Sonata~廻る輪・紡ぐ糸~

大和桜

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一章

一話

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 目が覚めて、部屋を見渡す。長い長い悪夢を見ていたようだった。
「やり直せって…」
 聞こえた声に首を傾げるが、自分の体の異変に気付く。
「小さい?」
 目線もそうだが、どう見ても子供の身体だと分かる。ベッドを降りて近くの鏡を見れば、案の定幼い自分の顔がそこには合った。
「…やり直すって、子供に戻ってやり直せって事?」
 ここで気になったのは、今の自分の年齢だ。何か手掛かりになるようなものは無いかを部屋を見渡す。
「…カレンダーくらいあっても良いのに」
 けれど、確かに魔術学園に入学するまでは自室にカレンダーは置いていなかった。やれやれとため息を吐くと、ドアを叩く音がした。
「お嬢様、おはようございます。マリエルです」
「入っていいわ」
 アンリエットの許可を得て入って来た一人のメイドは、彼女より三歳ほど年上の少女だった。
「おはようございます」
「おはよう、マリエル」
 そう返すアンリエットに、マリエルは首を傾げる。
「マリエル?」
「いえ、昨夜、明日は十歳の誕生日だからと楽しみにされていたのに、今のお嬢様は落ち着いていらっしゃるので」
「そ、そんな事ないわ。私の誕生日だもの」
 言えるわけがない。未来で殺されて、魂が遡ってしまったかもしれないなど。けれど、今日が十歳の誕生日だと言う情報を得られたのは良かった。
「お嬢様」
「なに?」
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。当然だけど、マリエルからのお祝いの言葉が最初ね」
 そう言って、アンリエットは笑う。そんな彼女に頷き、マリエルは身支度の準備をする。
「今日は旦那様のご友人のウォーレングリーン公爵が、ご家族でお祝いに来られますよ」
 洗面器に張られた湯に手を伸ばし掛けて、アンリエットは固まる。何か大切な事を忘れてないか。固まる彼女に首を傾げるマリエルに気付いて急いで顔を洗う。手渡されたタオルで顔を拭きながら記憶を辿る。
(十歳…誕生日…ウォーレングリーン公爵…)
 そこで気が付く。婚約者のアルバートとの婚約はこの時に決まったのではなかったのか。大切な事なのに、思い出す時間が掛かった気がする。
「出来ましたよ、お嬢様」
「…すごいわね、私が考え事をしている間に着替えさせるなんて」
 というか、その事に気付かずに考え込んでいたのかとため息が出そうになる。
「何か考え事ですか?」
「うん、まあね。…それよりも、朝ご飯を食べに行くわ」
「はい」
 部屋を出て大広間に来る。
「おはよう、アンリエット。そして、誕生日おめでとう」
 揃ってそう言われ、少し照れ臭くなる。ありがとうございますと返して、席につく。そしてすぐに弟のノイエも入って来て、朝食を食べ始めた。
「お父様、マリエルから聞いたのですが」
「何かな?」
「ウォーレングリーン公爵がご家族で来られるとか」
「ああ。公爵家と聞いて緊張するかもしれないが、温厚な人だから大丈夫だ」
「はい」
 と頷くも、問題はそこじゃない。問題はこれでアルバートとの婚約が決まってしまう事だ。
(オルガンシアに殺されてしまったわけで、きっとこの事はアルバート様の耳に入るはず)
 自分より五歳年上の婚約者。顔も良ければ武術も魔術にも秀でていて、人当たりも良い。自分には勿体なさすぎる相手だと常々思っていた。
(きっと私よりも釣り合う相手はいたはず。…私との婚約は、親同士が仲が良かったから。けれど、アルバート様が私をどう思っていたのか分からない)
 婚約者として大切にされていたとは思う。けれど、異性として女性としてどう思われていたかは分からない。アンリエットにとっては初恋の相手で、ずっと思い続けている相手である。
「姉さん、食べないの」
「あら、体調が悪いの?」
「大丈夫。元気です」
 そう返すと、考え事は一度やめて目の前の朝食を食べる事に意識を向けた。

 自室に戻ると、昼間では予定が入っていないと聞いて、部屋に籠りたいとマリエルに伝えた。
「さて、これでしばらくは誰も来ないはず」
 真新しいノートを机に置くと、ページを開こうとするが手が止まる。
「万が一、誰かに見られるのは…良くないわね。表紙に注意書きでも書こうかしら」
 けれど、どう書こうかと悩む。
「うーん、ここはシンプルに筆者の許可のない閲覧は禁じる…で良いかな」
 ふと、十歳の子供のノートの注意事項にしては硬くないか?そう思ってしまった。
「ここは無難に、閲覧禁止にして置こう」
 子供の手で握るペンの大きさに苦笑する。けれど、それが何だか懐かしくて愛おしく感じた。
「誰か分からないけど、やり直させてくれてるんだもの」
 もうあんな未来はごめんだと。だからアンリエットは決めた。
「うん、ハッピーエンドは難しいかもしれない。けど、バッドエンドを回避する事は出来るはず」
 だから、みんなが幸せにではなく、みんなが不幸にならない未来を目指そうと決めた。
「まずは、知っている情報を書き出さないとね」
 ノートを開いていざと意気込んだのは良い物の、アンリエットは突っ伏した。
「待って、こういうのってどこから書き出せばいいんだろう」
 まさかこの年齢からと言う訳には行かない。
「私の一番の目的は…」
 親友が冤罪で捕まらない事、そして死刑にされない事。これに繋がる事を書き出せばいい。
「ユリアに、オルガンシアに聖女の事が必須よね」
 思い出せるだけ書き出していった。

―――――――――――

ユリア 親友。子爵家令嬢。気取ったところはなく、さっぱりとした性格。ギルフェデス殿下とは、殿下の婚約者が他界してから仲良くなった。殿下曰く、婚約者を失った悲しみを素直に吐きださせてくれたとか

ルイ・オルガンシア 公爵家令息。性格が悪い。常に人を見下している。学園卒業後暫くは顔を合わせてなかったけど、聖女の付き人として王宮に来てから顔を見るようになった。ロイという双子の兄がいるが、四年生の冬休みに事故で他界している

ミカエラ 侯爵家出身の聖女。エリンシュラの加護力が覚醒して聖女として王宮に呼ばれる。学園の一般開放日で何度か顔を合わせた事があるけど、王宮に来る前と後では印象がガラッと変わってた。何故かオルガンシアと共に魔力が濁って見える

ギルフェデス殿下 王太子殿下。私やユリアより一つ年上。公平で誠実な人。ユリアの事をすごく大事に思ってくれている。聖女との結婚を拒んでいるけど、国王陛下が話を無理に勧めている。私と同い年の婚約者がいたけど、事故で他界している


聖女が来て一ケ月後、王都に流行り病が蔓延する。彼女はそれを浄化し、聖女の地位を確たるものとし、国王陛下は彼女を皇太子妃に望むようになる

聖女が来て三ヶ月後、ユリアに聖女殺害の容疑が掛かる。弁護の機会なく、一方的な裁判で死刑を言い渡される。その三日後に、ユリアは処刑。私はオルガンシアに殺される。オルガンシアが最後に言っていた、俺達にとって邪魔とはどう言う事だろう?

―――――――――――

 見直してため息を吐く。自覚はしないなかったが、割と自分はルイに対して恨みを持っていたのではないかと思った。
「けど、本当に最後のあの言葉の意味は何なんだろう?」
 ミカエラにとってというなら分かるが、ルイにとってとは。
「まあ、聖女とオルガンシアは従兄妹らしいし、身内から王太子妃、未来の王妃を誕生させる邪魔をするなって事なんだろうな」
 それしか思いつかないと頭を抱える。
「こうしてみると、本当に聖女が来てから事態の展開が早すぎるんだよね。特にあの流行り病。爆発的に広がったのに、聖女の力で急激に鎮静化した」
 まさかと思う。だが、それなら不自然な理由が付く。
「考えたくない」
 出来ればそうであってほしくないと思い、ノートを閉じる。幼い頭で考えたからか、急に眠気が襲ってくる。アンリエットは逆らうことなく、目を閉じた。

「ルイ・オルガンシアを捕らえろ!看守の証言が正しければ、十中八九アンリエットを殺したのはその男だ」
 目に怒りと憎しみを宿した愛しい人。けれど、その目には涙が溢れている。
「泣かないで下さい」
 アンリエットの声は届かない。きっと彼を抱きしめる事も出来ない。
「すまない、アンリエット。助けられなくて、本当にすまない」
 謝るアルバートに首を振る。
「アルバート様は何も謝る事などありません」
 零れる自身の涙を拭う。
「変えてみせます。運命を」
 大切な人を悲しませないために。何をどう変えていけば良いのか、まだ分からない。けれど、きっと僅かな選択を変えていけば、間違えなければ紡ぐことが出来るはず。そう固く決意をすると、アンリエットは目を覚ました。
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