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スローライフしましょう

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「あら、シュウさん今日は早いのね。まだ夕方よ?」


シュウは湧き上がるテンションに任せるまま、いつもならパーティーの他のメンバーが床に入ってから行っていた酒場に顔を出した。
そんなシュウにすっかり顔なじみの酒場の女将が意外そうな顔をして迎える。


「ええ。もう隠れて飲む必要もないのですよ。ビール・・・それと肉を」


シュウは注文をすると、ドカッとテーブルにつく。
また明るい時間から酒が飲める。たったそれだけのことがシュウには嬉しかった。これまで『光の戦士達』に属していたときは、決まりによって飲酒を表立ってするわけにはいかなかったのだ。
別に『光の戦士達』にそういった規則があったわけではない。司教レウスがシュウをライルの元に派遣する際に取り決めたことだった。


・勇者パーティーとして、恥じるような行いはしないこと。例:飲酒、喫煙、賭博を禁ずる。
・勇者ライルのサポートである以上、ライルを立てるように行動すること。決して自分がライルより目立つようなことをしないこと。
・パーティーの調和に努めること。特に人間関係に気を配り、必要に応じてサポートせよ。
・レーナとは婚約内定者であるが、婚約の儀も行っていないので性接触はしないこと。
・レーナが勇者ライルと懇意になりそうであれば、それの邪魔をしないこと。むしろ必要に応じてサポートすること。
・勝手にパーティーから抜け出るようなことがないように、レーナの動向には気を付けること。
・レーナとの性接触は不可だが、別の女性との性接触も禁ずる。レーナとは一応婚約内定者同士なので当然である。



ザッと上げるだけでも、司教レウスがシュウに守れと言ったことはこれだけあった。
思えば滅茶苦茶だとシュウはつくづく思った。体がいくつあっても足りない。過労死する。
事実、『光の戦士達』に属してときはシュウは気が気でならない生活を繰り返していた。深夜に抜け出して好き放題やっていたが、むしろそれくらいの息抜きがなければ精神が壊れていたとシュウは考えている。

というかレーナと婚約内定者であるというのが謎過ぎる。
向こうがライルとくっつくことは許容するのに、自分がレーナと既成事実を作るのはおろか、他の女のエッチしては駄目。婚約の悪いとこ取りだ。・・・いや、これはもはや婚約などと言えるのだろうか?体の良いキープ君ではないか。ずっとそう思っていた。


特にパーティーを結成してからしばらくすると、メンバーに女性が増えたのが問題だった。というかライルが趣味により増やした。
女性が多くなり、長旅をするとなると自然とラッキースケベに出くわす機会がある。これがまた情欲が強めのシュウにしてみれば生殺しであった。パーティーの女性に手を出すことができない以上、もう娼館に行かず発散しろという方が無理だ。


「っはぁ~~~っ!」


ゴンッ


出されたビールを一気に飲み干して、シュウは大きく溜め息をついた。
『光の戦士達』から追放されたことそのものについてはもう良い。むしろ人権無視の規則に縛られた生活から楽になったのだから。
しかし、追放される際のメンバーの態度には中々堪えるものがあった。


「もう少しうまくやっていけていると思ったんですがねぇ・・・」


ビールのお代わりを注文して、シュウは皿の上に乗った肉を口に運ぶ。
お代わりが届くと、シュウはそれを即座に一気に飲み干した。


「もう一杯!」


更にお代わりを注文すると「今日は特に荒れてるねぇ」と女将が苦笑いをした。


「荒れもしますよ・・・はぁ」


シュウの脳裏には今日パーティーを追放されたときの光景が蘇っていた。
誰もがシュウの追放について反対の意を唱えなかった。そのことがシュウには少なからずショックだった。何しろ追放を言い出したライル、無口でろくに会話もしたことのない賢者アイラはともかく、他のメンバーとはそれなりに仲良くやってきていたつもりだったからである。
『パーティーの調和に努めること』この言いつけに従ってというのもあるが、レーナのみならず、サーラやアリエスとも積極的にコミュニケーションを取ってきた。共に笑い、苦労し、それなりに絆を強めてきたつもりだった、


「そりゃ、私はもうお荷物かもしれませんがねぇ・・・」


ダンッ


更にビールを空にするシュウ。


「女将、もう一杯ください」


そう言い終えるが先か否か、すぐにシュウの目の前には新しいビールが用意されていた。それをぐいっとあおるシュウ。


「・・・いや、当然といえば当然か」


シュウは考えた。
彼はずっとパーティーメンバーに自分の本性を偽ってやってきた。結果としてバレバレではあったものの、ずっとメンバーに対して偽ってきたという事実は変わらない。
ずっと自分を隠して来た嘘つき野郎・・・そういう風に見られるのは仕方がないことであった。事実なのだから。


「あー、やめやめ。もう過去のことは忘れましょう。考えるのは次のこと!」


シュウは気を取り直して思考を変えることにした。
ちなみにシュウは酒を飲むと感情のブレが激しくなり、喜怒哀楽がころころ変化しやすくなる。


「次のこと・・・私のやりたいこと・・・冒険者・・・?」


シュウは自問自答する。
神官である身から勇者ライルの元に派遣され、冒険者として生きてきた。それはシュウが優れた回復術師であるという理由からだ。
当初こそライルはシュウの能力の世話になったが、今ではよりレベルの高い法術師であるアリエスどころか、攻撃魔法と回復魔法の両方を使える賢者アイラにも及ばない。これがライルがパーティーを首になった理由の一つだ。

それがシュウもわかっているだけに、正直なところ冒険者としてやっていくだけの自信はあまりなかった。それに年齢も27歳。冒険者界隈では一般的にもう伸びしろのないと言われる年齢だ。もちろん例外もあるが、それはほんの一握り。
これからは自分の老いを噛みしめ、下り坂に入るだけだとわかっているのなら、もう冒険者としてやっていく気にはなれなかった。


「と、すると、私が他にやりたいこと・・・」


シュウの脳裏にうっすらと浮かび上がってくるビジョン。
やりたいことといえば、ずっと彼には「将来はこうしたい」というものがあったことを思い出していた。


「スローライフ・・・」


シュウが憧れていたのは、のどかな田舎でのスローライフだった。
『貴方も目指そう!スローライフ』という、元一流冒険者が筆者であるスローライフ推奨本を偶然見つけ読んで以来、シュウはずっといつか本の通りにスローライフを実現したいと考えていたのだ。使命と世間体、そして勇者パーティーとしての過酷な冒険者業によって疲れていたシュウが夢みていたものだった。


「そうだ。スローライフしよう」


聖紋がある以上は神官やらなきゃいけないし・・・と考えていたシュウは、いつしかスローライフの夢を諦めてきた。
だが、今なら叶えることが出来ると気が付いたのだ。何しろ身分の縛りはもうないどころか、十分な金まで持っているのだから。


「おや、シュウさん良い笑顔になってきたじゃないか。何か吹っ切れたのかい?」


女将さんが笑いながらそう言い、サービスのツマミをシュウのテーブルの上に置いた。


「ええ。これからの道が決まったのです。この酒場で飲むのもこれが最後かもしれません」


ここはシュウが何度となく飲みに来た酒場。
思えばフローラに「教会のストレスは酒で解消するのが一番ですよ」と、未成年相手にこっそり酒の味を教えてやったのもこの酒場だった。
いろいろな思い出の詰まったこの酒場も最後になるかな、と思うとシュウには感慨深いものがあった。


(フローラ・・・)


自分を先輩として慕ってくれた後輩ともう顔を会わせることは無くなるのか・・・とシュウは少しだけ寂しい気持ちになる。
だが、このまま王都にいても聖女として生きていく彼女とは元より違う道を歩むことになる。
後になってフローラが心変わりすることで寂しい思いをすることになるのなら、良い思い出を抱えたままサヨナラしたほうがマシだ・・・と納得してシュウは寂しい気持ちに蓋をした。



「最後か・・・そうかい、寂しくなるね」


女将さんはしんみりとした雰囲気でそう言うと、一転して笑顔になってこう続けた。


「それじゃ、しっかり清算するべきものを清算してもらわないとね!」


「えっ・・・?」




シュウにとって計算外の出来事が、この後起きることになる。
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