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幽冥聚楽
弐
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万作は、上目遣いで秀次を見やった。その眼は、漆黒の帳に星が煌めくように美しい。しかし、その顔つきにギョッと目を見張ったのは、同輩でもある山本主殿助と、山田三十郎だ。
「でた!万作殿のおねだりじゃ!」
「殿下!また、無理難題を申しますぞ!」
声高に叫び、主を庇うように前に踏み出すのだが、潤む上目遣いは何処へやら――
「人聞きの悪いことを申すな!」
キッ!と、睨み付け食って掛かる。これも慣れているのだろう、ケラケラと笑う秀次は問うた。
「一応、聞いておこう」
「まことで!あの……そのお腰の村正を」
「村……!? 聞かなかったことにする」
「――ッ!? お待ち下さい!殿下!」
万作のあり得ないおねだりに秀次は、聞く耳持たぬと歩を早めるのだが、頼み込めば何とかなった事例もあったのか、引き下がる素振りはなかった。先を進む、主の行く手を遮ろうと慌てて駆け寄る万作に、待ったを掛けたのは山本主殿助。主を守るように割って入る。
「万作殿、度が過ぎるぞ」
「ふん!これで度が過ぎておるのなら、私は普段から度が過ぎておる!」
どうしょうもない減らず口に、今度は山田三十郎が「殿下は、ならぬと申されておるではないか」と、口を挟んだ。
しかし、柳眉を吊り上げ負けじと言い返す
「殿下は、ならぬとは申されておらぬ!申しておるのは、その方じゃ三十郎!」
屁理屈だ。
同輩に喰って掛かる万作に、はぁ――と、呆れが混ざる溜め息を漏らしたのは、他ならぬ関白秀次だ。開かれた唇が、今度は意味あるものを発した。
「な・ら・ぬ」
「殿下ッ!欲しいのです!」
「馬鹿、やれるか」
「殿下ッ!! それでも……!」
とうとう、秀次は両耳を塞いだ。それでも言葉をすがらせる。
「とても良い刀だと聞き及んでおります!一の胴を七回も一刀両断とか!」
聞かぬ――と言う、主の言葉を遮り、万作は言い募る。
一の胴を七回――とは、刀の試し斬りを指す。名刀を所持する者らは、切れ味を確認する為、人を斬る。だが人体のどの部位を斬るかは、それぞれだ。みぞおちなどは斬りやすいとされ、人体を三つ重ねて斬る、三つ胴と呼ばれるものもある。
江戸時代になれば、刀の試し斬り役が存在し、罪人の首をはねる首切り役人がいたのだが、江戸より前は役人ではなく、持ち主であったり依頼された者が罪人を斬り、確認していた。
そして万作が言う、一の胴とは胸の辺りのことである。そこは、あばら骨が多く一刀両断は、かなりの腕前でないと難しいとされていた。
関白豊臣秀次が腰に差すものは、一の胴を七度も切り捨てた村正であり、その素晴らしさに秀次自ら一胴七度と、名づけた名刀であった。
「欲しいのです!」
「そう思うなら自分の目利きで探しだし、一の胴を七度やってみよ」
「私には、そのような剣の腕前はございません!」
「……そなたも、どこか誉めてやろうと思うたが、誉める所などないわ」
呆れた主の声に、主殿助と三十郎は、弾けるような笑い声を上げた。
「万作殿、気に病むな。そなたは、面の皮が厚いのが誰よりも一等ゆえ!」
「あと、足が速いのも良いと思うぞ。殿下が呼べば、誰よりも早く馳せ参じるゆえ」
気に障ったのか、万作は頬を膨らませ
「ふん!」と鼻を鳴らし、そっぽを向く。
どんよりとした薄曇りに、淡い桜の花弁がチラチラと舞う。地面には、山吹鮮やかな菜の花が咲き誇り、春の香りを漂わせていた。
一代で富と権力を手中に収めた豊臣秀吉の嫡男が亡くなり、慌ただしく関白を世襲したのは秀吉の甥にあたる豊臣秀次。
関白職について、一度目の春を迎えたばかりだった。
「でた!万作殿のおねだりじゃ!」
「殿下!また、無理難題を申しますぞ!」
声高に叫び、主を庇うように前に踏み出すのだが、潤む上目遣いは何処へやら――
「人聞きの悪いことを申すな!」
キッ!と、睨み付け食って掛かる。これも慣れているのだろう、ケラケラと笑う秀次は問うた。
「一応、聞いておこう」
「まことで!あの……そのお腰の村正を」
「村……!? 聞かなかったことにする」
「――ッ!? お待ち下さい!殿下!」
万作のあり得ないおねだりに秀次は、聞く耳持たぬと歩を早めるのだが、頼み込めば何とかなった事例もあったのか、引き下がる素振りはなかった。先を進む、主の行く手を遮ろうと慌てて駆け寄る万作に、待ったを掛けたのは山本主殿助。主を守るように割って入る。
「万作殿、度が過ぎるぞ」
「ふん!これで度が過ぎておるのなら、私は普段から度が過ぎておる!」
どうしょうもない減らず口に、今度は山田三十郎が「殿下は、ならぬと申されておるではないか」と、口を挟んだ。
しかし、柳眉を吊り上げ負けじと言い返す
「殿下は、ならぬとは申されておらぬ!申しておるのは、その方じゃ三十郎!」
屁理屈だ。
同輩に喰って掛かる万作に、はぁ――と、呆れが混ざる溜め息を漏らしたのは、他ならぬ関白秀次だ。開かれた唇が、今度は意味あるものを発した。
「な・ら・ぬ」
「殿下ッ!欲しいのです!」
「馬鹿、やれるか」
「殿下ッ!! それでも……!」
とうとう、秀次は両耳を塞いだ。それでも言葉をすがらせる。
「とても良い刀だと聞き及んでおります!一の胴を七回も一刀両断とか!」
聞かぬ――と言う、主の言葉を遮り、万作は言い募る。
一の胴を七回――とは、刀の試し斬りを指す。名刀を所持する者らは、切れ味を確認する為、人を斬る。だが人体のどの部位を斬るかは、それぞれだ。みぞおちなどは斬りやすいとされ、人体を三つ重ねて斬る、三つ胴と呼ばれるものもある。
江戸時代になれば、刀の試し斬り役が存在し、罪人の首をはねる首切り役人がいたのだが、江戸より前は役人ではなく、持ち主であったり依頼された者が罪人を斬り、確認していた。
そして万作が言う、一の胴とは胸の辺りのことである。そこは、あばら骨が多く一刀両断は、かなりの腕前でないと難しいとされていた。
関白豊臣秀次が腰に差すものは、一の胴を七度も切り捨てた村正であり、その素晴らしさに秀次自ら一胴七度と、名づけた名刀であった。
「欲しいのです!」
「そう思うなら自分の目利きで探しだし、一の胴を七度やってみよ」
「私には、そのような剣の腕前はございません!」
「……そなたも、どこか誉めてやろうと思うたが、誉める所などないわ」
呆れた主の声に、主殿助と三十郎は、弾けるような笑い声を上げた。
「万作殿、気に病むな。そなたは、面の皮が厚いのが誰よりも一等ゆえ!」
「あと、足が速いのも良いと思うぞ。殿下が呼べば、誰よりも早く馳せ参じるゆえ」
気に障ったのか、万作は頬を膨らませ
「ふん!」と鼻を鳴らし、そっぽを向く。
どんよりとした薄曇りに、淡い桜の花弁がチラチラと舞う。地面には、山吹鮮やかな菜の花が咲き誇り、春の香りを漂わせていた。
一代で富と権力を手中に収めた豊臣秀吉の嫡男が亡くなり、慌ただしく関白を世襲したのは秀吉の甥にあたる豊臣秀次。
関白職について、一度目の春を迎えたばかりだった。
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