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可愛い後輩とお別れ
しおりを挟む「うぅ・・・」
司祭レウスの部屋から出てきたシュウは、はだけた服をそのままに胸元を隠すようにくねくね歩き、これ見よがしにすすり泣きながら歩いて教会内の注目を集めていた。
「シ、シュウ殿・・・その、いかがなされた?」
異様に気になって仕方がない一人の神官がシュウに何があったのかを訊ねた。周囲にいるシスター達もソワソワしながら聞き耳を立てている。
「穢されてしまいました・・・!(破紋によって)」
「えっ?」
「司教様が突然私の服を破いたかと思うと・・・あ、いえ、他言無用と言われているのでこれ以上は」
「いえ、それもう言ってるも同然ですよ・・・って、え?司教様が??」
「すみません、口止め料まで貰っているのでこれ以上は・・・!」
「口止め料?まさか司教様が・・・」
「すみません。私は今日よりお暇することになりました・・・それではこれで!」
そこまで言ってシュウは恥辱で顔を隠す仕草で去っていく。
シュウがわざと断片的にこぼした言葉を聞いていた者達はいろいろと邪推し、結果として司教に男色の気があるという噂が実しやかに流れ、司教の出世は更に遠のくことになったのであった。
もちろん、全てシュウが去り際に仕掛けた嫌がらせである。
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「はぁ・・・なんてことだ・・・」
教会を出たシュウは深く溜め息をついた。
最後に嫌がらせをしていくらか溜飲を下げたものの、これからの身の振りのことを考えなければならなくなった現実は変わらない。
『光の戦士達』にいたときは冒険で得た収入はパーティーメンバーで均等に分けられていた・・・それに加えて神官としての使命としてパーティーに派遣されていたので、手当と俸給も貰っていたのである。大きな声では言えないが、シュウはこれまで下手な下位貴族よりも収入があった。
それが今やゼロである。
シュウは収入が高いのを良いことに人目を避けつつ飲む、打つ、買うを金の許す限り堪能していたが、これからはそれも望めない。
せめて神官としての地位さえあればと悔やむが、司教の怒りと失望を買ってしまったのではどうにもならない。
破紋された教徒が教会で生きていくことは極めて難しい。罪人の烙印を押されたも同じだからだ。
「これからどうしたら・・・」
「シュウ様!」
シュウが項垂れていると、そこへ一人の少女が走ってやってくる。
「フローラ様」
息を切らしながらシュウの元へ走ってやってきたその少女は、長く透き通るような美しい金髪を靡かせた美貌の持ち主である・・・聖女フローラだった。
フローラは17歳でありながら、教会の象徴とも言える絶大なる力を持つ聖魔法の使い手『聖女』である。
かつてはシュウの後輩として彼に指導を受けていた時期もあるが、今では遥かにフローラの方が教会内での立場としては上だった。
建前としては司教より位は下だが、実質的な権力は遥かにフローラがその上をいっている。
「もう!様付けはやめてほしいっていつも言っているではありませんか!」
フローラはシュウに様付けで呼ばれたことに不服を唱える。
「私のことも様付けしないで欲しいと言いましたよ?」
「シュウ様は私の先輩だから良いのです!」
聖女らしからぬ返答に、シュウは思わず可笑しくなってフフッと笑った。
聖神教会の聖女は数人いるが、誰もがフローラよりも年上で、また貫禄がある。そしてシュウのような下位の者に話しかけるなどということは決してしない。目を向けることすらない。実質的には法王の次くらいの力を教団では持っているのだから当然だった。
だがフローラはまだ聖女になって一年ほど・・・まだ一介の教徒だったときの調子が抜けていないのか、それとも元々の性分なのか、今でもフローラは分け隔てなく人と接している。
フローラは若く教徒としての歴は短いが、それを補って余りあるほどの魔力を持ち、稀代の天才と呼ばれるほどの聖魔法の使い手であることが判明したことで聖女に大抜擢されている。
だからこそまだフローラは純粋で、そこをシュウは微笑ましくも思っている。
「やれやれ。聖女様ともなったというのに、貴方は相変わらずですね。走るなどはしたないですよ?」
そこに全速力で走ったフローラに離されてしまったと思わしき侍女や護衛騎士が、彼女の姿を見つけて走ってくる。
息を切らしてばたばたと全速力で走る聖女など見たことありませんよ、とシュウは言ってククッと笑った。
「フローラ様・・・!一体どうされたのですか!?」
汗を浮かべる護衛騎士が訊ねるが、フローラはずっとシュウを見ているだけでそれに返事をすることはなかった。
フローラはキッとシュウを睨みつけると、口を開く。
「シュウ様!教会をお去りになると聞きましたが、本当のことでしょうか!?」
もう噂が広まったか、とシュウは感心しつつ頷いた。いや、それにしても少し早すぎる気がしないでもないが、それでもシュウは笑顔を作って言った。
「ええ。これまでお世話になりました。フローラ様のご健勝を祈っていますよ」
「そんな!」
フローラは両手で頭を押さえてショックを受ける。
「シュウ様!それじゃあ本当に教会から出て行ってしまわれるのですか!?」
「えぇ、私は既に『破紋』された身ですから」
「そんな・・・」
『破紋』の意味をよく理解しているフローラは絶望に顔を強張らせる。
そこへシュウは、普段なら恐れ多くて出来ぬことだが、「どうせもう部外者なのだから」と、スッと手を伸ばして落ち着かせるようにフローラの頭を撫でる。
「貴方はこれからより高みに昇ることになる。それにつれて多くの出合いと別れを経験することでしょう。今回のはその一つに過ぎません。囚われ過ぎず強くありなさい、フローラ」
シュウはそう言って、優しく笑いかける。
かつてフローラが後輩としてシュウに教えを乞うていたのは、彼女が10歳の頃だった。
フローラは入会時に出自が明かされていなかったが、噂で平民の、かつ犯罪者の子であると言われていた。その噂によって教会でも彼女への当たりは強く、それなりに厳しい先輩虐めを受けていたフローラに優しくしていたのは、シュウだけであった。
泣いているフローラをシュウは良く頭を撫でて泣き止ませていたが、彼女は今その頃のことを思い出していた。
自分の支えであったシュウがいなくなることが悲しかった。
「シュウ様・・・っ!」
フローラは目の涙を溜めながら、頭に乗っているシュウの手を取って強く握る。
そうしてしばらくフローラは黙り込んでいた。
「フローラ様・・・あの、そろそろ・・・」
「人の目もありますので・・・」
帝都でも有名な聖女が往来で男の手を握っている・・・そんな光景にギャラリーが湧かないはずがなく、侍女や護衛騎士がフローラを止めようとする。
だが、聖女であるフローラに無理強いする権利は彼女らにはない。どうしたものかと途方に暮れているのを見て、シュウは意を汲んで自分から手を離した。
「それでは、さよならです」
そう言って踵を返そうとするシュウに対して、フローラはスッと近づき、顔を近くまで寄せると
「最後に、『あの場所』に今夜来てくれませんか?私なりのお礼がしたいのです」
と、二人にしか聞こえないほどの小声で言った。
「絶対ですよ。後輩の最後の我儘、聞いてくれませんか?このままでは私、前に進めません」
最後にそれだけ言って、シュウの返事を待つことなく、フローラは踵を返してその場を去って行った。
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