1 / 30
エピソード1 タイムリミットは44週
1、わたしを彼女にしてください!
しおりを挟む「ああ、彼女が欲しい」
切実な願いを込めて少年は呟いた。
小柄な少年だ。髪の毛は短め、あまり手入れのされていない無造作ヘアーで太い眉毛が特徴的だった。
少年の名前は今市桔平、ここ、埼玉県山越市、古河岸高校の2年A組の生徒だ。
時は放課後。上履きから外履きに履き替え玄関から校舎の外に出たところだった。
これまでの人生、彼女ができたことは一度としてなかった。と言うか、ついこの間まで興味すらなかった。
だけど、一週間程前のゴールデンウィーク中に小学校からの友人が彼女とデートしている場面と遭遇。その幸せそうな様子にすっかり感化されてしまったのだ。
(オレも彼女を作って幸せになりたい!)
次いで桔平は願う。
(とびっきりに可愛い女の子がオレに告白してくれたりしないかな? 彼女にしてくださいなんて言ってきてくれないかな?)
そんな都合のいい妄想を膨らめながら桔平は学校の校門を通過する。
と、桔平は気付いた。校門脇のコンクリートの支柱に背中を預け、一人の少女が立っていることに。
黒っぽい色のワンピースを着た少女だった。少々クセのある柔らかそうな髪の毛を、頭の両脇でまとめている。柔和な顔立ちにその髪型がよく似合っていた。そして、紛れもない美少女だった。
いや、美少女と形容するのは適切ではないのかもしれない。少女は、ふわふわとした雰囲気の独特の可愛らしさを持っていた。ビューティフルではなく、キュートとかプリティーといった表現がしっくりと来る感じだった。
どのみち、男子達の注目を集めることには変わりない。事実、下校する男子生徒達が気になる様子で少女を横目で見ながら通り過ぎていく。
まるで誰かを待っているかのように、その場所にたたずんでいる。
(うちの学校の生徒じゃないよな)
制服は着ていないし、それに同じ学校だったらとっくの昔に話題になっているはずだ。
おそらく、他校の生徒なのだろうと桔平は判断する。近隣には私服の許される高校も数は少ないが存在している。
(誰かを待っているのかな。友達? それとも、彼氏とか)
自分には関係のないことだと桔平は思った。
そのまま少女の前を通り過ぎた直後だった。
「あっ!?」
少女の口から声が漏れた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください~! ぷり~~~ず!」
少女は支柱から背中を離すと駆け足で桔平の前へと躍り出た。
いきなり行く手を阻まれる形となり、桔平は驚き足を止める。
「ふう、良かったです。わたし、うっかりしてました。駄目ですね、こういうことは最初が肝心なのに」
ぺロっと舌を出して茶目っ気のある表情を見せる。
「わたし、いっつも教官に注意されてたんです。お前はどうも注意力が散漫だって。そんなんじゃ肝心のターゲットをみすみす見逃してしまうって」
懐かしそうに語るも、穏やかに聞いている余裕なんて桔平にはない。まだ驚きは収まっていない。こんな可愛い女の子に呼び止められる理由というのにまるで心当たりがないのだ。
「お、オレに何か用か?」
かろうじてそう声を出すのが精一杯だった。
「はい、用事です。重要かつこれでもかってぐらい大切な用事なのです」
神妙な顔つきで頷いて見せてから、少女は桔平に向かってニパって笑顔になる。
そして、人目も気にしない大音量で言い放った。
「桔平さん。わたしを彼女にしてください!」
わたしを彼女にしてください!
わたしを彼女にしてください!
わたしを彼女にしてください!
わたしを彼女にしてください!
衝撃的なその言葉が、エコーがかかったように桔平の頭蓋骨の中に反響する。
「なっ!!!」
思わず息が止まってしまうほどに桔平は驚く。
少女の爆弾発言に辺りの生徒達も足を止めた。桔平と少女の二人に並々ならぬ視線を注いで来る。
(どうしてあんな可愛い女の子があんなパッとしない男なんかに!?)
(う、うらやましい!)
男子達のやっかみの波動すら感じられる。もし桔平だって傍観者の立場だったら同じことを思っていただろう。
桔平は強烈に居心地が悪くなった。こんな理由で注目を浴びるなんてこれまでの人生で一度もなかったことだからだ。
いたたまれなくなった桔平は少女の腕を掴むと、足早にその場を後にする。
そのまま校舎裏までやって来る。薄暗くてジメジメしていて気持ちのいい場所ではないが、ここなら生徒達の好奇の目にさらされることもない。
少女の腕を離し、幾度も深呼吸をしてから桔平は確かめるように尋ねた。
「あの…さ。悪いけどもう一度言ってくれないか? オレの聞き間違いかもしれないから」
「はい、もちろん何度だって言いますよ」
ニッコリと微笑んでから、少女は堂々と言葉を繰り返す。
「桔平さん、わたしを彼女にしてください!」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。だけどまだまだ確認しておかなくちゃならないことがある。
「その彼女って言うのは、世間一般的な彼女ってことだよな? 別名、恋人とも言う」
「はい、そうです。世間一般的な彼女ってことです。別名、恋人とも言いますね」
真面目に少女は桔平の確認に付き合う。
「それじゃ、人違いってことはないか? 実は君は目が悪くて、別の桔平と勘違いしてるとか? この学校にオレ以外に桔平って名前の生徒がいるって話は聞いたことないけど」
「いいえ、わたし目は悪くありませんし、間違いなんかでもありません。今市桔平さん、あなたにお願いしてるんです」
再度、少女は力強く宣言した。
「わたしを彼女にしてください!」
どうやら間違いではなかったようだ。
(やった、やったぞ!)
桔平は心の中でガッツポーズを決めた。
(とうとうオレにも彼女ができる日が来たんだ!)
願っていた女の子からの告白。しかもこんな可愛い女の子ともなればテンションが上がらないはずがない。
遠くから聞こえてくる不要家電回収車のアナウンスまでもが、祝福のファンファーレに聞こえるほどだった。
(さあ、返事をするんだ! こちらこそよろしくって! 今この時から、オレのバラ色の高校生活が始まるんだ!)
舞い上がったまま、勢いよく了解の返事をしようとする桔平。だけど、ギリギリのところで踏みとどまった。
一昨日の休み時間、友人と交わした会話を思い出したのだった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
従妹と親密な婚約者に、私は厳しく対処します。
みみぢあん
恋愛
ミレイユの婚約者、オルドリッジ子爵家の長男クレマンは、子供の頃から仲の良い妹のような従妹パトリシアを優先する。 婚約者のミレイユよりもクレマンが従妹を優先するため、学園内でクレマンと従妹の浮気疑惑がうわさになる。
――だが、クレマンが従妹を優先するのは、人には言えない複雑な事情があるからだ。
それを知ったミレイユは婚約破棄するべきか?、婚約を継続するべきか?、悩み続けてミレイユが出した結論は……
※ざまぁ系のお話ではありません。ご注意を😓 まぎらわしくてすみません。
ゲームの序盤に殺されるモブに転生してしまった
白雲八鈴
恋愛
「お前の様な奴が俺に近づくな!身の程を知れ!」
な····なんて、推しが尊いのでしょう。ぐふっ。わが人生に悔いなし!
ここは乙女ゲームの世界。学園の七不思議を興味をもった主人公が7人の男子生徒と共に学園の七不思議を調べていたところに学園内で次々と事件が起こっていくのです。
ある女生徒が何者かに襲われることで、本格的に話が始まるゲーム【ラビリンスは人の夢を喰らう】の世界なのです。
その事件の開始の合図かのように襲われる一番目の犠牲者というのが、なんとこの私なのです。
内容的にはホラーゲームなのですが、それよりも私の推しがいる世界で推しを陰ながら愛でることを堪能したいと思います!
*ホラーゲームとありますが、全くホラー要素はありません。
*モブ主人のよくあるお話です。さらりと読んでいただけたらと思っております。
*作者の目は節穴のため、誤字脱字は存在します。
*小説家になろう様にも投稿しております。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
元婚約者様の勘違い
希猫 ゆうみ
恋愛
ある日突然、婚約者の伯爵令息アーノルドから「浮気者」と罵られた伯爵令嬢カイラ。
そのまま罵詈雑言を浴びせられ婚約破棄されてしまう。
しかしアーノルドは酷い勘違いをしているのだ。
アーノルドが見たというホッブス伯爵とキスしていたのは別人。
カイラの双子の妹で数年前親戚である伯爵家の養子となったハリエットだった。
「知らない方がいらっしゃるなんて驚きよ」
「そんな変な男は忘れましょう」
一件落着かに思えたが元婚約者アーノルドは更なる言掛りをつけてくる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる