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賢者リノア

命拾い

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リノアは魔法を封じられて監禁されているという自分が不利な状況の中、あえてトマスを傷つける発言をして挑発していた。
それはトマスの油断を誘うためのもの。十分に無防備な彼を引き付けるためのもの。


「リノア!」


トマスはリノアの思惑通り激昂した。
張り手を食らわせようとしているのか、ズカズカとリノアに勢い良く近づいてくる。

その時だった。


「!?」


トマスは信じられないものを見た。
リノアの手から発せられたチカッとした光。


(魔法・・・?馬鹿な・・・?)


リノアは魔法が使えないはず!と、トマスが疑問に思ったのは一瞬だった。


カッ


眩い閃光がトマスに向けて放たれる。

それは凝縮した光線魔法。光属性を持つそれは、直撃すれば幾重にもかけられた魔法障壁ですら貫通する威力を誇る。
それが今、トマスの体を貫こうとしていた。


「ひっ!」


トマスは思わず目を瞑った。
が・・・


「・・・嘘・・・」


絶望した表情を見せたのは、トマスではなくリノアだった。
リノアの放った光線は、命中する寸前で屈折して大きく上方へ軌道を変え、トマスではなく天井を貫いて大穴を空けていた。
リノアの魔法は失敗したのだ。


「は・・・ははっ・・・」


腰を抜かしそうになっていたトマスは、乾いた笑いを浮かべながらもどうにか気を取り直す。

リノアは思わず後ずさり、トマスと距離を取った。


それを見たトマスは、数秒ほど様子を見た後に自分の身に迫った危険が去ったことを理解し、勝気な笑みをリノアに向けた。


「危なかったよ。まさか封じていたはずの魔法を撃ってくるとはね。けど、もう撃てないんだろ?」


リノアは無言だが、ぎゅっと唇を結んで身構えている。それが答えだとトマスは理解した。
彼女が身に着けている魔封じの魔道具は健在だった。何かのトリックで一度だけ攻撃魔法が使えたみたいだが、失敗に終わった今、リノアに脅威はない。


「まさか・・・と思ってはいたけど、万が一のために魔法攻撃を一度だけ『逸らす』護符を身に着けていたんだ。実にマニアックで高価なものだけど、役に立ったみたいだね」


トマスはそう言って懐から焦げ付いた紙切れのようなものを取り出した。それは『魔避けの護符』と呼ばれる、ダンジョンで稀に手に入る古代の遺物である。
今は役目を終えて灰になろうとしているが、これを持つ者は一度だけいかなる魔法をも逸らすことが出来るアイテムだ。
現代技術では構造が解析できず再現不可能なロストテクノロジーの塊で、貴族がコレクションとして買い漁るので市場価値が極めて高く、上級の冒険者とて手にすることは滅多にない。

トマスの画策した作戦に乗ることになったセントラルギルドが、「万が一のために」とトマスに持たせたものだった。作戦には安くない投資をしているので、失敗は許されない。だからトマスが倒されることがないようにと、一応保険のつもりでギルドが貸し出したものでトマスも心配性ですねと笑ったのだが、結果としてこれがトマスの命を救った。
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