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取り立てと破戒僧

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「シュウさん。これまで飲み食いした中で、ツケにしておいたのが大分あるんだよね。それの清算をしてもらって良いかい?」


女将はニッコリと笑みを浮かべながら、紙の束を持ってきた。


「こ、これは・・・」


これまでどれだけ飲み食いしてきたんだよ、と自分で自分にツッコミを入れたくなるほどの金額がそこには書かれていた。
確かにいくらかツケで飲み食いした気がする。不当な請求だとは思わなかったが、数年分が一気に請求されるとこれだけの金額になるのかと、シュウの口から思わず溜め息が漏れた。

「・・・」


ほんの少し、ほんの少しだけ「もう神官じゃないし、王都から出る身だし逃げようか」などという魅惑がシュウの頭を過ぎる。
しかし『貴方も目指そう!スローライフ』では、スローライフを目指すにあたって注意書きがされていた。

・当たり前のことですが、金のトラブルは後まで引きずる上にスローライフに致命傷を与える要因になりかねません。必ず清算するべきです。

と。
当然だ。金のトラブルを放置すれば追っ手が来るだろうし、そうでなくてもツケの支払いから逃げれば犯罪者だ。それはスローライフ以前の問題ではないか。


「もちろん、お支払いしますとも」


逡巡こそあったが、シュウはツケをこの場で払うことにした。幸いにして現金はたんまり持っている。ツケを支払ったところでまだまだ金は残る。
しかし・・・


「シュウ!聞いたぜ・・・王都を離れるんだってな。寂しくなるぜ」


女将にツケを支払ったシュウの背後から、話しかけてくる男がいた。
別の酒場の店主だった。
あれ?この店主に自分が王都を離れることを言ったかな?言ってないよね?とシュウは気にはなったが、次の店主の一言でそんなことは頭から吹き飛んだ。


「最後にツケだけ貰おうと思ってな。餞別だと思っていくらか負けておいておくぜ」


店主は笑顔でそう言うが、シュウは内心「ツケ過ぎだろ過去の自分!」と過去の自分の恨む。


「もちろん、お支払いします」


しかし安定したスローライフのために、シュウは逃げることなくツケを清算する。
しかしツケを払うと、また他の酒場からのツケの催促がやってきた。それが何度か重なり、恐ろしいことに元々あった大金はツケの清算だけで五分の一にまで減ってしまう。


「な、なんて愚かなことをしたのだ・・・過去の私は・・・」


シュウは『光の戦士達』に属していた頃は羽振りが良かった。それもあり、酒で気分が良くなると、ついうっかりパーっと使ってしまうのだ。現金で足りない分はツケとなる。
そうしたって返せるだけの収入があったのだから。
しかしそれが数年分重なり、一般家庭なら破産するほどの債務の塊となって最後の最後にシュウに襲い掛かった。

「うぅ・・・皆どうして今日になって一斉に取り立てに来たんだ・・・いや、払わないといけないものだが・・・」

スローライフの指南書には金銭的なトラブルは残すなとあった。だから払わないといけないのだが、知らずに不払いで帝都を離れる分には良かったのかもな~ などともう叶わない妄想をしてシュウは涙を流す。
そのときだった。


「む・・・」


シュウは視界にあるものを見つける。
それは酒場の隅で、腰に剣を下げた冒険者らしき少女が、ガタイの良い同じく冒険者風の男に絡まれている様子だった。
少女は嫌がって手を振りほどこうとするが、男の手が離れることはない。周囲の冒険者はそれを見て見ぬふりだ。冒険者の男はこの辺りでも少しばかり有名なタチの悪いゴロツキなので、皆触らぬ神に祟りなし、といった風だった。


「あぁ、シュウさん。あれはね。ちょっと執念深くて面倒なゴロツキで有名なやつなのさ。最近まで遠くの刑務所に入っていたみたいだから、シュウさんは知らないかもしれないね」


シュウの視線に気が付いたのか、女将がシュウに教える。


「揉めた相手のことは絶対に忘れずに、寝ているときも冒険しているときも張り付いて報復の機会を伺うっていう質の悪いやつなのさ。腕っぷしも悪くないし、あまり関わらないほうが賢明だよ。あのお嬢ちゃんには悪いけどね」


女将はそう言って、何事も無かったかのように仕事に戻っていく。
誰の助けを借りられないことを悟った少女の顔が絶望に染まっていく様子を見て、シュウは「はぁ」と小さく溜め息をついた。


「やれやれ・・・こんなときに」


シュウは涙を拭うと、ゆっくりと少女達のところへ歩み寄る。


「強引なナンパですね。あまり関心しません」


少女の手を捕まえている男に対し、シュウは言った。ピタッと酒場の喧騒が止まる。


「あぁ?なんだお前ぇ!」


横槍が入って苛立っている様子で男が威嚇する。
身長の高めのシュウと比較しても、更に大柄の男であったが、シュウは怯えることなく笑顔のままで話を続ける。


「いやなに・・・私がそのお嬢さんを一目で気に入りまして。貴方はどうやら彼女のお眼鏡に叶わないようですので、どうか引き下がって私に譲ってはくれませんか?」


「はぁ・・・?んだよてめぇは・・・聖職者が俺に説教か?」


男は少女から手を離すと、シュウに詰め寄った。
ちなみに男がシュウに対して聖職者と言ったのは、今でも法衣を身に纏っているからだ。長年この姿でいるので、今は法衣しか服がないのである。


「そうですね。どうか大人しく話を聞いて引き下がってくれるというわけにはいきませんか?」


まったく怯むことなく、穏やかな笑みを浮かべたまま面と向かって言ってくるシュウに対し、男はいよいよ苛立って我慢が出来なくなってきた。ナメられていると思ったからだ。


「なぁ坊さんよ。俺が説教をして言う事を聞くようなやつに見えるか?」


男は脅す意味も込めて拳をボキボキと鳴らしてみせるが


「見えませんね」


笑顔のままあっさりとそう返すシュウに、ついにいよいよ堪忍袋の緒が切れた。


「てめぇ!ナメてんのかこら!!」


男はシュウの胸倉を掴み、右の拳をシュウの顔面に叩き込もうとする。
が、その瞬間--


「がばぁ!?」


男の顔面にシュウの拳が打ち込まれ、男の体は宙を舞い、酒場の壁にめり込んだ。


「あー、すみません。私、聖職者は聖職者でも破戒僧だったもので、説教よりも体罰のほうが得意なのですよ。まぁ、元、なんですけどね」


シュウはそう言いながら、いつも浮かべているそれと少しだけ違う邪悪な笑みを浮かべて、悠然と男を見下ろした。
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