6 / 114
幽冥竜宮
風貌
しおりを挟む
菅公の問いかけに、芳乃は迷いなく答えた。その通りじゃ――と。すると菅公は、右手をひらひらと振ってみせ、それが違うのだ――と言う。何が違うのだ?芳乃は眉根を寄せた。
「ここは訪れ人……つまり今宵は、芳乃――その方じゃが、芳乃が思い描く物が現れるのだ」
「つまり私が朱色の御殿を思ったから、御殿が現れたのか?それならば私が、村長の屋敷を思ったら村長の屋敷にそなたらがいるのか?」
「そうじゃ、正確に言えば村長の屋敷と同じ物がここに現れるということだが」
「はは!そなたらには似合わぬの!」
「似合わぬと言われても、以前は可笑しな修験者が訪れ、山の洞窟で膝を付き合わせたこともあったし、先日などは雨漏りのする小屋であった」
「そのような物を思い描くとは、妙な奴もいる者よな?」
「訪れ人が願う物だ、思い入れがあったのであろう……ということで、芳乃、そなたは朱色の御殿を何故夢見たのであろうか?」
菅公が問うた。
「知らぬ、私はただの村人であり御殿など目にしたこともない。話で聞くだけじゃ、思い描く程の思い入れもない。逆に聞くが私は何故、常世へ迷い込んだのであろうか?」
「それは、そなたに未練があるからだ」
こう答えたのは、朧だった。芳乃の返事を聞くまでもなく、継ぐ。
「何か思い出さねばならぬことがある、しかし思い出せぬ以前に、そなたは思い出すことを忘れておる」
「どういう意味じゃ?」
「そなたは、思い出すことなどないと思っているのではないか?」
「確かに、特にない」
「それが間違いであると、太郎はそなたを此処へ寄越した、ところで太郎とは何者だ?そなたの何だ?」
「そう言われてみれば……太郎どんは何者であろうか?朧殿は、太郎どんをご存知か?」
「ああ、お節介な男であろう。それにしても芳乃、そなたの頭は記憶を呼び起こすまいと強い靄がかかっているみたいだ。道理でココに来るまでに刻がかかった筈だ。まずはひとつ、ひとつ思い出して参ろうか、そなた太郎について語ってみよ」
今、太郎が何者であろうか?と、口にしたばかりなのに、太郎について語れとは可笑しなことと、戸惑いの眼差しを向けた。
案の定、蝋燭の火先を思い起こさせる眼とぶつかるのだが、その刹那、閃光が走った!
赤か?
いや、黄色のようにも見えた。
朧の全身から放たれた様にも見えた光は、光というより火の玉だ。二尺程の核部分から、四方に散らばるように弾けた――!
―― ……ッ!!
芳乃は、咄嗟に顔を両手で覆い、横倒しに身を伏せた。襲いかかるような熱を身に浴び、ぐっ――と喉を鳴らす。
妖かしの術でも放ったのだろう。それならば、うかうかと顔を上げ、火の玉に襲われでもしては堪ったものではないと、微動だにせず様子を窺うが、この場にいる筈の他の三人の動く気配がしないのは何としたことか?芳乃は、伏せた面を、ちらりと上げ、一番近い菅公を盗み見る――、
その時、視界にチラリと入った菅公が、ぐるりと反転した!それは瞬きをする間のほんの僅かな瞬間だ。
当然、驚きの声を上げかけるのだが喉から音が発せられる前に耳朶は、けたたまし響きを捉えた。それは板間に打ち付けられる、次いで腕への衝撃、
―― ……ッ!
反転したのは菅公ではなく、芳乃のだった。
勢いよく後方に引っ張り上げられたかと思うと、仰向けに引き倒されたのだ。
何が起こったのかわらない――だが、おそらく光に伏せた芳乃は、首根っこを引っ張り上げられ、引き倒された。
誰に――?おそらく……
芳乃は苛立ちを露に、上から見下ろす男を睨み付けた。
「響殿、何の真似じゃ?」
「朧殿から、荒療治をされたろう?」
「荒療治?先程の光のことか?」
「ああ、あれは人によっては二、三日気を失うからな」
「何故、荒療治をされたのだ?」
「芳乃の記憶を呼び覚ます為の……朧殿は、せっかちだから、もたもたと思い出すのを待つのは好きではないのだ」
「……それで、私は何故引き倒され、背中を強打させられたのだ?」
「二、三日気を失われては、時間の無駄ではないか」
事も無げに響は語る。
美しく微笑む顔は、観音菩薩のようであるのに、片手で引き上げた力と手荒さは鬼のようだ。そして、やはり二人はせっかちだと思う。
芳乃は引き倒されたまま、瞼を閉じ耳を澄ます。池の水が寝殿に寄せているのだろう。水と水がぶつかる音が、衣を洗うようで心地よい。
「ああ、太郎どんは……」
朧から放たれた光のせいか?先程までは、靄の向こうにある風景のようだった記憶が、少しずつ見えるような気がした。
『太郎から勧められ、畦道を歩き、やって来た』
確かに太郎の姿を見たのだが、その姿形でさえ思い出せなかったのが、今、瞼の中に太郎の姿が鮮明に浮かんだ。
「太郎どんは、あの時初めて会った……そうじゃ!! 畦道に立っていた所に太郎どんが現れたのじゃ!! 」
糸口を掴んだ!と、飛び起き嬉々として放つ声音に、静かな声音が重なった。
「初めてあった太郎は、何故、そなたの悩みを知っていたのだ?」
――と。
当然の問いに芳乃は、ぐっと喉を鳴らしモゴモゴと言い淀む……そして答えた。
「確かに……」
「分からぬくせに大層な……」
―― 喜びようだ、と言いたいのだろう。
耳に小指を差し込み、ほじると息を吹き掛ける「ふっ」と、薄く品の良い唇を尖らせ、小馬鹿にしたような態度を見せるのは、観音菩薩のように麗しい響だ。
人は見た目によらぬ――、芳乃は眉根を寄せ、不機嫌さをわざと態度に出すが、そこではた、と気付いた。太郎の風貌についてだ。
「そういえば、太郎どんは顔に大きな傷があった」
「傷?どんな?」
「こう、つむじから右眉に向かって」
芳乃は人差し指で、自身のつむじ辺りを指し示すと、指を眉に向かって下ろしてみせた。太郎の傷は、一度見たら忘れない程、記憶に残る物だったのだ。忘れていたのだが……。
響は、芳乃の動作を真似てみせる。自身の指で、つむじから眉に線を引くと何を満足したのか、うん、うん――と、二度程頷くと踵を返し、元の位置に座した。
「……それ以外は?」
朧が問う。
「特には……」
「そうか、あの光でまだ晴れぬか……。強力な靄だ、響殿これは今一度……」
「止めておけ。朧殿は、浴びたことがないから知らぬだろうが、そなたの光は眩し過ぎる、見ているだけで目眩がする。のう、菅公」
「眩しいだけではない、やられた方は熱くて敵わぬのじゃ。芳乃は運が良い、靄が熱を防いだとみゆる……」
菅公は、あの双眸から放たれる光を喰らったことがあるのか、小刻みに首を左右に振る。
芳乃が光を浴びた時、皆が一言も発しなかったのは、響も菅公も目眩を起こしていたのだ、芳乃は当然、顔色を失った。
「ここは訪れ人……つまり今宵は、芳乃――その方じゃが、芳乃が思い描く物が現れるのだ」
「つまり私が朱色の御殿を思ったから、御殿が現れたのか?それならば私が、村長の屋敷を思ったら村長の屋敷にそなたらがいるのか?」
「そうじゃ、正確に言えば村長の屋敷と同じ物がここに現れるということだが」
「はは!そなたらには似合わぬの!」
「似合わぬと言われても、以前は可笑しな修験者が訪れ、山の洞窟で膝を付き合わせたこともあったし、先日などは雨漏りのする小屋であった」
「そのような物を思い描くとは、妙な奴もいる者よな?」
「訪れ人が願う物だ、思い入れがあったのであろう……ということで、芳乃、そなたは朱色の御殿を何故夢見たのであろうか?」
菅公が問うた。
「知らぬ、私はただの村人であり御殿など目にしたこともない。話で聞くだけじゃ、思い描く程の思い入れもない。逆に聞くが私は何故、常世へ迷い込んだのであろうか?」
「それは、そなたに未練があるからだ」
こう答えたのは、朧だった。芳乃の返事を聞くまでもなく、継ぐ。
「何か思い出さねばならぬことがある、しかし思い出せぬ以前に、そなたは思い出すことを忘れておる」
「どういう意味じゃ?」
「そなたは、思い出すことなどないと思っているのではないか?」
「確かに、特にない」
「それが間違いであると、太郎はそなたを此処へ寄越した、ところで太郎とは何者だ?そなたの何だ?」
「そう言われてみれば……太郎どんは何者であろうか?朧殿は、太郎どんをご存知か?」
「ああ、お節介な男であろう。それにしても芳乃、そなたの頭は記憶を呼び起こすまいと強い靄がかかっているみたいだ。道理でココに来るまでに刻がかかった筈だ。まずはひとつ、ひとつ思い出して参ろうか、そなた太郎について語ってみよ」
今、太郎が何者であろうか?と、口にしたばかりなのに、太郎について語れとは可笑しなことと、戸惑いの眼差しを向けた。
案の定、蝋燭の火先を思い起こさせる眼とぶつかるのだが、その刹那、閃光が走った!
赤か?
いや、黄色のようにも見えた。
朧の全身から放たれた様にも見えた光は、光というより火の玉だ。二尺程の核部分から、四方に散らばるように弾けた――!
―― ……ッ!!
芳乃は、咄嗟に顔を両手で覆い、横倒しに身を伏せた。襲いかかるような熱を身に浴び、ぐっ――と喉を鳴らす。
妖かしの術でも放ったのだろう。それならば、うかうかと顔を上げ、火の玉に襲われでもしては堪ったものではないと、微動だにせず様子を窺うが、この場にいる筈の他の三人の動く気配がしないのは何としたことか?芳乃は、伏せた面を、ちらりと上げ、一番近い菅公を盗み見る――、
その時、視界にチラリと入った菅公が、ぐるりと反転した!それは瞬きをする間のほんの僅かな瞬間だ。
当然、驚きの声を上げかけるのだが喉から音が発せられる前に耳朶は、けたたまし響きを捉えた。それは板間に打ち付けられる、次いで腕への衝撃、
―― ……ッ!
反転したのは菅公ではなく、芳乃のだった。
勢いよく後方に引っ張り上げられたかと思うと、仰向けに引き倒されたのだ。
何が起こったのかわらない――だが、おそらく光に伏せた芳乃は、首根っこを引っ張り上げられ、引き倒された。
誰に――?おそらく……
芳乃は苛立ちを露に、上から見下ろす男を睨み付けた。
「響殿、何の真似じゃ?」
「朧殿から、荒療治をされたろう?」
「荒療治?先程の光のことか?」
「ああ、あれは人によっては二、三日気を失うからな」
「何故、荒療治をされたのだ?」
「芳乃の記憶を呼び覚ます為の……朧殿は、せっかちだから、もたもたと思い出すのを待つのは好きではないのだ」
「……それで、私は何故引き倒され、背中を強打させられたのだ?」
「二、三日気を失われては、時間の無駄ではないか」
事も無げに響は語る。
美しく微笑む顔は、観音菩薩のようであるのに、片手で引き上げた力と手荒さは鬼のようだ。そして、やはり二人はせっかちだと思う。
芳乃は引き倒されたまま、瞼を閉じ耳を澄ます。池の水が寝殿に寄せているのだろう。水と水がぶつかる音が、衣を洗うようで心地よい。
「ああ、太郎どんは……」
朧から放たれた光のせいか?先程までは、靄の向こうにある風景のようだった記憶が、少しずつ見えるような気がした。
『太郎から勧められ、畦道を歩き、やって来た』
確かに太郎の姿を見たのだが、その姿形でさえ思い出せなかったのが、今、瞼の中に太郎の姿が鮮明に浮かんだ。
「太郎どんは、あの時初めて会った……そうじゃ!! 畦道に立っていた所に太郎どんが現れたのじゃ!! 」
糸口を掴んだ!と、飛び起き嬉々として放つ声音に、静かな声音が重なった。
「初めてあった太郎は、何故、そなたの悩みを知っていたのだ?」
――と。
当然の問いに芳乃は、ぐっと喉を鳴らしモゴモゴと言い淀む……そして答えた。
「確かに……」
「分からぬくせに大層な……」
―― 喜びようだ、と言いたいのだろう。
耳に小指を差し込み、ほじると息を吹き掛ける「ふっ」と、薄く品の良い唇を尖らせ、小馬鹿にしたような態度を見せるのは、観音菩薩のように麗しい響だ。
人は見た目によらぬ――、芳乃は眉根を寄せ、不機嫌さをわざと態度に出すが、そこではた、と気付いた。太郎の風貌についてだ。
「そういえば、太郎どんは顔に大きな傷があった」
「傷?どんな?」
「こう、つむじから右眉に向かって」
芳乃は人差し指で、自身のつむじ辺りを指し示すと、指を眉に向かって下ろしてみせた。太郎の傷は、一度見たら忘れない程、記憶に残る物だったのだ。忘れていたのだが……。
響は、芳乃の動作を真似てみせる。自身の指で、つむじから眉に線を引くと何を満足したのか、うん、うん――と、二度程頷くと踵を返し、元の位置に座した。
「……それ以外は?」
朧が問う。
「特には……」
「そうか、あの光でまだ晴れぬか……。強力な靄だ、響殿これは今一度……」
「止めておけ。朧殿は、浴びたことがないから知らぬだろうが、そなたの光は眩し過ぎる、見ているだけで目眩がする。のう、菅公」
「眩しいだけではない、やられた方は熱くて敵わぬのじゃ。芳乃は運が良い、靄が熱を防いだとみゆる……」
菅公は、あの双眸から放たれる光を喰らったことがあるのか、小刻みに首を左右に振る。
芳乃が光を浴びた時、皆が一言も発しなかったのは、響も菅公も目眩を起こしていたのだ、芳乃は当然、顔色を失った。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

晴明さんちの不憫な大家
烏丸紫明@『晴明さんちの不憫な大家』発売
キャラ文芸
最愛の祖父を亡くした、主人公――吉祥(きちじょう)真備(まきび)。
天蓋孤独の身となってしまった彼は『一坪の土地』という奇妙な遺産を託される。
祖父の真意を知るため、『一坪の土地』がある岡山県へと足を運んだ彼を待っていた『モノ』とは。
神さま・あやかしたちと、不憫な青年が織りなす、心温まるあやかし譚――。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる