63 / 114
幽冥聚楽
胸奥
しおりを挟む
取り柄がない――と云う万作は、懸命に仕えた。その姿は皆の評判にもなり、可愛がられた。無論外見の良さもあるだろうが。
「私は、主殿助殿のように気が利きませぬ。殿下の行動の先に回り込む考えも、的確に当てれませぬ故……無駄に終わるのです」
年が明けると直ぐに馬を駆らせ、桜を眺めに参ったことがあるという。その時も急なことだというのに、主殿助は休息の場を設けていた。
「三十郎殿は、御殿医顔負けの力加減で殿下のお身体をほぐされる術を心得られていまして。しょっちゅう、寝所に召されるので憎たらしくて……」
「何と!? 関白は小姓みなに手を付けておったのか!?」
ドンッ!――襖がなった。
「応……ということか」
「菅公!私は、衆道は心得ておらぬ!」
辛抱堪らなかったのだろう、関白が声をあげた。
「何と!そなた、そうであったのか!?何故、誤解だと言わなんだ!」
「勘違いしておるようだったが、はきと聞かれもせぬのに誤解だ、なんだのと申すわけがないであろう!」
「殿下!」
関白の声に万作は、またもや襖に張り付いた。目の前にいたら、足にすがり付いているだろう。しかし、関白は万作の言葉には一切、反応を示さなかった。
殿下と何度呼ぼうとも、襖を叩こうが爪を立てようが。襖の前にうなだれる万作は、ポツリポツリと続きを語った。
「私は、いつの頃からか殿下を心底お慕いしておりました。おそらく早いうちから。不思議なことでございます、私は決して衆道の気がある訳ではございませぬ。今も昔も。ただ殿下ならばと。いいえ、殿下が良いと」
赤裸々な告白に菅公は、恥ずかしくて堪らなかったが向こう側からは、止めよとの声も掛からない。関白は徹底的に無視する気なのだろう。
「聚楽第へ出仕した頃より、周りを見ては、何某よりは私――というように、比べ安堵するような輩に成り下がってしまいました。浅ましい私の考えは、とうとう行き着く所まで」
「な、何じゃ」
ゴクリと唾を呑み、菅公は問うた。
「殿下の一等を奪っていこうと思ったのです」
「何じゃ、それは?」
「全て奪えるとは思っておりません。ただ、殿下の一等の筆、一等の羽織……など、一等が減れば良いと」
「一等の筆が減っても、新たな筆が一等になるではないか」
「それでも良いのです。それは確実に一等であり、私に譲られると云うことは一等より私を優先して下さったということになります」
妙な屁理屈に菅公は言葉を失ったが、言われてみれば関白が大切にしている物を、自分がねだって下げ渡されたら自身に価値があるように思えるかもしれぬと頷いた。
万作は、続けた。
殿下、欲しいのです――と告げると大抵、ほら――と直ぐに手に乗せてくれたと。
「私は、それが嬉しくて嬉しくて……」
又もや、涙を流し襖にすがり付く
殿下、殿下――と、繰り返される言葉は霞みのように頼りない。その震える肩に、束帯の袖から腕を伸ばした菅公は、突如方向を変え、刀葉樹の手を握った。
「何でしょうか?」
「いや……危うく司命になりそうであったゆえ」
「どいつも、こいつも……」
刀葉樹の呆れ漏れた声に、万作の声音が重なる。さすがに噂になりました――と。
次々と関白の物を下げ渡される万作は、関白のご寵愛著しいと。
勿論、関白に衆道の気がないことを知る者らは、首をひねったと云うが万作ならば、もしかして?となったそうだ。
「この一胴七度は、ダメでしたが……別に、刀が欲しかった訳ではないのです。私は殿下の一等が欲しかったのです。殿下!お聞きですか!?」
無論、返事はない。それでも万作は継いだ。
「私は、殿下の一等が欲しかった!いいえ!私は殿下が欲しかったのです!殿下!お開け下さいませ!」
「あなや!」
「これは良い。今度亡者を刀葉樹に誘う時に申してみよう」
「何を参考にしておるのじゃ!」
「言われてみたくはないですか?」
「……みたい」
何故か、しくしくと泣き始めた菅公に刀葉樹は、ポンポンと背を叩く。
「人とは……いいえ、幽鬼といえども慕われるのは嬉しいもので。そういう者を振り払うのは、身を裂かれる想いが伴うかと……関白はどちらを選ぶのやら……」
万作は叫び、思いの丈を全て吐く。
「刀など欲しくない!逆に見たくもない!私より勝った殿下の一等など、消えれば良い!願う聚楽に存在すらせねば良いと……、それなのに!何故にここにあるのです!私の願いと殿下の願った常世だと聞いております。私の強い嫌悪よりも、殿下の一胴七度への執着が勝ったのですか!? 」
ボロボロと涙を溢す万作は、襖を拳で打ち付ける。ドン!、ドン!、ドン!――と三度、狭間の主の意志が強いのか?襖は、びくともしなかった。
「殿下を一等慕っているのは、私でございます!」
一等が欲しかったわけではない。殿下が欲しかったと切々と訴えた万作に、隔だつ向こう側の関白は、何を思っているのだろうかと菅公は、悲しげに眉を寄せた。
「どいつも、こいつも……」
耳朶を撫でた声音に、面を向ける。声の主である獄官の視線は、豪華絢爛な襖の向こうに向けられていたが、表情には何の感情もありはしない。ただ、その声音は切なげで陽炎のように、ゆらゆらと漂い消えた。
「私は、主殿助殿のように気が利きませぬ。殿下の行動の先に回り込む考えも、的確に当てれませぬ故……無駄に終わるのです」
年が明けると直ぐに馬を駆らせ、桜を眺めに参ったことがあるという。その時も急なことだというのに、主殿助は休息の場を設けていた。
「三十郎殿は、御殿医顔負けの力加減で殿下のお身体をほぐされる術を心得られていまして。しょっちゅう、寝所に召されるので憎たらしくて……」
「何と!? 関白は小姓みなに手を付けておったのか!?」
ドンッ!――襖がなった。
「応……ということか」
「菅公!私は、衆道は心得ておらぬ!」
辛抱堪らなかったのだろう、関白が声をあげた。
「何と!そなた、そうであったのか!?何故、誤解だと言わなんだ!」
「勘違いしておるようだったが、はきと聞かれもせぬのに誤解だ、なんだのと申すわけがないであろう!」
「殿下!」
関白の声に万作は、またもや襖に張り付いた。目の前にいたら、足にすがり付いているだろう。しかし、関白は万作の言葉には一切、反応を示さなかった。
殿下と何度呼ぼうとも、襖を叩こうが爪を立てようが。襖の前にうなだれる万作は、ポツリポツリと続きを語った。
「私は、いつの頃からか殿下を心底お慕いしておりました。おそらく早いうちから。不思議なことでございます、私は決して衆道の気がある訳ではございませぬ。今も昔も。ただ殿下ならばと。いいえ、殿下が良いと」
赤裸々な告白に菅公は、恥ずかしくて堪らなかったが向こう側からは、止めよとの声も掛からない。関白は徹底的に無視する気なのだろう。
「聚楽第へ出仕した頃より、周りを見ては、何某よりは私――というように、比べ安堵するような輩に成り下がってしまいました。浅ましい私の考えは、とうとう行き着く所まで」
「な、何じゃ」
ゴクリと唾を呑み、菅公は問うた。
「殿下の一等を奪っていこうと思ったのです」
「何じゃ、それは?」
「全て奪えるとは思っておりません。ただ、殿下の一等の筆、一等の羽織……など、一等が減れば良いと」
「一等の筆が減っても、新たな筆が一等になるではないか」
「それでも良いのです。それは確実に一等であり、私に譲られると云うことは一等より私を優先して下さったということになります」
妙な屁理屈に菅公は言葉を失ったが、言われてみれば関白が大切にしている物を、自分がねだって下げ渡されたら自身に価値があるように思えるかもしれぬと頷いた。
万作は、続けた。
殿下、欲しいのです――と告げると大抵、ほら――と直ぐに手に乗せてくれたと。
「私は、それが嬉しくて嬉しくて……」
又もや、涙を流し襖にすがり付く
殿下、殿下――と、繰り返される言葉は霞みのように頼りない。その震える肩に、束帯の袖から腕を伸ばした菅公は、突如方向を変え、刀葉樹の手を握った。
「何でしょうか?」
「いや……危うく司命になりそうであったゆえ」
「どいつも、こいつも……」
刀葉樹の呆れ漏れた声に、万作の声音が重なる。さすがに噂になりました――と。
次々と関白の物を下げ渡される万作は、関白のご寵愛著しいと。
勿論、関白に衆道の気がないことを知る者らは、首をひねったと云うが万作ならば、もしかして?となったそうだ。
「この一胴七度は、ダメでしたが……別に、刀が欲しかった訳ではないのです。私は殿下の一等が欲しかったのです。殿下!お聞きですか!?」
無論、返事はない。それでも万作は継いだ。
「私は、殿下の一等が欲しかった!いいえ!私は殿下が欲しかったのです!殿下!お開け下さいませ!」
「あなや!」
「これは良い。今度亡者を刀葉樹に誘う時に申してみよう」
「何を参考にしておるのじゃ!」
「言われてみたくはないですか?」
「……みたい」
何故か、しくしくと泣き始めた菅公に刀葉樹は、ポンポンと背を叩く。
「人とは……いいえ、幽鬼といえども慕われるのは嬉しいもので。そういう者を振り払うのは、身を裂かれる想いが伴うかと……関白はどちらを選ぶのやら……」
万作は叫び、思いの丈を全て吐く。
「刀など欲しくない!逆に見たくもない!私より勝った殿下の一等など、消えれば良い!願う聚楽に存在すらせねば良いと……、それなのに!何故にここにあるのです!私の願いと殿下の願った常世だと聞いております。私の強い嫌悪よりも、殿下の一胴七度への執着が勝ったのですか!? 」
ボロボロと涙を溢す万作は、襖を拳で打ち付ける。ドン!、ドン!、ドン!――と三度、狭間の主の意志が強いのか?襖は、びくともしなかった。
「殿下を一等慕っているのは、私でございます!」
一等が欲しかったわけではない。殿下が欲しかったと切々と訴えた万作に、隔だつ向こう側の関白は、何を思っているのだろうかと菅公は、悲しげに眉を寄せた。
「どいつも、こいつも……」
耳朶を撫でた声音に、面を向ける。声の主である獄官の視線は、豪華絢爛な襖の向こうに向けられていたが、表情には何の感情もありはしない。ただ、その声音は切なげで陽炎のように、ゆらゆらと漂い消えた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
御院家さんがゆく‼︎
涼寺みすゞ
ホラー
顔はいい、性格もたぶん。
でも何故か「面白くない」とフラれる善法の前に、ひとりの美少女が現れた。
浮世離れした言動に影のある生い立ち、彼女は密教の隠された『闇』と呼ばれる存在だった。
「秘密を教える――密教って、密か事なんよ? 」
「普段はあり得ないことが バタン、バタン、と重なって妙なことになるのも因縁なのかなぁ? 」
出逢ったのは因縁か? 偶然か?
神楽坂gimmick
涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。
侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり……
若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん

こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
ホラー
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる