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第六章 運命

第六章 運命 9

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しばらくの後、街外れの砂浜では1人の男が志保と対峙していた。

男は五分刈りの黒髪と筋肉質な体格、切れ長の目が印象的で、海松色の上衣と同色の細帯、灰色の長ズボン状の琉球袴を身に着けている。

「あんたが平田家の一人娘か。噂は聞いてるぜ。随分と強いらしいじゃねぇか。まさか、こんな所でお目にかかれるとは思っても見なかったが……」

「これまで自宅には多くの方々が訪ねてきてくださりましたが、なかなか強い殿方がいらっしゃらず、たまにはわたくしから強い殿方を探すのもよいかと思いまして……」

「ほう、箱入り娘にしては大した度胸だな」

男と志保はそれぞれ右足を1歩前に踏み出し、肩の高さに構えた互いの右前腕を合わせる。

「じゃあ、そろそろ始めるとするか」

「こちらも準備は万端です。いつ来ていただいても構いません」

「俺が勝ったら、約束通りあんたを嫁にもらうぜ。後悔するなよ!」

男は右手で志保の右手首を掴んで引き、志保の顔面目掛けて左正拳上段逆突きを繰り出した。

志保が左手で男の左拳を右へ受け流すと、2人は様々な軌道の突きや蹴りを繰り出し合いながら、互いの攻撃をそれぞれ腕や脚で受け流し、あるいは躱し合う。

男は左足を1歩前に踏み込むと、志保の腹目掛けて右中段前蹴りを繰り出した。

すると、志保は右腕で男の蹴りを右へ受け流し、左下段回し蹴りを男の右大腿の外側に食らわせる。

男がよろめくと、さらに志保は右上段回し蹴りを男の左側頭部に食らわせた。

男が倒れると、志保はすかさず男の顔面目掛けて左正拳下段突きを放つ。

その瞬間、男は倒れたまま左手で志保の左拳を右へ受け流し、右横蹴りを志保の腹に食らわせた。

志保がよろめきながら後ろへ下がると、男は額に冷や汗を浮かべて立ち上がる。

「くそっ、なかなかやるじゃねぇか。噂通りの実力だな。倒しがいがあるぜ!」

男は志保に向かって突進すると、様々な軌道の突きや蹴りを連続で繰り出し始めた。

志保は男の攻撃を左右の腕や脚で受け流し、あるいは躱しながら、様々な軌道の突きや蹴りを男に食らわせていく。

志保が右正拳上段逆突きを男の顔面に食らわせると、男は頭を仰け反らせながら後ろへ下がった。

「ま、まだだ。こんな小娘に、俺が負けてたまるかぁ!」

男は左足を1歩前に踏み込むと、志保の顔面目掛けて右正拳上段逆突きを繰り出す。

その瞬間、志保は左手で男の右拳を右へ受け流し、右上段変則回し蹴りを男の左側頭部に食らわせた。

男が倒れると、志保はすかさず左正拳下段突きを男の顔面に寸止めで放ち、すぐに左拳を引いて残心する。

男は倒れたまま顔をしかめていた。

「ば、馬鹿な。この俺が、なぜ……?」

「大変残念ですが、あなたもわたくしの夫となるにふさわしいとは言えません。お手合わせしていただき、ありがとうございました。失礼いたします」

志保は男に背を向けて歩き出す。

(辻に来れば強い殿方にお会い出来るかと思いましたが、期待外れでした。また明日から強い殿方を探さなくては……)

志保は凛とした眼差しを浮かべ、砂浜の彼方へと歩き去っていった。
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