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プロローグ
『清』なるお人よし
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ゴウキたちが人混みの多い通りに差し掛かった時だった。
「おっと、すまんね」
余所見をしていた一人の男の通行人がクレアにぶつかりそうになった。直前になりクレアが躱し、男は謝罪の言葉を述べて立ち去ろうとする。
だが、その男の手首をゴウキが掴んだ。
「手癖が悪いな」
捕まれた男の手にはクレアが腰に下げていた金の入った袋が握られていた。男はクレアから金をスったのだ。
「勇者なのにその脇の甘さ、何とかならないのか」
「え、あれ?」
クレアはゴウキに言われてようやく自分の持つお金が腰元にないことに気付いた。
クレアは勇者で高い戦闘能力を持つが、従来彼女にとって戦うべき相手として考えていない同じ人間同士にはとことん無防備なのであった。
「い、いてぇ・・・!ゆ、勇者様だって!?ゆ、許してくれ!家族を食わせるために仕方が無かったんだ!」
きつく手首を掴まれ、どうにも離せないと悟ったスリは白々しくも同情を誘おうとした。
「ほぉ?他人様から盗んだ金で食わせるのか?」
「お、俺だってまともに働ける体なら真面目に働くさ!だが、騎士として仕えていたのに魔物にやられて怪我して以来、剣を握ることもできなくなっちまったんだよ!!」
「スリが出来るほど手先が器用なら、他にいくらでも仕事はあるだろう」
スリの言い訳など聞くに値しないと、ゴウキは掴む腕に更に力を込めた。
「い、いででででで!」
スリの悲痛な叫びが轟く。
「適当な嘘ついて逃れようとするなんざ、とことん同情に値しねぇな。ま、後は憲兵に再就職について相談してみるんだな」
このまま憲兵が来るまで待つか、屯所まで連れていってやろう・・・そうゴウキが考えたときだった。
「放してやれ、ゴウキ」
先ほどまでの気まずそうな態度から一転、クレアは凛とした表情でゴウキに向かってそう言った。
「あ?」
「彼は魔物の被害者だ。私さえしっかりしていれば、防げたかもしれない不幸を被ってしまった犠牲者なんだ。だから、放してやってほしい」
クレアはスリの白々しい言い訳を信じてしまっていた。
「アホか。こいつこのまま放したらまた同じことをしでかすぞ」
「も、もうしねぇ!心を入れ替える!俺が間違っていた!今度から真面目に働くよ!」
スリはゴウキの言葉にかぶせるようにクレアに対して訴えかける。
「私が不甲斐ないばかりに貴方には不幸な目に遭わせてしまった。けど、悪は悪です。反省し、これからは善の人になって下さい」
真顔でそう言うクレアにゴウキは頭を抱えたくなった。苦し紛れのスリの言い訳を心から信じている。彼の更生を本気で願っている。ゴウキが知るクレアの「人を信じすぎる」悪癖だ。
だが、クレアが許したからといって、ゴウキは手を放してやるつもりはなかった。
「クレア。いかに(嘘の)事情があろうとなかろうと、罪は罪だ。憲兵の元に突き出すのがルールなんだよ」
「だが・・・!」
「人々の模範となるべき勇者が、忖度でルールを破るのか?」
「・・・っ」
ゴウキの言い分にクレアは押し黙った。付き合いの長いゴウキはクレアを言い含める言い回しにも慣れていた。クレアは勇者としての責任感が強いあまり、一般的なルールや秩序を破ることを過剰に嫌う。これはゴウキが思うクレアの弱点の一つだが、今回ばかりは彼はこれを利用した。
「ちっ・・・!」
解放してもらえそうな流れから一転して憲兵に突き出されそうになったことに舌打ちをしたスリは、こっそりと掴まれていない方の左手を腰元に持っていき、隠し持っていたナイフを手に取った。
そして素早くそれを自分の手を掴んでいるゴウキの手に目掛け刃を走らせようとした瞬間
「本当に手癖が悪いな」
バキン
動きを察したゴウキは、怪力で掴んでいたスリの右手を握りつぶした。
「あっ・・・!?ぎゃああああ!!」
ひしゃげて骨が飛び出て、立ちどころに血を噴き出している己の右手を見て唖然としたあと、次の瞬間スリは激痛のあまり叫んでうずくまった。
周囲で見ていた通行人が「うげぇ」と苦々しい顔をする中、ゴウキは平静にスリを見下ろしている。
元より恐ろしい顔をしたゴウキが冷たく見下ろすその姿を見て、通行人達は「鬼だ」「魔物のようだ」と恐れをなした。
勇者パーティーには恐ろしい鬼がいる。ゴウキを見て人々はそう噂していた。
『清』なる勇者パーティーの『濁』なる異物。それがゴウキに対する認識だった。
「おっと、すまんね」
余所見をしていた一人の男の通行人がクレアにぶつかりそうになった。直前になりクレアが躱し、男は謝罪の言葉を述べて立ち去ろうとする。
だが、その男の手首をゴウキが掴んだ。
「手癖が悪いな」
捕まれた男の手にはクレアが腰に下げていた金の入った袋が握られていた。男はクレアから金をスったのだ。
「勇者なのにその脇の甘さ、何とかならないのか」
「え、あれ?」
クレアはゴウキに言われてようやく自分の持つお金が腰元にないことに気付いた。
クレアは勇者で高い戦闘能力を持つが、従来彼女にとって戦うべき相手として考えていない同じ人間同士にはとことん無防備なのであった。
「い、いてぇ・・・!ゆ、勇者様だって!?ゆ、許してくれ!家族を食わせるために仕方が無かったんだ!」
きつく手首を掴まれ、どうにも離せないと悟ったスリは白々しくも同情を誘おうとした。
「ほぉ?他人様から盗んだ金で食わせるのか?」
「お、俺だってまともに働ける体なら真面目に働くさ!だが、騎士として仕えていたのに魔物にやられて怪我して以来、剣を握ることもできなくなっちまったんだよ!!」
「スリが出来るほど手先が器用なら、他にいくらでも仕事はあるだろう」
スリの言い訳など聞くに値しないと、ゴウキは掴む腕に更に力を込めた。
「い、いででででで!」
スリの悲痛な叫びが轟く。
「適当な嘘ついて逃れようとするなんざ、とことん同情に値しねぇな。ま、後は憲兵に再就職について相談してみるんだな」
このまま憲兵が来るまで待つか、屯所まで連れていってやろう・・・そうゴウキが考えたときだった。
「放してやれ、ゴウキ」
先ほどまでの気まずそうな態度から一転、クレアは凛とした表情でゴウキに向かってそう言った。
「あ?」
「彼は魔物の被害者だ。私さえしっかりしていれば、防げたかもしれない不幸を被ってしまった犠牲者なんだ。だから、放してやってほしい」
クレアはスリの白々しい言い訳を信じてしまっていた。
「アホか。こいつこのまま放したらまた同じことをしでかすぞ」
「も、もうしねぇ!心を入れ替える!俺が間違っていた!今度から真面目に働くよ!」
スリはゴウキの言葉にかぶせるようにクレアに対して訴えかける。
「私が不甲斐ないばかりに貴方には不幸な目に遭わせてしまった。けど、悪は悪です。反省し、これからは善の人になって下さい」
真顔でそう言うクレアにゴウキは頭を抱えたくなった。苦し紛れのスリの言い訳を心から信じている。彼の更生を本気で願っている。ゴウキが知るクレアの「人を信じすぎる」悪癖だ。
だが、クレアが許したからといって、ゴウキは手を放してやるつもりはなかった。
「クレア。いかに(嘘の)事情があろうとなかろうと、罪は罪だ。憲兵の元に突き出すのがルールなんだよ」
「だが・・・!」
「人々の模範となるべき勇者が、忖度でルールを破るのか?」
「・・・っ」
ゴウキの言い分にクレアは押し黙った。付き合いの長いゴウキはクレアを言い含める言い回しにも慣れていた。クレアは勇者としての責任感が強いあまり、一般的なルールや秩序を破ることを過剰に嫌う。これはゴウキが思うクレアの弱点の一つだが、今回ばかりは彼はこれを利用した。
「ちっ・・・!」
解放してもらえそうな流れから一転して憲兵に突き出されそうになったことに舌打ちをしたスリは、こっそりと掴まれていない方の左手を腰元に持っていき、隠し持っていたナイフを手に取った。
そして素早くそれを自分の手を掴んでいるゴウキの手に目掛け刃を走らせようとした瞬間
「本当に手癖が悪いな」
バキン
動きを察したゴウキは、怪力で掴んでいたスリの右手を握りつぶした。
「あっ・・・!?ぎゃああああ!!」
ひしゃげて骨が飛び出て、立ちどころに血を噴き出している己の右手を見て唖然としたあと、次の瞬間スリは激痛のあまり叫んでうずくまった。
周囲で見ていた通行人が「うげぇ」と苦々しい顔をする中、ゴウキは平静にスリを見下ろしている。
元より恐ろしい顔をしたゴウキが冷たく見下ろすその姿を見て、通行人達は「鬼だ」「魔物のようだ」と恐れをなした。
勇者パーティーには恐ろしい鬼がいる。ゴウキを見て人々はそう噂していた。
『清』なる勇者パーティーの『濁』なる異物。それがゴウキに対する認識だった。
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