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シュウが地下室で研究・・・ならぬ拷問を行っている間、屋敷の中では重苦しい空気が漂うことが多かった。
これまで病に伏せり、自室で療養することしかなかったルーシエが出歩くようになり、いろいろ目にすることで知らずにいたことを知ったことが原因の一つだった。


「皆はどうして大怪我をしているの?」


山賊としてポーションの強奪を担っていた男衆は、一人を残してシュウに大怪我を負わされていた。アポロに至ってはいまだにベッドで唸っている。それらを見てルーシエは当然の疑問を抱く。

打撲の跡などは低位のポーションでも癒すことが出来るが、骨折などの大怪我を短時間で治すには高位のポーションないし回復術が必要である。
屋敷には高位ポーションはおろか、低位ポーションもなく、また高位の回復術の使い手もいなかった。
フローラなら回復してやることが出来るが、一度は襲撃した気まずさがあるために誰も彼女にそれを頼むことは出来なかったし、フローラも応じたかは怪しい。

シュウとフローラは屋敷に滞在しているが、彼らにしてみればまだ山賊・・・いや、屋敷の使用人達全員は味方とはっきり決まったわけではない。ただシュウの探求心のために押しかけ、治療しただけに過ぎないのだから。

ルーシエ達の治療が終われば、屋敷の連中は山賊行為の口封じを兼ねて暗殺・・・その可能性は十分にあるので、フローラも決して気を許すわけにはいかない。だから怪我についてはフローラも回復してやろうなどとは考えもしなかった。少なくともシュウが地下室から出てくるまでの間には、男衆には戦闘不能のままでいてもらわなくてはいけないのだ。


だが、この状況を理解していないルーシエは当然のように疑問を抱いた。
使用人達はルーシエの父、元伯爵にすら自分達の行いについて説明していなかったので、怪我をした理由について何一つ話すことが出来なかったのである。


「ねぇ、皆どうしたの!?」


ルーシエがどれだけ聞いても、誰もが口を噤んだ。「お二人の命を救うために、ポーション商人を襲撃していたのです」などと話せるはずもないからだ。

ルーシエの父、元伯爵バロウだけは何かを察したが、今はまだ聞くときではないとして口を閉ざしていた。だが、ルーシエは違う。意味不明な怪我をし、そのことについて口を閉ざす使用人達に不信感を抱き、そのことで屋敷には微妙な空気が流れていた。


「まぁ、この件が一段落したら話さなければいかんな」


山賊隊のリーダーを務め、唯一無傷だった執事長の男が使用人達間で開かれた緊急集会でそう言った。山賊隊とメイド達は皆沈痛な表情でただ黙ってそれを聞いていた。


「いつまでも隠し通せるものではないし、いずれ俺達のやった行為について捜査が及ばないとも限らない」


「旦那様達も助かったことだし、我々はきちんと出頭して罰を受けるべきだ」


「それが旦那様達に迷惑をかけない方法だ」


男衆は皆、執事長が言ったことに同意した。
これまで何十回に及ぶ山賊行為により死者こそ出していないが、その被害額はかなりのものになる。
ガリングの法では処刑になることはないが、犯罪奴隷として鉱山などでの強制労働が科せられることが予想された。強制労働に従事する者は大体は数年で体を壊し、やがて死に至るが相場と決まっている。ある意味では処刑よりも厳しい罰と言えた。

実質的な死刑を覚悟し、出頭しようとする男衆に、メイド達女衆は何とも言えない表情で口ごもっていた。
女衆は男衆がやっていたことを知っている。実際に手を貸したわけではないが、少なくとも立派な共犯と言える状態だ。

だが、男衆は彼女達のことを憲兵に話すつもりはなかった。
女衆まで憲兵に出頭したのでは、残されたルーシエ達が困るからだ。誰かが残らなければならないが、泥をかぶるのは実行部隊だった男衆だけで良い・・・そう思っていた。
だがこれまで苦楽を共にしてきた男衆を、ただ自分達は見送るだけでお咎め無し、というのも女衆は受け入れられなかった。

病から解き放たれた主たちに泥をかぶせるわけにはいかないから、憲兵に出頭して身綺麗になろうという男衆。

男衆の言い分は理解しつつも、自分達だけがお咎め無しという状況に納得がいかない女衆。

屋敷では両者の話し合いは答えという答えが出るはずもなく平行線をたどり、これもまた屋敷の空気を重くしている原因であった。


ドカドカドカ・・・


この日もルーシエ達に内緒で行われた話し合いは膠着状態になっていたが、その空気を打ち破る荒い足音が、彼らがいる部屋に近づいてきて一同はハッとする。


バァン


扉を大破させるほどの勢いで乱暴に開けたのは、フローラだった。


「シュウ様が地下室から出てきました!ただちにお風呂の用意をお願いします!」


ここ数日シュウが籠っていたことでずっとピリピリし、何人たりとも寄せ付けなかったフローラが、溌剌とした様子でそう叫んだ。
使用人達一同はただちに散開し、フローラが言う通りに動き出す。

話合いで緊迫した空気にあった彼らとて、アポロの腕を躊躇いなく枯れ木ようにへし折った恐ろしいフローラの言葉に逆らおうなどと言う者はいなかった。
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