上 下
13 / 14

藍川の罠と奇跡の逆転劇

しおりを挟む

「待ってください」



 その声は、檀上を下りようとした咲に向かって発せられたものだった。



「何? 藍川君。私はちゃんと弁明をしたわ。みんなも納得してくれた。これ以上一体何をしろと言うの?」



「確かに、素晴らしい弁明でした。疑いようがありません。もっとも、僕は最初から信じていましたけどね」



 少々粘っこい口調で藍川は言う。



「しかし、まだ一部納得していない生徒達がいるようです。ほら」



 藍川が指差したのは、前の方の席の一角だ。彼が生徒会室に来る時に一緒だった、素行の悪そうな鬼の生徒達が集まっている。



「残念ながら、会長の言葉を理解できないようです。彼らを納得させるには、力を示していただくのが一番です」



 藍川が右手を上げた。一人の鬼の生徒が、黒い棒のようなものを持って演壇に駆け寄ってくる。その房を藍川に手渡した。

長さ一メートル程の太い金属の棒だった。



「これは?」



「見ての通り、鉄の棒ですよ」



 藍川が鉄の棒を咲に差し出す。



「会長、この棒を曲げて見せてくれませんか? 皆が見ている今、この場で」



「………」



 咲の表情が強張った。



「この太さですからかなりの強度があります。正直僕でも、曲げるのがやっとといった感じでしょう。でも、会長は力自慢で有名な純血の赤鬼、ちょうちょ結びぐらいにはしてしまえるかもしれませんね」



 咲は手を伸ばそうとしなかった。黙ってその場に立ち尽くしている。



「どうした? どうした? 曲げられないのか!?」



 鬼の生徒達から野次が飛ぶ。



「本物の鬼ならそれぐらい楽勝だろ!? さっさとやれよ!」



「曲げろ!」



「曲げろって!」



「まーっげーっろっ!」



「まーっげーっろっ!」



 曲げろコールが講堂に響き渡る。

 藍川は鉄の棒を咲の足元に転がした。



「さあ、お願いします。会長が鬼であるという証拠を、ここで見せて下さい」



 ★



 動こうとしない咲に、集まった生徒達から困惑の声が上がる。



「会長、どうして何もしないんだろ?」



「鬼の力なら曲げられるはずなのに」



「ひょっとして、金属アレルギーとか?」



「そんな話、聞いたことないわ」



 やがてそれは、当然たどり着くであろう疑惑へと向かう。



「ひょっとして、会長は曲げられないんじゃないのか?」



「会長には鬼の力がない…」



「本当の本当に、人間だとか?」



 そんな声が、あちこちで囁かれるようになった。



「おいおい、これってマズいだろ?」



 耕一が焦った声を出す。



「って言うか、赤沢会長どうしてあれを曲げないんだ? 出来ないってことないよな? なあ?」



「ああ、うるさい! ボクに聞かれても困るよ!」



 しつこい耕一に、桃代が声を張り上げる。



「赤沢会長があれを曲げられるか曲げられないか? それはボクには分からない。でも、一つだけ言えるよ。あの棒を曲げない限り、この膨れ上がった疑惑を消すことはできないよ」



(無理だよ。会長は人間なんだから、あんな鉄の棒、曲げられるはずがないんだ!)



 倉之助は絶望的な気持ちになる。



 桃代が言ったとおり、あの棒を曲げない限り疑惑は消えない。それどころか、この状況が長引けば長引く程に、疑惑は確信へと変わって行ってしまう。



 檀上に立つ咲を倉之助は見た。必死にそれを隠そうとはしているが、焦りの色が見てとれた。

 咲を助けたい。倉之助は強くそう思う。



(だけど、僕に何が出来るって言うんだよ)



 真上を見上げ嘆く倉之助の目に、高い天井で灯っている幾本もの蛍光灯が映る。

 窓が少ない講堂は昼間と言えども薄暗い。ましてや、今日のように外が曇り空だと、電気をつけなければほぼ真っ暗になってしまう。



「!?」

 倉之助はハッとし後ろを見る。探し物はすぐに見つかった。講堂内の電灯のスイッチだ。四つのスイッチの上には、古いブレーカーまである。

 最後に倉之助が見たのは、自分の左腕の手首だった。

 少しだけ躊躇いの表情を浮かべるも、倉之助は強く首を振る。



 そして、何かを決意した様子で力強く頷いた。



 ★



 相変わらず曲げろコールは続いていた。そして、咲は立ち尽くしたままだった。

 頃合いを見計らったのか、藍川が大きく右手を持ち上げ合図をする。騒いでいた鬼の生徒達が口を閉じる。



「不思議ですね。どうして曲げないんですか? 純潔の赤鬼である貴方なら簡単なことのはずなのに。手に取ろうともしないなんて」



「………」



 押し黙る咲に向かって、藍川は笑みを浮かべる。弱者をいたぶる嗜虐的な笑みだ。

 勝ち誇ったように、藍川は声を張り上げる。



「これで証明されましたね! 会長、いや赤沢咲さん! 貴女は鬼じゃない! ただの非力な人間だ! これまで僕達を騙してきたんだ! さあ、土下座の謝罪をして下さい! 今、この場で!!!」



 唇を噛み締め、咲が強く瞳を閉じる。

 と、その時だった。パンと言う音と共に講堂内の明かりが落ちる。窓の意味もなく、講堂内は真っ暗となる。



「何だ! どうしていきなり電気が」



 藍川が叫ぶ。

 まもなくして、蛍光灯が再び明かりを灯した。



「さあ続きです。貴女はもう終わりなんですよ! 大人しく僕の言うとおりに………」



 そこで、藍川の表情が固まった。



「嘘…だ? こんな……」



 藍川の視線は、咲の足元へと注がれている。



「?」

 藍川の異変に気付き、咲もまた自分の足元を見た。

 咲は最初、それが何なのか分からなかった。ただの黒いボールにしか見えなかった。

 だがその正体が分かった瞬間、咲は驚き息を飲む。

 それは、かつって鉄の棒だった物だった。

 曲がるどころの話ではなかった。ちょうちょ結びどころの話でもなかった。こねくり回され、潰され、巻かれ、ボールの形に固められていたのだ。



「おい、あれって……」



「鉄の棒…だったんだよな?」



 集まった生徒達もその存在に気付く。



「会長だ、会長がやったんだ!」



「スゲー、やっぱり純血の赤鬼の力は一味違うよ!」



 そんな声が上がる。



「ちょ、ちょっと待てよ! 暗くて何も見えなかっただろ? 誰か別の鬼がやったんじゃないのか!?」



「そうだ! そうだ! あの女がやったって証拠はない!」



 曲げろコールをしていた鬼の生徒達が上ずった声で叫ぶも、



「お前らいい加減にしろ!」



 ガラガラとした声が講堂内に響く。声の主は、ジャージ姿の男性教師だった。堂々たる体躯に、モジャモジャとした緑色の毛。金色の瞳に太い角。正真正銘の緑鬼だった。



 体育科の教師の、轟田だった。純血の鬼で力も強く、素行の良くない鬼の生徒達からも恐れられている。

 轟田はギョロリとした目で騒いでいた鬼の生徒達を睨み付ける。



「お前らも鬼の血を引いてるなら分かるだろ? あの鉄の棒をあんな形に出来る鬼なんて、そうはいないんだよ。純血の緑鬼である俺だって不可能なことだ。あれが出来るとしたら、怪力無双として恐れられた赤沢の鬼ぐらいなものだな」



「う…」



 轟田の言葉に、鬼の生徒達が押し黙る。



「どういうことだ?」



「藍川さんの話じゃ、間違いないって話だったのに」



「やっぱり、あの女は本物…」



「くそっ、藍川め! ガセネタで俺達をたきつけやがって!」



 視線が、檀上にいる藍川へと向けられる。



「そんなはずはない! そんなはずはないんだ!」



 自分に言い聞かせるように、藍川はブツブツと呟いた。



「赤沢本家に出入りしている合気道講師の存在、赤沢本家によって徹底的にガードされている赤沢咲出生時の記録。僕が張り紙に書いた内容は全て正しいはずだ。正しいはずなんだ!」



「そう、あの張り紙をした犯人は貴方だったのね。藍川君」



 咲が藍川を冷ややかな目で見た。



「貴方、相当に根性がねじ曲がっているようね。一時でも貴方を信じて副会長に任命した自分を恥ずかしく思うわ」



「うるさい! 黙れ! 黙れ黙れ!」



 藍川が叫び。もはや、当初の冷静な優等生の面影はどこにもない。



「角だ! その偽物の角さえ取ってしまえば、僕の推理が正しかったことが証明される!」



 咲の頭の角を掴もうと、藍川が咲へと襲いかかってくる。

 咲は軽く半身をずらし藍川の攻撃を避けると、その腕を掴む。

 次の瞬間、藍川は大きく投げ飛ばされた。講堂の壁に激突、ぐえっと悲鳴を上げそのまま落下する。

 その鮮やかな投げっぷりは、誰がどう見ても鬼の力によるものとしか思えなかった。

 咲はファサリと髪の毛をかきあげると、悠然と言い放つ。



「角に触っていいのは恋人だけって言ったわよね」



 一瞬の静寂の後、生徒達から大歓声が上がる。

 自らの力を見ことに示し疑いを晴らした生徒会長、赤沢咲への賛辞の歓声だった。



 ★



 集まっていた生徒達も解散し、講堂には咲を始めとする生徒会メンバーだけが残された。

 藍川は、轟田によって生活指導室へと連れて行かれている。咲に対する誹謗中傷の張り紙をしたことで、こっぴどく絞られるだろう。学校として、謹慎もしくは停学という処分は下されるはずだ。



「やっぱり会長はすごいですよ!」



「鉄の棒を玉にしちゃうなんて、おれ、感激です!」



「そ、そう」



 ややぎこちなく咲が答える。何もしていない彼女としては返事に困るところだった。



「皆、心配をかけたわね。これでもう大丈夫だから」



 何が起こったのか咲自体よく分かっていなかったものの、メンバー達に労いの言葉をかける。



「ところで井戸田君、電気のことなのだけど?」



「あ、はい。一応調べました。ブレーカーが落ちてたみたいです。誰かがわざと落としたって可能性もありますが、あのタイミングでそんなことする理由もありませんし、おそらく自然とでしょう。古い建物だし、配線にも不可がかかってるのかもしれません」



「そう…」



 咲は考え込む。



「さ、いつまでもこんな所にいないで、生徒会室に戻ろ」



「ささやかな祝杯もあげたいしな。あと、この玉も飾らないと」



 講堂を後にするメンバー達。咲もその後に続く。



「あ、ブレーカー落しておかないと」



「それなら私がやるわ」



 最後の咲が、ブレーカーに近寄る。

 と、その足が止まった。



「あれ、これって?」



 丁度ブレーカーの真下辺りの床に落ちていた何かを拾い上げる。



「間違いないわ。でも、どうしてこんな所に?」



 困惑する咲に、先に行ったメンバー達から声がかかる。



「あれ、会長。どうしたんですか?」



「ううん、何でもないわ。何でも」



 咲は拾ったそれをポケットに入れると、ブレーカーを落とした。

 そして、暗くなった講堂を後にしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

ほつれた心も縫い留めて ~三十路の女王は紳士な針子にぬいぐるみごと愛でられる~

穂祥 舞
恋愛
亜希(あき)はチェーンスーパーの店舗事務でチーフを務める。その威圧感から職場では「女王」と呼ばれ、30歳に手が届いた現在、彼氏なし。そんな彼女の趣味は、うさぎのぬいぐるみを撮影し、SNSにアップすることだ。 ある日の朝、公園で撮影をしていた亜希は、自分と年齢の近い男性にその現場を目撃され、逃げ帰る。その日の夕刻、店長の代わりに弁当をぬいぐるみ病院に配達した亜希は、公園で出会った男性・千種(ちぐさ)がその病院の「医師」であることを知る。 ぬいぐるみを大切にする人を馬鹿にしない千種に、亜希は好印象を抱く。ぬいぐるみの修理を千種に依頼しようとする亜希だが、その1ヶ月の間、預けた子の代わりに自分がなろうと、千種が奇妙な提案をしてきて……。 ☆この物語はフィクションです。実在する人物・団体とは、何の関係もありません。★エブリスタにも掲載しています。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

夢物語

遠藤きっか
恋愛
遠藤きっかという女の子が主役のお話です^ ^ 韓国の方との恋愛話です⭐︎ よかったら見てください^_^ 未熟ですがお願いします^ ^

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

寒がりな氷結眼鏡魔導士は、七匹のウサギとほっこり令嬢の温もりに癒され、愛を知る

ウサギテイマーTK
恋愛
伯爵家のミーヤは、動物の飼育と編み物が好きな、ちょっとおっとりした女の子である。婚約者のブルーノは、地味なミーヤが気に入らず、ミーヤの義姉ロアナと恋に落ちたため、ミーヤに婚約破棄を言い渡す。その件も含め、実の父親から邸を追い出されたミーヤは、吹雪のため遭難したフィーザを助けることになる。眼鏡をかけた魔導士フィーザは氷結魔法の使い手で、魔導士団の副団長を務まる男だった。ミーヤはフィーザと徐々に心を通わすようになるが、ミーヤを追い出した実家では、不穏な出来事が起こるようになる。ミーヤの隠れた能力は、次第に花開いていく。 ☆9月1日にHotランキングに載せていただき感謝です!! ☆「なろう」様にも投稿していますが、こちらは加筆してあります。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...