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第1の章 終焉の始まり
Ⅸ
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時雨の描く絵はどれも、繊細な線で作られていて、下書きなしで描いているようにはみえなかった。
「麦はどんな絵を入れて欲しいんですか?」
刺青の模様には意味があると、時雨が言っていた。
だから、ネットでいろいろ調べて見た。
いくつかのデザインを調べていくなかで、あたしはひとつ、気になったものがあった。
「十字架を入れたい」
時雨はちょっと驚いたような表情を見せて
「君はクリスチャンなんですか?」
と聞いた。
あたしは首を横に振った。
「そういうわけじゃないけど、十字架のイラストが綺麗だったから」
「そうですか。まぁ、十字架はクリスチャンじゃなくても刺青に使う模様ですし、愛なんて意味もありますからね。いいとは思いますよ」
頷きながら、時雨の手はすでに十字架をモチーフにしたイラストを描き始めている。
「君は初めての刺青ですから、どこにでも彫れますね。肌は綺麗ですから、背中や腰あたりに入れるといいかもしれませんね」
肌が綺麗―――
不意に褒められたような言葉に、ドキッと胸が高鳴った。
大人の男の余裕なのか、仕事柄なのか、同じ年の男子なら、さらっと言えないことを時雨は自然に口にする。
「時雨はあたしの背中に掘りたいって思う?」
精一杯に背伸びをしているあたしに、時雨は「えぇ、君の背中に描いた絵はきっと綺麗でしょうね」とさらりと言った。
瞬間、彼があたしに触れる瞬間を想像してしまった。
ペンを持っている、彼の細長い指が、あたしの背中をつつっと、触れて。
その深い闇色の瞳が、真剣さを映しながら、あたしの背中を見つめる。
きっと、あたしは呼吸の仕方すら忘れてしまうに違いない。
背中越しに、彼の呼吸を感じて、あたしはきっと気を失ってしまうかもしれない。
声を失ったあたしなど気に留めずに、時雨はさらさらとペンを動かしていく。
「時雨はなんで、彫り師をやっているの?」
空気を変えたくて、絞り出したような言葉。
「さぁ、なぜでしょうか。気がついたら、この仕事をしていましたからね」
「昔からの夢だったの?」
夢?、と口にした時雨が顔をあげて、あたしを見た。
「君の夢は何なんですか?」
「あたしの夢?」
逆に聞き返されて、あたしは宙に視線を放った。
「あたしの夢は、大好きな人とこの先もずっと、一緒にいることかな」
時雨がくくっと喉を鳴らすように笑った。
「将来の夢は、お嫁さんってことですか? 可愛らしいですね」
バカにしたように笑われて、羞恥心で顔が熱くなってきた。
「笑わないで。ちゃんと、まじめに答えたんだから」
「すみません。でも、私は、もう夢をみるような年ではありませんから」
「そんなことない。時雨はまだまだ、若いよ」
「君のような女子高生に言われても、ね」
苦笑したような時雨の表情で、話は途切れてしまった。
結局、時雨の夢は聞けなかった。
ふと、時雨の手元に視線を落とせば、紙の上には棘をもったバラの茎が十字架にからみついた絵が描かれていた。
まるで、あたしのすべてを見透かされたような気がして、ハッとしてその絵を見つめた。
「麦はどんな絵を入れて欲しいんですか?」
刺青の模様には意味があると、時雨が言っていた。
だから、ネットでいろいろ調べて見た。
いくつかのデザインを調べていくなかで、あたしはひとつ、気になったものがあった。
「十字架を入れたい」
時雨はちょっと驚いたような表情を見せて
「君はクリスチャンなんですか?」
と聞いた。
あたしは首を横に振った。
「そういうわけじゃないけど、十字架のイラストが綺麗だったから」
「そうですか。まぁ、十字架はクリスチャンじゃなくても刺青に使う模様ですし、愛なんて意味もありますからね。いいとは思いますよ」
頷きながら、時雨の手はすでに十字架をモチーフにしたイラストを描き始めている。
「君は初めての刺青ですから、どこにでも彫れますね。肌は綺麗ですから、背中や腰あたりに入れるといいかもしれませんね」
肌が綺麗―――
不意に褒められたような言葉に、ドキッと胸が高鳴った。
大人の男の余裕なのか、仕事柄なのか、同じ年の男子なら、さらっと言えないことを時雨は自然に口にする。
「時雨はあたしの背中に掘りたいって思う?」
精一杯に背伸びをしているあたしに、時雨は「えぇ、君の背中に描いた絵はきっと綺麗でしょうね」とさらりと言った。
瞬間、彼があたしに触れる瞬間を想像してしまった。
ペンを持っている、彼の細長い指が、あたしの背中をつつっと、触れて。
その深い闇色の瞳が、真剣さを映しながら、あたしの背中を見つめる。
きっと、あたしは呼吸の仕方すら忘れてしまうに違いない。
背中越しに、彼の呼吸を感じて、あたしはきっと気を失ってしまうかもしれない。
声を失ったあたしなど気に留めずに、時雨はさらさらとペンを動かしていく。
「時雨はなんで、彫り師をやっているの?」
空気を変えたくて、絞り出したような言葉。
「さぁ、なぜでしょうか。気がついたら、この仕事をしていましたからね」
「昔からの夢だったの?」
夢?、と口にした時雨が顔をあげて、あたしを見た。
「君の夢は何なんですか?」
「あたしの夢?」
逆に聞き返されて、あたしは宙に視線を放った。
「あたしの夢は、大好きな人とこの先もずっと、一緒にいることかな」
時雨がくくっと喉を鳴らすように笑った。
「将来の夢は、お嫁さんってことですか? 可愛らしいですね」
バカにしたように笑われて、羞恥心で顔が熱くなってきた。
「笑わないで。ちゃんと、まじめに答えたんだから」
「すみません。でも、私は、もう夢をみるような年ではありませんから」
「そんなことない。時雨はまだまだ、若いよ」
「君のような女子高生に言われても、ね」
苦笑したような時雨の表情で、話は途切れてしまった。
結局、時雨の夢は聞けなかった。
ふと、時雨の手元に視線を落とせば、紙の上には棘をもったバラの茎が十字架にからみついた絵が描かれていた。
まるで、あたしのすべてを見透かされたような気がして、ハッとしてその絵を見つめた。
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