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幽冥竜宮
潜入
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◆◆◆◆◆
「殺ったか……」
「殺ったな」
「殺ったようじゃな」
「ああ、私は椀であったが……執拗な殴打は堪えた」
常世では、各々が口にした。意味は全て同じだ。関白を除いては。
芳乃は、二人で逃げ出すと寝ている男の顔面に、漬物石程の大きさのものを振り下ろした、即死ではなかったにしても一発目で意識はとんだだろう。
繰り返し、石を振り下ろす――!
血肉が、小袖に飛び散るが意にも介さない。息絶えたことを確認すると、懐へ手を差し込み銅銭の入った巾着を抜き取った。
皆で円を囲む、その中央にあるのは太郎の鏡。そこには一部始終が映し出されていた。
ふらふらと歩む芳乃は、常軌を逸しているようにも見えるが、眼前に座る芳乃は、しっかりとした顔つきであり、まともそうに見えた。
「地蔵、芳乃は思い出したが?満足かえ?」
朧は、太郎を一瞥すると問うた。太郎は、静かに首を横に振る「まだじゃ」と。
「芳乃が、未練を残し成仏出来ぬのだ。その未練を断つ必要がある」
「芳乃、そなたの未練とは何ぞや?」
「……これじゃ」
芳乃は鏡を差した、そこには背を向けた六郎と一人の女が寄り添い、笑いあっていた。何かを覗き込んでいるようにも見える。
「ほう、六郎の妻ではないか」
二人して背を向けているものだから、チラチラと映るのは横顔のみである――が、間違いなく鏡に映し出されているのは、六郎と謀略を尽くした妻であった。
ここで響が身を乗り出した、丸々と目を見開いたが何かを察したのか「ふぅん」と唸ると、狩衣の袖を押さえ、しなやかな指先で輪を作る――と、鏡に映る男女を指で弾く。ぱしん!と、空気を打つ音が響くと共に、鏡に映る男女が反転し、そこには、丸々とした赤子を穏やかに見守る父母の顔があった。
「おぉぉ……」
「何と!!」
関白と菅公が、見てはいけない物を見た!という風に、顔一杯に驚愕を浮かべる。
それとは、対照的に芳乃の面は、恨みで歪む。ギリギリと歯噛みする唇は血のように赤い、その唇が震え告げた。私は、この後二人を殺そうと試みた――と。
さもありなん、一同頷く。
芳乃は、瞬きを忘れたように幸せそうな二人に食い入った。
◆◆◆◆◆
一緒に逃げた男を殺したあとは、辻で春を売り近辺を探る。好機は、比較的すぐやってきた。何でも平家一門に慶事があったらしく、大々的な宴を催すとのことで、役人総出で警護にあたることとなった。上役の姪御を正式に妻とした六郎は、少しばかり出世をし、家人を従える身分であった為、当然ながら六郎自身も家人も出払うこととなる。屋敷から人手がごそっと抜ける――こんな好機は、なかなか訪れないだろう。
そして、運が良いことに産まれたばかりの赤子と、その母の為に叔父である上役が手配した下女が遣わされることとなっていた。
乳母や守役は、出自確かな者を雇い入れたらしいが、屋敷の主に目通り叶わない下働きは、厳しい審査などはなく口利きの紹介で簡単に雇い入れられるという。
芳乃は、殺した男から抜き取った銅銭で身支度を整え、二十名程の侍女に紛れ六郎の屋敷へ正面から侵入することに成功し、その日から懸命に働いた。
「殺ったか……」
「殺ったな」
「殺ったようじゃな」
「ああ、私は椀であったが……執拗な殴打は堪えた」
常世では、各々が口にした。意味は全て同じだ。関白を除いては。
芳乃は、二人で逃げ出すと寝ている男の顔面に、漬物石程の大きさのものを振り下ろした、即死ではなかったにしても一発目で意識はとんだだろう。
繰り返し、石を振り下ろす――!
血肉が、小袖に飛び散るが意にも介さない。息絶えたことを確認すると、懐へ手を差し込み銅銭の入った巾着を抜き取った。
皆で円を囲む、その中央にあるのは太郎の鏡。そこには一部始終が映し出されていた。
ふらふらと歩む芳乃は、常軌を逸しているようにも見えるが、眼前に座る芳乃は、しっかりとした顔つきであり、まともそうに見えた。
「地蔵、芳乃は思い出したが?満足かえ?」
朧は、太郎を一瞥すると問うた。太郎は、静かに首を横に振る「まだじゃ」と。
「芳乃が、未練を残し成仏出来ぬのだ。その未練を断つ必要がある」
「芳乃、そなたの未練とは何ぞや?」
「……これじゃ」
芳乃は鏡を差した、そこには背を向けた六郎と一人の女が寄り添い、笑いあっていた。何かを覗き込んでいるようにも見える。
「ほう、六郎の妻ではないか」
二人して背を向けているものだから、チラチラと映るのは横顔のみである――が、間違いなく鏡に映し出されているのは、六郎と謀略を尽くした妻であった。
ここで響が身を乗り出した、丸々と目を見開いたが何かを察したのか「ふぅん」と唸ると、狩衣の袖を押さえ、しなやかな指先で輪を作る――と、鏡に映る男女を指で弾く。ぱしん!と、空気を打つ音が響くと共に、鏡に映る男女が反転し、そこには、丸々とした赤子を穏やかに見守る父母の顔があった。
「おぉぉ……」
「何と!!」
関白と菅公が、見てはいけない物を見た!という風に、顔一杯に驚愕を浮かべる。
それとは、対照的に芳乃の面は、恨みで歪む。ギリギリと歯噛みする唇は血のように赤い、その唇が震え告げた。私は、この後二人を殺そうと試みた――と。
さもありなん、一同頷く。
芳乃は、瞬きを忘れたように幸せそうな二人に食い入った。
◆◆◆◆◆
一緒に逃げた男を殺したあとは、辻で春を売り近辺を探る。好機は、比較的すぐやってきた。何でも平家一門に慶事があったらしく、大々的な宴を催すとのことで、役人総出で警護にあたることとなった。上役の姪御を正式に妻とした六郎は、少しばかり出世をし、家人を従える身分であった為、当然ながら六郎自身も家人も出払うこととなる。屋敷から人手がごそっと抜ける――こんな好機は、なかなか訪れないだろう。
そして、運が良いことに産まれたばかりの赤子と、その母の為に叔父である上役が手配した下女が遣わされることとなっていた。
乳母や守役は、出自確かな者を雇い入れたらしいが、屋敷の主に目通り叶わない下働きは、厳しい審査などはなく口利きの紹介で簡単に雇い入れられるという。
芳乃は、殺した男から抜き取った銅銭で身支度を整え、二十名程の侍女に紛れ六郎の屋敷へ正面から侵入することに成功し、その日から懸命に働いた。
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