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36話 準備 3/6
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最近はなんだかブルジョアしていた。
うん、ただの冗談だ。
なんだかゆりかがときどき「これだからお金持ちはー」とか言ってくるもんだから気がついたら自然と出てくるようになっちゃっただけだ。
ブルジョア、それともブルジョワ?
どっちでもいいらしいけど言葉遣いってすぐに影響されるものだよね……だからこそ僕に対する違和感がすごいんだろうけども。
とにかくお金遣いの荒い日だった。
だって昨日3ヶ月越しの朝を迎えたあとと言えば……いや、その期間光熱費とかサブスクくらいしか掛かってないわけだけども……タクシー使って冬服一式大人買いしてまたタクシー使って、で、冷蔵庫が空っぽになっちゃったって気がついたからとりあえずで保存の利くものをそこそこ買いだめたりしたし、あとたくさん飲んじゃっていたお酒も補充したし。
それもこれも魔法さんが悪いんだ。
まさかの3ヶ月っていうのをやらかした魔法さんのせい。
僕はこれっぽっちも悪くない。
僕は悪くないっていうよりは本当にお酒以外は必要だったから買ったまでだしな。
お酒だっていきなり止めたりしたらきっと悪影響があるはずだ。
だから本当に悪くないはず。
ほら、急にそうするのはすごいストレスだからってお酒を止める本とかで書いてあるし?
だから僕は悪くない。
タクシーだって体力の落ちている今無理をしちゃって風邪とか引いたら困るっていうちゃんとした理由もあるくらいだし、わりと本気で悪いことはしていない気がする。
けど1日に使った金額としてはブルジョアってやつだった。
でも現代でブルジョアっていったいどういう場面で使うんだろう。
そうして現実逃避している先にはスマホに映るメッセージたち。
かがり、ゆりか、さよ、りさの4人との。
いろいろもんもんと考え続けてぜんぜん眠くならなかったから……たぶんあれだけぐっすり寝過ぎちゃったせいだとは思うけど今の僕としては破格に夜中までだらだら起きていた昨日の夜に思い切ってした連絡で。
……夜中って感覚があったけど、よく考えたら日付が変わるくらいの時間って普通の人にしてみたら……前の僕基準でもそこまで夜中じゃない気がするけれども、がんばってしたんだ。
だから僕は目が覚めて翌日の今日、クリスマスイヴって言う……しかも外はホワイトクリスマスな今日にいつものファミレスに来ている。
雪のせいで雰囲気はがらっと変わっちゃっているけど、でも、見慣れたファミレス。
もごもごって感じの雪を踏みしめる音が足元から続いていて止まる。
「………………………………」
あの4人がようやくにできた僕からの連絡に「今すぐにでも会いたい」って言ってきたから断れずに今日。
僕が目の前の自動ドア。
僕の体重が軽いせいなのかそれとも存在感が薄いからかはよく分からないけど、でもドアの前まで来ただけじゃ空いてくれない嫌いなドア。
わざわざ腕を高く上げて「自動ドア」って書いてあるのを押さないと開かないドアだから、ついこのまま帰りたくなっちゃうけども……僕はあの子たちよりもずっと年上でいい年した大人なんだ。
いい加減勇気を……勇気を、出そう。
小さい体でも心は立派な男なんだから。
◇◇
「あ! ひびきー、おひさーってうわぁっ!?」
この子にとって3ヶ月ぶりで僕にとっては何日かぶりの再会の第一声。
……うん。
すっごくげっそりしてるよね。
鏡で見るとよく分かるんだ。
「……あ、ごめん」
「いいさ、僕自身だって久しぶりに鏡を見てぎょっとしたから」
こういうのって後まで思い出しちゃうから先に「良いよ」って言っておく。
気休めでも言わないよりはずっとマシだ。
「こういうのも2度目だし、君のその気持ちはよくわかる」
「うわーぉ慣れてるーぅ。 動じてもいなぁーい……そっか響って」
入ってから適当にうろうろしていたらたまたまドリンクバーで……いつものようになにかを調合していたゆりかとばったり会い、なんだかさっきまで入り口でどきどきもたもたしていたのが炭酸のあわあわみたいに抜けてきた。
僕よりも少し背が高くって、でも服装次第では、あと普段の態度的にもぎりぎり小学生に見える前髪ぱっつんで元気な子。
普段なら楽しそうな顔つきが今はすごく歪んでいる。
「……ほんと、だいじょぶ? 入院してたっていうのは、もー顔見ただけで1発なんだけど」
「もう平気だ。 退院もしたしね。 この通りにひとりで出歩けている」
ゆりか自身の分の……自分の分はしないのがミソだな……配合していない普通のジュースと、被害担当の誰かのジュースを持ちながら歩くゆりか。
……ちょっと大きくなった?
いやそんなはずはない……って言うのは失礼か、さすがに。
成長期だしな、背くらい伸びるだろう。
ひょっとしたら長年のコンプレックスもついに解消されるときが来たのかもしれない。
そうだといいね。
心の中で応援しておく。
……あるいはただ僕が縮んだのかもしれないとも思うけども。
なにしろあの魔法さんだ。
冬眠をしていたけど、たかが僕のひ弱でちんまい体に蓄えられていた脂肪とかだけじゃどう考えても生きていけるはずがないって考えていたけど、そのエネルギーを例えばそう――時間から持ってきたりしていたら。
さらに幼くなりつつあるっていう可能性だって出てくるんだ。
そうして幼くなって行くのを続けて僕は……なんてのはホラーでしかないか。
そんなわけないないって思っておこう。
ゆりかの……また肩より下に伸び始めているらしい髪の毛を眺めていたら、みんなのいるテーブルに着いていた。
僕が縮んだ疑惑を考えていたら会話をまたオートで済ませちゃっていたらしい。
「あら響ちゃっ……!?」
勢いよく立ち上がろうとして……普段と違って帽子を被っていないから見えちゃう僕の顔で固まっちゃうかがり。
うん、まぁやつれてるよねぇ相当。
お酒呑んでただ寝てただけなんだけどねぇ……3ヶ月ほど。
「……大変、だったみたいね……たくさん連絡してごめんなさい」
「事前にひとことの連絡もしなかった僕の方が悪かったんだ。 気にしないでくれ」
今日の会話は何回もシミュレーションしてきたからちゃんと受け答えできている。
今日は大切な日だから。
大切って言えば今日はイヴかぁ……なんか悪い気がする。
せっかくのイヴ……クリスマスを僕なんかの心配しちゃってね。
「そんなことないわよ! だって持病のことですものっ、誰が悪いとかではなくて響ちゃんが無事でよかったことだけでいいの!」
いつになく強い調子で……真面目な顔。
普段からそうしていたらもっと話しやすいのに。
「だって寝たきりで面会謝絶で……それを3ヶ月もでしょう? また顔を見られただけで嬉しいわ」
「連絡できなくて済まなかった」
かがりはいつものかがりでメロンさんで見た目は特に変わっていない。
けどいちばん連絡が多かったのもメッセージが毎回長かったのも、いちばん心配していたのも、たぶんこの子。
後ろめたいことこの上ないけどさすがにいきなり「僕は魔法さんのせいで冬眠していたんだ……」なんて僕がただ満足したいがためだけに、それもまた魔法さんがなにかするかもしれないっていうか絶対にしてくるだろうことを口にすることは避けないとならない。
だからまた嘘の上塗りをしちゃうわけだけど、でも今のこれは不可抗力だからウソ扱いでもいいのかもしれない。
実際の状況を考えてみるとあながち嘘でもないし。
ただちょっと……心配していたはずの家族とか僕を診てくれていたはずのお医者さんとか僕を管理してくれていたはずの病院の設備とかを、ちょっとだけ盛っただけ。
このこともいつかは話せるかもしれないけど、今ややこしくしたってしょうがないんだ。
「……退院したのは昨日の朝なんだ」
グループのチャットで1回説明したのを改めて言う。
「けど僕の家に帰って来られたのは夕方で、みんなの連絡に気がついたのも夜に連絡をしたタイミングだったんだ。 まさか電池が切れているなんてね……ずっと使わなかったから。 ……みんなに心配をさせて本当に済まな……」
頭を下げようとしたら顔にセーターが押しつけられる感覚。
「そういうのは良いのよ」
見てみればそれはいつのまにかとなりに立っていたりさりんの腕の生地で……促されるままにいつものように、なぜか僕がお誕生日席へ。
そしてりさりんさんは、あいかわらずに健康そうな雰囲気を醸し出していて。
こうやって運動に力入れている人って、なんとなく安定感あるよなぁ。
いい意味で。
それはセーター越しの体からも感じられた。
あ、今日はヘアピンつけていないんだ。
冬だからかな。
……いや、たまたまか。
けどいつも思うけどほんと、なんで僕だけお誕生日席なの……?
途中でさらっと帰ったりできないから、あとはなんだかみんなの視線が集中しやすいからここはゆりかにでも譲って隅っこに座っていたいんだけどなぁ。
まぁ、今日はしょうがない。
いろいろ心配と迷惑をかけていたんだ。
今日くらいはおとなしく言いなりになっておこう。
……いつもそうだった気もするけど。
慣れた動作でおしりをぺたんぺたんとしながらシートを移動していき、着てきたコートとかをおしりの下に敷くと……すでにみんなの目が僕に集まっていて。
そして、なんだか見覚えのある店員さんとかも……あ、手を振られた。
「…………………………………………」
会釈くらいはしておくか。
「実はそこまで心配はしてなかったんだよ? だって病弱だってことも、ていうか春までずっと入院してたっていうこともみんな知ってたし、なんとなーくそんな感じだって思ってたよね? あとはさよちんっていうお仲間がいるし。 ね?」
「………………はい。 私もそういう経験…………………………いきなり悪くなって動けなくなって。 1週間とか2週間とか……あって、その。 …………………………そういう説明、していましたから」
前よりはちょっと声の大きさも話すスピードも、おどおどした感じも……減っている?
けど前に垂らしているおさげと前髪はけっこう伸びていて、総合した雰囲気はさほど変わっていない様子の病弱な彼女。
「とまあ響と似た経歴のさよちんからも入院したらどうなるかとかいっぱい聞いてたしさ。 それにそんな激やせしてるのも見れば文句なんて言うはずないじゃん? 友達でしょ?」
「………………………………そう、か」
「もちろん!」
「そうよねぇ」
右隣にいたかがりがいつものように視界外からいつものように唐突に、僕のほっぺたを両手で包んでくる。
「………………………………」
「………………………………」
やっぱりこうされると眼前の圧がすさまじい。
これ、下手したら前よりも大きくいやいや失礼だって。
ただ少し太っただけだろう。
「………………………………」
「………………………………」
僕のほっぺたをむにむにとしているのに合わせてゆらゆらしているそのふたつのメロンを見るともなく眺めていたら、満足したのかようやく圧迫から解放された。
……なぜかゆりかとりさりんが、かがりをじーっと見つめている。
急に無言になって。
なぜだろう。
女の子ってこういう不思議な沈黙を持ってる気がする。
どうでもいいか。
位置関係は僕の左斜め前にゆりか、その奥にりさりん。
さっき僕がおしりを引きずってきた、というか足が着かないからいつもそうせざるを得ないんだけど、そのルートを逃すまいとしてふさいでいる。
反対側に今離れたばかりのかがりとその横のさよっていういつものポジション。
本当なんで僕がお誕生日席なんだろう……。
「…………はぁ、残念。 あのかわいかったほっぺたのぷにぷにもちもちしていた柔らかさとか眠そうでかわいかった目の感じまで、すっかり変わってしまって」
やっと元のくるんさんに戻って来た感じ。
「それだけ大変だったのね、響ちゃん。 ……そんな状態で今日ここへ来て大丈夫なの……?」
「うん。 ここへ来るくらいはなんとかなる。 それに、行きも帰りも車を使うし」
タクシーという名の車をだけども。
冬眠から覚めたその日に無理やりであんなお出かけをしちゃったせいで体が重いんだ。
僕は予想以上に体力を消耗していたらしい。
ひと晩経ってもまだ全然良くなっていなくって5分立っているだけでめまいがしてくるしなぁ……完全にエネルギー不足なんだろう。
重めの風邪を引いたときとかこうなるし、人に移さない風邪だって思えばそんなに大変じゃない。
……あんなことがあって……起きてすぐのときにはまだ半信半疑だったしなによりも服がなかったんだからしょうがなかったんだけど、でもやっぱり冬眠から覚めたばかり、僕視点でいえば冬眠した翌日に外出なんて無謀としかいいようがなかったんだろうか。
でもそのおかげで偶然とはいえあの2人を助けられて話す機会があったんだ。
……みんなと顔を合わせてとりあえず僕はまだ生きているって見てもらって……それで勇気が出たら、話題をうまく持っていければ「あの鉄則」のとおりにちゃんと謝りたかった。
だから今日じゃないとダメだったんだ。
それに……いつまたああなって何ヶ月飛ぶのかもわからないんだ。
それこそ今夜寝て今度は春とかあり得るもんな。
だから今日。
天気もいい……雪だけど、それでいて体調も悪くない……だるいけど、でも嘘やウソを告白する勇気が残っていて、それでいてみんなと会えるっていう絶妙なコンディションだったから。
話の流れ次第だろうけど、でもできたら言っておきたい。
僕のついている嘘とウソのこと。
全部じゃなくても良い。
ただただ、僕の自己満足だけにならない範囲で――できるだけ本当のことを告白しておきたいんだ。
うん、ただの冗談だ。
なんだかゆりかがときどき「これだからお金持ちはー」とか言ってくるもんだから気がついたら自然と出てくるようになっちゃっただけだ。
ブルジョア、それともブルジョワ?
どっちでもいいらしいけど言葉遣いってすぐに影響されるものだよね……だからこそ僕に対する違和感がすごいんだろうけども。
とにかくお金遣いの荒い日だった。
だって昨日3ヶ月越しの朝を迎えたあとと言えば……いや、その期間光熱費とかサブスクくらいしか掛かってないわけだけども……タクシー使って冬服一式大人買いしてまたタクシー使って、で、冷蔵庫が空っぽになっちゃったって気がついたからとりあえずで保存の利くものをそこそこ買いだめたりしたし、あとたくさん飲んじゃっていたお酒も補充したし。
それもこれも魔法さんが悪いんだ。
まさかの3ヶ月っていうのをやらかした魔法さんのせい。
僕はこれっぽっちも悪くない。
僕は悪くないっていうよりは本当にお酒以外は必要だったから買ったまでだしな。
お酒だっていきなり止めたりしたらきっと悪影響があるはずだ。
だから本当に悪くないはず。
ほら、急にそうするのはすごいストレスだからってお酒を止める本とかで書いてあるし?
だから僕は悪くない。
タクシーだって体力の落ちている今無理をしちゃって風邪とか引いたら困るっていうちゃんとした理由もあるくらいだし、わりと本気で悪いことはしていない気がする。
けど1日に使った金額としてはブルジョアってやつだった。
でも現代でブルジョアっていったいどういう場面で使うんだろう。
そうして現実逃避している先にはスマホに映るメッセージたち。
かがり、ゆりか、さよ、りさの4人との。
いろいろもんもんと考え続けてぜんぜん眠くならなかったから……たぶんあれだけぐっすり寝過ぎちゃったせいだとは思うけど今の僕としては破格に夜中までだらだら起きていた昨日の夜に思い切ってした連絡で。
……夜中って感覚があったけど、よく考えたら日付が変わるくらいの時間って普通の人にしてみたら……前の僕基準でもそこまで夜中じゃない気がするけれども、がんばってしたんだ。
だから僕は目が覚めて翌日の今日、クリスマスイヴって言う……しかも外はホワイトクリスマスな今日にいつものファミレスに来ている。
雪のせいで雰囲気はがらっと変わっちゃっているけど、でも、見慣れたファミレス。
もごもごって感じの雪を踏みしめる音が足元から続いていて止まる。
「………………………………」
あの4人がようやくにできた僕からの連絡に「今すぐにでも会いたい」って言ってきたから断れずに今日。
僕が目の前の自動ドア。
僕の体重が軽いせいなのかそれとも存在感が薄いからかはよく分からないけど、でもドアの前まで来ただけじゃ空いてくれない嫌いなドア。
わざわざ腕を高く上げて「自動ドア」って書いてあるのを押さないと開かないドアだから、ついこのまま帰りたくなっちゃうけども……僕はあの子たちよりもずっと年上でいい年した大人なんだ。
いい加減勇気を……勇気を、出そう。
小さい体でも心は立派な男なんだから。
◇◇
「あ! ひびきー、おひさーってうわぁっ!?」
この子にとって3ヶ月ぶりで僕にとっては何日かぶりの再会の第一声。
……うん。
すっごくげっそりしてるよね。
鏡で見るとよく分かるんだ。
「……あ、ごめん」
「いいさ、僕自身だって久しぶりに鏡を見てぎょっとしたから」
こういうのって後まで思い出しちゃうから先に「良いよ」って言っておく。
気休めでも言わないよりはずっとマシだ。
「こういうのも2度目だし、君のその気持ちはよくわかる」
「うわーぉ慣れてるーぅ。 動じてもいなぁーい……そっか響って」
入ってから適当にうろうろしていたらたまたまドリンクバーで……いつものようになにかを調合していたゆりかとばったり会い、なんだかさっきまで入り口でどきどきもたもたしていたのが炭酸のあわあわみたいに抜けてきた。
僕よりも少し背が高くって、でも服装次第では、あと普段の態度的にもぎりぎり小学生に見える前髪ぱっつんで元気な子。
普段なら楽しそうな顔つきが今はすごく歪んでいる。
「……ほんと、だいじょぶ? 入院してたっていうのは、もー顔見ただけで1発なんだけど」
「もう平気だ。 退院もしたしね。 この通りにひとりで出歩けている」
ゆりか自身の分の……自分の分はしないのがミソだな……配合していない普通のジュースと、被害担当の誰かのジュースを持ちながら歩くゆりか。
……ちょっと大きくなった?
いやそんなはずはない……って言うのは失礼か、さすがに。
成長期だしな、背くらい伸びるだろう。
ひょっとしたら長年のコンプレックスもついに解消されるときが来たのかもしれない。
そうだといいね。
心の中で応援しておく。
……あるいはただ僕が縮んだのかもしれないとも思うけども。
なにしろあの魔法さんだ。
冬眠をしていたけど、たかが僕のひ弱でちんまい体に蓄えられていた脂肪とかだけじゃどう考えても生きていけるはずがないって考えていたけど、そのエネルギーを例えばそう――時間から持ってきたりしていたら。
さらに幼くなりつつあるっていう可能性だって出てくるんだ。
そうして幼くなって行くのを続けて僕は……なんてのはホラーでしかないか。
そんなわけないないって思っておこう。
ゆりかの……また肩より下に伸び始めているらしい髪の毛を眺めていたら、みんなのいるテーブルに着いていた。
僕が縮んだ疑惑を考えていたら会話をまたオートで済ませちゃっていたらしい。
「あら響ちゃっ……!?」
勢いよく立ち上がろうとして……普段と違って帽子を被っていないから見えちゃう僕の顔で固まっちゃうかがり。
うん、まぁやつれてるよねぇ相当。
お酒呑んでただ寝てただけなんだけどねぇ……3ヶ月ほど。
「……大変、だったみたいね……たくさん連絡してごめんなさい」
「事前にひとことの連絡もしなかった僕の方が悪かったんだ。 気にしないでくれ」
今日の会話は何回もシミュレーションしてきたからちゃんと受け答えできている。
今日は大切な日だから。
大切って言えば今日はイヴかぁ……なんか悪い気がする。
せっかくのイヴ……クリスマスを僕なんかの心配しちゃってね。
「そんなことないわよ! だって持病のことですものっ、誰が悪いとかではなくて響ちゃんが無事でよかったことだけでいいの!」
いつになく強い調子で……真面目な顔。
普段からそうしていたらもっと話しやすいのに。
「だって寝たきりで面会謝絶で……それを3ヶ月もでしょう? また顔を見られただけで嬉しいわ」
「連絡できなくて済まなかった」
かがりはいつものかがりでメロンさんで見た目は特に変わっていない。
けどいちばん連絡が多かったのもメッセージが毎回長かったのも、いちばん心配していたのも、たぶんこの子。
後ろめたいことこの上ないけどさすがにいきなり「僕は魔法さんのせいで冬眠していたんだ……」なんて僕がただ満足したいがためだけに、それもまた魔法さんがなにかするかもしれないっていうか絶対にしてくるだろうことを口にすることは避けないとならない。
だからまた嘘の上塗りをしちゃうわけだけど、でも今のこれは不可抗力だからウソ扱いでもいいのかもしれない。
実際の状況を考えてみるとあながち嘘でもないし。
ただちょっと……心配していたはずの家族とか僕を診てくれていたはずのお医者さんとか僕を管理してくれていたはずの病院の設備とかを、ちょっとだけ盛っただけ。
このこともいつかは話せるかもしれないけど、今ややこしくしたってしょうがないんだ。
「……退院したのは昨日の朝なんだ」
グループのチャットで1回説明したのを改めて言う。
「けど僕の家に帰って来られたのは夕方で、みんなの連絡に気がついたのも夜に連絡をしたタイミングだったんだ。 まさか電池が切れているなんてね……ずっと使わなかったから。 ……みんなに心配をさせて本当に済まな……」
頭を下げようとしたら顔にセーターが押しつけられる感覚。
「そういうのは良いのよ」
見てみればそれはいつのまにかとなりに立っていたりさりんの腕の生地で……促されるままにいつものように、なぜか僕がお誕生日席へ。
そしてりさりんさんは、あいかわらずに健康そうな雰囲気を醸し出していて。
こうやって運動に力入れている人って、なんとなく安定感あるよなぁ。
いい意味で。
それはセーター越しの体からも感じられた。
あ、今日はヘアピンつけていないんだ。
冬だからかな。
……いや、たまたまか。
けどいつも思うけどほんと、なんで僕だけお誕生日席なの……?
途中でさらっと帰ったりできないから、あとはなんだかみんなの視線が集中しやすいからここはゆりかにでも譲って隅っこに座っていたいんだけどなぁ。
まぁ、今日はしょうがない。
いろいろ心配と迷惑をかけていたんだ。
今日くらいはおとなしく言いなりになっておこう。
……いつもそうだった気もするけど。
慣れた動作でおしりをぺたんぺたんとしながらシートを移動していき、着てきたコートとかをおしりの下に敷くと……すでにみんなの目が僕に集まっていて。
そして、なんだか見覚えのある店員さんとかも……あ、手を振られた。
「…………………………………………」
会釈くらいはしておくか。
「実はそこまで心配はしてなかったんだよ? だって病弱だってことも、ていうか春までずっと入院してたっていうこともみんな知ってたし、なんとなーくそんな感じだって思ってたよね? あとはさよちんっていうお仲間がいるし。 ね?」
「………………はい。 私もそういう経験…………………………いきなり悪くなって動けなくなって。 1週間とか2週間とか……あって、その。 …………………………そういう説明、していましたから」
前よりはちょっと声の大きさも話すスピードも、おどおどした感じも……減っている?
けど前に垂らしているおさげと前髪はけっこう伸びていて、総合した雰囲気はさほど変わっていない様子の病弱な彼女。
「とまあ響と似た経歴のさよちんからも入院したらどうなるかとかいっぱい聞いてたしさ。 それにそんな激やせしてるのも見れば文句なんて言うはずないじゃん? 友達でしょ?」
「………………………………そう、か」
「もちろん!」
「そうよねぇ」
右隣にいたかがりがいつものように視界外からいつものように唐突に、僕のほっぺたを両手で包んでくる。
「………………………………」
「………………………………」
やっぱりこうされると眼前の圧がすさまじい。
これ、下手したら前よりも大きくいやいや失礼だって。
ただ少し太っただけだろう。
「………………………………」
「………………………………」
僕のほっぺたをむにむにとしているのに合わせてゆらゆらしているそのふたつのメロンを見るともなく眺めていたら、満足したのかようやく圧迫から解放された。
……なぜかゆりかとりさりんが、かがりをじーっと見つめている。
急に無言になって。
なぜだろう。
女の子ってこういう不思議な沈黙を持ってる気がする。
どうでもいいか。
位置関係は僕の左斜め前にゆりか、その奥にりさりん。
さっき僕がおしりを引きずってきた、というか足が着かないからいつもそうせざるを得ないんだけど、そのルートを逃すまいとしてふさいでいる。
反対側に今離れたばかりのかがりとその横のさよっていういつものポジション。
本当なんで僕がお誕生日席なんだろう……。
「…………はぁ、残念。 あのかわいかったほっぺたのぷにぷにもちもちしていた柔らかさとか眠そうでかわいかった目の感じまで、すっかり変わってしまって」
やっと元のくるんさんに戻って来た感じ。
「それだけ大変だったのね、響ちゃん。 ……そんな状態で今日ここへ来て大丈夫なの……?」
「うん。 ここへ来るくらいはなんとかなる。 それに、行きも帰りも車を使うし」
タクシーという名の車をだけども。
冬眠から覚めたその日に無理やりであんなお出かけをしちゃったせいで体が重いんだ。
僕は予想以上に体力を消耗していたらしい。
ひと晩経ってもまだ全然良くなっていなくって5分立っているだけでめまいがしてくるしなぁ……完全にエネルギー不足なんだろう。
重めの風邪を引いたときとかこうなるし、人に移さない風邪だって思えばそんなに大変じゃない。
……あんなことがあって……起きてすぐのときにはまだ半信半疑だったしなによりも服がなかったんだからしょうがなかったんだけど、でもやっぱり冬眠から覚めたばかり、僕視点でいえば冬眠した翌日に外出なんて無謀としかいいようがなかったんだろうか。
でもそのおかげで偶然とはいえあの2人を助けられて話す機会があったんだ。
……みんなと顔を合わせてとりあえず僕はまだ生きているって見てもらって……それで勇気が出たら、話題をうまく持っていければ「あの鉄則」のとおりにちゃんと謝りたかった。
だから今日じゃないとダメだったんだ。
それに……いつまたああなって何ヶ月飛ぶのかもわからないんだ。
それこそ今夜寝て今度は春とかあり得るもんな。
だから今日。
天気もいい……雪だけど、それでいて体調も悪くない……だるいけど、でも嘘やウソを告白する勇気が残っていて、それでいてみんなと会えるっていう絶妙なコンディションだったから。
話の流れ次第だろうけど、でもできたら言っておきたい。
僕のついている嘘とウソのこと。
全部じゃなくても良い。
ただただ、僕の自己満足だけにならない範囲で――できるだけ本当のことを告白しておきたいんだ。
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