紀尾井坂ノスタルジック

涼寺みすゞ

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 男爵が知るのは、ここまでだった。
 見送られ鹿鳴館を後にしたのだから、当然なのだが。まさか、時を同じくして清浦が鹿鳴館に滞在していたとは、知るよしもない――。

「上手いこと言ってくれたようだねぇ」

 北風に舞う砂埃に顔を背け、男爵の馬車を見送る光留の背後から、気だるげな声がかけられた。

「いたんですか、清浦さん」
「まあ、たまたま」

「たまたまな訳ないでしょう……というか、あそこまで言う必要、ありました?」
「いやいや、不必要なほど念を押すのが鉄則だよ。さらっと説明しても半信半疑だろうし、お偉方の名前がコレでもかってくらい出る方が、危機感を持つってもんだ」

 確固たる自信だ。

「それよりも、義父上をハメるような真似をして良かったのかい?」
「ハメていませんよ。清浦さんの会派へ移ることは、きっと男爵の為になります」

「ほう、ずいぶんと私は信頼されているんだねぇ」
「ええ、意外でしょう?しかし、泥舟とわかったら直ぐ様、手を引きます」

「構わないよ。どうせ私は、元々何も持たない男なのだから」
「あ~、才覚ひとつって人が、1番怖いんですよ」

 その一言に、乾いた笑いを漏らした清浦は、すっと一息吸い込むと一節を口ずさむ

「〽️貴女に紳士のいでたちで、外部うわべの飾は 良いけれど政治の思想が欠乏だ……ってね、諸外国と肩を並べることを目的とした、このハリボテも無駄に終わった。しかし、光留君、思想が欠乏などと言われては黙っちゃおられないんだよ。ことに、私みたいな官僚はね」

 だから、貴族院を牛耳る会派を作り上げるのに、一役買うと云うことだろう。遣り手の官僚が、やるといったら、それなりの形になることは、分かりきっている。

「ま、僕には関係のないことですがね。オツペケペ、オツペケペツポペッポーポー!」
「ブッ――!! 何だね!君、下手くそだなぁ!」

 ゲラゲラと腹を抱える清浦に、光留まで吊られ笑う。鹿鳴館の高い天井に木霊する楽しげな響きは、大輪の華々が絢爛に咲き誇った昔とは、随分と変わってしまったが、お役御免のハリボテならば、気取った貴婦人の嫣然えんぜんたるさまよりも、一癖も二癖もある男達の馬鹿笑いの方が、似合いのように思えた。


 
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