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忘れかけた顔

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フローラが提案した認識阻害魔法をしかけた上での白金の騎士団の先遣隊への奇襲は見事成功し、シュウは騎士二人を昏倒させることに成功した。
一人だけ逃がしてしまったが、それでも瞬間的余裕を得ることが出来たのは大きかった。


「追わなくて良かったんですか?」


騎士が一人仲間を呼ぶために戻るのを、あえて見送ったシュウにフローラが訊ねる。


「敵がどれだけいるか把握し切れてませんから。それに・・・」


シュウは昏倒している騎士にチラリと視線を向ける。

騎士達はシュウの奇襲を受け倒れた。
あらゆる剣、爆炎、衝撃でも傷をつけることすら至難とされるオリハルコンで作られた鎧を着こんだ騎士は絶対なる防御力を持っているが、シュウは掌底打ちによる震動を使い、鎧そのものではなく、その先の人体そのものに攻撃を通す技を使ってのけた。震動による脳震盪や内臓へのダメージを狙った攻撃である。
実際にシュウの攻撃を受けた騎士は昏倒しているが、鎧には傷一つついていない。これはシュウの奇襲が大成功したことを意味している・・・が、


「思ったより攻撃が効いていない気がします。これは厄介ですよ」


シュウは騎士に攻撃を打ち込んだ時、攻撃はもろに入っているはずなのに、今一つ手ごたえが完全ではなかったという実感があった。
どうやら白金の騎士団の鎧は硬さだけでなく、震動の吸収性能も高いようだとシュウは戦慄する。徒手空拳で戦うシュウとはとことん相性の悪い相手だと。

今回は完全に奇襲が成功したから二人を即座に眠らせることが出来たが、これがもしまともにぶつかりあったとしたならどうなっていたか。一人とて倒すことが出来ずに、今でもぐずぐず戦闘が長引いていたのではないか?そう思えてならなかった。

それが一時撤退する騎士を見逃した理由である。
追いすがったところで昏倒させるどころか悪戯に時間を引き延ばし、仲間がやってくるリスクだけが増大していた可能性があった。


「フローラ。行きましょう」


「はいっ」


騒ぎを聞きつけて様子を見に来て呆然としている使用人達に一礼する暇もなく、シュウ達は一人残した騎士が去って行った方向とは逆へ向かって走り出す。


「ま、待てっ!」


瞬間、昏倒していた騎士がもう目を覚ましたのか、シュウ達に向かって叫んでよろよろと起き上がっていた。


(回復が早い!)


シュウは走り出しながらちらりと騎士を一瞥して眉を顰める。
鎧によって攻撃が緩和された挙句、元々の騎士の肉体が強靭なのもあってなのか、どうやら気を失ったのは一瞬だけのようだった。

シュウ達は裏口から外へ出ると、そのまま森へ向けて走りだす。
そのときだった。


バシュウ・・・ドンッ


屋敷上空に向かって、信号弾が放たれた。
白金の騎士団本隊へ送った先遣隊の『標的ヲ確認セリ』という意味の信号である。


「やれやれ、いよいよ始まりましたか」


信号弾の正確な意味はわからないシュウだが、それでも状況が悪くなっていることだけはわかる。恐らく騎士団本隊がやってくることも。
ホワイトキングどころか普通の馬さえない状態で、果たして逃げ切れるのかどうか--見通しは実に悪いと言えた。


「おい、お前達!早く乗れ!」


だが、絶望に打ちひしがれるシュウに、救いの手が差し伸べられた。
突然馬車が猛然とやってきたかと思うと、シュウ達に横づけしてきたのである。馬車を動かしていたのは、恰幅の良い男だった。


「えっと・・・」


「おい、うっそだろ?ワシのこと忘れたんじゃないだろうな?」


シュウとフローラが訝しんだ顔をしているのを見て、男は心外だとばかりに肩を竦めた。


「ワシはトラヌドッグだ!盗賊・・・この屋敷の連中に襲われる前まで、この馬車でここまで運んでやっただろう?」


「あ、ああ・・・っ!」


失礼にもようやくシュウ達も合点がいった。はっきり言ってすっかり存在を忘れていたのだ。
何故だか知らないが、実際はそれほど顔を見なくて間が空いているわけでもないのに、二か月弱ほど会っていなかったようなそんな気がしていた。
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