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第2の章 終焉への階段

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しばらく、一緒に過ごしても時雨という人間が少しもつかめていない。

あたしが、お子様だからなのか、時雨も本音で話しているようには見えなかった。


それなら、なんであたしと一緒にいるんだろう。

もう来るな、とあたしを拒絶してしまえば、あたしには術はなくなるのに。

あたしと時雨は一体、どこに向かっているんだろう。

「恋さんは時雨の過去を知っているんですか?」

あたしが訊くと、恋は一呼吸置いて、笑った。

「知らないよ。僕はそんなに、時雨に興味がないから」

サラリと口にする恋は、少し寂しそうに見えた。

「時雨の過去を知ることは、麦にとって意味があるの?」

意味?

あたしの頭に、ふと浮かぶのは、過去の光景。

---君に頼むよ

優しい掌があたしの頭頂部を包んだ。


「初恋」

不意に漏れてしまったあたしの言葉に、「えっ?」と恋が反応した。

「ううん、なんでもないです。あたしは、時雨という人をもっと理解したいんです。そのためには、きっと時雨の過去も知るべきなんじゃないかって思う」

恋は眉間にシワを寄せた。

「僕の中では麦がよくわからないのか、イマドキの高校生がわからないのか、どちらなんだろう」

「えっ?」

「だから、さっきから言ってるように、麦はちっとも時雨を好きじゃないってこと」

恋はあたしをジッと見つめて言った。

「麦は頭で、時雨を理解しようとしてる。そんな頭の中で、恋愛なんてできないよ」

恋の言葉は刃のように鋭く感じた。

「好きってなんですか?」

あたしの言葉に、恋は乾いた笑みを漏らす。

「だから、言ってるでしょう。僕には感情がないって。僕にもそんな難しいことはわからないんだよ」


*************************


気がつけば、預かった封筒を抱えて、時雨の店まで来ていた。

時雨とあたしの歪な関係。

このままでは、最後まで時雨はきっとあたしと本当の意味で向き合ってくれない。

わかっているのに、どうしたらいいのかわからない。

もしかしたら、あの人は「いいんだよ」と笑ってくれるかもしれない。

だけど、あたしはそれでいいのだろうか。

「時雨」

あたしの呼びかけに顔を上げた時雨はただ、穏やかに笑う。

本当の優しさなんて、そこにはないことをあたしだって理解している。

「恋さんに会って、預かったの」

時雨は首を傾げてあたしから封筒を受け取った。

器用そうな細く白い指が、かすかにあたしに触れた。

「まったく、君を使いっ走りのように使うなんて。今度、言っておきますよ」

困ったような彼のその言葉も、上滑りする優しさ。

「時雨」

どうにもならない衝動が静かに生まれた。

「どうしたら、あたしをみてくれるの?」

思ったよりもずっと切羽詰まった声が漏れた。

ゆっくり顔をあげた時雨は、眉をひそめて、あたしを見つめた。

「あたしは本当の意味で、時雨とちゃんと」

何かがこみ上げて来て、言葉に詰まった。


自分でも、よくわからない。

あたしは、あたしの目的のために、時雨に付き合う事を強要した。

だけど、浅はかなあたしは時雨と付き合っていたら、そのうちに時雨が変わるんじゃないかって思った。

何も信用していない、冷たい目をした時雨が、いつか温もりを持つ人へと。

だけど、しばらく一緒の時間を過ごしてわかった。

あたしは、とても浅はかなバカだったということを。

人は簡単に変わらないし、あたしが何も努力していないのに、どんな変化も起こるはずもなかった。


喉の奥に熱い塊が口から溢れそうなほど近くまで、こみ上げている。

言葉を失ったあたしは、堪らずに視線を床に落とした。


涙を流したら、またバカにされるって思った。

泣き落としに左右される人でもないし、もしここで泣いたら、それこそ捨てられそうな気がした。

あたしは、鉄の味が滲むほど唇をきつく噛んだ。


頭の上で、時雨の深いため息が聞こえてくる。

捨てられるわけにはいかない。
ここで関係を終わらせたくないって思っているのに、言葉が見つからなかった。

不意に、床しか見えなかったあたしの視界に、細長い指が見えた。

あたしの頬に伝う指が、顔を上げるように促していく。

見上げた先には、時雨の穏やかな笑みがあった。

時雨、と呼びかけようと口を開いたあたしは、そのまま何も言えなかった。

「一人で盛り上がって、君はどんなオママゴトを求めているんですか?」

時雨の深い落ち着いた声はさとすように、あたしに語りかける。

「君と私では、何にもなれない。何処へも行けない。年相応の恋愛をしなさい。遊びはここまでにしましょう」
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