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藍川の罠と奇跡の逆転劇
しおりを挟む「待ってください」
その声は、檀上を下りようとした咲に向かって発せられたものだった。
「何? 藍川君。私はちゃんと弁明をしたわ。みんなも納得してくれた。これ以上一体何をしろと言うの?」
「確かに、素晴らしい弁明でした。疑いようがありません。もっとも、僕は最初から信じていましたけどね」
少々粘っこい口調で藍川は言う。
「しかし、まだ一部納得していない生徒達がいるようです。ほら」
藍川が指差したのは、前の方の席の一角だ。彼が生徒会室に来る時に一緒だった、素行の悪そうな鬼の生徒達が集まっている。
「残念ながら、会長の言葉を理解できないようです。彼らを納得させるには、力を示していただくのが一番です」
藍川が右手を上げた。一人の鬼の生徒が、黒い棒のようなものを持って演壇に駆け寄ってくる。その房を藍川に手渡した。
長さ一メートル程の太い金属の棒だった。
「これは?」
「見ての通り、鉄の棒ですよ」
藍川が鉄の棒を咲に差し出す。
「会長、この棒を曲げて見せてくれませんか? 皆が見ている今、この場で」
「………」
咲の表情が強張った。
「この太さですからかなりの強度があります。正直僕でも、曲げるのがやっとといった感じでしょう。でも、会長は力自慢で有名な純血の赤鬼、ちょうちょ結びぐらいにはしてしまえるかもしれませんね」
咲は手を伸ばそうとしなかった。黙ってその場に立ち尽くしている。
「どうした? どうした? 曲げられないのか!?」
鬼の生徒達から野次が飛ぶ。
「本物の鬼ならそれぐらい楽勝だろ!? さっさとやれよ!」
「曲げろ!」
「曲げろって!」
「まーっげーっろっ!」
「まーっげーっろっ!」
曲げろコールが講堂に響き渡る。
藍川は鉄の棒を咲の足元に転がした。
「さあ、お願いします。会長が鬼であるという証拠を、ここで見せて下さい」
★
動こうとしない咲に、集まった生徒達から困惑の声が上がる。
「会長、どうして何もしないんだろ?」
「鬼の力なら曲げられるはずなのに」
「ひょっとして、金属アレルギーとか?」
「そんな話、聞いたことないわ」
やがてそれは、当然たどり着くであろう疑惑へと向かう。
「ひょっとして、会長は曲げられないんじゃないのか?」
「会長には鬼の力がない…」
「本当の本当に、人間だとか?」
そんな声が、あちこちで囁かれるようになった。
「おいおい、これってマズいだろ?」
耕一が焦った声を出す。
「って言うか、赤沢会長どうしてあれを曲げないんだ? 出来ないってことないよな? なあ?」
「ああ、うるさい! ボクに聞かれても困るよ!」
しつこい耕一に、桃代が声を張り上げる。
「赤沢会長があれを曲げられるか曲げられないか? それはボクには分からない。でも、一つだけ言えるよ。あの棒を曲げない限り、この膨れ上がった疑惑を消すことはできないよ」
(無理だよ。会長は人間なんだから、あんな鉄の棒、曲げられるはずがないんだ!)
倉之助は絶望的な気持ちになる。
桃代が言ったとおり、あの棒を曲げない限り疑惑は消えない。それどころか、この状況が長引けば長引く程に、疑惑は確信へと変わって行ってしまう。
檀上に立つ咲を倉之助は見た。必死にそれを隠そうとはしているが、焦りの色が見てとれた。
咲を助けたい。倉之助は強くそう思う。
(だけど、僕に何が出来るって言うんだよ)
真上を見上げ嘆く倉之助の目に、高い天井で灯っている幾本もの蛍光灯が映る。
窓が少ない講堂は昼間と言えども薄暗い。ましてや、今日のように外が曇り空だと、電気をつけなければほぼ真っ暗になってしまう。
「!?」
倉之助はハッとし後ろを見る。探し物はすぐに見つかった。講堂内の電灯のスイッチだ。四つのスイッチの上には、古いブレーカーまである。
最後に倉之助が見たのは、自分の左腕の手首だった。
少しだけ躊躇いの表情を浮かべるも、倉之助は強く首を振る。
そして、何かを決意した様子で力強く頷いた。
★
相変わらず曲げろコールは続いていた。そして、咲は立ち尽くしたままだった。
頃合いを見計らったのか、藍川が大きく右手を持ち上げ合図をする。騒いでいた鬼の生徒達が口を閉じる。
「不思議ですね。どうして曲げないんですか? 純潔の赤鬼である貴方なら簡単なことのはずなのに。手に取ろうともしないなんて」
「………」
押し黙る咲に向かって、藍川は笑みを浮かべる。弱者をいたぶる嗜虐的な笑みだ。
勝ち誇ったように、藍川は声を張り上げる。
「これで証明されましたね! 会長、いや赤沢咲さん! 貴女は鬼じゃない! ただの非力な人間だ! これまで僕達を騙してきたんだ! さあ、土下座の謝罪をして下さい! 今、この場で!!!」
唇を噛み締め、咲が強く瞳を閉じる。
と、その時だった。パンと言う音と共に講堂内の明かりが落ちる。窓の意味もなく、講堂内は真っ暗となる。
「何だ! どうしていきなり電気が」
藍川が叫ぶ。
まもなくして、蛍光灯が再び明かりを灯した。
「さあ続きです。貴女はもう終わりなんですよ! 大人しく僕の言うとおりに………」
そこで、藍川の表情が固まった。
「嘘…だ? こんな……」
藍川の視線は、咲の足元へと注がれている。
「?」
藍川の異変に気付き、咲もまた自分の足元を見た。
咲は最初、それが何なのか分からなかった。ただの黒いボールにしか見えなかった。
だがその正体が分かった瞬間、咲は驚き息を飲む。
それは、かつって鉄の棒だった物だった。
曲がるどころの話ではなかった。ちょうちょ結びどころの話でもなかった。こねくり回され、潰され、巻かれ、ボールの形に固められていたのだ。
「おい、あれって……」
「鉄の棒…だったんだよな?」
集まった生徒達もその存在に気付く。
「会長だ、会長がやったんだ!」
「スゲー、やっぱり純血の赤鬼の力は一味違うよ!」
そんな声が上がる。
「ちょ、ちょっと待てよ! 暗くて何も見えなかっただろ? 誰か別の鬼がやったんじゃないのか!?」
「そうだ! そうだ! あの女がやったって証拠はない!」
曲げろコールをしていた鬼の生徒達が上ずった声で叫ぶも、
「お前らいい加減にしろ!」
ガラガラとした声が講堂内に響く。声の主は、ジャージ姿の男性教師だった。堂々たる体躯に、モジャモジャとした緑色の毛。金色の瞳に太い角。正真正銘の緑鬼だった。
体育科の教師の、轟田だった。純血の鬼で力も強く、素行の良くない鬼の生徒達からも恐れられている。
轟田はギョロリとした目で騒いでいた鬼の生徒達を睨み付ける。
「お前らも鬼の血を引いてるなら分かるだろ? あの鉄の棒をあんな形に出来る鬼なんて、そうはいないんだよ。純血の緑鬼である俺だって不可能なことだ。あれが出来るとしたら、怪力無双として恐れられた赤沢の鬼ぐらいなものだな」
「う…」
轟田の言葉に、鬼の生徒達が押し黙る。
「どういうことだ?」
「藍川さんの話じゃ、間違いないって話だったのに」
「やっぱり、あの女は本物…」
「くそっ、藍川め! ガセネタで俺達をたきつけやがって!」
視線が、檀上にいる藍川へと向けられる。
「そんなはずはない! そんなはずはないんだ!」
自分に言い聞かせるように、藍川はブツブツと呟いた。
「赤沢本家に出入りしている合気道講師の存在、赤沢本家によって徹底的にガードされている赤沢咲出生時の記録。僕が張り紙に書いた内容は全て正しいはずだ。正しいはずなんだ!」
「そう、あの張り紙をした犯人は貴方だったのね。藍川君」
咲が藍川を冷ややかな目で見た。
「貴方、相当に根性がねじ曲がっているようね。一時でも貴方を信じて副会長に任命した自分を恥ずかしく思うわ」
「うるさい! 黙れ! 黙れ黙れ!」
藍川が叫び。もはや、当初の冷静な優等生の面影はどこにもない。
「角だ! その偽物の角さえ取ってしまえば、僕の推理が正しかったことが証明される!」
咲の頭の角を掴もうと、藍川が咲へと襲いかかってくる。
咲は軽く半身をずらし藍川の攻撃を避けると、その腕を掴む。
次の瞬間、藍川は大きく投げ飛ばされた。講堂の壁に激突、ぐえっと悲鳴を上げそのまま落下する。
その鮮やかな投げっぷりは、誰がどう見ても鬼の力によるものとしか思えなかった。
咲はファサリと髪の毛をかきあげると、悠然と言い放つ。
「角に触っていいのは恋人だけって言ったわよね」
一瞬の静寂の後、生徒達から大歓声が上がる。
自らの力を見ことに示し疑いを晴らした生徒会長、赤沢咲への賛辞の歓声だった。
★
集まっていた生徒達も解散し、講堂には咲を始めとする生徒会メンバーだけが残された。
藍川は、轟田によって生活指導室へと連れて行かれている。咲に対する誹謗中傷の張り紙をしたことで、こっぴどく絞られるだろう。学校として、謹慎もしくは停学という処分は下されるはずだ。
「やっぱり会長はすごいですよ!」
「鉄の棒を玉にしちゃうなんて、おれ、感激です!」
「そ、そう」
ややぎこちなく咲が答える。何もしていない彼女としては返事に困るところだった。
「皆、心配をかけたわね。これでもう大丈夫だから」
何が起こったのか咲自体よく分かっていなかったものの、メンバー達に労いの言葉をかける。
「ところで井戸田君、電気のことなのだけど?」
「あ、はい。一応調べました。ブレーカーが落ちてたみたいです。誰かがわざと落としたって可能性もありますが、あのタイミングでそんなことする理由もありませんし、おそらく自然とでしょう。古い建物だし、配線にも不可がかかってるのかもしれません」
「そう…」
咲は考え込む。
「さ、いつまでもこんな所にいないで、生徒会室に戻ろ」
「ささやかな祝杯もあげたいしな。あと、この玉も飾らないと」
講堂を後にするメンバー達。咲もその後に続く。
「あ、ブレーカー落しておかないと」
「それなら私がやるわ」
最後の咲が、ブレーカーに近寄る。
と、その足が止まった。
「あれ、これって?」
丁度ブレーカーの真下辺りの床に落ちていた何かを拾い上げる。
「間違いないわ。でも、どうしてこんな所に?」
困惑する咲に、先に行ったメンバー達から声がかかる。
「あれ、会長。どうしたんですか?」
「ううん、何でもないわ。何でも」
咲は拾ったそれをポケットに入れると、ブレーカーを落とした。
そして、暗くなった講堂を後にしたのだった。
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