。
とことん硬くて厄介な白金の騎士に、シュウは舌を巻いた。


「おのれっ!」


蹴られた騎士が頭を振りながら、どうにか立ち上がる。
二対一。状況は実に悪く、シュウは冷や汗を流した。

だが・・・


「ん?」


後から来た騎士の短刀を持つ手に、横からスッとフローラが手を添えた。


「ふ、フローラ様・・・?」


「あ、そういえば貴方の存在をちょっと忘れてたわ」と言いたいのを堪える騎士は、何やらいつくしむような目をしながら手を添えてくるフローラを見て、兜の中の素顔を真っ赤にさせながら慌てふためいた。


(な、何故俺の手を取る・・・?あぁ、それにしても見れば見るほど美少女だ)


実のところ何気にフローラに懸想していた騎士は、突然彼女に触れられたことで呑気にも舞い上がっていた。
これが、この騎士の一瞬の春だった。


メキメキ、ボキン


そんな音とともに、彼の中に一瞬芽生えた春は終わりを告げた。
フローラの手によって騎士の腕はまるで枯れ木のように、いともたやすくあらぬ方向にへし折れたのだ。
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